2ー1 光誠をお出迎えします!
わたくしが目覚めてから1週間が経ちました。
次代の守人である有希奈は快活で、とても親しくわたくしに接してくれています。
特徴的なのは、「すきんしっぷ」です。
何かというと、お互いの身体を触り合うのです。
最初は不思議な慣習だと考えた物ですが、その効果は絶大で、今ではすっかり有希奈とわたくしは「まぶだち」です。
あれだけの効果があるのですから、これが今の時代の普通、なのやもしれません。
有希奈の友人が2人、わたくしと接する為に定期的に訪れてくれる事になっています。
今日は光誠が訪れてくれる予定で、健信は「ばいと」があるので、お休みです。
あの時以来、久しぶりに訪れてくれる光誠に失礼があってはなりません。
わたくしは拭き掃除をする手に力を入れました。
わたくしと親しく接してくれる有希奈の為にも、あの2人の為にも、一刻も早くこの時代に慣れなければなりません。
しかし、慣れる為には皆の協力が必要不可欠で、多少のご面倒を掛けてしまう事は避けられません。
でも、大丈夫!
すぐに慣れてみせます!
わたくしも、これまで幾度となくこうした経験を積み重ねているのですから。
知らない時代の慣習を学び、周りに溶け込むよう努める事には慣れています。
やっと周りに馴染んできたくらいで再び眠りに落ちてしまい、新たに目覚めた時にはまた同じ事の繰り返しですので、少しだけ空しい心持ちにもなるのですけれど………
いけませんいけません!
これはわたくしにとって最も大切な約束を果たし続ける為に避けては通れない事なのです。
ひとりでいると「せんちめんたる」になってしまうのでいけませんね。
ふと窓の外に目をやってしまって、新たに汚れを見つけました。
ついでに拭いて、綺麗にしておきます。
外は太陽が強く照りつけ、蝉が喧しいくらいに鳴いています。
光誠はこのように暑そうな中をわざわざ出向いてくれるのです。
用意するお茶は氷を沢山入れた麦茶が良いでしょう。
気をつける事はそれだけではありません。
前回はまぁちゃんが手助けしてくれましたが、わたくしの発言で皆が凍り付いてしまわれた事がありました。
まぁちゃんは今日「学会の準備で休日出勤」です。
光誠や有希奈を困らせてしまう事のないよう、発言にも充分な注意が必要なのです。
「あ、お時ちゃんありがとう!」
布巾を手に有希奈が部屋へ入ってきました。
実は今日、気合いが入っているのは、わたくしだけではなく有希奈もなのです。
朝早くから起き出し、片付けや掃除に精を出しています。
「いえ、わたくしだってこの家の一員、家族ですからね。家事を手伝うのは当然の事です」
有希奈に返事を返しながらも、手を止める事は致しません。
きちんとやっているよ、という事を伝えるには、口ではなく手を動かすべし。
これはいつの時代も不変の常識ですから!
「じゃ、わたしはお茶の準備してくるから!」
「え? ちょっと有希奈………」
振り向いた時には、もう有希奈の姿はありませんでした。
これはいけません!
お茶の準備を有希奈に任せてしまうと、有希奈はきっと最近「はまっている」紅茶を淹れてしまうでしょう。
しかし、やる気になっている有希奈を止め、麦茶を用意させるのは少し気がひけます。
でも、問題はそれだけではありません。
「有希奈のお茶はまだ………その、練習中、ですから………。光誠が不快に思わなければ良いのですが………」
思わず口に出して考えこんでしまいます。
有希奈のお茶は、本当に、その、独創的な味で、楽しむには、まだちょっとした努力が必要で………
光誠に失礼の無いようにする事と、有希奈の自尊心を傷つけないようにする事とで、わたくしの心が揺れ動くのを感じました。
ついつい拭き掃除の手を止めて、部屋の中をぐるぐると歩き回ってしまいます。
「………うん! きっと大丈夫! 光誠は『じぇんとるまん』ですもの!」
結局わたくしは、前回光誠が見せてくれた優しさにすがる事に致しました。
淑女らしからぬ浅ましさだとはわかっています。
心の中で光誠に土下座です。
「俺が何だって?」
「!!!!!」
思わず飛び上がってしまいそうな程に驚き、わたくしは振り向きました。
光誠がにこやかな顔で立っています。
出迎えも無しに入って来る程に光誠がこの家に慣れていたとは知らなかったのです!
「お邪魔します」
尚もにこやかに笑いかける光誠の様子に、先程の淑女らしからぬ言動が聞かれていたかは判断が出来ません。
こういう時は………そう! 「すきんしっぷ」ですね!?
光誠の手をとり、「じぇんとるまん」なご挨拶を試みます!
「ぐーてんたーく! 光誠!」
「…………………」
ああ………
光誠が固まってしまいました。
「本当は正解知ってて、わざと外してない?」
「………え?」
「いや、何でもない」
光誠は少しだけ苦笑いした後、ポンポンとわたくしの手を叩き、席につきました。
言葉の意味はいまいちわかりませんでしたが、わたくしの粗相を見なかった事にするその態度は、まさに「じぇんとるまん」でした。
救われた心地がして、ホッと胸を撫で下ろします。
「あ、光誠いらっしゃーい」
一難去ってまた一難です!
部屋に入ってきた有希奈の手には、湯気をたてる「てぃーかっぷ」がしっかりと握られています。
有希奈は満面の笑みでパタパタと歩き、光誠にお茶を出しました。
思わず笑顔がひきつってしまうのを止められません。
「お邪魔して………ます。お茶、ありが、とう」
「どういたしまして!」
ああ………光誠の笑顔もひきつっています。
満面の笑みの有希奈との対比が痛ましい程です。
「今日は実は………」
なんと!
光誠はお茶を後回しにして話を進める方針をとりました!
ひきつった笑顔のままでわたくしに視線を向けます。
これはお茶の作法としても誤りですし、あのお茶を後回しにするのも得策とは言えません。
早めに一口だけでも飲んでおけば、とりあえず有希奈は満足してくれるのですよ!
わたくしは思わずこちらを見る光誠から視線を外し、お茶を覗き見ました。
光誠もわたくしの意図に気づいたようで、カタカタとカラクリのようなぎこちない動きでお茶を見ます。
再度わたくしを見る光誠に、ゆっくりと頷いて返します。
光誠はきつく目を瞑り、ごくりと唾を飲みました。
覚悟は決まったようです。
光誠は、ゆっくり………ゆっくりとお茶を口に運び、コクリと喉を鳴らしました。
「…………………ウン、オイシイ」
「ふっふっふ………そうでしょう? わたしも少しは上達して………」
わたくしは思わず有希奈の両肩を掴み、真正面から有希奈の目を見つめました。
この感動を伝えずには要られないのです!
「有希奈有希奈! 本っ当に光誠は『じぇんとるまん』です!」
「ん? それってどういう………」
「わたくし、尊敬致します!」
まさかあのお茶を褒めてみせるだなんて!
本当に、本っ当に光誠を尊敬致します!




