1ー2 未知との邂逅
「いやあぁぁぁあ!!!」
有希奈に続けて、教授の叫び声も響きわたった。
緊張感はとどまる所を知らずに上がり続ける。
ゴクリと喉を鳴らす音が聞こえ、振り返ると、健信と目があった。
健信はキッチンの方へ続く扉へ顎をしゃくる。
俺は思わず、自分を指差した。
俺が見に行くのか!?
頼む、行ってくれよ!
そんな無言の会話を健信と交わす。
意を決して、足を踏み出した。
1歩。
心臓の音が鳴り止まない。
2歩。
冷や汗がシャツを濡らす。
3歩。
震える指先を抑えるため、握りこぶしを作る。
そうして、扉にたどり着いた。
すぐにドアノブに触れる事が出来ず、何度か手を握ったり開いたり。
1度ぎゅっと目を瞑る。
もう1度目を開く。
開いた扉の隙間からこちらを覗く黒い瞳と目が合った。
「きゃあぁぁぁぁあ!!!!!」
「うっ、わあぁぁぁあ!!!!!」
3度目に響く叫び声は俺の目の前から聞こえた。
俺の頭は真っ白になり、気がついたら健信の胸の中に飛び込んでいた。
「何? 何だよ、光誠!」
「いる、いる! 何?」
きいぃぃ………と、やけに耳障りな音をたて、扉が開くと、黒い衣服に身を包んだ女性が立っていた。
髪に艶はなく、目は血走り、服には皺が目立つ。
なのに、女性は反論の余地なく美しい顔立ちをしており、俺も健信も金縛りに合ったように身動き出来なかった。
女性が後ろを向き、扉を閉める。
振り返り、またこちらを見る。
1歩、2歩、こちらへ近づく。
「え? 誰?」
「知らん知らん!」
思わず口から出た問いかけに健信は首を振る。
健信はさらに、俺を揺らし、答えを促した。
「俺? 知らん知らん!」
知ってたらお前に抱きついたりするもんか!
「もし………」
「え? あ、はい!?」
高く、しかしやや掠れた声が聞こえた。
女性が俺達に話しかけている。
ゴクリと喉を鳴らす。
健信は俺を支える腕に、ぎゅっと力を入れた。
「大変心苦しいのですが、先ずはお2人の名をお聞かせいただいてよろしゅう御座いますか?」
女性はニコリともせず、眉間にシワを寄せて問いかけてきた。
再び唾を飲み込み、答えを返す。
「光誠………」
「健信………」
「光誠様に、健信様で御座いますね?」
女性は改めて俺達をピンと指先まで伸ばした手で示しながら確認し、おもむろに膝をついた。
「この度、わたくしが声をかけることなく部屋に入ったが故、お2人を驚かせる事態になってしまった事、深くお詫び申し上げます」
さらに三つ指を突き、額を床に付ける。
なんという事でしょう。
美しい土下座が完成致しました。
さすがに恐怖は消え去ったが、代わりに頭がクエスチョンマークでいっぱいになる。
何が起こった?
本当に誰だ?
その時、もう1度扉が開き、無意識にそちらに視線を向ける。
カップを乗せたお盆を持ち、怪訝な表情をした有希奈と目が合った。
その後、有希奈はすぐに美しい土下座を披露する女性に気づき、お盆をローテーブルに置いた。
「ちょっと! 何してるの!?」
有希奈は女性に駆け寄り、声をかける。
女性は有希奈に目をやること無く、微動だにせずに答えた。
「有希奈。わたくしの不作法でお2人の事を驚かせてしまったのです。なので、お詫びを………」
その瞬間、有希奈の目がつり上がり、般若面のような顔が完成する。
ドスドスと足音を鳴らし、こちらへ迫ってくる。
「それで土下座までさせる? 嘘でしょ!? 信じられない!」
「いや誤解だって! 俺達がさせてた訳じゃないから!」
思わず俺達は抱擁を解いたが、有希奈は健信を犯人認定したようで、顔を近づけ、詰め寄った。
健信も泣きそうな顔で否定するが、火に油だ。
有希奈の怒りは止まらない。
女性はいまだに顔を上げない。
今は有希奈より、こちらを放っておく訳にはいかないだろう。
「いや、待ってくれ」
健信と有希奈の間に割って入り、有希奈の両肩を掴み、目を合わせ、声をかけた。
有希奈は面食らったように顔を引き、黙った。
今がチャンスとばかりに女性の前へ進み、膝をつく。
「元はと言えば、ろくに確認もせずに俺が大声上げたのが悪かった。女の子を相手にする事じゃなかった。こちらこそごめん。………その、立ってくれるか?」
「………はい」
顔を上げてくれた女性へ手を伸ばすと、女性は俺の手をとり、立ってくれた。
女性の手はひんやりとしていて、汗をかいてなかった。
比べると、自分の手が妙に汗ばんでいるように感じ、気になってしまう。
2人共が立ち上がると、女性は俺に目を合わせて、ニコリと微笑んだ。
大人しく、上品な笑みだったが、どこか幼げに見えて、ギャップにドキリとさせられる。
次の瞬間女性は手を離し、俺とすれ違って有希奈の手をとった。
「有希奈有希奈! 光誠様は『じぇんとるまん』ですね! 出身は英国ですか?」
「お時ちゃん落ち着いて………」
女性は有希奈の手を揺すりながら興奮気味に語りかける。
有希奈は眉を八の字にして、女性の名前を呼んだ。
お時………ずいぶん古風というか………
考えこんでいると、いつの間にか目の前にお時と呼ばれた女性が立っていた。
驚いて、目を見開く。
「ぼんじゅーる!」
「……………」
「落ち着いて!? なんか違うから!」
思わず半目になってしまった。
突っ込み所が多すぎて、なんと言えばいいか………
有希奈も思わず女性の両肩を引いて、突っ込みらしき物を返すが、ふわっとした物になってしまう。
これは………高度なボケだろうか?
こちらもボケて返すのはどうだろう?
「変わった娘だけど………親戚? 外国の方かな?」
「違う違う」
俺が勇気を振り絞って繰り出したボケは、教授にノータイムで流された。
お時と、明らかな日本名で呼ばれた女性を、外国籍と勘違いするという、俺の………渾身の………
解説は辞めよう、涙が出そうだ。
振り返ると、教授は立派な装飾の椅子を持って入ってきていた。
「まあ! この椅子! とっていてくれたのですか?」
「お時ちゃんお気に入りだったもん」
「本当にありがとう! まぁちゃん!」
女性と教授はやけに親しげに言葉を交わす。
教授は再び部屋を出ると、マグカップを片手に帰ってきた。
女性は教授が持ってきた椅子に頬擦りしたり、座ってみて、座面を整えるように手で擦ったり。
やがて落ち着くと、有希奈からお茶の入ったカップを受け取り、口に含んだ。
瞬間、女性の身体が硬直し、時が止まる。
あぁ、有希奈のぶっ壊れお茶の被害を受けたな………
有希奈がニコニコとしながら覗きこんでいるのに気づいてかは知らないが、笑顔を崩さないのは立派だ。
教授もそんな2人を見て、声を潜めて笑っていた。
そしてこの間、俺と健信は完全に置き去りにされていた。
意味がわからない。
誰か教えてください。
そんな俺達に気づいたのは教授だった。
こちらにニコリと微笑んでくれて、ホッと胸を撫で下ろす。
「彼女はね、吸血鬼なの」
「「は!?」」
答えにならない答えを与えられた俺と健信の声は、見事に揃っていた。
作中の光誠くんの小ボケは、脚本でもキャストに伝わらず、稽古中流されました。
私に誰か、笑いのセンスをください←切実
次は21時過ぎに更新します。




