僕が勇者になれない理由
僕が生まれた時にはもう、魔王なんていなかった。
昔は大変だった、お前達は恵まれている。だからしっかりしなさいと言う大人もいるけど僕はそんなの躾のための方便にしか思えなかった。
また魔王が現れる可能性があると訓練したり武器を作る人も居るけど、もう13年も平和なんだから普通の生活をすればいいと僕は思っている。
僕の両親だって魔王がいた頃から宿泊施設を経営していて儲かってはずなのに贅沢はしない。
平和を謳歌すればいいのに。
まるで魔王の奴隷ように黙々と働き続ける。
二人だけで宿泊施設が運営出来るわけはないので僕も手伝いに駆り出されるからうんざりする。
今日だって森に薬草などを探しにお使いを頼まれた。
早く、こんな辺境にある家を出て王国にいってみたい。
どうせ、薬草が見つかっても見つからなくても説教は受けるんだ。時間が来るまで寝よう。
家に帰ったら薪割りだ。体力は使いたくない。
いくら平和な世界だって、こんな生活はうんざりだ。
魔王がいたら倒すための冒険でもして自由に生きてみたい。
もし、魔王を倒したら王国に住めるし。
今日は魔王を倒す勇者になる夢を見てみようかな。
「おい。こんなところで寝ていると風邪をひくぞ」
魔王を倒すために剣を振り下ろした時だった。
あとちょっとで魔王を倒せたのに。
僕の前には鎧を着た大きな男が立っていた。
鎧はボロボロだ。無駄な訓練でもしたのだろ
う。もったいない。
「誰?」
「私は王国の兵士だ。君はこの近くにある村の少年か?寝るなら家に帰りなさい」
「はい。その村の宿泊施設の息子です。疲れたので少し仮眠していました」
なんだかお子様みたいな扱いにムッとしたけど我慢した。寝てサボっていたことを親に言われたらたまらない。
「それなら話が早い。少年よ、君の村まで案内してくれ。村長に用事があるのだ」
薬草はあまり取れてないけど、このおじさんが
お客になれば親には怒られないだろう。
「いいですよ。案内します」
どうやらひどく疲れているらしい。僕の歩く速度が速いと何度が注意してきた。
休憩なんていつもはしないのに4回も休憩をしたので村についたのは日が少し暮れてしまってからだった。
お母さんはいつもより遅かったのを心配したのだろう。
村の入り口で待っていた。
「こんなに遅くなるなんて何をしていたの?」
「この人に案内を頼まれたから、こんなに遅くなったんだよ」
僕はこの兵士のおじさんがお礼を述べると思ったので顔を向けた。
「おい、村長の家にこの村の大人を全員集めろ」
兵士のおじさんはお母さんに命令をした。
誰です?なんでですか?というお母さんの質問を王様の命令を伝えに来た兵士だという答えで終わらせていた。
「家に帰ってなさい。お父さんに村長の家に来るように伝えなさい」
お母さんはそういうと兵士のおじさんと行ってしまった。
すぐ帰ってくるだろうと夕食を一人で取って起きていたけど日が明けるまで両親は帰ってこなかった。
「なんだ?起きていたのか?」
帰ってきての第一声は疲れた様子だった。
「おかえりなさい。心配で待ってたんだよ」
両親に温かいミルクを差し出す。
「どうしたの?あの兵士は何を伝えにきたの?」
お母さんはちらりとお父さんの顔を見る。
お父さんは長く大きく息を吐いてゆっくり空気を吸い込んで小さくつぶやいた。
「魔王が復活したらしい」
望んでいたことだけど、急に叶うと不安になる。
「魔王ってあの魔王?どうするの?危ないの?」
「魔物も復活して他の町では被害も出ているらしいわ」
お母さんは不安なのだろう。顔が真っ青だ。
「あの兵士は魔王が復活したことと魔王を倒すために兵士を募集しているそうだ」
ずっと話し合っていたのだろう、少しお父さんの声がかすれていた。
何もしないで起きていただけなのにどっと疲れて眠気が訪れた。
「少し、眠るよ。お休みなさい」
「お父さん達も眠るよ。今日は予約もないし店は当分休みにする」
自分の部屋に戻り、ベッドに横になった。
兵士になるのだろうか?兵士より勇者になって魔王を倒したかったな。
さっきは魔王を倒せる夢だったのに、今見た夢は魔王に八つ裂きにされる夢になった。
飛び起きて自分の体が何ともないことを確認してほっとする。
もう一度寝て、夢の中で魔王と戦う勇気もないので、外の空気を吸いに部屋を出ることにした。
昼時だったが村は静かで誰も出歩いていない。
「少年、何をしている?」
昨日案内した兵士のおじさんが自分の後ろにいつの間にか立っていた。
「外の空気を吸いに来ただけです」
ほんとは驚いて悲鳴を上げそうだったけどなんとか耐えた。悲鳴なんて上げたら少年どころか赤ちゃんみたいな扱いをされそうだ。
「そうか。・・・聞いたのか?魔王が復活したことを」
「聞きました。あの、兵士が魔王に勝てるのですか?」
昔は勇者の一団が魔王を倒したって聞いたけど今は勇者と名乗る人なんていない。
「難しいな。訓練をしていた王国の兵士ですら魔物に勝つのは難しい。まして魔王を倒すのは一縷の望みもないな。ただ・・・」
「ただ?何ですか?」
「この村は昔、魔王を倒した勇者が最後に消息を絶った場所なのだ。
勇者の手がかりが見つかればと思い来てみたのだが・・・例え勇者が見つかってももう、魔王に立ち向かうことは無理だろう。だが勇者の剣さえ見つかれば兵士でも勝機があるのだが」
「勇者の剣?」
「その昔、火山の麓に住む黄金色の竜の骨で作られた剣だそうだ。
唯一、魔王に致命傷を与えることが出来たという文書がある」
「・・・すごい剣なのですね。見ただけで分かるのですか?」
「私も実際見たわけではないが、鞘は竜の鱗で作られており、柄は竜の皮、剣は暗闇で紅の光を発するそうだ。
まぁ、見たらすぐ分かるだろうな」
兵士のおじさんはそういうと、見つけたら金貨でもやろうと笑った。
多分、僕の顔が強ばっているのは魔王の話を聞いたからで、兵士のおじさんはそんな僕を和ませるために笑いかけたのだろう。
でも、僕の顔が強ばったのは違う理由だ。
僕はその「勇者の剣」を知っている。
兵士のおじさんに伝えるにはまだ早い。
もし見間違いだったら恥ずかしいし本物だとしてももっていかれると思ったからだ。
僕は見つけたらすぐ伝えますと家に戻った。
本当は一目散に走って行きたかったが怪しまれないようにゆっくりと歩く。
もしかしてお父さんは勇者で僕は子孫?
体が震える。でもそれは怖さからじゃない。
うまく言葉にできない。
でも、なんで両親は勇者であることを秘密にしたのだろう?
「勇者の剣」を確認してから聞いてみよう。
地下室の物置部屋の隠し扉を開ける。
前に僕が開けてから両親は開けてないのだろう隠し部屋の空気は初めて入った時と同じ不気味さを保っていた。
「勇者の剣」は汚れた布にくるまれている。
初めて見たときはすぐにしまって出ていってしまったが、まじまじと見ると村の鍛冶屋が作る剣よりずっと価値があるように感じる。
持ってみると少し暖かい。光も弱いけど発している。
「本物だ」
体の中から力が湧いてくるようだ。
魔王だって簡単に倒せそうだ。
「何をしている!?」
魔王を倒す所を想像していると不意に後ろから声をかけられた。
お父さんだ。
「なんでここにいるんだ?」
嘘を言ったってどうせバレるだろう。兵士のおじさんに聞いたこの剣のことなどを話した。
お父さんは怒らず、僕の話を聞き続ける。
「そうか、兵士は探しているのか」
お父さんは独り言のようにそうつぶやくと僕から剣を取り上げもとの場所に戻した。
「お父さんは勇者だったの?僕は勇者の血がながれいるの?」
平凡な村の少年から勇者の子孫になり、これから魔王を倒しに行くなんて子供の誰もが夢見る幻想を僕は口にだした。
そして、お父さんから語られるのは勇者の一族と魔王との戦いの歴史みたいなものだと思っていた。でもそれは間違いだった。
「俺は勇者なんかじゃない。普通の村人だよ。
・・・いや「普通」のというのは違うか・・・」
お父さんはそういうと勇者の昔話を始めた。
この村は辺境にあり、王国からも離れているせいか魔物に支配されていた。
抵抗だって最初はした。
でも抵抗したものが石にされたり醜い魔物に作り変えられるのを見せられるうちに抵抗する者はいなくなった。
魔物に生贄として子供を差し出し卑しく生き延びる目の死んだ大人達。
希望もない死んだ村。そんな表現が似合っていた。
ある日、魔物達が朝から騒がしくしていた。
まだ、生贄を捧げるまで時間がある。
何があったのだろうか。
「おい、人間。俺たちは魔王のもとに一度集まることになった。
すぐ戻ってくるがもし、抵抗しようとどこかに助けを求めたり一人でも逃げていたらお前らを全員を探し出して八つ裂きにする。
もし、帰ってきた時、村人以外の人間が一人でもいたらどうなるか分かっているな」
魔物達は目をギラギラと光らせながらそういうと空へ羽ばたいていった。
私達は逆らえない。
逃げた所で魔物だらけの世界で隠れる所はない。
幸せに死ぬことなんてできないのだ。
すぐ帰って来るといっていた魔物は1ヶ月たっても帰って来なかった。
試しているのだろうか?誰かと話しあいたい。
でもそんな事をしたら、どんな罰があるか、想像したくもない。
ただ不安と恐怖に飲み込まれそうになりながら普段通りの生活をこなすしかない。
「魔王は倒しました。もう平和です。この村にいた魔物も倒しているので、安心してください」
そんなある日、村に来たのはとても綺麗な目をした少年達だった。
魔物だけでなく魔王も倒したって?
魔物の中には人間に化けられるのもいると聞いた。
私達は沈黙するしかない。
その少年達は魔王を倒すためにどんな事をしてきたか話しながら私達が心を開くのを待っている。
戦いは熾烈をきわめたのだろう、少年達は満身創痍だった。
でも、目の輝きは誰一人失っていない。
「あなた達が最後です。私達を信じてください」
信じてしまいたかった。
でも、信じるより裏切られる方が当たり前になったこの村では最初の一歩は死に簡単につながる。
日が暮れたせいだろう、少年達は私の宿泊施設に泊まる事になった。
話しかけられたら必要最低限のことには答える。
少年達は疲れていたのだろう。すぐに眠りについた。
眠りについた少年達の寝顔はまだ幼さがあった。
「・・・私は耐えられなかったのだ」
お父さんはそういうと顔を覆い嗚咽を漏らし始めた。
「少年達を信じ一縷の望みにかけるより最初からそんな望みなんてないほうがいいと考えるほうが楽だったんだ。だから」
少年達の亡骸は夜のうちに村はずれの荒地に埋めた。
あとは魔物の帰りを待つだけだった。
でも、季節が一順しても帰ってくることはなかった。
それどころか王国から旅人が来るようになった。
本当に平和になった?ならあの少年達の言っていたことは本当だった?
私のしたことは間違いだったのか。
村人達は村長の家に集まった。これからどうするか話し合うためだ。
「この村に勇者はきたがすぐに出ていった」
それが答えだった。
私達は勇者殺しという罪を村全体で共有することにしたのだ。
死んでしまいたかったが身ごもる妻を一人置いてはいけない。
罪を償うこともできず生きなくてはいけない。
だから、この宿泊施設で死にものぐるいで働き続けた。
もし、勇者殺しの罪で裁かれるのならそれでもよかった。
「あの兵士が来たとき、私はやっと裁かれると思った。お前には悪いがお父さんはもう疲れたんだ」
でも、さっき一つの決断が下されたんだ。
「この村には王国から兵士は来ていない」
お父さんは告白が終わると石のように動かなくなった。
僕はふらふらと一階に戻った。
お母さんはテーブルに顔を伏せごめんなさいと繰り返している。
町の外では兵士の怒鳴っている声が聞こえた。
「何をしているんだ!!魔物に心を操られているのか」
兵士のおじさんと対峙しているのは村の中で訓練していた人達だ。
兵士のおじさんは血を流している。地面も赤黒く濡れている。
「少年、どうなっているんだ・・・その手にもっている剣は!!?」
ふと手をみると置いてきたはずの「勇者の剣」を握っていた。
「何をしている!?どうしてそれを」
きっと、昔にこの村を支配していた魔物の呪いに両親や村人はかかっているのだ。
呪いにかかっている両親から生まれた僕だって例外じゃない。
「勇者の剣」は兵士のおじさんの体に吸い込まれるように刺さった。
もう光っていない。ただの剣だ。
いや、もとからただの剣だったのだ。
勇者なんて来ていないし兵士のおじさんだって来ていない。
「勇者の剣」なんてものはない。あるのは古ぼけた剣だ。
ふと、僕の頭の中で声が聞こえた気がした。
「もし、帰ってきた時、村人以外の人間が一人でもいたらどうなるか分かっているな」
誰に答えた訳じゃない。
ただ僕は小さく「はい」と答えた。