1ー4 守人の誓い・俺達の誓い
凍りつく空気をぶったぎったのは教授だった。
「まあね、言いたい事は色々あるだろうけど、彼女は吸血鬼よ。吸血鬼なの」
断言するような教授の言葉に少なくない疑問が浮かぶ。
教授は一体、何が言いたい?
「教授? それはどういう………」
「わたしからキミ達にお願いしたい事があるんだけど」
「え、お、お願いですか?」
「うん。お願い」
俺の質問は言葉にする前に黙殺された。
俺達は皆、気を取り直し、教授の言葉に耳を傾ける。
「お時ちゃんとね、仲良くして欲しい」
「母さん………どういう事?」
「浦島太郎ってあるじゃない?」
「………はい?」
教授の意図が掴めない。
どういう事だ?
「お時ちゃんはね、今そんな感じなの。目を瞑って、次に目を開けたら、ついさっきまでランドセル背負ってたわたしに子供がいる。一緒に遊んでくれてたわたしの親はもういないし、周りのみんなの服装も髪型も、今まで見た事のない物になってる。お時ちゃんはね、今まで何十回もそんな経験を繰り返してきた。そしてこれからも、何百回、何千回と繰り返していかなきゃならない。それがどんな気持ちかっていうのは、きっと想像も出来ないよね? わたしにも出来ない。だからこそ、せめて起きている間、本当の笑顔でいて欲しい。それがわたし達『守人』の誓い。もし良かったら、協力してくれない?」
教授は笑顔を最後まで崩さず、彼女の座る椅子の背もたれに手をかけながら、一気に語った。
まるで何でもない事のように、気楽さすら感じさせる口調で。
教授の言った「本当の笑顔」という言葉で、頭の中のモヤみたいな物が、確かに形を持ったような気がした。
彼女はここまで、ほぼ笑顔を崩していない。
その笑顔の一体何%が「本当の笑顔」だったのだろう。
彼女に対して、仄かな違和感みたいな物はずっと感じていた。
それがもう少しで、言葉に出来そうな気がするのだが………
俺は答えを求めて、彼女の様子を窺った。
彼女は相変わらず椅子に浅く腰掛け、片手を添えるように膝の上でカップを支え、完璧な造形の微笑を浮かべながら、教授のタイトスカートの裾をきゅっと控えめに掴んでいた。
わかった。
彼女は上品に微笑み、泰然としていて、なのにずっと不安定に見えた。
彼女の仕草には、教授の言った浦島太郎の気持ちと、それを何度も繰り返してきた一種の慣れ、その2つがぐちゃぐちゃに混ざりあったアンバランスさが見てとれた。
そこまではっきりと頭の中で形になった時、俺の感情はシンプルだった。
寂しそうな彼女を1人にしておけない。
不安定な彼女の支えになりたい。
なるほど。
それが教授の言った「お時ちゃんと仲良くする」事か。
彼女に、本当の笑顔でいて欲しい。
そう思ったのは、俺だけではなかった。
「母さん。わたしも母さんの子供なんだから、『守人』の一族、なんだよね?」
「そうね」
「じゃあ、わたしも誓うよ! お時ちゃんと仲良くするって。お時ちゃん! よろしくね!」
有希奈は元来持っている、人の心の真ん中にずかずか入っていく能力を遺憾無く発揮した。
教授のスカートを掴んでいた彼女の手をとり、両手で包み込むようにして、椅子に座る彼女と目線の高さを合わせるかのように膝をつき、弾むような声で語りかけた。
彼女は一瞬面食らったように目を見開いたが、有希奈の邪気の存在する余地すらない笑顔に充てられたようだ。
「まあ有希奈。ありがとう存じます」
ニッコリと笑うその顔は、少しだけ幼く見えた。
「俺も! 最初は驚いちゃったけど、こうして話してるだけでも楽になるんだったら、また来るよ」
「ありがとう存じます。健信様」
健信は最初に彼女に対して恐怖心を抱いた事を、後ろめたく感じているようだ。
そういった感情を、はっきり切り替えて、ぶっちゃけて話せる健信の美点は、きちんと彼女にも伝わったようだ。
教授の反対側に回り込み、自分と教授とで彼女を挟むようにして立った健信が、さらに声をあげた。
「もちろん、光誠も来るよな?」
「光誠様………」
ま、待て!
待て待て待て!
確かに俺は、吸血鬼である事を1番疑ってたけど!
今も、1人だけ彼女を囲むみんなから離れた場所で座ったまんまだけど!
そんな不安そうな目でこっちを見るな!
「正直、まだ色々と腑に落ちない事はあるんだけど、またこうして話してくれると、俺も嬉しいよ」
待てーーーーー!!!!!
なんで上から目線?
アホか俺!
言い直せ言い直せ!
「光誠様、ありが………」
「目標は『様』抜きで、『光誠』って呼んで貰えるくらい仲良くなる事かな?」
「それは………その、よろしいのですか?」
「もちろん。有希奈の事は呼び捨てじゃないか」
「有希奈は………だって『守人』ですし、家族のようなもので………」
「家族じゃないけど、友達でも呼び捨てで大丈夫だよ」
「まあ! ありがとう存じます! その………光誠」
はい! 笑顔いただきました!
思いつくままにわたわたしながら言っちゃったけど、まあよし。
俺にしては上出来上出来!
「俺も俺も! 健信でいいからね」
「かしこまりました、健信」
健信も重ねると、彼女は楽しそうに立ち上がり、カップを教授に預け、片手を腰にあて、ビシッ! と斜め上を指差した。
「これでわたくし達、『まぶだち』ですのね!」
1人だけキラキラとまぶしい笑顔を浮かべながら、めちゃくちゃ楽しそうにする彼女には悪いが、時が止まった。
「マブダチって………」
「最近はあんま言わないかな?」
有希奈と俺とでやんわりと突っ込むが、彼女は止まらない。
次は片手を顔面にあて、片目だけをこちらに覗かせ、もう一方の手を肘にあてる、中二病患者さん特有のポーズをとった。
「まあ! では、あれですか? 『強敵』と書いて『とも』と呼ぶ………」
「いや、闘わんし!」
またも時が止まった。
健信が助け船とばかりに突っ込むが、助けに入られた彼女自身が、目を真ん丸に見開き、驚いている。
報われない、居たたまれない健信の様子を見て、先ずは有希奈が決壊した。
「ぷっ………」
「ふふふ………」
「くくくくく………」
「アハハハハハハ!」
俺達は笑った。
最初は苦笑だった健信も、次第に声を出して笑う。
教授は最初から大笑いだ。
いきなり笑いだした俺達を、面食らったように見ていた彼女も、釣られるかのように笑った。
俺達の何でもない日常の一幕に彼女も参加できたようで、嬉しい気持ちになった。
「とにかく、これからよろしく」
「よろしく!」
「よろしくね、お時ちゃん!」
皆で彼女に声をかける。
健信など、いきなり距離を詰めて、教授達と同じ「お時ちゃん」呼びだ。
彼女は何か面白い事を思い付いたように、両手をポフンと合わせた。
「あ、では………わたくしも、その、呼び方を………」
「お時ちゃん………」
「お! 何て呼べばいい?」
教授が何故か嗜めるように声をかけるが、その時の俺達は気づかない。
健信が問いかけ、彼女はまるで恋の告白をするかのように、取って置きのアイデアを発表するかのようにもじもじとしながら続ける。
「わたくしの名は何と言いますか、少々時代錯誤で御座いましょう? 『守人』はともかく、他の方には………」
彼女は1度みんなを見渡し、今日1番の笑顔でこう言った。
「ただ『吸血鬼』と、そう呼んでいただければ幸いです!」
俺達は再び空気が凍りつくのを止める事が出来なかった。




