迷宮サバイバル五日目(中ノニ)
迷宮サバイバル五日目(中ノニ)
小さな箱庭のジャングルを進む。
俺が先頭、その後に楓くんがついて来ている隊形だ。
血は止まったとは言え、まだ左腕には熱い感覚がある。あまり負担を掛けないように庇いながら歩く。
右手の槍を杖代わりに、藪を掻き分けながら進むが、片手が使えないのは思った以上に歩き辛い。
体力が奪われていく。
しかし森生まれ森育ちの相棒は、このような場所の方が歩きやすいらしい。石畳の通路より、遥かにテンポ良く歩いている。
しかも、フライパンをリュックからはみ出させながら。
あれも結構な重量だと思うが。
「小休止しよう」
足を止めて、そう声をかけた。
じっとりと湿度の高いこの環境は、汗がなかなか乾かず、蒸し暑い。
「ハイ」
腰を下ろして休憩する。
ちらりと、彼のフライパンに目を落とした、凄く目立っている。
はっと視線に気がついたようだ。
「あぁ、この武器デスね。拾ったンですが、扱い易いので持っていこうと思って」
なるほど。
それは武器ではない調理器具だ。
しかし、それに命を脅かされたり助けられた俺には、どうしてもつっこめなかった。
硬いし重いし、武器になるかもしれない。
「うん、錆びないし。面積も広いし良いね」
「でしょウ!汚れても簡単に拭き取れるし、業物ですよコレ」
そして焦げ付きもしないだろう。ナントカ加工って言うやつだ。
しかも何と、メイドインジャパンである。
彼はおもむろに立ち上がり……。
ぶおん
「もう少し慣れたら、上手く振るえると思いマス」
大真面目な顔で、素振りしてみせる彼のシュールさに、思わず吹いた。
「っく」
それを見た彼が、口を尖らせる。。
「なぜ笑うんデスか?」
「ゴメン、頼りにしてるよ」
「ハイ、わかりましタ!」
頼りにしているのは本当だ。人間は助け合う事で、生存率を上げる事ができる。
その後しばらく雑談をして、再び出発した。
……
あれから、どれくらい歩いただろうか。
トゲだらけの植物に裾を引っ掛けたり、異臭を放つビビッドカラーの花を掻き分けて。
ついに目的地に到着した。
そう、窓だ。外周側の建物と内周側の建物を隔てる部分に繋がる、窓だっただろう場所。
ここは、内外からの植物の侵食により崩壊し、穴が空いている。そして外から大樹の枝が入って来ている。
人間が二、三人並んで通れる程の大穴だ。
ここからならば屋外に出られるだろう。外周側の建物に渡る為には、ここから外に出るのが良いだろう。
「外だ!」
落ちないよう気をつけて、穴の外を覗き込んだ。
くらりと直射日光に目が眩む。
おおよそ三階程の高さだろうか。久しぶりに外の風が吹き込んできて気持ち良い。
この高さでは飛び降りる訳にはいかない。
外から入って来ている大きな木の枝を伝って、降りるのが良いだろう。
楓くんの方を見る。
覚悟はできているのだろう、黙って頷いた。
「降りよう」
「ハイ」
……
ギギ、ギギ
強度を何度か確かめたとはいえ、大丈夫だろうか。俺の体重を支えて、枝がしなる。
槍は楓くんに預けて、待って貰っている。後で地面に落として貰ったら良いだろう。
ギギ、ギギ
(……結構怖いな)
不意に落ちたら死なないにしても、ただでは済まないだろう。
ゆっくり這うように、枝枝を渡り、巨大な幹に到着した。
「ふぅー」
足を下に、ゆっくり降りていく。
しっかりグリップできる場所を手探りで探しながら、慎重に。
ずずっ
「うぉっ!?」
足を踏み外したが、なんとか堪える。
心臓がばくばくと主張し、緊張に手に汗を掻く。
左腕を庇いながらのクライミングは、思った以上に体力を消耗する。
「はぁっはぁっ」
ゆっくり足を運び。
「ふぅぅー」
ついに地面まで到達する事ができた。登るより、降りる方が怖いな。
緊張感が全然違う、少し背中に汗を掻いた。
「さて」
上で待つ楓くんに合図を送り、槍を地面に投げ落として貰う。
カランとも言わず、無音で落ちる木製の槍。
そして、木を伝って降りるのは彼の番だ。
どきどきしながら見守る。
しかし、心配無用だった。
するりするりと危なげなく、そしてスピーディに降りてくる。
僅かな時間で、呼吸も乱さず到着した。
「お待たせしましタ」
「……」
この小さな少年は木登りの精なのか。
「よし、行こう」
俺が怖がりなのだろうか?
いや、怖いだろう、10メートルはあったぞ。
彼の度胸の良さに少し動揺したが、それを悟られないように、歩き出したのだった。
高いトコロ、平気ですか?




