3ー2 繋ぐ手・繋げないココロ
「手紙を出すのはどうだろう?」
不意に口をついて出た言葉に、俺自身が驚いた。
けど………悪くないかも。
「手紙ですか? 同じ家に住んでいるのに?」
「たまたま顔を合わせた時に話したり、メールを送ったりするのは、その時に機嫌が悪かったら伝わる物も伝わらない。でも、手紙にして渡しておけば、有希奈が自分で目を通すタイミングを選べるじゃないか」
「なるほど………」
勢いに任せて考えを告げると、彼女は顎に手を充てて考えこんだ。
それは、長い時間続いた訳ではない。
次の瞬間には、彼女はにこりと明るさを取り戻した微笑みを浮かべ、俺の手をとったのだ。
「それは良い考えです!」
「何? どうしたの?」
こちらを真っ直ぐに見つめ、キラキラと光る彼女の瞳や、俺と手を繋ぐ彼女の手の柔らかさと、相反するかのような冷たい体温。
そういった物に意識をとられ、言葉を失っていると、教授の声が聞こえた。
無意識に視線をそちらへ向けると、教授は驚いたかのように目を見開き、コーヒーのお代わりを持って立っていた。
思わず手を離そうとしたが、彼女の細腕からは考えられない程の力に捕らえられ、動けない。
彼女とは違い、体温が上がり汗をかきだした自分の手に気づいたが、彼女は気に止める様子もなく、手を繋いだままで俺を教授の側まで引っ張っていく。
「あの、すぐに筆記具を用意していただけませんか? わたくし、有希奈に手紙を書きたいのです!」
彼女がキラキラとした瞳のままで教授に告げる。
彼女にしては早口な言葉と、握りこぶしにした両手をぶんぶんと振る速度が、彼女の興奮度を物語っていた。
握られたままの俺の手もぶんぶんと振られ、気恥ずかしい気持ちが高まっていく。
それを確認してか、教授はにこりと笑い、彼女の頬に手を添えた。
「これはまた………かわいらしいアイデアねぇ」
「はい! 光誠の提案なのです。素晴らしいと思いませんこと?」
次の彼女の言葉で、教授は笑顔の種類を変える。
「へえ………光誠がねぇ」
「なんですか………いいじゃないですか」
「善は急げ! 早く、筆記具を!」
「はいはい」
からかいモードになった教授を、彼女が止めてくれた。
本当にスイッチがはいったら面倒この上ないからな………
助かった。
部屋を出ていく教授を見送るが早いか、彼女はくるりと振り向いた。
「光誠! あなたは健信に連絡をとってください!」
「健信に?」
「はい! せっかくです。皆で手紙を出しましょう!」
「皆でって………俺も?」
「当たり前ではないですか! さぁ早く!」
「わかったわかった」
「あぁ、腕が鳴ります! 待っていなさい! 有希奈!」
まるで顔の周囲に「わくわく」という文字が踊っているかのように、テンションが上がった彼女を見ながらスマホを取り出す。
彼女は落ち着きなく、うろうろと居間の中を歩き回ったり、お気に入りの椅子に座りながらそわそわと視線を泳がせたり………
ついには待っていられなくなったのか、教授を探しに居間を飛び出した。
そわそわとする彼女を眺めているのは楽しい時間だったので、少し残念な気持ちだったが、ようやく落ち着いて健信に連絡をとれる。
健信へ向けて送信を押したちょうどその時に、教授が大量の便箋やらペンやらを持って、居間に帰ってきた。
両手がふさがっている教授の為に、居間の扉を開けた。
「あぁ、ありがとう」
「教授、彼女は?」
「あぁ………テンション上がり過ぎてたから、お茶淹れに行かせたよ」
「落ち着きますか………?」
「無理じゃない?」
「ですよね………」
教授と苦笑を交換する。
ローテーブルにぶちまけられた筆記具を手に取り、以外と教授のイメージに合わない少女趣味な便箋が多い事に苦笑いを深める。
教授に少女趣味な便箋について突っ込もうかと視線を向けると、何故か立ったまま真っ直ぐにこちらを見ている教授と目が合った。
「どうしたんですか?」
「いや………何でもないよ」
「はあ………座らないんですか?」
そう言葉をかけると、教授は1度口を引き結んだ後で、どこか咎めるような口調で続けた。
「光誠、アンタさ………」
「………はい?」
「お時ちゃんの事、いつまで『彼女』やら『キミ』だなんて呼んでんの?」
はっきり言って、混乱した。
何故咎めるような口調なのか?
何故その呼び方ではいけないのか?
何故咎めるような口調なのに、教授の表情は憂鬱そうに歪んでいるのか?
「………いつまでって?」
本当に意味がわからないと、人間は同じ言葉を繰り返す。
まさか自分が実践してしまうとは。
「お時ちゃんが最初に何て言ってたか覚えてる?」
「最初………?」
「最初に、アンタ達に何て呼んで欲しいと言ってたか」
「吸血鬼………」
「その事について、何か考えた?」
「………教授」
「何?」
「これって、真面目な話ですよね?」
「そうだね。割りと」
少し落ち着けた。
それなら、考えたしな。
「自分に置き換えて考えたりはしてみました。自分が他人に『自分の事は人間と呼べ』って言う時の心理状態っていうか………」
「そう、考えてたんだ」
「俺は相手と仲良くしたくない、距離を置きたい時にそう話すかなと………ただ、彼女には当てはまらないとも思いました」
「当てはまらない?」
「彼女………あの時笑ってました。だから………」
「うん。当てはまらないなら?」
「それは………わからないです」
教授は無言で顎をしゃくった。
続きを促されていると判断し、言葉を紡ぐ。
「だから、彼女を何と呼ぶかは保留してます」
「保留」
「彼女の事をもっと知れて、彼女に関する情報が増えた時に、自ずと定まるかと思って………」
「なるほどね。甘えてる訳だ」
「甘え?」
「それか、逃げてるか」
思わずムッとした。
明らかに教授は、俺に対して挑発する目的で言葉を選んでいた。
だから、俺は深呼吸する。
落ち着いて………挑発に乗らないように。
教授の手のひらで転がされるのは真っ平ごめんだが、あるいは、俺がそう考えて行動すると読まれている可能性もあるか………?
教授は、いろんな意味で予測不可能だから。
「相変わらず光誠はバカだよ」
「俺がバカ………?」
「考えが足りないっていうか、踏み込みが足りないっていうか」
「………」
「何故、お時ちゃんが自分を『吸血鬼』と呼ぶように言ったか、結局答えを出してないよね?」
「それは………」
「お時ちゃんの事を知れたら自ずと答えが出るとでも思ってる? 本当に答えは出るの?」
「………」
「自分に置き換えてどうすんだよ。お時ちゃんの立場で考えろよ」
「………」
「呼び方も、結局問題の先送りだよね? 自ずと定まるって何?」
「………」
「呼び方に模範解答を求める事こそがバカの考えだよね。アンタは何と呼びたいのさ?」
「俺が何と呼びたいか………」
「ずっと受身では、お時ちゃんと仲良くなれるのは表面上だけだよ。それはさ、お時ちゃんに言われた通りに『吸血鬼さん』と呼んで、興味本位で、お時ちゃん自身を見ずに質問ばかりを重ねる輩と、どう違うのさ?」
途中からは何も言えなくなってしまっていた。
教授はニヤリと苦笑して「ごめんごめん。冗談だから」なんて、どう突っ込めばいいのかわからないような大嘘を吐く。
そのまま、彼女を手伝いに居間を出ていった。
1人残された俺は、自分が理屈っぽい人間だとは思っているが、やはり、本気になった教授には勝てない、なんて、現実逃避気味な思考を重ねてしまう。
お茶を淹れて彼女が戻ってきた時には、いつもの教授に戻っていて。
健信が来ても笑顔で迎えて。
彼女の結局下がらなかったテンションに引きずられて、みんなで笑顔になって。
でも、俺のモヤモヤとした気持ちが晴れるのは、ずっと後の話になる。




