皇悠人、癇癪を起こす。
今にも星が落ちてしまいそうだった。
吐き出しそうな憎たらしい星空は、いつまで経っても、一人の人間を楽しませて止まない。まるで、これが楽園だと言いたげで、少年はふと笑みを浮かべた。
傍若無人で無慈悲と、軽蔑の目で理解をされなかった悪魔は、二年前の冬に心を欠いて、楽園を見た。
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アウト・オブ・プレイス・アーティファクツ。所謂、オーパーツと呼ばれる古代物品のことである。
場違いな加工品とも呼ばれるそれらは、誰もが知るものでいうところの水晶髑髏などのことを指す。
しかし、近年になって姿を現した《O・パーツ》と呼ばれるものは、既存のオーパーツとは似て非なるものであり、その最たる違いは、たとえ死に際の老人であろうと、生まれたての赤子であろうとも、触れるだけで神秘を超越した力を引き出せてしまう、という点にある。
また、《O・パーツ》によって何も知らない一般人が甚大な被害を引き起こしてしまう、という事件も多数報告されている。
以上のことから、非常に遺憾であることを承知の上で、罪人番号666に《O・パーツ》の蒐集を行わせ、それを以って仮釈放の条件と致すものを提案する。
そう書かれた一枚の提案書に目を通して、青年はひどくため息をついた。
「なあ、これ最後の一文以外いらなくないか?」
「いえ。御身はまだしも、知らない人のためにも書かなければいけないと思いまして」
「少なくとも、この提案書を読むのは俺だけだよ……」
青年の名前は佐久間響木。とある事情にて少々王様を役職とする二十五歳、実質無職の世界最強の無自覚な吸血鬼である。肩書こそ仰々しいが、その実は根暗で決断力に欠けるダメ人間、ダメ吸血鬼なのである。
「なんだかどこかで誹謗中傷この上ないことを言われた気がするけど、まあいいか。わかった。仮釈放の有効性は理解できる。でもなぁ……」
「なにかご不明な点でも?」
「いや……ただあいつが、はいそうですかってこの話に乗るようなやつなら、俺は苦労してないって話なんだよな……」
はぁ、と。佐久間響木は再びため息をつくと、深く肩を落として件の少年のことを頭に浮かべた。
所変わって、西日本最大級のデパート《WEST》。このデパートは、二年前に起きた日本を四つに分断するほどの自然災害に見舞われた後に建設された、現在の西日本を活気づけるために、大いに役に立った建物でもある。
時代の象徴とも言えるこのデパートにて、刀を持った不審者が暴れているという連絡を受けた警察が、重要参考人とコンタクトを取ろうとしたところ、一方的に惨殺されるという事件が起きていた。警察はすぐさまその人物を大量殺人犯とした上で、デパートを数百人単位の警察官を導入して、問題解決に乗り出したと速報されていた。
「嫌だ」
野次馬や報道陣、デパートから逃げ出てきた被害者などが、デパートの中に戻ることがないようにデパートを囲む大勢の警察官たち。それらを見るだけでも物々しい雰囲気は十分すぎるだろう。
と、いうのにだ。
その空気の中でただ一人、不満を掲げる顔で嫌だと口にする少年がいた。
「まあまあ、そう言わずにやってくださいよ、先輩」
それを宥めるように、下手からものを言う少女。何を言おうと自分の意志は変わることはないと、とうとう少年はそっぽを向いてしまう。
少年の名は、皇悠人。男にしては少し長めの黒髪で、顔は少し幼さを残しているが、年齢は十七歳の高校生である。軍服に似た作りの黒い服を着て、規制線の中にいることから少なくとも一般人ではないことはわかる。
しかし、その少年――悠人――は目の前で己を宥める少女に頑として拒否する姿勢を崩さない。
「お兄……王様からの直々の命令ですよ? やらないと先輩の印象、だだ下がりじゃないですか」
「安心しろ、俺の印象は既に底をついている」
「先輩……正しいですけど、挽回しようとは思わないんですか…………」
思わない、と。挽回するだけ無駄な努力である、と。
悠人は少女の言い分を真っ向から否定する。そもそも、悠人がこの事件現場に来ているのは話に出てきた王様――佐久間響木――による陰謀が大きい。佐久間響木曰く、この事件に関与しているだろう《O・パーツ》を回収してこい、という命令を出して悠人を『出所』させた。
そして、この事件を引き起こした、大量殺人犯の手に握られているものこそが《O・パーツ》であったのだ。
「とにかく! 先輩にはあれを回収してもらわないといけないんですよ!」
「やだよ……絶対ヤダ。だって、あれ絶対斬りつけてくるだろ。痛いんだぞ、斬られるのって」
「それくらい知ってますよ!? いいからやりましょうよって。私が手伝うので出来ますって!」
できるできないの問題ではない。そう悠人は言いたげだった。
事実、悠人は目の前の少女がサポートしてくれるのであれば、大量殺人犯が持つ《O・パーツ》を回収することは不可能ではない、と考えている。少女の実力を持ってすれば、そも悠人の力を借りること無く、事態を収束させることだって無理はないはずだ。
要は、あの大量殺人犯を止めるメリットが、悠人にはなかったわけである。自分の力を必要としない事件で、わざわざ身の危険を犯してまで事件に関わる有効性を知覚できないのだ。
では、有効性があれば……?
少女は頑なな悠人を見て、持ち前の勘の鋭さを持って見抜く。それに加えて、これまでの経験として悠人の人格や性格を知っていたのも相まって、メリットの有無が関係しているのだろうと目星を付けた。
そうして、少女は仕方ないと、苦肉の策を、究極的切り札を切らざるを得なくなった。
「……わかりました」
「何が?」
「この事件……あの《O・パーツ》を回収できた暁には、私の胸を揉む権利を与えましょう!」
そう言って、胸を張る少女。そのようすは、さも自分の胸には触るだけの価値があるのだと、そう言いたげな様子なのは見た限りだ。しかし……しかしだ。少女の胸は、残念も残念だが揉めない。刑法第2編第22章の縛りがあるからではない。そもそも、揉めないのだ。言葉にするならそう、揉めるほど『成長』していないのである。
俗に言う、ぺったんこなのだ、これが。
ハッ、と。少女の言葉に感動を受ける悠人はゆっくりと、そしてはっきりと言葉を天へと向けた。
「お前、揉めるほど胸無いじゃん!!」
「ぶっ殺しますよ!?」
ああ、神よ。そんな風に天を仰ぐ悠人の頭を引っ叩いた少女は、恥ずかしさのあまりか、それとも怒りの過ぎたるものか、そのどちらにしたとしてもヒートアップした言葉はよからぬことまで口にしてしまうものだ。
「良いですよ! あれを回収できたら私の身体を『自由に』弄ればいいじゃないですか、この変態!!」
ニィィィィ。
これやってみせたなり、と。徐々に釣り上がる口の両端。悠人は正しくその言葉を待っていたのだ。ポケットに忍ばせた右手で、スマートフォンの録音機能を起動させていた悠人は、今の言葉を一言一句逃さないように動いていた。そして、手に入れたのだ。少女、佐久間颯希の身体を自由に扱えるという権利を。その動かざる証拠を!!
突発的に口から出てしまった冗談だとしても、一度口に出してしまい、さらには録音されていたとあっては冗談では済まされない。特に、悠人の前では。
それが地獄の始まりを語る言葉だとは気が付かずに、少女――颯希――は興奮のあまり息を荒くしていた。もちろん、どこまでが計画だったかと言えば、このあとベッドで颯希のもっちりとした柔らかそうな尻を揉みしだくまでが計画であるが、それは今言わないほうが懸命であると判断した悠人は人が変わったように席を立つ。それを追うように、颯希も若干躓きながらも立ち上がった。
「さて、仕事をしますかね」
「え、切り替え早すぎません!? ちょ、ちょちょちょ、待ってくださいよ、先輩!」
この男、皇悠人は策士である。エゲツない手を使い、ありとあらゆる《O・パーツ》を簒奪した蒐集家でもある。
そして、それを先輩と呼ぶ佐久間颯希はダメ吸血鬼こと佐久間響木の義妹であり、今回の皇悠人仮釈放に一役買って出た者の一人でもある。
《罪人番号666》と呼ばれる皇悠人。その罪状は――――
――――――――公然わいせつ罪であるッッッッ!!




