1ー5 邂逅を終えて
「なあ光誠………どう思う?」
教授の家からの帰り道、健信が切り出してきた。
「どうって?」
「あの娘が最後に言ってた事だよ! 自分を………その、『吸血鬼』って呼んで欲しいって………」
どうと言われても、わからない。
わかるはずがない。
例えば、俺が誰かに「自分を『人間』と呼んでくれ」なんてお願いする事があるとして、俺はどんな気持ちでそれを口にするだろう?
あり得ないと頭から考えるのではなく、仮定の話でいいから、答えを探す。
たぶん、相手と仲良くしたくない時だ。
でも、この答えはおそらく彼女には当てはまらない。
彼女がこの言葉を言った時の表情は鮮明に思い出せる。
彼女は、今日1番の、本当に楽しげな、幸せそうな、輝くような笑顔だったのだ。
あんな顔で「あなた達とは仲良くしたくない」なんて言えるヤツは、人間じゃない。
そこまで考えて、思わず首を振る。
確かに彼女は、教授の話してくれた事が事実なら人間ではないのだろう。
話以外にも、人間離れした容姿、浮世離れした言動、色々なものが彼女は自分と同じ次元で語られる存在ではないと語りかけてくる。
本人も言っていたではないか。
自分は不死の存在である、と。
自分は人外、埒外の存在である、と。
自分を「吸血鬼」と呼べ、と。
でも、俺は何故かそう考えたくなかった。
彼女が自分とは全く異なる存在なのだと、思いたくなかった。
しかし彼女が、彼女の言う通り、俺達の想像の埒外の存在であると感じているのは、俺だけではない。
彼女の言葉で凍りついた空気は、俺1人で作れるものではないし、つい先程、俺に切り出してきた健信の顔色を見ても明らかだ。
彼女の常識と俺達の常識は交わらないのではないか………
そんな不安を全員が抱えているだろう。
そんな事はわかってる!
でも、断じて認められない!!!
自分達と彼女がわかり合えないなんて、考えたくない!!!
何故なら、俺は見てしまった。
知らない人間と顔を合わせ、驚いて悲鳴をあげる彼女を。
有希奈のお茶の不味さを知っても、有希奈を傷つけないように笑顔を絶やさない彼女を。
旧知の仲である教授と暖かな視線を交わし、再会を喜ぶ彼女を。
教授が自分のフォローをしようとしている時、寄りかかるように教授にすがる彼女を。
何より、俺達と自分との違いを突き付けられたら寂しそうにし、俺達が寄り添おうとしたら嬉しそうにする彼女を。
沢山の彼女の人間臭い部分を見てしまった。
俺は、見てしまったのだ。
「俺は彼女を『吸血鬼』とは呼ばないよ」
かなりの時間考えこんでいた俺は、帰りの電車の中で、やっと健信に答えを返した。
健信は少しのフリーズの後で、ニカッと、嬉しそうに笑った。
「だよな! ………でよ、どう呼ぶ?」
「どうって?」
「お時ちゃんって呼ぶのか?」
俺は健信の問いへの答えを求めて、教授の家の方角を振り返った。
彼女を何と呼ぶべきか、それは、自分がどう彼女と付き合って行きたいかの指針となるような気がした。
「わからない。けど、呼ばない………かな」
「だなー。あの娘、嫌がってた気、したもんな」
わからない。
本当に彼女が名前で呼ばれるのを嫌がっているのか、本心から「吸血鬼」と呼ばれたがっているのか。
わからない。
情報が足りない。
彼女の笑顔の意味を知らなければならない。
彼女の事を、もっと知らなければならない。
そうしなければ、色々な事に、色々な感情に、答えは出せない。
健信と別れ、最寄り駅から1人暮らしのアパートへ向かう途中、俺はいつもより早足になっている自分に気づいた。
まだ彼女の事がわからない。
彼女をどう思うのかわからない。
このまま彼女と仲良くなって良いのかわからない。
自分の感情がわからない。
彼女を怖いと思いたくない。
彼女を1人にしたくない。
寂しそうな顔を見たくない。
嬉しそうな笑顔を見たい。
彼女の事を知りたい。
思う事、考える事は沢山ある。
だが、
俺が彼女をどう思っているのか、彼女に抱く感情を何と呼べばいいのか、わからなかった。
俺は本当にわからなかったのだ。
だからこそ、早くリラックスできる自室へ帰りたかったのかもしれない。
あの時の俺は、彼女に対しての事以外で、これだけ考えている事など他になかった、という事にすら気づいていなかった。




