雪山サバイバル十五日目
雪山サバイバル十五日目
目覚めた時には、すでにゆみちゃんもクロも起きていたようだ。
負傷しているクロは、右の後ろ脚を庇いながら、横になっている。
寝ぼけ眼を擦りながら、彼女らに声をかけた。
「おはよう」
「おはようございます!」
声に気が付き、ぱっと振り返って元気のいい声が返ってきた。今日は心に不安が無いためか、いつもより笑顔に曇りが無い。
本当に皆が無事で、今日を迎える事が出来て良かった。
そして誰か一人でも欠けていれば、今日は無かっただろう。それくらいギリギリでの、竜との生存競争だった。
「朝ごはん食べますー?」
ずずいっと缶詰を取り出して聞いてくる。どうやら俺が起きるまで、食べるのを待っていてくれたようだ、ごはんと聞いてクロも期待の眼差しをこちらに向ける。
「うん、食べよう!」
ぱっと起きて食事の準備に取り掛かる。
思い思いの缶詰を手に取り、テーブルの上で開封する事にした。
クロにはハムらしき物を開けてやった。
勢い良く食べているので、口にあっているのだろう。クロまっしぐらなんてな。
怪我を忘れて夢中で食らいついている。
さて俺が選んだのは、ラベルに日本!と大きな文字で殴り書かれていたものだ。元のラベルが消えていて何が出てくるかは分からないが、いつか食べようと思っていたのだ。
まさに、今日食べるに相応しい一品だろう。
(鬼が出るか、蛇が出るか)
意を決してぱかりと開ける。
次の瞬間に、ふわっと匂いが立ち込める。
「うわっ……何だこれ!」
「何開けたんですか……何?ソースの匂い?」
恐る恐る中を覗き込むと、真っ黒な液体の中に、茶色い球体がいくつか沈んでいる。
箸で一つつまみ出して見る。
まさかこれは。
「タコ焼き?」
「タコ焼きみたいだね」
まさかのタコ焼きである。日本代表ってタコ焼きなのか?観光のお土産にふざけて買ったとしか思えないぞ。
HAHAHAなんて笑いながら、ここの家主が買って帰ったのが眼に浮かぶようだ。
しかしメイドインジャパンだぞ、俺たちの口に合わない事は無いはず。
恐る恐る口に運ぶ。
もぐもぐ
うん、外側はむにむにとした食感、そして内側もむにむにしている。そりゃそうかソースにずっと沈んでいればそうなる。
俺の口元を、歪んだ顔で見る彼女。明らかにヤバイものを食べてると思われたようだ。
しかし、意外(失礼)だが味は美味しい!
「いや、美味しいぞこれ」
日毎は、とにかく味の濃いものに飢えているので、こんなこってりソース味は大歓迎だ。
真っ黒なソースに沈んでいるソレを見て、ええー?なんて声を上げる。
こいつはまだ見た目に騙されているな、見えているものだけを追いかけると真実は曇るのだ。
「食べてみる?」
コールタールの池から、タコ焼きを箸で一つ摘んで差し出す。
うーんと一瞬考えた後、彼女はぱくりと一口でそれを頬張った。
むにむに
ごくり
「……うん、フツーに美味しい」
「そうだろう?」
なぜか勝ち誇った気分になる。
「でも冷たいのがなぁ」
確かに。
「湯煎してみるか?」
「あぁーマヨネーズと青のりが欲しい!」
「これ、揚げたら外がカリッとなって美味しいんじゃないか」
などと、しばらくタコ焼き談義に花を咲かせたのだった。
……
クロの包帯(まぁ応急処置的に布を巻いただけだが)を取って新しいものに変えてやる事にした。
べりべりと赤黒くなった布が剥がされていく。痛いだろうに、うぅとも唸らず、静かに耐えていた。偉い子だ。
傷の手当ての心得など無いので、血が止まるようにと思って、とりあえず布を巻いていただけなのだが。どうやら予想以上に彼の生命力は強かったようだ。すでに傷口がかさぶたのようになって血が止まりかけている。
細菌の感染も怖いが、やってやれる事はない。とりあえず綺麗なタオルを包帯の代わりに巻き直してやった。
「出来たぞ」
そう声をかけると、負傷した脚を庇いながら残りの三本の脚で器用に歩いて、テーブルの下で丸くなった。
守られている感じがあるのだろうか、そこがお気に入りの場所のようだ。
「竜に噛まれた割には、元気そうで良かったな」
かの竜は顎が吹き飛んでいたからか、噛まれた場所が良かったのか。命も脚も失わずに済みそうなのは幸運というほかない。
しかしあの青い閃光は何だったんだろうな。負傷した戦士を眺めながらそんな事を考えていると、声がかけられた。
「お兄さん、コーヒー飲みますか?」
素晴らしい提案だ。
「ありがとう、頂きます」
「はぁい。運が良いですねお客さん。今日は良い豆が手に入ってねぇ」
なんてふざけながら、テキパキと準備してくれる。彼女の人となりなら本当に喫茶店を開いてもやっていけそうだ。
そんな事を考えながら後ろ姿を眺めていると、準備が出来たようだ。
「お待ちどうさま」
そう言ってマグカップを、テーブルの上に置いてくれた。ふわりと漂うコーヒーの良い香り、なんとなくリラックスする。
「頂きます」
そう言って一口。
苦味と酸味と甘味が、程よく合わさって優しい味わい。淹れる人間の心根が表現されているようだ。
「美味しい!」
「そうですか、良かった!」
そんな風に言いながら、彼女も正面の椅子に座る。実は蒸らし方に秘密があるんです、なんて美味しいコーヒーの淹れ方教室が始まってしまった。
穏やかな時間が流れる。
温かいうちに飲み干してしまったところで、今日の活動方針について発表した。
「竜の死骸を見に行こうと思うんだ」
彼女が何故か、という顔をする。いたずらに危険を追うだけだと言わんばかりだ。
言葉を続ける。
「ナイフを突き立てたままだから回収したい事と、念の為に本当に死んだか確認したいんだ」
しばらく考えた後、答えた。
「わかりました、私も行きます!」
意外にも同行を進言する。確かに正確な場所を知っている彼女がいた方が楽だが。危険ではないか?いや、そうか。
「うん、一緒に行こう。気をつけて」
「はいっ!」
そういうと、準備を始めるのだった。当然負傷したクロは留守番である。
……
竜の身体は、崖の下にあったため回り道を要したが、無事に到着する事ができた。
周囲を警戒しながら伺ったが、ピクリとも動かないし何の音もしない。死んでいるととっても構わないだろう。
眼の奥に入っているナイフを取り出す。
うぇぇなどと言って彼女は余所見をしているが、そう言いたくなるのも分かる。
あんまり気持ちの良いものではない。
さて竜の身体だが、どうしたものか。食べられたり、何かに使えるような部位はあるのだろうか。
どちらにせよ、このナイフ一本じゃあ解体は無理か。
その時、彼女が声をかけてきた。
「お兄さん、あれっ!」
指を指す方向に目を向ける。
うっすらとかかっていた霧が晴れて、視界が開けた先には、雪の合間に、確かに芽吹いている緑があった。
中には白やピンクの花々も見える。
その先には、点々と木々が生えている場所すらある。
どうやら下山しようとして闇雲に歩いていたのも無駄では無かったようだ。
「緑だ」「うん!」
白と青の世界に、色が付いた瞬間だ。
世界はこんなにも美しいものだったか。
その時、ブワッと風が吹いた。
それは今まで感じていた、命を奪うだけの凍えるものではなく、どこか暖かさを感じる風だった。
「明日から始まるサバイバル生活!」をご覧頂き、ありがとうございます。
これで第二章、完結となります。
総字数10万字程度で二章終了を考えていたので、こちらも、だいたい予定通りでしょうか。
第三章の方も予定しています。プランを練っている段階でありますので、良かったら活動報告のアンケートにご協力下さい。
ここまで、見て頂きました方は是非
評価、感想、レビューを、何卒宜しくお願いします!
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上記内容は活動報告でも、報告させて頂きます!




