IPA 「にっがー……いけど、苦くないこともない!? あっれ?」
・一話完結スタイルです。
・気になる種類のビールやお店のお話からどうぞ。
・ふんわり楽しくお気軽に。難しいことはほとんど出てきません。
今年の春から社会人になる 舞浜みつき は、ビール好きの教育係 常陸野まなか から、日本には大手メーカーが作る以外にもいろいろなビールがある事や、その場で作られたビールをすぐに飲めるお店が身近にある事を教えられる。
そんなみつきが、ふんわり楽しくお気軽に、先輩や同僚たちといろいろなお店でいろいろなビールを飲むうちに、いつのまにかビールの知識がついたりつかなかったりする物語。
(──私、超いけてる!)
新入社員の舞浜 みつきは、一日失敗という失敗もせずに過ごせ、調子に乗っていた。
そんなみつきの得意げな様子を隣席から目撃していた教育係のまなかは、定時になるとすぐに声をかけた。
「……みつきちゃん、今日、頑張ってたみたいだね。私、いつものお店に行くけど、一緒に行く?」
「はい! 今日も新しいビールに、挑戦してみたいです!」
即答したみつきの声は、入社してから今までの中で、一番元気が良いように感じられた。
§
2人は、30種類ものビールが繋がっているお店の、いつものカウンター席に並んで座っていた。今日も、まなかが勧めたビールジャンルの一杯目を、みつきが口にする。
「にっがー……く、なく……ないこともない!? あっれ?」
開口一番、みつきは声を上げた。
「……前にみつきちゃんが苦手だって言ってた、大手ビールさんの苦さとは違うと思うんだけど……どう、かな?」
「はい! すっごく苦かったんですけど、苦手意識があった苦さとは違いました! それにこれ、なにか、癖になりそうな予感も──」
それを聞いて、まなかは満面の笑みを浮かべた。
「……よかった。これがIPAっていうジャンルの特徴。今日、体の調子もさそうに見えたから、いけるんじゃないかな、って思って……」
不意にみつきは、あれ? という表情で小首を傾げ、尋ねる。
「IPAって、フルーツビールとか白ビールとかと違って、頭文字ですよね?」
それまで2人の様子をうずうずしながら眺めていた店員のマリ姉が、待ってましたとばかりに話に入ってくる。
「それはね、インディア・ペールエールの略なの。18世紀末頃、英国からインドへ船でビールを送ってたんだけど、その船旅の途中でビールが腐らないように、防腐作用があるホップという植物をたくさん使ったビールが作られるようになったのよ。そのホップがこの苦味の元。ちなみに、使うホップの種類が変われば苦味も香りも全然変わるし、もっともーっと、苦くて濃いW-IPAっていうジャンルもあるの。飲んでるうちに、この苦さが病みつきになる人も結構いてね──もしIPAのジャンルを好きになったら、いろいろ試してみてね。みつきちゃん、才能ありそうだから」
「はい! 苦いのって苦手だと思ってたんですけど、無理せずいろいろ挑戦してみますね!!」
マリ姉がにやっとした顔で誘いをかけると、みつきは先日凹んだ時に学んだのか、素直にその誘いを受けた。
「──ってあれ? もしかしてみつきちゃん、そろそろこの『まなニャンのビール教室』、卒業なんじゃない?」
不意にマリ姉が発した卒業という単語に、今まで感心した顔で説明を聞いていたみつきは一瞬にしてたじろぎ、まなかは軽く頷いた。
「えっ?! 私、まだいろいろ知りたいです! 留年したいですまなかさーん」
心なしか寂しそうな声をあげたみつきを、まなかはじっと見つめ、尋ねた。
「……みつきちゃん。今まで、フルーツビール、白ビール、黒ビール、そしてIPAって飲んできたわけだけど……その……どうだった?」
「はい、いろいろな味があって、面白かったです!」
「……よかった。ビールのジャンルって、まだまだ他にいろいろあるの。今まで紹介したジャンルの中にも、さらにいろいろなジャンルがあるし、難しいの……」
「100種類以上あるって言われてるよー」
さらりとマリ姉が補足すると、愕然としつつもみつきの声が弾んだ。
「えっ……そんなに……で、でもじゃあ、まだ教室、続けてもらえるって事ですか?!」
まなかは少し考え、選んだ言葉を続ける。
「……私は、ビールが好き。興味を持ってくれた人にも、できれば好きになってもらいたいの……。でも……まずは楽しんでほしいの……」
「そうそう、良いのよ。楽しく美味しく飲めれば」
マリ姉は合いの手を入れると、みつきにウインクを投げてから、別のカウンターの注文を取りに去っていった。
マリ姉が去った後も少し考え込んでいたまなかは、顔をあげて提案した。
「……ビール教室、って程ではないけれど……。ええと、ひとまず、『ビールのジャンル・初級編』は受講終了ということで……。それで、もしよければ次は、私が楽しいと思う飲み方をいろいろ紹介する講座、っていうのは、どう……かな?」
「はい! ぜひお願いします!!」
まるで花が咲いたかのような、華やかな笑みを浮かべたみつきの顔を見て、まなかはほっとした。そして、自分の2杯目のビールを何にしようかと考え始めるのだった。