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「ビールのジャンルって増え続けてるんですか?!」NewEngland IPAとBrut IPA

・一話完結スタイルです。

・気になる種類のビールやお店のお話からどうぞ。

・ふんわり楽しくお気軽に。難しいことはほとんど出てきません。


ビールが苦手気味だった新社会人”舞浜みつき”が、先輩や同僚たちと、日本各地で作られたおいしいビールと出会ううちに、いつのまにかビールを好きになったり、それなりに知識がついたりつかなかったりする物語。

「はぁぁー、ショックーー」


 中堅社員の常陸野まなかが、突然そんなため息と共にデスクに突っ伏したのは、とある企業の広報室、昼休みの中頃の事だった。

 新入社員の舞浜みつきは、頬張っていたランチを飲み込むと、隣のデスクでグッタリしている教育担当の先輩に視線を向ける。


「まなかさん、何かあったんですか?」


 普段は感情をあらわにしない先輩が、いつもと違う様子を見せていることに少し驚き、思わず問いかけると、まなかは顔を上げて涙目で愚痴り始めた。


「うぅー、みーつーきーちゃーん……。聞いてくれる? 気になってたネット販売のビールが、ついさっき販売開始予定だったんだけど、一瞬で売り切れになってたの……。さっき室長に呼ばれてなかったら間に合ってたかもしれないのに!! もう! お昼休みに! 仕事の話で呼びつけるとか! ほんと信じられない!!」


 広報室はその部署柄、明確に業務時間と休憩時間の区切りがあるとはいえない部署である。

 まなかもそれは重々理解している。それに、オフィスで、しかも新入社員の前では愚痴や弱音などおくびにも出したことがない。

 しかし、彼女はビールが絡むとテンションが変わる人間だった。しかも、古来から食べ物の恨みは恐ろしいものと相場は決まっている。今も室長のデスクの方向へ恨めしげな視線を向けながら、頬を膨らませている。

 そんな彼女の姿が珍しく、今回のきっかけとなったビールがどんなものか、みつきは興味が湧いてきた。


「やー、それは残念でしたねぇ……ちなみに、一瞬で完売だなんて、なんだか人気アイドルのライブチケットみたいですね? ちなみにどんなビールなんですか?」

「んー……っとねえ、2015年くらいに誕生した新しいジャンルのビールなんだけど……」

「えっ!? もしかしてビールのジャンルって増えてるんですか?!」


 みつきはあまりの驚きに、思わず声をあげて仰け反った。

 つい最近まで、ビールに苦手意識を持っていた新入社員のみつき。そんな新入社員が教育担当の先輩社員から、ひょんなきっかけでビールにはさまざまな種類や味があと教えられ、楽しくなって勉強をしはじめた(意訳、楽しく飲んでいつのまにか酔っ払う日々を送れるようになった)さなかだったのだ。試験勉強をしていたら、日々試験範囲が広がっているようなものである。


(むむむむ、ただでさえ種類が多くてなんだか難しいし、楽しく飲んでいるうちに何が美味しかったか記憶もふわふわし始めるのに、その種類がどんどん増えてるとかもうビックリだよ──!!)


 もうお手上げ状態じゃん! という表情を見せたみつきに、まなかは慌ててフォローを入れる。


「あ──、えっと、あの……みつきちゃん? もしよかったら今日、軽く、どうかな? 今日は私、おごっちゃうよ!!」


 若干引き気味な新人が、ビール沼から足を洗おうと思う前になんとかしなくては、と必至に作戦を練り始めたまなかであった。


 § § §


「ほぅ──。で、うちに来てくれた、と? いやぁ、毎度ご来店、ありがとうございまーす! 」


 みつきとまなかが訪れたのは、最近よく2人で通っているビールの専門店である。30種類強のビールがつながっているビールに特化したバー、ビールバーやビアバーなどと呼ばれることもある。

 そんな店の店員である川越毱花は、状況を把握するとまなかをニヤリと見やり、言葉を続ける。


「そうだなー、まなニャンのことだから、今日ならおいせさんのとか、ナイトリーブリューイングさんのとかを試してもらいたい感じかな?」


 さらりと読みを当てる毬花に、みつきは照れつつ首を縦に降る。


「さすが、マリ姉。今日は新しいビールジャンルを楽しんでもらおうと思って……」


 その返事を確認するやいなや、毱花は笑顔でカウンターの奥に消えた。

 ほどなくして、両手にグラスを持って戻ってきた彼女は、みつきの前にグラスを並べる。


「はいこちら、まなニャンがお昼に逃したのとは別の作り手さんなんだけど、同じ種類のニューイングランドIPA。そんでこっちがブリュットIPAね」

「マリ姉さん、ありがとうございまーす!」


 まなかは自分のオーダーそっちのけで、様子をハラハラした表情で伺っている。

 みつきはそんな熱い視線をこそばゆく感じながら、先にいただきますの意を込めて軽く会釈を返し、グラスに手を伸ばす。


「どちらも新しいジャンルってことでしたけど、IPAの仲間だから、苦めのやつってことですよね? いただきまーす……」


 片方のグラスに口をつけた瞬間、表情が変わる。すぐさまもう一方のグラスに口につけ、我慢していた声が口からもれ出る。


「っていうか何ですかこれ?! 本当にIPAなんですか? 全然ぽくないっていうか、もはやビールじゃない、感じが……」


 驚いた顔を浮かべる彼女の様子を見て、まなかは表情を緩めた。


「ね、おもしろいよね……最近人気みたいなの──」

「確かに、おもしろいです! こっちのニューイングランドさんの方はミックスジュースっていうか、なんだかジューシーな感じですし、こちらはすごくキリッとしてるっていうか……でも……どっちも美味しいんです、けど……。新しいビールのジャンルが増えるとやっぱり、なんだか覚えるのとか色々大変……じゃないですか?」


 初めは驚きからテンションが高かったものの、だんだんとみつきの表情が冴えなくなってくる。そこに、毱花がすかさず援護射撃を放った。


「もー、みつきちゃん! 美味しければ名前とかジャンルとか根本的にはどーでもいいのよ!! みつきちゃんが人をを好きになった後、相手の国籍とか性別とか歳とか、ええと、草食系とかフェミニン系とかのジャンルを知ったりキラキラネームだったりしたら苦手になるわけ?! あ──でもでも、どうでもいいっていうのは適当でいいってことじゃなくて、本当に大事なことは、他にあるっていうかさらに奥にあるっていうか……」


 畳み掛ける毬花の言葉に感じ入った箇所があったのか、みつきは顔を赤らめ、胸に両手を当てて唐突に立ち上がる。


「私、弱気になってました! 好きになったものや好きな人って、どんなハードルがあっても好きなままでいいですよね! 私、困難な状況のカップル、全力で応援する派です!!」

「お……おう? おう」


 勢いに押されて少し後ずさりながら、ビールが嫌いになるわけじゃなければいいかと生返事を返す毬花。

 そんな2人のやり取りを見ながら、まなかはほほえみつつうんうんと頷く。


「……いゃぁ、本日のクラフトビール広報室。無事みつきちゃんにも気に入っていただけたようで、これにて一件落着……」

「「いやいやいや、まなニャン(まなかさん)!私たちビール会社の広報じゃないから!(ですから!)」」


 キャラに似合わないボケで、話をまとめようとしてるまなかに、2人はジト目を送る。


「あ……やっぱり気付かれちゃった?」


 どこかすました顔で、まなかは自分のオーダーを考え始める。

 そんなまなかを見ながら、美味しかったり楽しかったりすれば、その他のことは皆さんが言うようにオマケみたいなものかもなあ──などと、しみじみ噛みしめるみつきだった。

 ちなみに今回まなかの口から出た言葉がきっかけで、ビールの楽しさや美味しさをもっとたくさんの人に広めたい──と、みつきが会社公認の部活動・クラフトビール広報部を設立するのは、また別のお話である。

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