幕間① お時ちゃんとお風呂
有希奈視点で、出会いの夜を………
「有希奈ー! 先にお風呂はいっちゃって!」
「はーい!」
わたしは着替えを用意して階段を降り、廊下を渡り、お風呂のある離れへ向かう。
ウチのお風呂はわたしが中学生だった6年前に増築された。
結構広くて、家の中でも気に入ってる場所だ。
ウチの家はかなり古い建物で、建てられた当時は新しいデザインだったらしいけど、今では古ぼけた洋館にしか見えない。
周りに家が少なく、林に囲まれている事もあって、小さい頃はお化け屋敷に住んでる、なんてからかわれて泣いた事もある。
離れへ向かう扉の脇には台所へ通じる扉があって、扉の向こうからは、母さんとわたし達の新しい家族、お時ちゃんの話し声が聞こえた。
2人は凄く楽しそうに笑ってる。
母さんが小学生だった頃、母さんはおじいちゃんとおばあちゃんとお時ちゃん、合わせて4人でこの家に住んでいた。
曰く、お時ちゃんは、お姉ちゃんで、友達で、そしてやっぱり家族だった、らしい。
だからわたしも、お時ちゃんを家族だと思うようにした。
だって家族なら、お時ちゃんが人間だろうが吸血鬼だろうが、それ以外の何かだろうが、信じられる気がしたから。
余計な事を考えず、わからない事は脇に放っておいて家族になれる気がしたから。
髪を洗いながら、お時ちゃんを初めて見た時の事を思い出した。
台所のお風呂と反対側には、開かずの扉があった。
小さい頃から気になってたけど、1度も入った事はなかった。
母さんが入ってるのを見た事はあったけど、大人になったら入れてくれる約束だったから。
台所でお茶の用意をしていたら、開かずの扉の向こうで何か物音がした。
その時はあまり深く考えず、何だろう? くらいの気持ちで、とりあえずコンロの火を止めた。
そしたら開かないハズの扉の鍵が開いて、驚く暇もなく視線を向けたら、血走った目をしたお時ちゃんが出てきた。
わたしは悲鳴をあげてしまって、お風呂の脱衣場で着替えていた母さんが飛んできて。
母さんも悲鳴………というより歓声をあげて、お時ちゃんに飛びついて。
それから母さんとお時ちゃんの話を聞いた。
新しい家族だよって聞いた。
正直よくわからなかったけど、家族が増えたのは単純に嬉しかった。
この家、母さんと2人きりじゃ広すぎるし。
わたし、お兄ちゃんかお姉ちゃん欲しかったし、まあいっか、って。
でも、人間じゃない家族が出来るなんて、もちろん考えた事もなかった。
仲良く出来るか不安じゃない、と言えばウソになるかもしれない。
まだ、わからない。
「有希奈、入りますね」
「!!!」
コンディショナーを丁寧に髪にのせていたら、ガチャリと音がした。
振り返ると、透き通るような白い肌の、細い足が見えた。
「え? え!? お時ちゃん!?」
「はい。まぁちゃんに、お風呂の使い方を有希奈に習うよう言われたのです。御指南いただけますか?」
わたしは前髪を後ろに回し、顔を上げた。
お時ちゃんは全く前を隠す事なく、タイルの上に立っていた。
改めて見ると、すごくスタイルいい!
モデルみたいに手足細くて、肋骨が浮いて見えるくらいに無駄なお肉がついてない。
うらやましい!
「あの………有希奈?」
「あ、うん。ごめん! ここ座って」
「はい」
シャワーの使い方、シャンプー、コンディショナーの使い方を教えながら、お時ちゃんの髪を洗う。
最初はキシキシだったお時ちゃんの髪は、5回目のシャンプーを終えた時には、キレイなストレートになって、星の出てない夜の空みたいな黒に変わった。
ボディタオルでボディソープを泡立てて細い身体も洗うと、シャワーの温度も手伝ってか、肌に赤みが差してきて、ツルツルしてきて、なんていうか、凄く人間ぽくなった。
お時ちゃん、凄くキレイ………
「ふう………」
「大丈夫? 熱くない?」
「ええ、大丈夫です。とても気持ちいい………」
「ふふ、そっか」
お時ちゃんと一緒に湯船に浸かりながら、ついついお時ちゃんの裸を見てしまう。
本当にキレイ………
その時、不意に光誠の事が頭に浮かんだ。
真面目にやれと、わたしを叱る光誠の厳しい顔。
わたしが淹れたお茶を無理矢理押しつけても、なんだかんだで飲んでくれる光誠のしかめっ面。
お時ちゃんの手をとり、立たせる光誠の後ろ姿。
お時ちゃんに呼び捨てで呼んで欲しいと言う、光誠の泳いだ目。
ざわざわした。
光誠は真面目で、あんまり無駄な事は喋らなくて、でもバカみたいな話にも付き合ってくれて、誰にでもなんだかんだ言いながら優しくて………
お時ちゃんの事、わたしみたいになんとなくじゃなく、ちゃんと考えようとしてる気がした。
お時ちゃんの事、ちゃんと………
「有希奈? 大丈夫ですか?」
「ふえ?」
「のぼせていませんか? ごめんなさい。わたくし、以前まぁちゃんに怒られた事があるのです。お風呂が長いと………」
「以前って………それは母さん、子供だったからだよ。わたしは大丈夫!」
「それなら良いのですが………」
お時ちゃんはニコリと笑いながら頬に手をあて、こちらを見た。
その顔には赤みが差し、艶っぽく水が滴り、お昼に見た印象とは全く違う、普通の人間だった。
「………ねえ、ちょっと触っていい?」
「え? ええ、構いませんが………」
「………ヤバい。凄くすべすべになったね」
「や、やばい? その、有希奈が丁寧に洗ってくれたからですね。ありがとう存じます」
「………鎖骨キレイ。ヤバい! もー! お時ちゃんヤバい!」
「ゆ、有希奈!? わたくしやばいのですか?」
「うん! ヤバいよ! 超ヤバい!」
わたしは何だかざわざわした気持ちになった事が後ろめたく思えて、誤魔化すかのようにペタペタと無遠慮にお時ちゃんの身体を触った。
「有希奈、何故わたくしの身体を触るのですか?」
「これはね、スキンシップ!」
「す、すきんしっぷ………ですか?」
「こうするとね、仲良くなれるの!」
「まあ! それは良い事を聞きました! わたくしもすきんしっぷ、致します!」
「あ、ちょっと待って………! お腹はダメ!」
「えい! えい!」
「ダメだってば! ………ぷふっ、あはははは!」
「えーいっ! ………うふっ、あはははは!」
わたしとお時ちゃんは笑った。
普通の友達みたいに。
普通の姉妹みたいに。
一緒に笑ってると、無性に楽しくなってきて。
ざわざわした気持ちはいつの間にか吹き飛んでいて。
わたし、単純だな………
単純でも、いいかも。
「有希奈有希奈! やはり裸の付き合いはやばいです! また一緒にすきんしっぷ、しましょうね?」
「うん! いーよ。楽しかったね!?」
「はい!」
わたしはニコニコと笑顔でお時ちゃんの身体を拭く。
お時ちゃんもニコニコと笑顔でわたしの身体を拭く。
一緒にバスタオルで身体を拭きながら、お風呂に入る前とは考えが変わっているのに気づいた。
わたし、きっとお時ちゃんと仲良くなれる。
わたし、単純だけど、でもお時ちゃんの事、ちゃんと考えよう。
光誠みたいに、ちゃんと。
そしたらきっと、
もっと仲良くなれる気がする。
ちゃんと、仲良くなれる気がする。




