1ー3 真実が恐怖
「まぁ、座りなさいよ。ちゃんと説明してあげるから」
「はぁ………」
俺と健信、有希奈は言われるがまま、席についた。
ローテーブルから少し離れた所に置かれた椅子に吸血鬼の彼女は座り、教授はその隣に立った。
彼女はカップを膝に乗せ、手を添えて支える。
さすがに有希奈のお茶の味を知ってしまった今は、口に運ぼうとはしなかった。
それからしばらく教授の話を聞いた。
彼女は正真正銘の吸血鬼であり、不死の存在である事。
不死の存在であるが故に、1度眠ってしまうと、何十年というスパンで目が覚めない事。
教授の小学生時代を共に過ごし、眠りについた彼女は、つい先程、約30年振りに目覚めた事。
そして、教授の一族は眠っている間の彼女を守る「守人」の一族である………だそうだ。
教授は話している間マグカップを置き、櫛を手に彼女の髪を鋤いていた。
丁寧に丁寧に、慈しむようなその手つきと、教授と彼女が時折交わす視線の温かさ。
そういった動作の1つ1つが、突拍子もない話を真実に見せてくる。
教授と彼女の間には、間違いなく、昨日今日築いた物ではない関係が見てとれたのだ。
教授は最後にバッグからフェイスケアシートを取り出し、彼女の顔を拭いた。
彼女の透き通るような白い肌が艶やかさを増し、髪も櫛で整えられた事で、まるで作り物のような美しさに変わった。
しかし、肌に赤みはなく、長い髪には艶がない。
現実感のない彼女が吸血鬼なのだと言われたら、妙な説得力はあった。
でも………吸血鬼だって? あり得ないだろ。
「すげえ………本当にいたんだ、吸血鬼………」
まるで夢の中にいるようなぼんやりとした声を健信があげた。
その目は真っ直ぐに吸血鬼の彼女を見ていた。
何故か背中にチリリとした違和感を感じ、俺も吸血鬼の彼女に目を向けた。
吸血鬼の彼女は目を伏せ、先程までは口をつけようとしなかった有希奈のお茶を、コクリと飲んだ。
その後は、張り付けたように完璧な造形の微笑を浮かべていた。
「え、有希奈は? 有希奈は知ってた?」
「わたしもついさっき聞いた。流石に驚いたよ」
健信は次第に茫然自失の気配から、興奮しているかのような感じに変わっていく。
有希奈は教授に非難めいた視線を向け、教授はチロリと舌を出し、年齢にそぐわない仕草で答えた。
その後、教授は表情を苦笑に変え、俺に目を向けた。
「光誠はとても信じられないって顔してるね」
「ええ、まぁ………」
信じられない。
当たり前だろう?
吸血鬼なんてフィクションの存在で、現代日本に存在するなんて考えてもいなかった。
しかし、彼女と、彼女と旧知の教授の雰囲気には、嘘らしき物が全く見当たらない。
強く反論が出来ない。
「無理も御座いません。皆にとってわたくしが人外、常識外の存在である事は理解しております」
「いや、そうじゃなくて………」
吸血鬼の彼女は微笑のまま、眉だけを八の字に変えて、そう言った。
その彼女を見た有希奈と健信から、責めるような視線を向けられる。
簡単に信じられるお前らの方がおかしいんだ!
俺は悪くないだろう!?
「その………色々と質問してもいいかな?」
「ええ、光誠様。どうぞ」
「キミは吸血鬼だって事だけど、伝承なんかで伝えられる吸血鬼の特徴が、キミにも当てはまるのかを聞きたいんだ」
「はい」
今俺は、逆に彼女が吸血鬼であると信じたくなっていた。
彼女が吸血鬼だと信じてしまっている健信や有希奈から非難めいた視線を向けられたから?
彼女と教授の親しげな様子から、否定的になりにくくなっているから?
本当の所はわからない。
もしかしたら、俺はファンタジー世界をこよなく愛する、中二病的な精神構造をしていたのかもしれない。
彼女が、自分は人外の存在だと言った時の表情に、寂しさを感じているような気がするから?
これかもしれないと思った。
俺は、彼女が、寂しさを感じているなら、寄り添ってあげたいと感じた。
でも、彼女が、嘘をついているとは思えない。
より彼女の事を知る事で、正確に答えを得たいと考えたのだ。
そういう事にしよう。
そういう事にして、質問を繰り出す。
「先ずは………ニンニクは苦手かな?」
「ええ、苦手です」
「やっぱり!」
「匂いがきついでしょう? 人に会う前などには気をつけなければなりません」
「あ………口臭の問題?」
「はい」
健信が興奮気味に合いの手を入れるが、ごく一般的な女子が言いそうな意見にトーンダウンする。
まだまだ!
次の質問!
「太陽の下に出ると?」
「肌が荒れてしまいます。わたくし、敏感肌なので………」
「あ、わたしも。すぐやけちゃう」
「灰になったりとかは?」
「まあ! 流石にそこまで焼けません」
健信の核心を攻めた問いかけは、ちょっとした冗談として受け取られたようだ。
クスクスと笑いながら返す彼女に、身体の力が抜ける。
いや、まだまだ!
「十字架に忌避感は?」
「確か、少し前に流行ったのですよね? わたくしの歳では、少し難しいでしょう」
「血を吸ったりとかは?」
「まあ、怖い」
流石に身体に力が戻らなくなってきた。
吸血鬼と信じたかった俺の気持ちを返して欲しい。
有希奈や健信も、だんだんと難しい顔になってきた。
ついに健信がポロリと本音を溢す。
「ホントに吸血鬼?」
「はい。一応………」
ついに自称吸血鬼の彼女も、自身に向けられる疑いの視線に気づいたようだ。
キョロキョロと辺りを見回した後、気まずい雰囲気を叩き切るかのように、拳を握り、片手にお茶を持ちながら、勢いよく立ち上がった。
「あの………! すす、すすす………吸った方が良いですか!」
「いやいや! 無理する事はないと思うよ?」
「そうですか、良かった」
拳をプルプルと震わせながら言われたら、そう返すしかないだろう!?
案の定、彼女は心底ホッとしたように胸を撫で下ろしながら、椅子に浅く座り直した。
もういい。
彼女は吸血鬼ではない。
次で質問も終わりにしよう。
「あー………最後に、銀の杭を心臓に突き立てられたら?」
「流石にそのような事をする方とは仲良く出来ないでしょう」
………は?
「………え? 死なない?」
「はい」
「死なないの!?」
「ウソ! すご!」
いや待て!
待て待て待て!
「ちょっと待て! 伝承では、吸血鬼は銀の武器を心臓に突き立てられたら死ぬはずなんだ」
彼女の言葉にも、表情にも、仕草にも、気負いやこわばりみたいな物が、全く見えない。
彼女は、嘘をついていない。
おかしい。
あり得ない事だ。
「本当にキミは吸血鬼なのか?」
つい、彼女に問いかける言葉に鋭さが交じってしまう。
吸血鬼じゃないなら、キミは一体、何者なんだ?
「光誠様」
彼女は、本当に綺麗な、作り物めいた微笑を浮かべ、答える。
「わたくしは不死の存在です。言うなれば今のわたくしは、死体が動き、言葉を話しているようなもの。心臓に杭を打たれても死なないというのは、既に死んでいるから、という意味に御座います」
空気が凍る。
背筋が凍る。
健信は僅かに身を引き、有希奈はきゅっと口を引き結んだ。
彼女の言葉は想像を絶するリアリティを持って、俺達に襲いかかってきた。
彼女は嘘をついていない。
彼女の言葉は真実だ。
そう納得させる、説得力があった。
彼女は完全に想像の埒外にある存在だと誰もが認識し、誰も彼女を的確な言葉で定義出来なかった。
天気の話でもするかのような気楽さで、自分は化け物だと断定する彼女を、俺は怖れた。
人ではない、吸血鬼でもない、ならなんなんだ? 誰も答えを出せない状況を、微笑を浮かべながら突きつける彼女を、皆が怖れた。
皆が自身を怖れているこの状況で、ぶっ壊れた味の有希奈のお茶を口に含む彼女が、恐ろしかった。
恐ろしかったのだ。
この時は。
次は22時過ぎに更新します。




