迷宮サバイバル二日目(中)
迷宮サバイバル二日目(中)
心を決めて、改めて扉のノブに手をかけた。
かちゃりと小さな音を立てて、扉がゆっくり開く。真っ暗だ、窓が無いのだろうか。
松明を差し向けると、薄っすら浮かび上がる内部の形。そこに玄関などはなく、扉の先は、すぐに部屋になっているようだ。
しかし、ここからでは部屋の隅々までは見ることができない。
相変わらず、部屋の奥からぴちょんと水滴が落ちるような音が聞こえてくる。
「何が出るか……」
ごくりと自分の喉がなるのがわかった。
何が潜んでいるかわからないので、すぐに入らずに三分ほど扉の付近で待つ事にした。
何も起こらず、足を踏み出す。
ギィ、ギィという自分の足音に、心臓が潰されそうだ。
松明の明かりだけを頼りに、散策する。
ギィ、ギィ。
特に何も無いようだが。
壁面に灯りをかざすと、薄っすらと浮かび上がったのは窓だ。
しかしそれはその仕事を放棄している。
どうやら板で塞がれているらしい。板は脆く、すぐに外れそうではある。
べりべりと、朽ちた板を手で剥がし外の光を取り入れる。
部屋の全貌が明らかになった。
入り口からすぐのこの部屋は、10畳程の大きさだろうか。そして、奥にもう一つ扉がある。
「ん?」
天井から黄金色の細い糸のようなものが、いくつも垂れ下がってきている。
自然な金色と言うよりは、どこか作られた印象を持つ程の綺麗なそれだ
糸を辿って、目線を上げる。
「うわっ!」
驚いた。
天井に引っ付いているその糸は毛だ、ブロンドの髪。
そう、天井に逆さまになって椅子に座っている人形の髪の毛だった。
彼女の体に対しては大きな椅子に、ちょこんと行儀良く座っている。60センチ位の大きさの洋風のお人形だ。
大きな顔に大きな青い目、フリフリのドレスを着たそれだが、天井にひっくり返って張り付いているのは異様としか思えない。
ご丁寧にテーブルと椅子も逆さまに天井に張り付いていて、重力に逆らってティータイムを楽しんでいるようだ。
どうも目玉がこちらを見ているようで怖い。
そもそも、普段より人形には接点が無いのでちょっと苦手だ。
ぴちょん
水音にびくりとする。
どうやらこの音は、もう一つ奥の扉から聞こえて来ているらしい。
人形に背を向け、奥の扉に手をかける。
かちゃりという音と共に、扉は開いた。
ぴちょん
水音の正体が分かった。
石の天井の割れ目から、雨漏りのように水滴が落ちて来ている。
それが陶器で出来た壺に受けられているみたいだった。
ここは部屋、というよりは物置だろうか。
奥には棚が据えられている。
その中を伺うと、人形の顔や体がバラバラに置いてあった。作りかけのものだろう。
なんてことはない人形の部品だが、何か薄ら寒いものを感じる。
気をとりなおして、陶器の中の水に目を落とす。透明で済んでおり、異物は入っていない。
「煮沸すれば飲めるかな」
僅かに残った水筒の水を飲み干し、代わりに陶器の中の水を満タンに汲む。
煮沸するべきだが床が木で出来たこの部屋で、火をつけるのは得策では無いだろう、適した場所が見つかるまではお預けだ。
他に使えそうなものはあるだろうか。
棚の引き出しには、ドレスに使うのだろうか、色取り取りの布切れのような物が入っていた。
綺麗な布は貴重だ。あるだけリュックに詰めて持っていく。
天井の人形の服も剥いで持っていくか?
いや、これだけあれば十分だろう。それに追い剥ぎのようで気がひける。
いくらかの布切れと、水を得た俺は部屋を後にした。




