幕間② みんな楽しく
健信視点でみんなの関係を少しだけ………
「お疲れ様でーす!」
「おう! 今日はちゃんと学校行けよ」
「いや、今夏休みだって言ったでしょー!」
「じゃあ彼女とデートか!?」
「募集中ッスよ! 言わせないでくださいよ!」
がっはっは………と下品な笑い声が早朝の街に響く。
ガードマンの夜勤バイト終わり。
仕事仲間のおっさん達にからかわれながら、アクビを噛み殺した。
現場近くに停めてあった原付へ向かう途中、スマホを取り出し、チャットアプリの通知をチェックする。
通知は数件あったが、親友からのメッセージを見つけ、最初に目を通す。
(夜勤お疲れ様。今日も行くが、健信も来るか?)
最初に労いとか………お前は彼女か!
誰に聞かせるわけでもなく、頭の中で突っ込みを返す。
高校からの大親友・光誠は、昨日「あの娘」に会いに行っていた。
その様子は、バイト前に有希奈から詳細に連絡があった。
楽しかったのは間違いないだろう。
あの光誠が2日連続で行こうというのだから。
金を払い、自動で原付のロックが解除される。
道路まで原付を押して、ヘルメットを被り、座面に跨がる。
エンジンをかける前に手早く返信を返した。
(昼から行くわ(^-^)v とりあえず寝る(-.-)Zzz・・・・)
カーゴパンツのポケットにスマホを入れ、エンジンをかけると、スマホから通知音が鳴る。
おや? と思い、アクセルを捻る前にもう一度スマホを取り出す。
(わかった。俺も昼からにする。おやすみ)
「何起きてんだよ。お前は彼女か」
今度は口に出して突っ込んだ。
俺に対してだけじゃない。
こいつは、誰に対してもこうなのだ。
本当にめんどくさいバカだ。
返信は返さず、スマホをしまい、アクセルを捻った。
光誠に出会ったのは、高校1年の頃だった。
入学式から1月が過ぎ、なんとなくクラスの中でグループが形成されていく作業が終わりに近づいていた頃の休み時間。
光誠はいつも窓際の席で1人で文庫本を読んでいた。
ネクラなやつ………
そう思いながら、なんとなく声をかけた。
嫌がられるか、変なテンションでのってくるか………
想像とは違い、光誠はごくごく普通に返してきた。
ただし、1つ話題を振ると妙に考えこんで、慎重に丁寧に自分の考えを答えていく。
なんとなく、適当に、ノリで。
そんな印象とは対極って言うか、真逆。
なんか変なやつ………
そんな印象。
最初はほっとけないって言うか、みんなとの橋渡しを俺がやってたイメージ。
こいつ、1人でいること多いから、取っ付きにくいかもだけど、意外と面白いよ!
そんな感じ。
でも、いつの頃からか、俺から光誠にべったり行く感じに変わった。
光誠はどう思うだろう?
光誠は何て言うかな?
光誠ならどうする?
事ある毎にそんな感じで光誠に絡んで、気づいたら同じ大学、同じ学部に行くくらいの大親友になっていた。
光誠は無感動なところがある。
みんなで一緒に映画を観に行ったりしても、1人だけ泣かない。
飲み会でみんなで騒いでも、1人だけ他の客に迷惑じゃないか気にしてる。
そんな光誠のこれまでの印象に、妙に馴染むのがあの娘だった。
落ち着いた物腰、美しい所作、自らを吸血鬼と名乗る人外、そのくせテンションが上がると急に普通の女の子に戻る。
似てるって訳じゃない。
真逆って訳でもない。
なんとなく噛み合ってる、そんな感じ。
光誠に噛み合うのは、有希奈じゃない、あの娘。
そんな事を考えて、なんとなく後ろめたくなって、原付のスピードをあげた。
「中二病?」
「はい。初めて聞いた言葉です。どういった病なのですか?」
教授の家に行くと、すでに光誠が彼女に質問をぶつけられていた。
今日も1人だけ有希奈のお茶から逃げおおせたと見える教授に軽く会釈をする。
教授はニヤニヤとしながら軽くカップをあげる。
光誠が必死になって中二病についてレクチャーする間、有希奈は小さくなって固まっていた。
それだけで彼女が中二病に疑問を抱いたソースが何かわかる。
有希奈の過去を教授が暴露したのだろう。
「幼年、若しくは若年の頃に患う病だとは理解しましたが、症状について具体的に窺いたく存じます」
「具体例か………難しいな」
光誠が顎に手を充てて考えこむ。
こういう所は要領悪いんだこいつは………
俺はスマホで中二病をテーマにしたアニメを検索し、彼女に渡す。
「はい」
「まあ健信、いらっしゃい。ありがとう存じます」
「よう」
「おう」
2人にやっと気づいてもらい、さて何処に座るか………と辺りを見回す。
有希奈が2人の輪に入って行かないのが気になった。
光誠の隣に座っていながら、スマホを覗きに行かない。
俺のスマホはあの娘が持ち、それを光誠が覗きこむ形で顔を寄せ合っている。
有希奈は顔を伏せ、お茶のカップに目を落としていた。
ま、しゃーない。
光誠が朴念仁なのはわかってた事だしな。
「有希奈。俺にもお茶!」
「あ、うん。わかった」
「俺も一緒に行くわ」
「え? いーよ。待ってて」
「変な物入れられないように見張らねーと」
「どういう意味!?」
2人でリビングを抜け出し、台所へ向かう。
有希奈はぎゃいぎゃい喚いていたが、台所へ着くと、お茶コーナーへ手を伸ばした。
光誠はなかなか正直に「不味い」と言えなくて、でも、嘘をつくのも憚られるようで………
でも、俺は正直に「不味い」と有希奈に言うし、あの不味さは不味いなりに面白いと思って飲んでるんだけどな。
不味いと言われた有希奈の反応も、俺なんかより光誠からの感想を無意識に信じてしまってる有希奈も、見てて面白い。
美味しくはない、ここ大事。
何か話をと考えるが、気の効いた話題が浮かばず、仕方なく先ほどの2人の様子を話題にする。
「だいぶ仲良くなったみたいだな」
「何が?」
「光誠と、えっと………」
「お時ちゃん?」
「そうそう」
そういえば、あの娘を何と呼ぶか考えてなかったな。
吸血鬼って呼ぶのは、光誠も言ってたけど、なんか嫌だしな………
「昨日だいぶね。いろいろ話して、ゲームして、お茶して………」
「有希奈も一緒に?」
「当たり前じゃん」
「ふーん………」
「何? 参加できなかったから妬いてる?」
「バイトだっつーの」
「ま、仕方ないよねー」
有希奈は笑顔を浮かべながら雑談に答えるが、いつもより少しだけ顔が浮かない。
少しだけ。
光誠は気づかないだろう。
朴念仁だし。
教授は気づいてると思う。
母親だし。
じゃあ、あの娘は………?
あの娘が有希奈と一緒に暮らすうちにもっと仲良くなって、有希奈のこの感情に気づくようになった時、どうなる………?
あの娘にこの感情について突っ込まれた時、有希奈はどんな気持ちになる………?
それを考えると、チクリと、少しだけ胸が痛んだ。
「なあ、光誠の分も淹れて行こうぜ」
「へ? なんで?」
「いいから!」
考えてもムダな事だと思い直す。
未来の事なんてわかんねー。
あの娘が何者なのかなんてわかんねー。
難しい事は光誠が難しく考えてるさ。
俺は今、全員が楽しく過ごせるように頭を使うわ。
有希奈も………今は楽しく。
難しい事とか、しんどい事は、考えてると疲れるからな。
疲れるのはバイトと、儘ならない恋くらいで十分だ。
俺は光誠の為に、真剣に、心を込めて、楽しそうに、不味いお茶を淹れる有希奈を見ていた。
その顔は俺の分だけを淹れていた時より少しだけ熱がこもっていて、でも、楽しそうな有希奈を見てるだけで面白かった。




