皇悠人、思考する。
悠人と颯希がデパート内に侵入して約三分。二人は電子掲示板の前で作戦会議を行っていた。
「えっと……私たちがいるのはデパートの北入口前のここで。目標が最後に姿を見せていたのが、真逆の南入口付近。詳細な情報はまだ仕入れられていませんけど、移動したことを考えると今どこにいるかまでは……」
颯希の現在位置の確認、および敵目標の現在位置の推測を聞き流すように、悠人は相槌を打っていた。無論、完全に聞いていないわけではない。掻い摘むように、重要なところだけを頭に残して、悠人は頭の中で自分たちの行動を構築していく。
デパート《WEST》は地上三階で地下はなく、十字に広がる建物で、さらに吹き抜けを取り入れて開放感で溢れた建物で有名である。しかし、こういう場所に来ることが稀な悠人にとっては与えられたフィールドとしか知覚する必要なはなく、また必要な物資を手に入れられるデパートという場所において、悠人のポテンシャルは最大限に発揮されるものとなる。
「あの聞いてます?」
顎に手を当てて考え込んでいる悠人に、半眼になってそれを見つめる颯希は、さながら付き合いたてのカップルのデートのワンシーンのように見える。だが、これは列記とした仕事のワンシーンだ。少なくとも、こんなに悠長にしていられるほどの時間は無いはずなのだ。
敵のことはあまり詳しくはわかっていない。最後に目撃されたのは三十分も前の話だ。敵がゾンビのようになっていようが、いまいが、動けるのであれば現在位置を調べるのにだって時間は必要だ。こうやって電子掲示板を眺めている時間など本当は十秒だって無いはずなのだ。
けれど、文句を言われた悠人は、聞いているわけがないだろとは言わず、ゆっくり颯希の方を見ると電子掲示板の地図に指をさす。
「犯人が男性であればここ。女性であればここにいる」
「……はい?」
「だから、犯人が――」
「そうじゃなくて、なんで断定できるのってことですよ!」
颯希が疑問に思ったのは、確信で揺るぎない態度を持って答える悠人のその訳であった。碌な情報すら無く、あるのはせいぜい最後に目撃されたという場所のみ。だと言うのに、悠人は出会ったことも、話したことさえないであろう人物の現在位置を詳細に示したのである。
一体、何を持って断言できるのだろうと、疑問に思うのは当然の話だ。
もちろん、それを話すようであれば、悠人にこんなにも振り回されはしない。つまるところ、悠人の返しは、
「はぁ? そんなことどうでもいい。それよか、目標は男なのか、女なのか。どっちなんだ?」
「え? あ、えぇっと、ですね。目撃証言ですと、男だそうですよ」
「容姿は?」
「はい? その、ボロボロのコートにニット帽。定かではありませんけど、痩せた頬に手入れされていない髭を生やしていた……ってありますけど」
「じゃあ、間違いなく目標はここにいる」
そう言って、さらなる確証を持って断言する悠人。だからその理由を簡潔かつ、わかりやすく伝えろと言いたいのだという顔でいる颯希が、我慢ならぬと口を開く。
「待ってください! なんで犯人がそこにいるって言い切れるんですか!」
「何言ってんだ、お前? 犯人はボロボロのコートにニット帽を被って、痩せた頬に手入れされていない髭を生やしていたんだろ?」
「そう……ですけど?」
「ならここしかない。行くしか無い。間違いない」
「いや……だからですね。なんだって、そんなところにいるのかっていう話なんですよ!!」
そう、悠人が指したのは大量殺人犯が最も行くわけがないと思われる場所。所謂、女性下着店であった。颯希にしてみれば、意味不明、わけがわからない、理解不能という言葉がよく当てはまる。
「バッカお前。パンツだぞ? パンティーなんだぞ!? ブラや女児インナーなんかとは比べ物にならない――許されざる領域なんだぞ!? 《O・パーツ》に身体を支配されようとも、男の深層欲求には敵うまい! それが『ホームレス』と大差ない容姿の男ならば尚更だ。まず間違いなく、オナニー用のパンツを調達するに決まってるだろ!?」
「最っ低ですね!?」
「褒めるなやい。男を本気にさせるのはいつだって女の体さ」
「いや、褒めるどころか幻滅しましたけど!? 今の先輩の発言で全世界の女性を敵に回したっていう自覚ありますか!?」
自覚はないと言えば嘘になるが、それでも十分とは行かない。そもそも、悪いことをしたという考えがないのだから、悠人は救いようがないのだ。それよりも、全世界の女性が敵に回るなど、一周回って面白そうだとか思ってしまう辺り、やはり悠人は変態だ。
悠人は話はそこまでだと電子掲示板の前から歩き出す。それに不満を覚えつつも、さっさと行ってしまう悠人に追いつくように歩き出した颯希は小さな違和感を持った。その違和感というのは、悠人が向かう先が、明らかに犯人がいるところへの道ではなかったから。よもや逃げるのが目的ではあるまいか。そう思い当たって、颯希はとりあえずな形で質問する。
「どこ行く気ですか?」
「ちょっとな」
「逃げるおつもりで?」
「そう簡単に逃げられたら苦労しないのはわかってるだろ。安心しろって、お前の尻を揉めるんだ、早々に逃げる算段なんて付けやしない」
「そうですか…………はい? 今なんて――」
「よーし、そうと決まったらまずはホームセンターへレッツゴーだな」
「なんでホームセンター!? いや、ですから、さっきなんて言ったんですか――!?」
いや待て、と。数秒前に言ったことを復唱してみせよ、と。
颯希は背筋が凍るような思いで、悠人に先程の言葉の復元を要求するが、悠人がそれに応じるかと言えば否であるのはもちろんのことである。
笑顔で歩く悠人と、怒りと焦りとを混ぜたような顔で悠人を追いかける颯希は悠人の言う通り、目標がいると推測された女性下着店とは離れた場所に位置するホームセンターへと足を運ぶのだった。




