迷宮サバイバル五日目(後半)
迷宮サバイバル五日目(後半)
建物の外は、目につく範囲には屍小鬼どころか、小さな生き物すら見当たらない。
部屋の中では、虫などがたくさん目に付いたが。さて、どこかに隠れているのか、それとも生息していないのか。
そして外の空気が良いのか、ひらけた場所で木々も気を使ってくれたのか、先程までよりスムーズに進む事ができている。
自生している植物の種類は、建物の中の物とさして変わらないように見えるのだが。
また楓くんも同じようで、何度か体調を聞くが、いつも答えは“大丈夫デス”だそうだ。
顔色も良いし、息もさほど切らせていない。
本当に大丈夫なのだろう。
「あ、コレ食べられますヨ」
突然立ち止まって、声がかけられた。
ばさりとミニチュアのヤシの木のような植物から、おもむろに実を引きちぎった。俺の背丈程しかない小さな木だ。
その実を渡してくる。
「僕らはアドの実って呼んでまス、美味しいデスよ」
見た目や大きさはヤシの実にそっくりだ、緑色で……しかしブヨブヨで柔らかい。
実物は見たことがないが、ヤシの実って硬いんじゃないのか?
ナイフを入れると、スッと抵抗なく刃が通った。
少しばかり切り出してみる。実の中は白色で、熟したアボカドのようにねっとりしている。
「えぇ、大丈夫かコレ」
彼の方を見ると、真面目な顔でこくりと頷いた。どうやらいってみろとの事らしい。
恐る恐るそのカケラを口に運ぶ。
むぐむぐ……。
うん
ぐちょりと芋虫を噛み潰したような食感で、味は鼻水を生臭くしたような風味だ。
最悪に不味い!
「うぇぇぇ……」
思わず涙目になり、非難の眼差しを彼に向ける。
「アハハハハハハッ」
何を思ったのか、大笑いだ。
「ゴメンなさいっアドの実を、本当にそのまま食べるっておかしくて、はははっ」
どうやらこれは、調理が必要なものらしい。分かるわけがない、止めてくれよ。
でも、先程はフライパンで彼の事を内心笑ってしまっていたので、お互い様という事か。
「ごほっごほっ、これ本当はどうやって食べたら良いの」
咳き込みながらたずねる。
「これは、火を通すんデス。また食事の時に食べましょう。本当に美味しいデスよ」
一瞬疑ったが、今度は本当だろう。いくつかリュックに入れて持っていくようにした。
……
幾度かの小休止を挟んだのち、ついに外周の建物を、木々の間から目視するに至った。
ついにたどり着いたのだ。
「たどり着いた……」
「つきましたネ」
そう、この外周の建造物の中にゆみちゃんが居るはずだ。静かに気持ちが焦る。
しかし。
空を見ると、太陽は建物の向こう側へ姿を消し、透き通った青は神秘的な茜へと姿を変えていた。
どうする、中に入るとなると、途中で日が暮れてしまうだろう。ここで野営をすべきだろうか。
「お兄さン」
考えながら立ち尽くしていると、彼から声がかけられた。
「ココは……」
「うん、今日はここで野営しよう。突入は明日だ」
「ハイ」
ミイラ取りがミイラになる訳にはいかない。無理をしない、落ち着いてがサバイバルの鉄則だ。
……
今回は、寝床から離れた場所に火を起こした。調理場と寝床を離したのだ。
火で暖を取れないのが気になるが、夜でもそこまで冷える事はない。上着を着ていれば何とか耐えられるだろう。
それよりも、屍小鬼が寄って来る可能性の方が危険だ。
負傷しているし、今度も撃退できるとは限らない。
「さて……」
「できましたヨ」
できたというのは、例のアドの実だ。焚き火の下に埋めて、熱を伝える調理法を取っている。
灰の中から出てきたソレは、皮がパリパリに焼けて真っ黒になっている。
「香ばしくて良い匂いだね」
なんだか食欲をそそる良い匂いがする。最近はまともにご飯を食べられていないので、常に空腹なのも効いているのかもしれないが。
「熱っ!っとどうゾ」
半分に割って、その片方を渡してくれた。
昼に見た物と、印象が違う。ホクホクで…焼き芋のようだ。
火傷しないようにかぶりつく。
「いただきます」
ぱくり。
むぐむぐ……。
甘い!見た目通り、焼き芋に近い味と食感だろうか。生臭くてネチョネチョしていた刺身とは大違いだ!
火を通すだけで、これ程美味くなるとは!
「うぉっ美味しいコレ!」
「でしょウ」
ぱくりぱくりと、食べ進めていく。
その様子を見て納得したのか、心なしか胸を張って彼も食べ始めた。
大満足の夕食となったのだった。
……
「うそだろ」
包帯を変えようと傷口を確認すると、今朝の傷がもう、カサブタにようになり、殆ど治りかけていた。コレはそんなに浅い傷では無かったと記憶している。
いや、良い事なんだが。
思っていたのと違う結果に、少し恐怖を感じる。なぜこんなに怪我の治りが早いのか。
楓くんは、良かったデスねなんて喜んでくれているが。
「うーん」
念の為に、包帯をもう一度新しいものに交換しておいた。
ぽりぽりと、頭をかきながら考えたが原因はわからない。
「ん?」
手には抜け毛、しかも銀色の。いや、白髪かな。
「苦労してるからなぁ……」
不思議な現象に困惑しながらも、その日の夜は更けていったのだった。




