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吸血鬼のみる夢は  作者: とみ
第1幕~side光誠~ 初めて会って
2/21

1ー1 凪の終わり

あの日は夏らしく最高気温が35℃を超え、セミの鳴き声がやかましいくらいに響いていた。


クーラーの効いたリビングには、セミの鳴き声以外にも、2人の大学生の笑い声が響く。


高校時代からの腐れ縁、健信。

大学からの付き合い、有希奈。


俺達3人は予定を合わせ、ゼミの活動の為に集まっていた。

場所は俺達が所属するゼミの担当教授であり、有希奈の母親である榊教授の自宅。

しかし、先ほどから2人の話題は二転三転し、今では第二外国語の講義を担当する教授のズラ疑惑について、笑い混じりで語り合っている。


いい頃合いだし、そろそろ止めるか………。


ついでにと持ってきていたレポートの課題を終わらせたタイミングで咳払いを1つ。

ジロリと睨んで、楽しそうに語らう2人の時を止める。


「健信、有希奈。そろそろ真面目にやろうか? 2人共」


2人は油のきれたブリキ細工の人形のようにこちらを向いた。

表情はひきつった笑顔で固定されていて、目は四方八方に泳ぎまくっている。


「わ、わかってるってぇ。………あ! お茶、いる?」

「よ、よろしくぅ!」

「はいはい。光誠は?」


相変わらず誤魔化し方の下手くそな奴らだ。

そして、俺は有希奈が下手くそなのが、話を誤魔化す事だけではない事を知っている。

持っていたバッグから手早く水の入ったペットボトルを取り出し、有希奈の眼前へ突きつける。


「デスヨネー。じゃ、ちょっと待ってて」


有希奈はパタパタとスリッパを鳴らし、扉の向こうへ消えた。

健信はいそいそと資料を取り出し、ローテーブルの上へ広げる。


今日のゼミの活動は「伝承等に登場する存在が実在する可能性についてのディスカッション」だ。

要するに、狼男は、河童は、フランケンシュタインは、そして吸血鬼は実在するのかって事について真面目に話し合う、という物だ。


断っておくが、俺達はオカルトサークルではない。

言論・マスコミュニケーションについて研究する真面目なゼミのメンバーである。

しかし、俺達の活動のテーマはいつだってこんな感じのふざけた物だった。


「なあなあ光誠!? とりあえず、フランケンシュタインは実在で確定だろ?」

「ちょっと待て。なんで確定? 俺は見たことないぞ」

「馬鹿! お前バッカだなあ。よく考えろ? 今現在存在しなくても、近い将来医学が発展したら、間違いなく生み出されるって!」

「あり得ない。生み出す意味もない」

「ホント………夢がないねえ、キ・ミ・は! いいか? そもそも数多くの文献でフランケンシュタインの存在は………」


俺達のテーマがふざけた物になってしまう原因がこいつの趣味だ。

ペットボトルから水を1口飲み、時間を潰す。

こうなってしまったら、健信は息がきれるまで話をやめない。

もしくは………


「けんしーん! ちょっと来てー!」

「はいはーい!」


このように、有希奈が話を遮るかだ。

高校からの付き合いの長さからくる気安さのせいか、俺相手には話を緩めない健信も、有希奈相手なら止まってくれる。

健信は名残惜しそうにチラリとこちらを見てから、有希奈のいるキッチンへ足を向けた。


しばらくかかるだろうと踏んで、バッグから文庫本を取りだそうとしていると、キッチンとは逆、俺のすぐ後ろの扉がガチャンと開いた。


「ただいまー」

「あぁ、榊教授。お帰りなさい、お邪魔してます」

「うん。………お、今日は何やってんの?」


そういうと、榊教授は無遠慮に俺の肩にのし掛かり、俺の頭越しにローテーブルに散乱した資料を覗きこむ。

こういった生徒との距離感の近さが、教授を学内での人気者としていたのだが、悪く言えばいい加減な所もある人だ。

放任主義と言えば聞こえはいいが、少なくともゼミの内容とかけ離れた活動内容には苦言をお願いしたい。


「ははあ………また健信ね?」

「ご名答です」

「やっぱりねえ………アイツも好きだね」


やはり、今日も苦言はいただけないようだ。

有希奈ではないが、心の中でデスヨネーと呟く。


「あ、母さんお帰りー」


有希奈が健信を伴って、カチャカチャとカップを鳴らしながら帰ってきた。

瞬間、キラリと教授の目が光る。


「有・希・奈・さぁーん? 今は………」

「家にいるとはいえ、ゼミの活動中なんだから、榊教授と呼・び・な・さぁーい?」

「わかってるならよろしい!」


2人が顔を寄せあい、楽しそうに笑う。

本当にこの友達親子は………

ああ言いながら、教授の家での活動中に有希奈が教授と呼ぶところなど、見たことがない。

でも、俺は2人のやりとりを、微笑ましいとか羨ましいとか、そう言った感情で見てしまう。

同じ片親でも、こうまで違う物なのか………

そこまで考えて、いつも苦い気持ちになるのだが、まるで条件反射のようにそこまで考えてしまう。


こちらが考えているうちに、有希奈と健信がお茶を配り出す。

健信が持っていたカップは有希奈と健信の前に、有希奈の持っていたカップは教授の元へ………とはならず、何故か断った俺の前でカチャリと音を鳴らした。


「え? いや俺………」

「今練習中なの! お茶の葉にも水にもこだわって淹れてるんだから!!! 絶対美味しいから!!!!!」

「いやだから………」

「飲むの!!!」


勘弁してくれ!!!

俺ははっきり断ったハズだ!!!

助けを求めて周りを見渡すと、健信がニヤニヤと笑っているのが見えた。

間違いない、こいつの入れ知恵だ!!!

泣きそうになりながらさらに視線を動かすと、教授がやれやれといった風に肩をすくめ、助け船を出してくれた。


「有希奈? 私の分は?」

「だって、帰ってきてるなんて知らなかったんだもん」

「はあぁあぁ………自分で淹れてきまーす」

「待って! 淹れる! 私が淹れるから!」


有希奈は再びパタパタとキッチンへ向かった。

ほっと胸を撫で下ろす。

が、少なくとも、1口は飲まなければ申し訳ないし、その際に正直な感想を述べれば、泣いてくれた方がまだマシだと思う程、絶望した表情を見せるのだから、本当に質が悪い。


「相変わらず強引な………」

「まあまあ光誠、微笑ましいじゃないの」


健信、貴様はいつも有希奈に甘すぎだ!


「光誠、ウチの有希奈がごめんね?」

「ああ、いえ。大丈夫ですけど………」


教授は有希奈の壊滅的な舌を知っているせいか、本気で謝ってくる。

大丈夫というと、いつもニカリと笑うのだから、からかわれているだけかもしれないが。


「ところで教授。教授はいると思います? フランケンシュタイン!」


唐突に健信のオカルト好きスイッチがカチリと音をたてた。

こうなった健信の相手をするのは面倒極まりない。

案の定、教授はバッグを持ち、椅子から立ち上がり、撤退の構えだ。

ヒラヒラと手を振りながら健信に言葉を返す。


「それを討論するんでしょうが。私は聞いてるだけでいいから」

「じゃあ吸血鬼! 吸血鬼はどう思います?」

「おい、健信………」


尚も食いつく健信を嗜めようとすると、教授がピタリと動きを止めた。

ゆっくりとこちらを振り返りながら、顎に手をあてる。


「うーん………吸血鬼はねぇ、私はいると思うよ」

「………え?」


ニンマリと笑った後で再び踵を返し、教授は部屋を出ていった。

俺達は少しの間、フリーズしてしまっていた。

イタズラっぽく笑う教授に気勢を削がれたというのも勿論あるが、振り返る時に数瞬みえた、教授の憂いを感じさせる表情は、いつもの教授とは全く違って見えて………


「なんか珍しいな」

「確かに………」


健信も俺と似たような印象を受けたようだ。

気を取り直したようにお茶を口に含みながら話しかけてくる。


俺達はしばらくの間、有希奈の淹れた不味いお茶を処理しながら、変わった教授の衝撃を受け流していた。

その時。


「きゃああぁぁぁ!!!!!」


リビングに甲高い叫び声が響いた。

一気に緊張感が高まり、俺も健信もガタリと椅子を鳴らし、思わず立ち上がった。


「な………なんだ?」


叫び声の主はわかっていた。


「有希奈………?」


しかし、俺は有希奈の名前をつい口にしてしまった事を後悔した。

間違いなく何かが起こったのだと、俺達の凪のような生活が終わりを告げたのだと、はっきり実感させられてしまったからだ。

次は20時過ぎに更新します。

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