3ー3 お帰り有希奈
俺と健信、教授は、有希奈に充てて手紙を書いた。
もちろん、「彼女」も。
健信は、今回手紙を出すことになった経緯以外は、最近はまっているスマホゲームの紹介など、本当に当たり障りの無いことを書いた。
教授は、彼女の様子を中心にみんながどれだけ心配しているか、どのような様子かを書き連ねる。
ちなみに彼女は1番の文字数の手紙を1番に書き終えてしまい、その後ずっとみんなを監督していた。
手紙の内容は、「わたくしは有希奈が大好きです」「大切に思っています」「貴女の考えている事を知りたい」「本当に大好きです!」
以上の事を、これ以上ないくらいに修飾過多に、大袈裟に、何度も繰り返した物だ。
さすがに、もう少し解りやすく………
というより、受け止め易いように、熱量を落とした物に書きかえるように教授がアドバイスしたが、彼女はとても満足しているようで、頑として書き直さなかった。
彼女は、自分だけでなく、全員の手紙をより修飾過多にするよう監修した。
健信も教授もニヤニヤとしながら従ったが、俺は頑として突っぱねた。
嫌だよ。
こっぱずかしい。
俺の手紙の内容はシンプルだ。
「花火大会でかき氷をおごってやろう」
「月が綺麗ですね」でプロポーズの言葉になるくらいだ。
有希奈は、餌で釣るくらいでちょうどいいだろ。
有希奈がほぼ引き込もっている状態で、それを何とかしたくて行動している時に不謹慎だとは思ったが、俺達は笑顔を絶やさずに手紙を書いた。
90パーセントは彼女のせいだ。
彼女は本当に真剣で。
でも、どこか楽しそうで。
きっと、みんなの手紙を見て有希奈が元に戻ると、心から信じていたのだろう。
手紙の内容以外に発する言葉は、全て有希奈の事だったから。
有希奈とこんな事をしたい。
有希奈とこんな話をしたい。
一緒にお茶を飲みたい。
一緒にご飯を作りたい。
それはまるで、夏休みを前にした小学生のようなはしゃぎ方だった。
白磁のような肌をして、スラッと大人っぽい体型で、身綺麗にして、いつもは洗練された所作と言葉使いをする彼女が、手をぶんぶんと振りながら落ち着きなく歩き回って、まだ訪れていない未来を語るのだ。
彼女は滑稽で、可愛らしくて、見ていて面白かった。
みんなが笑顔だった。
先ほど教授とあんな話をした俺もだ。
モヤモヤは残っているが、彼女に救われた。
そう思った。
結局手紙は小一時間程で書き終え、教授が有希奈の部屋まで持っていった。
俺と健信は、彼女がお茶を淹れなおしてくれたので、少しだけゆっくりしてから帰る事にした。
「有希奈、出てくると思うか?」
「もちろんです! 有希奈は………」
「さすがにすぐは難しいだろ」
「光誠! そんな事を言っては駄目です! 言葉は言霊。口にしたら、その通りになってしまうかもしれないではないですか!」
「ごめんごめん」
「まったくもう!」
頬を膨らませ、唇を尖らせて憤った彼女は、そのすぐ後に小さくあくびをした。
頬を染め、口に両手を充てた彼女は、やはり可愛らしくて滑稽で、俺と健信はひとしきり笑ってしまった。
「ぷふっ………」
「今の流れであくびって………」
「も、もう! 見ないでください!」
彼女は俺の頬を両手で挟み、自分の顔を見せないように首をひねる。
何故かいつも以上に彼女の手の冷たさが、印象的に感じた。
その時の俺には………1度眠ると次に目覚めるまで数十年かかる彼女があくびをする事の意味など解らなかったのだ。
キイィィィ………
扉の開く音がして、俺達は視線を向ける。
教授と、その背後に隠れるように控える有希奈がいた。
「有希奈………」
「………」
彼女が声をかけるが、有希奈は動かない。
1歩2歩、有希奈に近づくが、返事がなかったせいか歩みが止まった。
そして、さすがに彼女も不安になったようで、もじもじとしながら動かなくなった。
逆に俺、そしてたぶん健信と教授も、次第に暖かな気持ちに変わっていくのを感じていた。
居間に入るのを躊躇い、もじもじとTシャツの裾を掴み、完全にではないが下を向き、相手の腰の辺りに視線を向ける。
そんな、照れ臭さのせいで有希奈が素直になれない時の癖が存分に見てとれたからだ。
しびれをきらした教授が手を引き、有希奈を彼女の前まで促した。
手を伸ばせば触れられる距離までになるが、未だ動かない有希奈を見て、彼女が僅かに身を引く。
その時、有希奈が動いた。
身を引こうとする彼女を引き留めるかのように背中に手を回し、抱きしめたのだ。
そのまま彼女の肩に額を押しつけるようにして固まった。
「有希奈?」
いきなり抱きしめられた事に驚いた彼女に対し、有希奈はぼそぼそと呟くように何か言った。
「有希奈ぁ!」
バッチイィィィン!
と豪快な音を立てて、彼女は有希奈を抱きしめ返した。
「え? 何?」
「わたしも大好き………だってさ」
「母さん!」
有希奈がじたばたと蠢きながら抗議するが、よほど強く抱きしめられているのか、抜け出せない。
そのうち「むぅ………」と呻いて動かなくなった。
俺も健信も教授も、予想以上に平和的な光景に笑いが抑えられない。
みんなでニヤニヤと笑いながら、彼女が満足するまでは放置を決め込んだ。
「有希奈、座ってください。皆でお茶にしましょう」
そう言いながら、やっと有希奈を解放した彼女は、自分のお気に入りの椅子へ有希奈を座らせながらそう言った。
「お茶、淹れてくるね」
「ありがとう存じます」
教授が居間を出ていく。
彼女は有希奈を座らせた後も、自分は座る事なく、有希奈の傍らに控えていた。
「あの………」
「なんですか? 有希奈!」
「わたし、久しぶりに、お時ちゃんの淹れたお茶飲みたい」
「有希奈………! 任せてください!」
もじもじとしながら自分の膝の辺りを見ながらそう言った有希奈に、彼女はすっかりやられてしまった。
ぷるぷると震えながら感激した彼女は、脱兎の如く駆け出した。
反応もできず、気づいた時には、いつもの………しかし、本当に久しぶりの3人だけで居間に取り残されていた。
「おぉ早っ、張りきってるな」
「それで有希奈。何があったか話してくれるか?」
バッチイィィィン!
「痛っ! え? は?」
俺、どつかれた?
「光誠お前、馬鹿だろう?」
「はぁ? 何が………」
そんな風に何故か本気モードで俺を詰りはじめた健信を止めたのは有希奈だった。
「光誠ごめん。みんなの気持ちが嬉しかったから、顔は見せなきゃと思っただけで、まだその………整理がついてないっていうか」
あぁ、なるほど。
まだまだ有希奈は無理をしているんだ。
照れているように見えていた態度は、実際はそんな複雑な感情の裏返しだったという訳だな。
それに気づかずに話を進めようとしたから、健信は俺をどついて止めてくれたって事か。
それなら先ずは、ここまで頑張って出てきたという事実を労ってやるのが先決か。
「あぁ、そっか。頑張って出てきてくれたんだな。ありがとう」
「い………いや、みんなの為だから。別に光誠だけの為じゃないし………」
「………ん? うん、まぁそうだな」
なんだ?
せっかく労ってやったのに………意味わからん。
でもまぁ、頑張ってる有希奈に不満を見せてもしょうがない。
俺は努めて笑顔を保ち、有希奈の頭を撫でてやった。
有希奈は俯いて動かなくなる。
撫で続けていたら、有希奈はゆっくりと顔を上げた。
頬は赤く染まり、口は少しだけ開き、目は虚ろに見開きながらも真っ直ぐに俺を見ていた。




