遠くの鐘はここから聞こえるのでしょうか?
「やあ、沙奈さん。今日は何の事件ですか?」
彼は壁の方を向いてこっちを向こうとしない。こちらに背を向けて立っている彼は足音だけで私がきたことがわかったらしい。
「よく私だと分かりましたね」
「まあ、こんなところにヒールの音が響くのは貴方くらいですから」
「ですよね、今度は分からないように来ますよ」
「まだ来るんですか?こんなところにきているとあなたの人生が潰れますよ。まあ、私に言われたくないでしょうが・・・。それで、要件を」
私は持ってきたバッグから資料を出す。
「まず、これに目を通してください」
「はいよ」
私は食事の受け渡しのする穴から資料を渡した。彼はそこでようやくこちらに顔を向ける。最初に目にとまるのは彼の目の上を走る切り傷。ガラス越しだが、後ろから見たら若干青みがかっている髪は前から見れば白い。彼曰く劣性遺伝らしく、この髪をネタによくばかにされていたらしいが私はその髪色は好きである。もちろんこのことは口に出さない。初めてあった時に言ってしまったのだが彼は苦笑いしながら「そんなこという人を始めて見ました」なんて穏やかに笑ってみせた。あれからかれこれ2年になる。
「これは最近巷で話題になっている猫事件ですか?」
「そんな呼び方は初めて聞きましたけど、たしかにこの事件の犯人は猫の糞尿シートに生首を入れて鑑賞していましたが・・・、そんな可愛く言わなくても」
「事件の概要は毎日の新聞で把握済みです。まさかこんな有名事件の捜査のお手伝いをさせてもらえるなんて光栄ですよ。で、何を聞きたいのですか?」
「犯人はご存知の通りもう逮捕されています。本当に犯人は自殺の手伝いをしたかったのでしょうか?」
「たしかに彼の犯行の仕方は首をくくらせた。おそらく能動的にだ。その後の死体の処理の仕方は報道規制がかかっていてあまり知らないのだが、風呂場とリビングで解体されただろ?ああ、答えなくていい。君はすぐ態度に出るから。司法解剖の結果は知らないけど、臓器の方は残っていたのかい?正確にはいわゆるホルモンのところは?・・・あったのか。いや、なかったんだね。そんなに無理して隠さなくていい。体に悪いよ。まあ、嘘だけど。この手の犯人は自分の行ったことへの勲章を欲しがるんだ。どんな軍人さんでも勲章は威厳を表せるから欲しいものだよ。例えば、どうして戦国時代の武士は耳を集めたんだ?答えは簡単だろ?自分の主人からの褒美をもらうためだ。さて、今回のような犯人がどうして死体を解体して、首を持って臓器を冷蔵庫にしまったんだ?これは今回の質問とは関係ないかな?じゃあ質問だ。どうして彼は自殺志願者をターゲットしたのでしょうか?答えは簡単。理由づけですよ。死にたいと言っている人を殺すことが何が悪い?彼はそう言っていないかい?でも実際は違う。彼は行動することによって自分の使命を全うしていたんじゃないかな?使命・・・。この言葉は文字通りだ。彼は簡単に死にたいと言っている人を・・・、ネット上で死にたいと言って気を引いてもらいたい人をおそらく真の意味で前に出してあげたという自尊心を持っているんじゃ?それの土台にしただけだ。世間にはお手伝いで通して自分を正当化させ、実際はただの殺したいだけ。もう答えは出ましたね?今回の件は自殺幇助なんかじゃありませんよ。これはただの殺しです」
彼は雄弁に語ってみせた。その時の彼は生き生きとしていた。
「ありがとうございます」
「うん。お役に立てたのなら嬉しいです。早くいい人見つけないと婚期逃してしまいますよ。沙奈さんもいつまでもここにくるべきではないですよ」
「うるさいです。ははは」
私は自然体で笑うことのできる唯一の場所であることは内緒にしておこう。
私は二十四の若さで警察の刑事課に入れたのは奇跡とも言えるけど、その後が続かないのが悲しいことで、このあとはこれといって何ともなかったのが不幸の始まりなのかこの署にどうしてかある異常犯罪捜査班というものがあって、そこに飛ばされた。そこからは私は暇があれば犯罪学の勉強をして、その過程で私と同い年の犯罪者を見つけた。それが彼だった。彼の名前は萩野 暁人。彼は無実の罪で捕まっている。彼自身がそういっておるからみんな信じようと思わないが、どうしてか彼と対話を重ねていくうちに信じることにした。なんかそうしたほうがいい気がした。確か彼の年齢は同い年だったはず。
彼と始めての対話をしたのは2年前だから今は26か・・・。もう30になってしまう。彼との馴れ初めは大したことではないけど、まあ、話しても損ではないだろう。
とある雑誌で彼の特集が組まれていた。題名は『6年前の真実。松屋一家六人惨殺事件の犯人 少年Aの素顔とは』というどこにでもある雑誌の特集から私は彼の存在を知った。その中で彼のことをこう書かれていた。『類い稀た推理力と観察力は天性の授かりもので、彼はそれを駆使して一家をたらしこみ凶行に及んだ。彼は後世の犯罪史に残る稀代のサイコパスである。彼のIQは168。犯罪学にも精通しており、齢18で犯罪学の勉強を独学で学び、その実験台として松屋家を使った。彼は我々の取材にこう応じた。「犯罪者の心は特に私と同類の者の心は手に取るようにわかる。ここ(犯罪精神学館・隔離病棟)に事件の依頼を持ってこれば私が解決いたしましょう」と語っていた・・・』
私はこの記述に興味を持ったから当時担当していた凶悪事件の参考として彼に頼った。
「これはまた、今まで出会ったことのないタイプの人がきました。はじめまして萩野 暁人です。何の目的できたのかは聞かないでおきます。ふーん。ああ、なるほどね。君、大学は出ていないけど、自分の勉強には絶対的な自信を持つね。その自信は・・・、うん、祖母かな?かなり甘やかされて育ったね?そうだね?答えなくていいよ。君の顔に出てる。わかりやすいね。中学校、高校ではその性格ゆえにあまり友達がいなかったのでは?親友はいたけど今は仕事を理由に最近会ってないね?理由は・・・結婚かな?君は年齢イコール彼氏いない歴で、親友の方は婚約でもしたのじゃないかな?だから会いづらい。理由はさっき話した事だから・・・。おっと失礼。言い過ぎましたね」
私は泣いていた。会ってこちらが挨拶をする前に泣かされた。多分こんな人は他にはいないだろう。屈辱だ。
「それで、要件は?」
「最低って言われたことはありませんか?」
「ああ、怒ってます?ちなみに言うと六人殺しの人間は世の中に最低って言われてますからね。これは失礼。まあまあ、そんなに怒らないで。代わりに真面目に話しますから」
私はまだまだ怒りが収まらなかったが、時間がいくらあっても足りないだろうから話を進めることにした。ここにくる前にここの所長と打ち合わせしたとうりクリップを抜き取り、ペンがないことを確認して資料を渡した。内容は最近この近辺で起こっている連続通り魔事件である。
「初めてのお仕事はどうやら面白そうですね。どれどれ・・・」
彼は笑顔を時々向けながら資料に目を通す。私は彼の鮮やかな髪色に目を奪われていた。
「そんなに私の髪を見て何か付いていますか?」
「いえ、ただ・・・、綺麗だなと思いまして」
「綺麗?不思議な感性をしておられますね。殆どの人は私の髪を見ると笑ってしまうのですが、君は至って真面目に見る。本当に不思議な人だ・・・。さて、もうこれも読み終わったし、この犯人の動機を探っていきましょう。どこから話そうかな?そーだね、そもそもこの類の通り魔には大きく分けると二種類いるんだ。一つ目はただ単に殺したかった。今回の犯人が言っていた動機の場合だ。まあ、そんなに結論を急ぎたいわけではないでしょ?二つ目は当たりくじを隠すためだ。これは説明が必要だね。例えば君は商店街でくじ引きをやっている人だとする。君は主催者だ。景品は・・・まあ、何でもいい。方法はあの、なんて言うのかな?カラカラ回すやつ。まあ、名前はどうでもいいか。もし君が主催者なら一発目から当たりくじを出すかな?もっと直接的なことを言おう。君は戦場の兵士だ。昔の大きな戦争を思い浮かべてくれたらいい。捜査がずさんな時代のだ。そこで、味方をある日誤って殺してしまった。ここは激戦区。頭を撃ち抜かれている。目の前には地獄が広がっている。そんな時君はどうする?自分から言い出すと言うのはやめてくれよ。君ならそうしかねない。答えはこうだ。木を隠すなら森の中。死体を隠すなら戦場の中。真実を隠したければお供を連れて行け。今回の犯人の殺し方は一見一貫性があるよに見えるけど、1人だけ明らかにおかしかった。彼自身は人目がなかったから首をはねたと言っているが二件目と四件目も深夜2時なら人はいない。だったら首を跳ねてもいいのじゃないかな?でも五件目から明らかにおかしい。犯行に異常性がました。異常というのは言い方がまずいね、猟奇性がました。まるでたかが外れたように。これから帰ったら五件目の被害者の近辺を洗って見るんだ。もしかしたら何かしらの共通点があるかもしれない。特にネット上でのだ。さて、他に聞きたいことは?」
私は聞き入っていた。あんだけの資料でここまでのことを考えるなんて。彼はバックグラウンドとなる知識がかなりあるから出来る技なんだろう。
「どうしてここまでのことができるのに人殺しなんかを?」
私は踏み入ってはいけないのかもしれないけど気になって仕方なかった。
「正直に腹を割って話そう。君なら信用できるかもしれない。君の名前はまだ聞いてないけどね。ははは」
「そいえばそうでしたね。私は宮田 沙奈です。24です」
「別に年齢は聞いてないんだけど・・・。ちなみに私も24です」
「同い年だったんですか?ちょっと待ってください。6年前ってことは私が18の時だから・・・」
同い年の人とガラスを挟んで対話するという不思議な状況に24の私は驚きを隠せなかった。
「沙奈か・・・、いい名前ですね。では、沙奈さんにだけ伝えておきます。信じてくれなくても構いませんが私は誰も殺してなどいません。まあ、信じてもらえないだろうけど・・・」
この時の彼の顔をよく覚えている。とても悲しそうな顔をしていた。私は面会時間が終了したという通達を受けたので部屋を後にした。
この後は特に何もなかった。ここの所長との軽い対談を重ねて一つわかったのはここの所長はここの人たちたちの更生は不可能というレッテル貼を仕事としているだけであっち方面のことは何も知らないということだけだった。そもそも議論にさえならなかった。そこから2日にいっぺん足を運んでいた。もう2年たった。
「えー、一般に反社会性パーソナリティー障害者と健全者との区別はしにくいものであるというのが通説で、これを拒否はできない。例えば君たちの目の前に移す出されているこのものはどう映る?」
私は週に一回短大時代にお世話になった教授の話を聞きに講義に出ている。それは2年たったいまでも変わらない。
スクリーンに映し出されたのは顔こそモザイクに隠されているが鮮やかな青に薄く染められた白い髪。まごうことなく暁人さんだった。
「このものはとある事件で逮捕され、精神鑑定の結果サイコパスと診断された我が国でも類い稀たサイコパスの1人だ。頭脳明晰で感情は悲しみというものがなく、己が欲のために動く非常な人間だ」
どいうわけか彼のことを全力で庇いたかったが、ここでは言い出せなかった。それは会場の雰囲気というよりも教授個人の感情に流されてしまった。
2時間後・・・。
「佐方教授」
私はさらに詳しく話を聞きたかったから講義が終わった後で話を聞きに行った。
「おー、宮田くんか、毎週来てくれて嬉しいよ」
「こちらこそいつも講義をありがとうございます」
「それで、今日珍しく目の前にかを出したのには理由があるんだね?」
私はこの時違和感を感じた。彼は私が来た時その内容に関すること以外で私の中をのぞいてくる。いまこの状況が当たり前なのか、教授の上を行くのが彼なのかはわからないけど、少なくとも彼は賢いことを再確認できた。
「はい、いま私は個人的興味と捜査の協力依頼のために暁人・・・、いえ、萩野受刑囚との対談を重ねています。教授にも対話の依頼をしたいのですが・・・」
「なるほどね、私にその人を研究対象として見てくれということだね?」
「端的にいえばそうです」
「わかった。今から行こう」
即決。教授の長所でもあり、短所でもある『善は急げ』主義は私はあまり好きではないが、この後も操作の資料の提供に行くつもりだったので了承した。
「やあ、沙奈さん。3日ぶりかな?いつもは2日にいっぺんくるのにこないから少し心配したよ。さしずめ・・・、うん、そうだね。初めてあった時に言っていた友達に会おうとあったね?どうだった?よかったでしょ?人との幸せは分け与えてもらうべきだよ。自分も幸せになるから」
彼は壁に体を向けたままこっちを向くこと無く話し続ける。
「よくこっちを見ずに当てますね」
「ははは、君の足音は気分で変わるからね。今日は足取りが軽かったね。そしてもう1人いますね。そうですね、スーツを着ていて、でも靴はそこまでこだわっていない。バッxつぐもそこまで高級品をつけていない。男性だね。職業は・・・、大学教授。しかも短大だ。そうだね、年は46。専門はまあ、言わなくてもいいか。ここにくる人間は限られているからね。さて、答え合わせだ」
そう言って彼はこちらを向いた。一方教授はかなり不機嫌になっている。
「うん、あたりだね」
「こんなのはハッタリだ!!君はこんな奴に捜査の協力をもらっているのか?」
「はい。この方はかなり賢いです。どんな事件も的確なアドバイスをもらえます。彼は本物のサイコパスかもしれませんが、それでも人間です。彼は・・・、彼は・・・」
「沙奈さん。本物の天才と猫の皮を被った偽善者の違いは理解力の差です。殺しを理解する才能ではなく、そのものの思考を少しでも理解することが最も重要なんですよ。失礼ですが、あなたはこの分野に向いていない。あなたは勉強すればするほどこう感じているはずだ。どうして彼らはそんな凶行に出るのか。考えれば考えるほど・・・、あなたまさか・・・。いや。まあ、いい。でもあなたはこの世界にふさわしくない。すぐ飲まれますよ。憎しみで行う学問は意味がない。私はあなたの全てを否定します」
「所詮は人殺しの戯言に耳を貸す必要はない。所詮殺し。お前たちはそんな人間のクズだ。健全な私はお前達のようなものにはならないさ」
「ほらな。沙奈さん、君はこれ以上彼の講義を聞いているとそれこそ深淵に取り込まれますよ」
この板挟みはなんなんだろうか?でも一つわかるのは教授について行くのはもうやめたほうがいいと思った。でも同時に彼の言いなりになっている気がして癪だった。
「教授。私は犯罪を憎んでいますが、彼を憎んではいません。彼が持っているものは暖かさです。それを否定することは許しません」
「宮田くん・・・、君は騙されているぞ」
「私はそれでも構いません。私は私を持っています。犯罪は憎んでもクズを憎んでも彼の優しさは憎みません。騙されても私は画を持って彼との対話を続けます」
「後悔するぞ」
「ええ、もうしています。でも・・・、教授。ありがとうございました」
私は教授との決別を決めた。教授は何も言わずに去って行った。
「沙奈さん・・・。あなた・・・、そうか、君もか」
「どいうことですか?」
「君も深淵を覗こうとするのだね。私は何も言えない。君が私と同じように戻ってこれることを願っているよ」
私は何も言えなかった。どいう意味なのかはわからなかったけど、なんか応援されている気がした。
「さて、今日は何の用ですか?」
「今日は特に事件の話ではなくて、ただ単純にどうして暁人さんはその、反社会性人格障害の中身がわかるのですか?」
彼は笑った。
「これは私自身の見解なんだけど、この分野で大事なのは相手を見下すことではなく、相手に共感することが一番大事なんだ。世の犯罪心理学者は完全に数字の世界。確かに私の頭の中にも更新はされていないものの私は共感と数字を組み合わせているからね。君にはその素質はあるからね。あとは深くまで潜って戻ってこれるかどうかですよ」
「潜る?」
「ええ、深淵へ」
深淵とはニーチェ言う所の深淵だろうか?つまりは私は怪物と戦っていることになる。
「あと、もう一つ。あなたが起こしたとされるあの事件を軽くですが調べました」
「ほう、で、実際に目の前にいる人間と捜査線上に上がっていた人間の違いは掴めたかな?」
「いいえ。あなたが逮捕されたのは現行犯です。しかも被害者宅のベットの上で。台の上に睡眠薬と水の張ったコップ付きで。でも、そこにいたというだけであなたが犯人という物的証拠がなかった。現状証拠での逮捕および起訴。あなたは一貫して無実を主張。でもそれは棄却され、精神鑑定に回された。そこで並外れた知能指数を叩き出し、それと同時に反社会性人格障害、サイコパスと診断されここに収容。ざっとこんなもんですかね」
「まあ、あたりだ。で、何が聞きたい」
「私個人の感想なんですが、捜査資料を読んでもずさんな捜査だったのには変わりありません。現状証拠を見ると確かに現行犯に思えるのですが、謎が多く残りすぎています。あなたが捕まった時、匿名のタレコミがあったのですがご存知ですか?」
「いや、初耳だ」
「でしょうね。その記述に斜線が引いてありました。そして現場に落ちていた包丁。正確には板前が使う包丁。刃渡り20センチの長い包丁の指紋はあなたの指紋ともう1人指紋があったのですがそれも斜線。侵入ルートもわからず。あなたの目撃情報とともに、もう1人不審者の目撃情報がありましたが、それも斜線」
「なるほどね、君の言いたいことがわかったよ。私を無実にする材料はまさしくその資料の中に山積みというわけだ」
「はい」
「少し考えさせてくれ。また明日来てくれ。少し整理するよ。あ、あと、ひとつお願いなんだが本を持って来て欲しい」
「本ですか?」
「そうだ。さっきの教授の本だ。正確には彼の論文をくれ」
「了解ですなんとかします」
「うん。頼むよ」
私は時間はまだまだ余裕があるのだが、帰ることにした。
「それでは明日また来ます」
私は一度礼をして席を立った。
この場所を出ようとしていたら所長にばったりあった。
「こんにちは宮田さん。今日もアレに?」
私の癇に障ったがもう慣れたのでほっといた。
「ええ、まあ、日課みたいなもんですから」
「それは感心しませんね。君のような若い人材をアレに預けておく時間はないのだけれど」
「暁人さんとの会話は勉強になりますし、同年代が小さく見えます」
「はは、僕も45になるけれど、アレは手に余るよ。君はどんな人生を過ごして来たのかが少しばかり気になるけど・・・、まあ、それはどうでもいいか」
「勝俣さんは彼と話したことは?」
「一度だけ。ここに入った時、何個かここのルールを教える時にね。その時は本当に怖かったよ。アレは私の中をあてにこようとする。というよりもほとんど見透かされていた。正直怖いよ」
「でも、彼は親切ですよ」
「君はアレに人と同じ目を向けたらいけませんよ。アレは、人を手玉にとって自分を神格化しようとする異常者なんですから」
「でも、人です。誰でも気にかけてもらいたい、誰かのためになりたい、そんな風に考えるのはあたりまえじゃ?」
「君のことをアレは牢の中からでも殺せる。君はアレのところに通い始めてもう2年になるだろうけど、アレからもらった犯罪者の見分ける力が強くなったはずだ。それと同時に、犯罪者の心の中が見えるのでは?そして、その犯罪者がどうしてそんな凶行に出たのかを理解できるはずだ」
「まあ、最初に比べたら・・・」
「君はアレにこう言われなかったか?深淵という言葉を使って潜らそうとしなかったか?」
「所長、お言葉ですが私はもう潜っています。でも、その中でも私の中にある1人の言葉を肝に命じて潜ります」
「ニーチェか?」
「はい」
『怪物と戦う者は己が怪物にならないように気をつけなくてはならない。深淵を覗く時、深淵もこちらを覗いている』
私はこの言葉が頭から離れなかった。中学二年生の時にこの言葉に出会った。
「それでは失礼します」
私は少し腹を立ててここを出た。
中学2年の時のことを鮮明に覚えていることは一つしかない。夏休もが終わった後のことだったと覚えている。九月になってもなお暑さは続き、蝉の鳴き声は聞こえていた。でも、風のどこかに秋を感じさせた。そんな中で、私の・・・、いや、あの場にいたみんなの記憶から離れることのない事件が起こった。授業を受けていた。確か国語で、先生の趣味で芥川龍之介の地獄変を読んでいたと思う。というよりも読んでいた。このことはもちろん彼にも話した。確か彼も地獄変を読んでいて、こんなことを言っていた気がする。
「あの作品の中で絵仏師良秀の娘を焼き殺したのは私の考えでは彼自身だ。その証拠に彼は自分の絵を描き上げるために自分の弟子を吊るしたりなんなりとして描いていたじゃないか。そこでおかしいと思ったんだ話しの流れで無関係の人間を焼き殺そうとしていたが、それを良秀は自分のプライドにかけて赦せるだろうか?おまけに語りの元にある晩その娘がひどく怯えている姿を記述している。小説の中に無意味な部分がないのだとすればその記述にもなんらかの意味を持たせなくちゃいけない。だとしたらこの考えは少なくとも間違っていなければ、あっているわけでもなさそうだね。君はどう考える?」
今思えば彼の読書量に驚かされるし、あの推理力にも驚かされる。でも残念なことに当時中学二年生の頭の中はお花畑だし、特にその授業を熱心に聞いていたわけではないが、彼と同じことを言っていた子がいた気がする。なんて名前か思い出せない。もしかしたら卒業文集を引っ張り出してこれば思い出せるかもしれないけど、まあ、いっか。
こんなことじゃなくて、その授業中に事件が起こった。私は暇を持て余していたから窓の外の何にもない暇な世界を眺めていた。校舎の4階から見る景色は少し高い位置になるだけであって大して何も変わらない。下の方は確か掘りみたいになっていたはずだ。そんな最中窓の外に顔があった。女の笑った顔が。それは一瞬のうちの私の目の前から消え逆さまの女の顔は見えなくなった。何もない外に女の顔。足場なんてもちろん無い。つまり自殺。屋上からの飛び降り自殺。私はそれを、人の死ぬ瞬間を見てしまった。名焼きついた彼女の顔は私の頭の中から離れることはなかった。見ず知らずの人ならこんなにも頭を悩ませることはなかったのかもしれないけど、悲しいことに彼女の顔を知っている。同じ学年の隣のクラスにいた。西院男永遠kれたという話を聞いていた。それが決め手となったのか色恋感情のもつれとして自殺処分となった。この体験は私の中に切り込まれた。彼女との関わりは小学校時代まで遡る。その話は今回のくだんとは関係がないから話さないが、私の親友と言える者だったということを付け加えておこう。あのとき落ちていく彼女を見てすぐにだれかに気づいた。でも、もう何もできなかった。落ちて言った彼女を上から覗き込み、ぐちゃぐちゃになった彼女の体を見ていた。教室の中は騒然としていた。そりゃそうだ、間接的にも知っている生徒が飛び降り自殺をしたのだから。全身が血まみれになって原型もとどめていない彼女は人と言えるものを何一つ兼ね備えていなかった。私の頭から離れなくなった彼女の笑みはその内側にとてつもなく大き何かを抱えているように感じた。でも、その意味も、訳も何もわからない。死ぬ瞬間の人は何を考え、何を見るのだろうか?彼女は何を見たのだろうか?今となっては・・・、そうでも無いか。彼ならわかるかもしれない。
彼女の死に方に衝撃を受けたのは事実だし、その後も何回も私の夢の中に現れた。ある時は原型をとどめて、ある時はあの姿で。たまに考えてしまう。親友だと思っていた人は自殺でこの世から去り、1人残される悲しみは私に何か別のものを植え付けるのに適した土壌なのだろうか?どうでもいいか。そういえば、あの一件があった後彼と同じことを言った人は何か言っていた気がする。なんだったかな・・・。まあ、いっか。
私は電話の音で目がさめる。午前7時。出勤まで1時間ほどあるのだが、私は眠たい目をこすって目を開ける。
「はい。宮田です」
寝起きの声はあまり人に聞かれたく無いが仕方ない。
「熊木だ。今起きたところか?」
「はい。熊木さん、なんですかこんな朝っぱらから」
「朝早くから申し訳ないんだけど・・・、事件だ。準備ができたら直接こっちに来てくれ」
私は自然に出てしまうあくびに抗おうと努力したが土台無理な話なので出してしまった。
「わかりました。準備ができたら行きます」
「二度寝するなよ。場所は郁人市のミヤギバーという店の路地だ。行けばわかるからな。待ってる」
そう言って電話が切れた。私は不細工な顔を鏡に映しながら支度を済ませて、30分で家を出た。
本当についていない。少しぐらい犯人も人の寝ていないときに行えばいいのに。眠い。
場所はここからそんなに離れている訳では無いので、歩いていくことした。徒歩10分である。そいえば彼が起こしたと言われている8年前の事件も私の家から10分のところにであった。・・・、ちょっと待てよ。私もしかしたら彼とあったことがある?私が元いた街はそんなに大きく無いし、高校も私の言っていたところ一つしかない。それはつまり、地元の高校でいいと思う人がいくというだけで、他にも道があることは忘れてはいけない。あれ?彼のこと何も覚えていない。もしかしたらいなかったのかもしれない。今なら警察権力を使って過去の人間を見つけ出せるかもしれない。念のため中学校から行おう。まあ、いまは目の前の事件から見ていこう。
そんなことを考えていたら現場についた。血の匂いが立ち込めている。路地といっても暗がりでおそらく日が一生当たらないそんな路地だった。何か別の世界を感じる。その真ん中に寝そべっている糸の切れた人形。あたりは血まみれで、新人の頃の私なら履いていただろうが、慣れとは怖いものでなんとも思わなくなってしまった。むしろ、こんな死体を彼が見ればなんというかが気になった。ふと彼の言葉がよぎった。
『深淵に気をつけて』
私は首を振って目の前のことに集中する。
「熊木さんお早うございます。それで、今回は?」
「おう、来たか。思ったより早かったな」
「家の近くですから」
「そうか。なら状況を説明するぞ。被害者は槙長 美陽。この近くの食品工場に勤めている36歳。2年前に結婚していて、子供はいない」
「えらく詳しくわかってますね」
「まあな。この人は元警察だ。俺と同期の。2年前の結婚を機にやめたが、そのあとは年賀状程度の付き合いだ」
だからか。
「続きを行くぞ。遺体は見ての通り惨殺されているし、凶器はこの現場に残されていなが、おそらく包丁の類だろう」
「それで、まあ、目撃者はいないでしょうけど、発見したのは?」
「それが・・・。いないんだ」
「いない?」
「そうだ。警察の方に110番で匿名の通報があって現場に駆けつけたところ死体があったという話だ」
「つまり、熊木さんはその電話をしたものこそが犯人だと思っているんですね」
「まあね」
私は死体の下まで行って、何かしらの違和感を感じたが、言葉では言い表せなかった。何か昔感じた感覚だった。
「怨恨ですかね?」
「多分」
いや、ちょっと待てよ。こんなとき彼ならなんていう。私は考えた。こんな人目のつかないところで犯行を起こす割りには詰めが甘すぎる。警察組織への挑戦さえも感じる。犯行し慣れている。静かな殺しの中にガサツさを感じる。何かを隠したいのだろうか。まだ少し情報が少ない気がした。でも、彼ならこれだけで犯人像を作り出すのだろうか?
後ろで携帯のバイブ音が聞こえた。熊木さんのだ。
「俺だ。・・・何!!わかった。すぐそちらに向かう」
私は熊木さんに近ずいて、
「どうしたんですか?」
「また死体だ。次は槙長の夫。正都だ。自宅でめった刺しの状態で見つかったらしい。警官が事情を聞きにいこうとしたときにこれだ。おそらく同じ犯人で決まりだろうな」
「一家を狙った殺人でしょうか?」
「わからない」
でしょうね。
「まあ、ここは鑑識に任せて先にもう1人の方へ行こう」
「はい」
私はパトカーの一つに乗る。
「何しているんだ?」
「いえ、車で行かないんですか?」
「ここから15分だ」
「え、歩くんですか?」
「歩け。太るぞ」
「失礼な!これでも・・・」
確かにここに入って2年になるけど、飲み会や、事件のために帰るのが遅くなって作るのが面倒だかっらってカップ麺を作っていたけど・・・。体重計に乗ってないからわからないけど、太ってないよね・・・。だから自信を持って言えなかった。
「わかりましたよ。歩けばいいんでしょ?歩けば」
「それでいい」
「で、歩いて行ったんですね。どうでした?道中に目新しいものはありましたか?おそらくですが熊木刑事は最短ルートを通ったはずです。犯人の気持ちになって歩けばどんなことが思いつくでしょうか?できる限り人の目につかずに動くには車よりも徒歩の方がいい。いい考えです。犯人はおそらく、家の場所を完全に把握していたのでしょう。そ言えば、家はどんな家でしたか?」
「アパートでした」
「なるほどね。そこに凶器があったわけだ」
「はい。刃渡り20センチの刃物でした」
「サバイバルナイフかい?」
「いえ、板前さんが使うような包丁です」
「それで、余談なんだけど、私の時の事件の資料は?」
私はバッグの中から出した。
「これです。今回の件と関係してると思っているんじゃないですよね?」
「どうかな?これを見てから決めるよ」
どうしてこの資料が見たいのかというと、彼自身の無実の証明と、彼の記憶が正しければ包丁の種類が今回の事件とあの時の事件とで同じであること。これだけじゃないがこれが一番大きな理由だ。
「うん。やっぱり。一緒だ。今回も包丁の持ち主はすぐ割れたんだろ?」
「はい。事件現場近所の飲食店の店長のでした。それに、犯行に使われた包丁には盗難届が出ていたそうです。ちなみにですがその店長には完璧なアリバイがあります」
「でしょうね。おそらく寿司屋さんでしょ?ま、これは簡単すぎるか。その店長はまず間違いなく白だ。問題はどこで盗まれたかだ」
「それも割れています」
「へー。君にしては早いね」
「今期は逃したくないですからね」
「根に持ってる?」
「いいえ、別に」
私は少し冷たくあしらう。
「その板前は月一で料理教室を開くそうです。その時だと思われます」
「一眼に着くのによくするよ。そこまで殺したいかね」
私は答えないでいた。
「それで、君はどうしてここにきたのかな?」
「どうしてって。もうなんとなく犯人像はつかめているんでしょ?」
「ええ、まあ。でもまだ情報が足りない。とでも言っておくよ。今回は君がこの事件の答えにたどり着くんだ。ここにはいくらでもここにくればいい。そうだね初回限定でヒントを二つとお願いも聞いてもらおう。まず一つ目、犯人は意外と近くにいるかもしれない。二つ目、快楽殺人犯ではない。つまり、これ以上犯人は行動を起こさないだろうね。そして頼みなんだが、8年前の事件の捜査のために君の生まれたところで調べ物をしてほしい。そうだね、君の中学生の時の卒業生を調べてくれ、まずは君の記憶の扉を開けよう。必要であれば高校も調べるといいよ。小学校も調べるといい。恩師くらいいるだろう?人は1人では生きて行けないかな?」
「どいう意味ですか?」
「さ、急ぐんだ」
そう言って帰された。
そのまま一度署に戻って熊木さんに事の顛末を伝えた。すると簡単に了承をくれた。
「今回の件はかなり難航しそうだ。正直人でもほしいところだが、萩野の依頼なら間違い無いだろう」
「暁人さんのこと知っているんですか?」
「まあな。古い、というか8年前の事件の捜査にも参加したし、事情聴取をしたのも俺だ」
「じゃあ、熊木さんはあの事件の捜査資料を見たのですか?」
「ああ」
「現状証拠のみで起訴したんですか?」
「仕方ないだろう?捜査本部自体がこれ以上の捜査を諦めていたんだ。少年犯罪なら刑罰も重くならない。そう考えていたんだろうけど・・・」
「捜査の途中で少年犯罪法が改正されたんですね」
「そうだ。全犯罪者に精神鑑定を行いサイコパス、確か法には反社会性人格障害者と認定されれば否応無く収容所送り。彼のような人間もその1人だった。仕方なかったんだ。捜査本部はもう決着をつけたがっていたし、なによりもどいうわけか上からの圧力が異常だったんだ」
「言い訳は終わりですか?」
私は少し声を低くして言った。
「ああ。君の好きなように捜査してくれ」
私は手短に挨拶を済まして別れ際に熊木さんに言い放った。
「彼は今も誰にも信じてもらえない孤独な戦いをしています。少しでも罪悪感があるのなら彼に会ってあげてください。場所はメールしておきます」
私が今住んでいるところから1時間も車に乗って行けば着くところに住んでいたのだが、山に囲まれていて前にも言った通り高校はこの町には一つしかない。中学校は三つでそれの総合である。まずは中学から行った。
「新井先生。惜しさぶりです」
新井先生とは前述した国語教師で、あの時の授業をしていた先生だ。しかも私がここを卒業した時の担任でもある。
「ああ・・・ああ!?沙奈ちゃん!?」
「はい。惜しさぶりです新井先生。赴任してなくてよかったです」
「沙奈ちゃん。久しぶりね。どうしたのよ。急に来て。そんなことよりも、いつの間にかに立派になって。今は何を?」
私はバッグの中から警察手帳を見せた」
「沙奈ちゃんが警察!?嘘〜〜。どこから盗んで来たの」
「失礼な。私も立派に頑張ってますよ。それで、今日は捜査の一環でここの卒業者名簿を見せてくれませんか?もしくはこの学校にしかも私と同じ卒業生の中に萩野暁人なる人物はいませんでしたか?髪が白髪の子です」
「萩野・・・。ちょっと待ってて、名簿をもって来るわね」
そう言って新井先生は資料室の方へ行った。
20分後。
「これかしら?」
卒業生アルバムを持って来てくれた。私は手にとってページをめくる。
「先生も若いですね」
「あら失礼な、なに?さっきの仕返し?少しひどいわよ。今で若いですよ」
「はは、そうですね」
私はページをめくって探す。2年4組。
「2年ときはみんな災難だったわね」
「ええ」
「なくなったのはこの子よね確か」
「はい。あのときは先生の地獄変をやっていました」
富竹 薫。それが彼女の名前・・・。でも死人に名前というのはもう体をなさない。人形と変わらない。
「誰だったかしら、今までにない推理を聞かせてくれた子って」
「その人を探してているんです」
私はもう一度生徒の顔写真に目を向ける。
いた。白髪で名前が萩野暁人。間違い無いだろう。同姓同名の白髪の人間が日本にしかも私が今まであった人の中に2人もいることは天文学的数字になるだろうから同一人物で間違い無い。
「ああ!この子か!思い出した。この子よ私も教師歴は長いけど、初めて地獄変であんな推理を聞かされたのは。思い出した、思い出した。なんでこの子を忘れていたんだろう?こんなにも目立つ子なのに」
おそらく容姿のことを指しているのだろう。そして私も思い出した。地獄変をやっていたとき私はまじまじと彼女が死ぬのを見てしまった。地面に叩きつけられてそれでも苦しそうに息していた彼女を。事切れる寸前まで天を仰いでいた彼女を。そして彼はこう言ったんだ。
『どうしてこんなにも人は弱いんでしょうね』
私の耳元で言った。私は弱々しい声でこれに答えた。
『だから人は1人で生きて行けないの。誰かに守ってもらいたいから。自分の弱さを隠すために・・・』
『君は深淵を覗けそうだね』
彼はそう言っていた。だから彼は私のことがわかったんだ。推理だけじゃ無い。過去の経験があったから。2年間気付いていながら無視し続けた。私は今すぐにでも文句を言ってやりたい。それは後にしよう。私は試しに一年時と三年時を見てみる。そこには彼がいた。卒アルにも写っていた。彼と私は3年間同じクラスだった。
「先生。私・・・、全部思い出しました。すみません。ありがとうございます」
私はバッグを持って立ち上がる。
「もう行くの?」
「はい。捜査がありますので」
「そう、じゃあ、元気でね」
私は足早に出た。その後の行動は高校にも行って捜査協力の名の下に名簿を見せてもらった。驚くことに高校3年間も彼と同じクラスだった。つまり6年間?私はなんとも言えない感覚に襲われた。
この後のことは特筆すべきことはない。小学校まで確認しようとは思えなかった。こちらの権限で自宅の位置も把握したが、私と同じ学校だった。ここで不思議に思わなくてはいけない。どうして最小で6年間も同じクラスだった人間のことを忘れていたのだろうか?白髪の目立つ人。高身長の人。そんな人が学校にいたら目が止まらないはずがない。私は今いる町に戻った。
彼のいる施設へその日のうちに行こうにも時間があれなので明日にした。
ここで少し、今について書いておこう。この後のことを円滑に進めるにはそれが楽だから余った原稿用紙に書いておこうと思う。(まあ、これはネットで書いているから原稿用紙なんて関係ないのだけれど)
ときは・・・、なんてそんな時代設定は面倒臭いし、話に関係ないから大事なところだけでいいか。少年犯罪法がこの国からなくなり、それと同時に死刑制度もなくなった。そのかわり生涯、塀の中で過ごす人間の数が増えた。それは犯罪者が大半なのだが、その全員に心理鑑定を行われた。私が中学校でも三年から行われていた。その目的は将来的に反効率の高い人間を見つけてマークしておくこと。48項目からなるアンケートと、面談。そうしてめぼしい人を探り出しては国を挙げて監視する。いわゆる反社会性パーソナリティー障害者のあぶり出しを図った。その結果、この国の10代の反社会性パーソナリティー障害者の割合は100人に1人という驚異的数字を叩き出した。心理カウンセリングの興隆を国で推し進め、各行政機関にカウンセリングセンターを設け、そこでの治療を徹底した。時には非人道的実験も試みられた。もちろん政府主導で。とある小説の主人公みたいに暴力的食いに対してとてつもない拒否反応を示すように調教、再教育された人格更生プログラムは被験者の発狂で終わりを告げたりもした。その次に行われたのが前述した各行政機関の更生マニュアルに従った更生プログラム。彼もその1人だった。確立された更生プログラムを彼は中学三年生の間受けていた。だけどおかしいことに高校1年から2年の終わりにかけて何もなかった。三年から週一という頻度で行われていた。彼の治療データを拝見したが、彼自身の知能指数は月ごとに上昇して行った。元々が高かった。最初の鑑定時135をマークしていた彼は本来上がらないであろうと言われた知能指数を175まで引き上げた。異例中の異例。イレギュラーな存在。彼の頭の中にはおそらくその頃には深淵というものが広がっていたのだろう。更生プログラム。いつぞやのアニメとかで見たような世界。前世紀にあった小説の世界へ。生憎まだ、ビッグブラザーとか、憎悪習慣とか二重思考とかそんなのはまだないけど、心理更生プログラムの施行、前に言った、非人道的実験。この原案は在ろう事か前世紀の小説の真似をしたそうだ。映画を見せ続ける。目は見開いたまま、定期的に目薬をさし、被験者の体には嫌悪感を感じさせるような薬を体にお流し込む。ある意味では薬漬けにして世に放つ。確かその被験者は街中で暴力を見ただけで頭の中にある何かが壊れた。そしてまともな時もかけない状態になって、その字で遺書を書いて死んだ。
私は彼の元に向かった。お袈裟まで夜は一睡も眠れなかった。急いで彼の元に向かう。彼のいるところは地上5階建、地下5階からなる建物の地下5階に位置する。厳重隔離病棟と言われている場所にいる。日光はもちろんのこといまが朝なのか夜なのかさえもわからない。人は太陽を見ずに何年過ごせるのかはわからないけど、彼の姿は巌窟王にも思えた。なんとか新聞と隔週で本の配達を依頼できるため彼はそれを使ってなんとか世の中の情報を得ていた。ここ2年は私がカットワーカーとなって本の配達をしていた。今日は何も用意できなかったが、なんとか今の家においてあった中学の卒業文集だけは持ってこれた。これを持って問い詰める予定だ。
「今日はこれまた懐かしいお客さんが来ましたね」
どうやら先客がいるようだ。
「そお、いうなよ。三年前まで毎日のように来てやったろ?」
どこかで聞いたことのある男の声。
「そううですね。まあ、三年ぶりなのでお久しぶりですの方が正しいでしょ?」
「そうだな」
「ところでどうして今日来られたんですか?」
「いや、それがな、いつもお世話になっている俺の部下に怒られちまってよ。あいつがこの件について再捜査しているのは知っているだろ?」
て、熊木さん・・・。私は物陰から聞いていたが、熊木さんとわかると物陰から出て行った。
「ほら熊木さん、噂をすれば影がさすとはこのことでは?まあ、靴の音で誰がいたのかは予測はついていましたが」
「わかっていたのなら言えよ」
「聞かなかったでしょ?」
「お前なあ、そんなんだから信じてもらえないんだぞ」
「あなただって耳を貸さなかったでしょ?私のことを無実と信じてくれるのは1人でいいのですよ。今は2人ですけど」
私はいい加減口を挟む。
「あのー、忘れているようならまた怒りますよ?」
私は少し睨みを効かせる。
「それで、熊木さんはどうしてここに?」
彼が問い詰める。
「だから、ここにいる女帝様に脅されて・・・、まあ、今となっては全てバレたからまあいっか」
私女帝様って言われてたんだ。何かしたかな?
「それれはそうとして、熊木さんは彼に何かようなんですか?」
「暁人はいつから女帝様のものになったのかな?」
「はは、熊木さんはご冗談が上手で、私は誰のものにもなりませんよ。少なくとも熊木さんのものではありませんし、事件の依頼だけなら何もしませんよ?」
「どうして彼女だけするのさ?」
「腐れ縁というべきなのか巡り合わせというべきなのか・・・、まあ、彼女がここに来たのは私の実験が成功した証ですよ」
「ほう、俺は、邪魔そうだな。ほれ、これがお前が欲しがっていた資料だ」
「ありがとうございます」
熊木さんは食事入れから本と封筒を渡した。
「ありがとうございます。それではこの後については彼女に伝えますから仕事に戻ってください」
「はいよ。じゃ、女帝さん後は頼むぜ」
そう言ってクマは去った。
「さて、大きなクマは去ったから、本題に移りますか、まあまあ、あなたの言いたいことはわかりますよ。どうして2年前に気づいていながらどうして言わなかったのか。私があの現場にいた理由。その全てを話しましょう」
「私はねかなり裕福な家に生まれたと自負しています。親は医者だった。人体解剖学の知識があるのはそれが所以です。でも、その一家は家族とは到底言えなかった。その家に生まれた私は親の顔さえも思い出せない。家族の思い出がなかった。父の体からは母のものとは思えない別の人の香水の匂い。母もしかりです。身体中から立ち込める異の匂いは私の鼻を強くした。私は逃げるように勉強しました。あの家は勉強にだけはなんら問題のない家だったためありとあらゆる本がありました。主に医学書と、母の関係で心理学の学術論文などが豊富でした。私はそこで何にも役に立つことのなさそうな知識をたくさんつけました。絵画の知識。シャーロックホームズを読んだことは?・・・、なさそうだね。彼はこんなことを言っていたんだ。『過去の経験と現在持ち合わせている知識から論理的な答えを出す』私の考え方はそこに起因する。これまでの見解もそこです。過去の統計と共感からの推測。ああ、これはどうでもいいですね。
小学校に入る頃には一通りの小中学の勉強は済んでいました。ものによっては高校範囲もです。私はそこで経験的に学んでいたことがあります。私は常人ではないと。だから自らの爪を隠しました。もう一つ学んでいたのは人の心は言葉によって操れるということです。人にはなびきやすい言葉があります。いや、音というべきでしょうか。それはかなり似通っています。例えば聞いていて心地よい音ってあるでしょ?それと同じように声には人を惑わせる。私が得意としているのは紛れるです。他人となんら変わらない。誰にも気に留めてもらえない声で話す。口調、テンポ、音その全てをコントロールして話す。私があなたの記憶に残っていないのは私が背景と変わらないからですよ。でも、本当に不思議な縁です。あなたとは足掛け12年間同じクラスでしたがなんの接点すら持たない。唯一話したのは名前も忘れた子の自殺した時でしたね。人は弱いもの。この考えはいつまでも変わりませんが、あなたの考えは好きだ。話が逸れましたね。
奇妙な縁は小学校から始まります。さっき言った通り私は自分自身が常人ではないことを自負していましたし、普通にもなれないことは重々承知でした。だからできる限り他人の目が止まらない生き方をすることにしました。孤独な戦いでしたよ。家でも、学校でも、登下校でも生きた心地はしない。みんなと共有する思い出もない。そんな感情を抱いたまま中学生に上がりました。いつもと変わらない何にも面白みのない生活を3年間過ごすと考えるだけで心が痛かったのを覚えています。中学に上がってすぐの頃でした。母が蒸発、父は愛も変わらず愛人との関係を続けていました。家庭というものがどんなものなのか知りませんが、この時ほど親を憎んだときはありません。そして中学2年の時私は同類にもなれるものを見つけてしまいました。それがあなたです。あなたはあの時も言った通り潜れる。深く深くまで。私も潜りました。そして帰ってきた。私はそういうのに向いていたのでしょう。地獄変の内容は今でも覚えています。確かこの中の何処かに短編集があったはずですからその中にあるでしょう。思えばこの牢の中にかれこれ8年も入っています。日の光がもう思い出せない。春の匂い、夏のジメジメした暑さ、秋の心に吹き付ける風、冬の身もこうるような寒さ、風の香り、蝉の鳴き声、桜の色。その他すべてが追憶の彼方です。本の中にはそれが描写されているところもありますが、もう忘れました。
地獄変が好きだから授業で取り上げる。これまた面白い先生でしたが、所詮は面白いです。私の興味をそそるような人ではなかった。新井先生は元気でしたか?まあ、元気でしょうね。本の話といえば夢野久作先生の瓶図目の地獄なんかもオススメですけど、まあ、読んでいないでしょう。坂口安吾先生の『桜の森の満開の下』とかもいいですよ。おっと、本の話になったら止まらないのでまた今度にしましょう。
中学の中で目新しかったのは、政府主導で行った心理鑑定でしょうか。確か私の知能指数はまあ、高い値をマークしたのを覚えていますが結果はあなたの知って通りというか私も予測はしていましが社会は私に対して反社会性人格障害者と認定しました。その時のあなたの心理状態もめちゃくちゃだったのでは?まあ、続けますね。中学の後半はずっと更生プログラムとかいうわけのわからないものをやり続けていました。でも、すべてが変わったのは高校生からです。
高校一年の時私はいつも通りの行動をとっていました。誰の目にも留まらないように生きる。それだけを徹底して生きる。でも、見る人は必ず現れる。それを痛感した時がきました。私の知らない人が私のことを見ていた。彼女の名前は松屋真美。私の心に今のところ唯一踏み入った子です。もういません。彼女の家族も、8年前のあの日なくなったのはあの子の家族です。
真美は私を見ていました。そして私は初めて他人の心を開きました。彼女の思いを受け止めようと思ったのです。でも、初めて人と同じものを見て、初めて人を守りたいと心の底から思えた。あの時、私は彼女に全てを話しました。私が持っている深淵を見ても彼女は気丈に振る舞いました。彼女は本当に強い人でした。私が安定し出したのはその時からです。彼女との生活は楽しかったです。あの時間がいつまでも続けばいいと思っていました。でも、時間というやつは残酷です。世界は残酷です。知っていたはずなのに、どうして・・・。すみません。9年前のクリスマスです。忘れもしない。あの時の私は初めて愛というものを知り、人の暖かさを知りました。あの時も・・・、私は彼女を連れてクリスマスを満喫しました。楽しく笑って、楽しく過ごしました。彼女と帰りに送っていればよかったんだと何度思ったことか。誰にでも起こりうる、ただの何お変哲もない交通事故。彼女の死因は脳挫傷。即死でしたよ。私の目の前で惹かれた彼女は私が駆けつけた時には焦点の定まらない目で私を探していました。
『痛いよ。暁人くん。強くね。君は1人じゃないよ』
この言葉は私にとって救いでもあり、呪いでもありました。今でも忘れません。彼女の体温が私の腕の中でなくなって行く様を。笑顔の顔。人が死ぬ時、あんなにも笑顔で死ねるのかというくらい笑顔でした。今となっては彼女が笑って行った理由はもうわかりません。
あの後の私は一気に昔へ戻りました。無気力な生活へ。その頃父は悪がすぎたのか床に伏せていました。そんな中、蒸発していたはずの母が見たことのない男を連れて帰ってきました。私は母と呼ぶべき人に家を荒らされ、金目のものを持って行こうとしたのでしょうが、唯一父らしいことをしたつもりか、私に通帳番号に、遺言で全財産が贈与されることになっていたのでその女には行くことはありませんでした。やがて父も死に、噂では母は廃人になったそうで、私は天涯孤独になりました。毎月、松屋家へ、お線香をあげに行き、事件当日もあの家に行きました。それまでに気付くべきでした。彼女の母からは私の母の時に感じた匂いがあったのです。でも、それはあの時の私には分からなかったのです。彼女に線香をあげたのち、彼女の父にこんなことを言われました。
『もう、この子のことを忘れて・・・、いや、違うね。この子の分まで生きてあげてください。そのためにはまずこの場所にはもうこないでください。あの子に依存しきるのはあなたにとってもうプラスになりません。お願いします。あなたの人生を生きてください。あなたならまだ何にでもなれます。あなたが前を向いて他のだれかと生きて行くと決めた時ここに戻ってきて彼女に報告してやってください。あなたはもううちの家族です。でも、もう、独り立ちしないといけません。彼女の分まで生きて、彼女の分まで幸せになってください』
これだけでした。私はこの時決意しました。自分1人で生きる。彼女に自慢できるくらい幸せになって彼女が笑顔になれるような生き方をしようって。でも、それは神様が許さなかった。私と父が話していた時、彼女の母、妹、祖父母は二階にいました。被害者の家を見に行きましたか?あの家は3階建てで、意外と防音設備がいいのですよ。だから気がつかなかった。少し物音がしても物が落ちたのだろうなとしか思わなかった。その頃、上ではもう一人一人死んでいた。母を除いた全員、喉を切られて。母に関しては滅多刺しだった。そして犯人は降りてきた。私はそれでも身内のだれかと思って疑わなかった。私は後頭部を殴られて、意識を失った。正確には目の前がブラックアウトした。でも、耳はちゃんと聞こえてました。
『お前、どうして・・・、その血まみれ・・・、お前まさか!?』
『ええ、そうですよ。家族仲良くあの世に連れてってあげますよ』
父の痛みに悶える声が聞こえた後、私は音も消えた。
そのあとはあなたの知っての通りです」
彼は静かに語り終えた。何の余韻も残さずに語り終えた。彼は少し悲しそうな顔をして私を見つめた。
「これが私の物語です。何か質問は?」
私は何も言えなかった。
「どうしてこんなことをあなたに話したんでしょうね。8年も前の私の物語なんて需要なんてないのに。いや、ダメですね。過去のことを思い出しては真美に謝ってばっかですよ。自分も幸せになれなかったし、彼女も守れない。父との約束も守れない。愛を知らない私でもこれはこたえます。合わす顔がない。20代の半分以上をここで過ごして、私は一体何をしたのでしょうか?実の親の顔も思い出せない、お金はあっても自分の身も守れない。できるのはここで本を読んで犯人のプロファイルを行うだけ。ほとんど固まってあとはそれに見合う人を探し出すだけなんですよ。熊木さんはそれを了承してくれました。君には過去の人脈とそれなりの顔聞きと思い頼みました。でもこれは副次的な意味です。1番の理由はあなたを知っていたことですからね」
私は今だに一個前に話していた話を頭の中で繰り返し流れていた。だから全く話に身が入らなかった。今日は文句を言いに行こうと思っていたのに、何も言えなかった。
「まあ、そう下を向かないでください。ここにいたおかげで君にまた会えたのですから」
そう言って彼はガラスへ近づいた。彼は泣いていた。片目から流れる涙にはどんな意味があるのかは分からなかった。彼が背負っているものが大きすぎるし、彼の背負っているものは悲しすぎる。これはこれの前で言えないけど、私もこの悲しみのかけらでもいいから持ちたいと思った。
このあとは何も言えなかった。彼はそれを見て、一度家に帰ってあしたにでもまたきてくれと言った。私はその通りに帰って1日ゆっくり寝た。
「もう大丈夫なんですか?」
彼は前にも見たことのないような悲しそうな笑顔で迎えた。一方の私はまだ抜けきれていなかったが、それでもいま預かっている事件の解決のためには彼の助けが必要だった。
「はい。なんとか、でも、いつまでもうじうじしていられません」
「まあ、してるのは私ですけどね」
私は茶化す彼に睨みを利かす。
「おっと、そんな目で見ないでください。寿命が縮みます。ま、そんなことよりも、時間が勿体無いので、さっさと私の推理といきましょうか。あと、これが終わったあともう一つお願いがあるのですが、坂田教授ともう一度話したいのでここに連れてきてください。それではいきましょう。最初に今回の事件と8年前の私に関する事件が関係するかはわかりません。もしかしたらただ凶器が同じなだけだったのかもしれない。手口が一緒なだけだったのかもしれない。動機が一緒なだけなのかもしれない。色々似ているが何にも関係がないのかもしれない。だから結びつけて考えるのは的が外れている。だから今回の件を資料から見ることにする。でも何回も言う通り今回は君が解いてくれ。だからヒントしか与えない。いいね?・・・良し、始めよう。まずこの資料から判断するに夜に行われたのは間違いないようだ。それは司法解剖の結果からわかっているね?次にだ、どうして?」
「どうしてって、それは動機を聞いているんですか?」
「いやいや、違うよ。どうして夜に?」
「それは、見られたくないからじゃ?」
「その通り。エンジンはかかったかな?次に行こう。ならあの場所を選んだのは?」
「人目につかないからですか?」
「そうだね、それを前提に進めて行こう。次だ、どうしてその、女性を殺す必要があったんだ?しかも滅多刺しにして」
「怨恨ですか?」
「本当にそうかな?もし、怨恨なら彼女の夫はどうして滅多刺しにならないんだ?彼女だけに的が絞れるのならそれがいい。無駄に被害者を増やせばその分捜索範囲は狭めやすくなる。だって、2人に関係しているところから探ればいいからね。ここで可能性があるのは2人の関係をなんらかの形で知っていたこと。もしくはその被害者女性となんらかの関係を持っていたこと。職場の先輩後輩?上司と部下?でも、おかしくないかい?それならすぐに足がつく。でもつかなかった。かれこれ1週間経ったけど熊木さんの話を聞く限り操作が難航しているらしいね。それはなぜだと思う?」
「・・・」
「ここの資料に書かれている通りの証拠ならそれも仕方ない。足跡、つば、アイスクリームの食べかけ、荒らされた2人の部屋、なのに金目のものは消えていない。でも、しっかりと指紋は拭き取っている。なのに、包丁は置いて行った。現場に行けばさらにヒントを得られるかもしれないがここにいては何もできないから残念だけど、ここから考えるしかない。今回この事件を難しくしているのは証拠が多いことと、無秩序であること」
「まるで、前世紀最後の事件のようですね」
「はは、その通りですね。まるで意図して真似たみたいに。今回の事件は見本市場なんですよ。模倣の模倣。でもそこにある紛れのない彼女への殺意。ここで問題です、犯人の動機は?」
「・・・」
「ヒント1、どうしてあんな誰も通らないところから帰ったのか」
「近道だった?」
「ハズレ。彼女の職場からこの現場、自宅までの道をマップにしてくれたのを熊木さんが持ってきてくれましたが、こんなところを通らなくても早く帰れます。むしろ遅いくらいだ」
「じゃあ、そこに行かなければならない用事があった」
「そいうこと。じゃあ、どいう用事かな?」
私はあの辺りを思い出して見る。何もない裏路地。店の明かりすらない。そんなところをわざわざ行く理由。しかも危険を冒してまで行く理由。
「誰かに会うため・・・!まさか・・・、不倫?」
「おそらく。と考えると、もしかしたら愛憎の可能性があります。熊木さんにはもう頼んだんですが、改めて被害者宅を調べてもらいました。それと証拠の分別も行いました。重要なものを残して、いらないものを遠慮なく捨てる。そうすると見えてきたのはほとんどがいらないものだったことと、どう考えても被害者たちの給料では変えないものが数点見つかりました。例えばブランド物のバッグ。しかも5点も。合計で600万ほどものです。全て女物。どうして変えたのでしょうか?借金もせずに、キャッシュカードの明細もない。つまり誰かがかったと見るべきだ。それなりの収入があって、貯金もしている。社会的にもかなり高い地位の人だけど、凶器のことを考慮するに、頑張って大きくなったというべきでしょう。そんな人がわざわざ調理教室に行ってまで凶器を盗みますか?足をつけないため?もしそうなら参加者名簿を見ればわかる。警察の人海戦術を使えばすぐにでも見つかるでしょうに。この管理社会のご時世に見つからないわけがない。だから、犯人はこう推測できます。ある程度社会システムに詳しくて、前科持ちではないこと。でも、犯行の器用さから犯行に慣れている。おそらく過去の資料を探れば似たような未解決事件があるでしょう。男性で、そうですね、身長は私より少し低くてだから、175前後でしょう。それなりに安定した職業で、犯罪に少なからず精通している・・・、大学教授でしょうか。犯罪学に精通している大学教授、そして、この街、少なくとも隣町までのどこかに住んでいる教授・・・」
私は彼が調子良く話しているところに口を出す。
「ちょっと待ってください。暁人さんは前提条件を絞り込みすぎでは?それなりの収入の持ち主ならこの街にも少なからずいますし、何も教授に限ったことじゃ・・・」
「そうだね、いい着眼点だ。じゃあ、犯罪に精通しているのはどう説明する?」
「それなら警察関係者にもいるのでは?」
「上層部の可能性を考えているんだね。それなら今頃異常なまでの圧力がかかっている頃だと思うよ。しかも公開捜査まで行う始末だ。晒しているようだ。確かに今のご時世、日本軍の動きの方が気になるだろうけど、こんな地味な事件誰も気には止めないか」
このご時世って、確かに今この国は戦争の真っ最中だけど・・・。私たちの実生活には今のところ影響は来ていない。強いて言えば物価くらいかな。
「ちなみにだけど、この推測はある人の論文から引用している」
「え?」
「熊木さんが昨日持って来てくれた物の中から考えた。君の良く知る人物のだ」
私が知る論文を書きそうな人。しかも犯罪に精通した人。
「佐方教授のですか?」
「そう。だから彼を連れて来て欲しい。そのあとまた話そう。この後に人がくる予定なんだ。さ、行ってくれ」
彼は急かすように話を切り上げた。私はそのまま居座ることもできたけど、諦めて帰った。
車に乗るなり佐方教授に電話をかけたが出なかった。なので私は佐方教授の大学まで行った。なんとか研究室は空いていた。私は入って待つことにした。佐方教授の部屋はなんというか独創的だ。見たことのないような置物はたくさんあるし、なによりも狭い部屋の中に別の空間があって落ち着かない。私は部屋の中にある一つの本に目が止まった。『猟奇殺人の法則』なんとも言い難い本の題名である。こんな物を売る書店もどうかしていると思うけど、まあいっか。私は手にとって開けてみる。
『猟奇殺人の法則
犯人は二つのタイプに分かれるのは周知の事実である。一つ目は計画的犯行に至る猟奇殺人犯。もう一つは無計画のタイプ。この二つに分かれる。しかし、世にまれにそのどちらとも似つかない犯罪者が存在する。一見なんら法則性の見えない犯行現場は普通の人なら無計画な犯行だと思う。しかし、そこの中に法則がないという法則を見つけなくてはいけない。証拠が皆無の事件は人が起こす限りありえない。だとするならば、最も解決に手間がかかるのはどのような事件だろうか?答えは簡単である。証拠が多すぎる犯行である。英語のテストを思い浮かべてもらいたい。誰もが高校時代行ったであろうテストの中に、アナグラム式の問題があっただろ?その問題で一番難しいのは全ての選択肢の中から不要なものを捨て、正しい語順で並べるという問題が難しかったはずだ。犯罪はそれと同じである。現在持ち合わせているパーツから情報を取捨選択し、残ったものを正しい文法を作るようにつなぎ合わせる。そうすると満点回答が出来上がる。犯罪者を見るためには犯人の行動に一貫性がないことも頷ける。犯人は教師。教師は生徒に罠を仕掛ける。だとしたら、生徒はその罠を避けることができる。前持って勉強していればそれに引っかからない。さて、ここから猟奇殺人者には幾らかの法則性が生まれる。一つ目はどんな殺人にも彼らなりの流儀があるし、法則性が生まれる。そしてこの手の犯罪者は手を重ねる度に上手くなる。鮮やかになる。見方を変えれば彼らには法則性はないのかもしれないが、それは見方の問題だ。これ以上は哲学的話になるからやめてこうと思う。
さて、犯人の心を読むというのは容易ではない。犯行現場に行けばそれなりに犯人を見ることはできる。大事なのは犯人に共感することで、同情ではないし、哀れむことでもない。ましては憎むことではない。そんなんじゃ理解できないし、法則さえも見つからない。確実に犯人の心を見たければ犯人の過去を見ることである。人の性格形成は先天性なところも少なからずあるが後天的な部分も多々ある。その後天的なところは犯人の過去をみればわかってくる。だから共感が必要なのだ。それができないものはまず向かない。そして、例えできたとしてもその人が無事に済む保証はない。ニーチェの言葉を借りるなら。こちらが深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いている。この言葉に従うのならやはり向き不向きというのはある。さて、これは少し込み入った話になるのだが、猟奇殺人鬼への共感は日に日にしづらくなっている。なぜなら現在の日本は憎しみによって動かされているからである。だからその中でも犯罪者への共感心が消えていく。なのに人は殺せる。憎しみという短絡的感情によって人を殺すように教えられている。これは悲しいことである。共感はできないくせに人を殺しやすくなっている。現在日本の犯罪がさらなる猟奇的方向に行っているのはこれが原因とも言えなくもない。この本の表題は猟奇殺人の法則と言っているが・・・』
私は本を閉じた。途中から暁人さんと話している気がした。だから少し気が引けた。今だにこの部屋には誰も帰っていない。私は続けて本棚を見る。ふと、私は教授が座っていたであろう机を見た。机の上のパソコンは電源が落とされていない。中には原稿用紙と、表題『殺しの流儀』なるものが書いてあった。私は読み進めようと思ったが、それには少し気が引けた。そしてパソコンの下にあるメモがあることに気づいた。
『殺しの美しさ』
確かにそう書いてあった。下に書かれているのは数字でよく分からなかった。そして教授の席から周りを見渡して、気になる本を見つけた。それは先生が絶対に読まないであろう小説だった。ライトノベルといわれるジャンルで、先生が毛嫌いしているものだったと記憶しているためこんなところにあるのはおかしい。一瞬生徒のものかと思ったが、過去を思い出して見るとそれもおかしい。一度生徒のカバンの中にラノベが入っていただけで罵詈雑言を並べていたけど、没収はされていなかった。私はその本を手に取り中を覗く。そしてメモを見る。12 47 56 98と羅列してあったので、そのページを開いてそのページの頭文字を見て見る。
『き』『よ』『う』『き』『の』『じ』『ゆ』『ん』『び』『は』『り』『よ』『う』『り』『き』『よ』『う』『し』『つ』『で』
凶器の用意は料理教室で?どいうこと?まさか・・・。
私は思わぬところで真実にぶち当たったのかもしれない。私はそのメモ書きを写真に収め、そのラノベの題名をメモってこの部屋を後にする。幸運なことにまだ教授は帰ってきていない。私は急ぎ足で大学を後にした。途中本屋さんによってそのラノベを買い、車の中で翻訳作業に移ろうと思ったが、私の携帯に電話がかかってきた。
「はい。もしもし」
「もしもし、所長の松本です。突然すみません。アレがどうしてもあなたに話したいことがあるって・・・。今アレの前にいます。オープンにしますから聞いてください。いいぞ」
「もしもし、沙奈さん?今すぐ署の中へ逃げてください。あなた今メモか何か持っているでしょ?そしてその解読方法もわかっているはずです。私はまんまとあいつの考え通りに動いてしまいました。くそ!どうする・・・。もう気づいているでしょ?犯人はあいつだ。ここで説明する暇はない。だから今はあいつから逃げることを考えろ!佐方はかなり賢い。特に殺すことになれば抜かりはない。だからくれぐれも1人で動くな。いいな!」
私は返事することができなかった。車の中にはもう人がいた。
「さて、そろそろ起きてもらえませんかね?」
教授の声が聞こえる。それに、遠くで鐘が聞こえる。ウエストンミスターの鐘の音。目覚めの悪い頭で考えてみるとおそらく学校の近くなんだろう。私は後ろで縛られている手で裾を触りながら考えてみる。
「教授。どうして・・・。いえ、そんなこと聞いても意味ないですね。私をどうしようと?」
「どうしようって、殺すに決まっているじゃん。ここはねそいう場所なんだ」
私はこいう時に渡されているトレースをつけようと思うが、今まで警察の操作を回避してきただけそのことは知っていたらしく外されている。私は一生懸命頭を働かす。こんな相手とどう対峙したらいいか。まずは状況の確認に入る。見た目ここは廃工場だろう。一昔前の映画の世界見たいだ。猟奇殺人鬼とゲーム。さて、どうするかな。
「教授。どうして?私を殺すなら早くできるはずでは?」
「そうしたいのは山々なんだけど、君がどこまで知っているのかが気になってね」
「私は何も知りません」
「そうかな?君は彼のお墨付きじゃないか。彼は知ったかしているようだけど。彼でも私のことは見えないらしい」
違う。・・・違うはずなのに、否定できない。
「君は私への評価をどう取るかな?猟奇殺人鬼かい?君はあの本を読んだろ?アレを買いたのは昔の人なんだがね、よくかけているよ。でも、彼の言っているのは犯罪を認可するのではなく、それを根絶しようとしていた」
「それが、当たり前なんじゃ?」
「君にももうわかっているだろ?人は簡単なことで闇に落ちる。時には自分から死を選ぶ。君の目の前にもいたはずだよ。君が初めて私の講義を聞いた時からなんとなくそう思っていた。当ててあげよう。君はこの界隈に入って知りたかったんだろ?どうして自殺者が生まれるのかって。でも、わからなかった。わかったのは簡単な連中だけ。短絡的な連中だけ。私のような方にはまらないものの心はわからない。君は彼のことも同じように思っているんじゃ?怖くて怖くて仕方がない。彼のことが怖いんだろ?いつか自分も彼のようになるんじゃないかって思っているんじゃ?」
「教授。あなたは何もわかっていないんですね。暁人さんがあなたのことをああいったのがわかりましたよ。あなたは誰の心もわからない。私が今からあなたがどうして殺しをしたのかを当てましょう」
私は教授が今まで話してきた内容。口調、その全てを考慮して考えた。多分いける。
「あなたは犯人の心なんて一切わからない。そして自分の心さえもわからない。だから殺しをする。今回の事件の被害者はあなたに殺され。理由は暁人さんの言葉を借りれば愛憎。不倫相手はあなたです。でもその理由はただ単に肉体関係とか愛情が欲しかったからじゃない。そうしていないと自分のことがわからなくなるからだ。そしてもう一つ。殺している時だけあなたは高揚感が生まれる。おそらく暁人さんが読んでいるであろうものはあなたの論文ですね?そして彼は答えにたどり着いた。だから彼の前提条件の中に教授というワードが出た。はなからあなたに狙いを定めていた。あなたの犯罪は完璧なんかじゃない。8年前からあなたは失敗を続けている。その前に8年前の彼が捕まった事件の犯人はあなたですよね」
「そうだよ。もう死ぬ人間には関係ないけどね」
「そうですね。では死ぬ前に私の一世一代の推理を話してからでいいですか?」
「構わないよ」
「8年前の失敗。それは彼を犯人に仕立て上げたことです。それは1番の成功で、1番の失敗だった。あなたの失敗の始まりはあの日彼が被害者宅にいたことだった。あなたはその家にあった睡眠薬を用いて彼を眠らせた。少しでも行動に謎が残るようにして。でも、それもあなたの失敗だった。あの時は成功したとしても今は違う。再捜査が始まれば次は抜かりなく捜査が行われるでしょう。あなたの誤算はまだ続いた。捜査が思ったよりも早く打ち切られたことは幸運だったけど、まさか犯人に仕立て上げた男の子は自分と同類だったこと。これがおそらく1番の誤算だったのでは?そして熊木さんが再び操作を再開していたこと。2年前から彼が今持ち合わせている力で事件解決に協力し出したこと、そのことに目をつけた教え子がいたこと。あなたにとってこれ以上にない誤算だった。この誤算が生じるまで続けてきたのであろう殺しにほころびが生まれてしまうこと。それを懸念していた。それでも、辞めれなかった。あなたは彼がまた動き始めていることを知っていながらそれに対して対抗策を打たなかった。それも2年という月日で終わりを告げた。あなたはきっかけを探していたのでは?私の誘いがなければくることもなかったのでしょ?私が理解できないのはどうしてついてきたかですが。これはここから助け出されてから暁人さんにでも聞いてみますよ」
「君は・・・、なかなか鋭い感性をお持ちで。でも一つだけ間違えている。君はここから助け出されない」
「それはどうですかね。教授は渡すのデバイスを奪ったでしょうけどまだ奪い切れてないものがあることに気づいていませんね」
私は随分前にシャツの裾につけておいたマイクを差し出した。これはあえて開示していなかったのだが、私の捜査上凶悪犯に出くわす可能性もあるため、熊木さんが過保護なのかどうかはわからないけど、私にだけ内戦型の無線機を常備させられた。熊木さんにはいつでもつながるようになっている。起動方法は手持ちのデバイスのシグナルがロストしたときである。もしくは私が裾の中にあるスイッチをさわれば起動するようにした。この話が始まったときから流している。だから所々にヒントが撒いてあるはずだ。もし暁人さんが近くにいるなら地図を見て判断してくれるはずだから、私がするのは時間を稼ぐことである。
「教授。あなたの負けですよ」
私は外に目を向ける。外からヘリの音と、車の音が聞こえる。
「佐方!その場から動くな!」
熊木さんが拳銃を構えてくる。そして私の後ろに立って制圧する。教授は手を上げて膝をつく。そして笑顔で。
「ゲームの勝敗は引き分けかな?君が彼女を出汁に使ったんだろ?私にいろいろな事実を吐かせるために。はなからこの位置を特定していましたね?警察の目をごまかすにはうってつけの場所。ここには監視カメラがないですから。推測できたんでしょ?いけずですね〜。面白い。私の負けだ。でも、君は8年前に私にはめられています。これで引き分けですね。次は負けません。ははは、ははははは」
教授は高らかに笑った。教授は取り押さえられ、私は解放された。
このあとは教授の事情聴取の経過を彼に逐一伝えた。彼は今、再審要請を出している。そして、彼は仮釈放が認められた。
「いや、君に謝らないといけないことがたくさんありますね」
彼は白い頭を掻きながら笑顔を向ける。
「いえいえ、それよりどうですか、8年ぶりの太陽は?」
「そうですね、生きている心地がしますよ。こんなにも都会のくせに風が気持ちいのですね。この排気ガスの匂いもたまりません。ガソリンスタンドの匂いも好きです」
「なんか変ですね」
「そうか?まあ、そうかもな。久しぶりだよ。こんなにも楽しいと思ったのは」
私と暁人くんは商店街を歩いている。これは暁人くん立っての希望である。
「そいえば、暁人くん」
「暁人くん?いつから私は君付けで?」
「いや、だって、幼地味なのにそれをさん付けってのは面倒だし、それに・・・」
この後どうしてか言えなかった。でも彼は何かを悟ったらしく、
「そうですね。じゃあ、私は沙奈ちゃんと呼べばいいですかね?」
「怒るよ?」
「なんでだよ。じゃあ、沙奈?」
「それならよし」
「でもまあ、2年間も敬語でしかもさん付けだった人間を今更幼馴染だのなんだのというのはおかしいですけどね」
「それは自業自得では?」
「まあね、それよりも、君に色々と伝えねくちゃいけない。まあ、まずはそうだね。ここのカフェにでも入りません?」
彼は目の前にあるおしゃれなカフェに入っていった。彼はそこでカプチーノを頼む。
「カプチーノ好きなの?」
「まあね、8年間もカフェインゼロだとこれでも苦いですね。少し悲しいですよ。ま、まず君に謝らないとね。君を出汁に使ってしまったことを謝ります。ごめんなさい。怖い思いをさせてしまいましたね。そして、見事な推理です。全部聞いていましたが、よく組み立てられましたね。私ははなから狙いをつけていましたが、それの確信を得たのは彼の資料を読んでからです。彼の論文は8年前に大きな評価をもらっています。そして毎年。大量殺人鬼の心理について書かれていました。おそらく自分もモデルに書かれていたのでしょう。身体的特徴も何もかも同じでした。どうでした彼の供述は?」
「はい。その通りです。教授はこの8年間で48人の人を殺しています。そのうち遺体が見つかったのは10名です。教授曰く残りの死体は私がいた場所に埋めているそうです。その通り掘ってみれば白骨化した遺体が無数に見つかりました。そのほとんどの動機が作風に行き詰まったからだそうです」
「やっぱりね。彼の文章はそれをひしひしと感じさせました。他の作家にも感じたものと同じです」
流石は獄内で異常な本の数を読んでいるだけあるな〜。
「まあ、わかっての通りあの中で読み漁っていましたからね」
彼は少し苦い顔をしながらカプチーノを飲む。そして顔をしかめる。
「ダメだなー、これは時間がかかりそうだ」
「ゆっくり飲んでいけばいいじゃないですか。今日は私は非番だしゆっくりしていってね」
「まあ、ここは払いますけどね」
彼は今お金持ちだ。彼の銀行口座は今の今まで凍結されていたけど、それも解除され彼の口座には一切手をつけられていないお金が1億もあった。おそらくこの後は国を相手に戦うだろうからそこでプラスされまず間違いなく10年は困らないだろう。ただ彼の家はもう売地にされていて、彼自身はなんの思い出もないから買い戻すつもりはないらしい。つまり今は宿無しで、ホテルとかで過ごしている。
「そういえば今日の宿は決まったの?」
彼は白い頭を掻いて、
「それが・・・」
彼は笑って過ごした。
「よし、じゃあ、今日は私の家にきてよ」
「嫌です」
即答・・・。
「少し傷つきます」
「ああ、ごめん。でも、出所仕立ての人間が女性の家に止まるのはハードルが高すぎますよ」
「そいうこと。でももう、決めました。今日からの宿は私の家。これで決定!」
さて、今からは私のターンです。
「からって・・・、はあ、わかりましたよ。あ、マスターカプチーノもう一つ」
彼はこれで三杯目だ。もう慣れたらしく、いかにもおいしそうな顔をしている。
「これを飲んだら、帰りましょう」
「ここが私の家です」
これを予見してっていうかはなからこれを狙っていたために綺麗にしていた。
「最初っから狙っていたんですね」
バレていた。まあ、そうか。
「ここが君の部屋だよ」
私の家の間取りを話していなかったけど、マンションだ。人口の増加とともにマンションは増えていってその時にできたものに住んでいる。三室あって畳の部屋を彼に渡した。
「畳ですね。懐かしい。いいね。ありがとう。最初っから狙っていたのは君の話の運び方からわかったけど・・・、どうしてここまで?」
「朴念仁。鈍感。このじじいめ」
「そこまで言われるの?はは、ごめんごめん。ありがとう」
この後について書くことはいっぱいあるけど、今回の話には関係ない。この後も彼は私が持ち帰る事件のアドバイザーとして手伝ってくれる。彼が出所して2年もたった。彼はもうこの家に住み着いている。まあ、私が住み着かせたんだけど。家事もしてくれるし、彼の作る料理は美味しい。特にシャケのホイル焼きが一番美味しい。事件の解決した日には作ってくれる。最近は私も彼に認めてもらえるくらいの見立てが立つようになったので、それについて討論することがある。彼は家事をこなしながら小説を書いている。今では国内でも数ある有名な賞をとって人気作家となっている。
「沙奈、私たちの関係ってなんでしょうね?」
彼はふとこんなことを言った。私にも分からなかった。
「沙奈。そちらさえ良ければ、私と結婚してくれませんか?」
彼は私の目の前に指輪を出した。シンプルな指輪。私が待っていたのはこれなのだろう。28の誕生日のことだった。
その後私と彼は私の家に行った。というよりこれはついでで、彼の家族の元に挨拶しに行った。つまり、8年前の事件の被害者たちの墓石の前に行って挨拶した。
「父さん。遅くなりました。あなたが死んでから10年経ちました。時間って嫌ですね。否応無く進んで行ってしまいます。真美が死んでから私の中には何もなかった。あなたのおかげです。私はもう一度この足で立ち上がれた。8年ほど自立するのに時間がかかりましたが、今日来たのはあなたとの約束を果たしに来ました。ありがとうございます。あなたとの約束通り伝えに来ました。私の隣にいるのが私の奥さんです。なんだかんだあって地元の人間です。
真美、そこにいますか?君を失ってもう何年になるんでしょうか。8年間も参りに来れなかったことを怒っていませんか?君は寂しがり屋ですからね。献花されているところを見るにあなたの高校時代の友達がきてくれていたようですからある意味では寂しくなかったのでしょう。でも、私がこないと君は泣いていましたね。ごめんね。私は強くならないといけない。でも、君はもういない。それでも私は前に進むよ。私の隣にいる人と歩いていく。多分面識があるんじゃないかな?君ともいい友達になれるよ。じゃ、また来るね」
彼は外に向かって歩き出す。
真美さん。安心して眠っていてください。あの人は私が幸せにします。彼の生き方についていきます。あなたも信じてあげてください。それではまたきます。いつか私もそちらに行ったら話しましょう。そうですね、彼の好きなところ、直して欲しいところいっぱい語りましょう。
幕引きの頃合いだからもう話を閉めようと思う。これは一応形を見せたけど、この話はまだまだ続きます。これからもそして過去の話も必要でしょ?彼の物語は語っても語りきれないから。
「そいえば、今回の事件どう見てるの?」
「あー、いま捜査してのはアート事件だっけ?そうだね・・・」
ねえ、暁人くん。ありがとう。
今回は近未来を想定したミステリーを書きました。私の作品は全て同一時間軸に存在しています。もしかしたらどこかに多作品の人たちが出ているのかもしれません。今回は出していませんがこれから探して見てください。ちなみに彼らが住んでいる場所は町の名前こそ出していませんが、とある少年兵たちと同じところですが、まだ彼らは13ぐらいです。