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INFINITY/4771  作者: 蒼川涼
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越王勾・天子

 天の国 王宮 水晶の部屋


 煌びやかに宝飾された刀剣の数々。

 太古の時代に生息していた麒麟の毛皮で作られたマント。

 重量感のある黄金の杯。

 真珠色に輝く生糸で織られた祭典用の衣装。

 この部屋には、天の国のあらゆる贅沢が並べられている。


「くだらんな。先代の王どもは。先祖代々、このような物を欲したのか……欲にまみれ、人間くさい連中だったに違いなかろうな」


 透き通る鈴の音のような声だった。


 少女が一人、一つ売れば国を一国買えてしまうであろう金品の数々を一瞥し、さも退屈そうに呟く。


 白銀の長髪をなびかせる

 瞳はすべてを見通してしまいそうな淡い碧眼。

 肌の色は曇り一つない白磁器のよう。


 線の細い身体のラインが際立つ高襟くるぶし丈の衣装。汚れ一つ無く純白でいて、腰の部分から伸びるのはスカートと呼ぶよりも、上質な絹のカーテンのようだ。


 触れてしまえば壊れそうな儚さを湛え、また対極的な、人類を超越した者のみが有する独特の芯があった。


 名は天子てんこ


 決して立ち止まらず、決して振り向かず。


 元来、自信に溢れ不退転の決意に満ちた強気な表情であった。


 ただ歩くだけで闇が彼女を避け、通った道の後には光が射す絶対的な存在感。


 そんな彼女が居る水晶で造られた広大な部屋の中央にあるのは黒い天使のオブジェ。


 それを避けるように紅蓮の絨毯が途中で二股に分かれ出口まで敷かれている。


 翼の先から爪先まで漆黒に濁り、堕天使の名に相応しい出で立ちの天使が優しく抱いているのは純白の刀剣。


 天子はそれに向かって歩を進める。


 一歩、また、一歩と近づく。


 退屈交じりの何の気もない様子で抜く。


 さも当然であるかのように表情一つ変えず。


 天の国の始祖である人物が神より授かったと伝承に載るその一振りを。


「……ほう、やってみるものだな」


 始祖より天の国が創国され、二代目から九十九代目にわたり、代々続く始祖の血を引くこの国の王たちが触れる事すら叶わなかった剣。


 眩いばかりの光が堕天使のオブジェを包み、やがて、かつての純白を取り戻した天使は、永きに渡る使命を終えたかのように天へ昇ってゆき、部屋中が光の乱反射をくり返す。


 伝承、伝説、お伽噺、言い伝え、神話、文献、建造物。また、始祖をテーマとした架空の小説、絵本。


 この国で知らない人はいないとされる半神半人の存在。


 天まで続いたその光明は、国中の民に始祖の降誕を彷彿とさせた。


 祈った。


 国中の誰もが手を合わせ、目を閉じ、光柱の粒が消えるその瞬間まで。


「あ、ぁ、姉……上……そそ、それを」


 怯えたとも動揺したとも捉えられる顔をした銀髪の少女が、扉からおずおずと顔を出して訊ねた。


 天子と瓜二つの見た目と衣装だが、少し眉の下がった瞳と、両肩の位置で結われている髪。何より、芯の部分が彼女には無かった。


 名は深月シエンユエ

 妹である。


「いたのか深月。これか。何人なんぴとたりとも抜けぬと口をそろえて言うものだから、どんな代物か気になったのだ。ふふん、それで、暇のつぶしに手に取ってみたのだ。なかなか、凛としていて燕の尾のようにも見える。気に入ったぞ! いくら金銀財宝宝飾の類を見ても何も感じなかったが……これはトクベツだ。うむ!」


「あわわっ……」


 と、控えめな胸を張りながら、興奮を抑えきれない様子で語る天子の言葉を最後まで聞く前に、深月はふらりとその場に崩れそうになった。


 先祖代々、始祖を除き誰も触れられなかった聖剣の一振りをいとも容易く抜いてしまったのだから無理はない。


「──深月様」


 天子は人の声が聞こえた瞬間にすっと背に剣を隠す。


 蒼いマントを身に付けた青年が後ろから彼女の身体を支える。


「天子よ、今のは何事だ?」


 それから間を置かずに大柄の男が廊下から部屋へと入ってきた。


 名は九垓くがい


 天の国、九十九代目国王であり、天子と深月の実父。

 天子と呼ばれた少女は苛立ち混じりのまなじりを九垓に向けた。


 蒼、紅、白、緑、それぞれの色のマントを身に付けた四人の護衛を引き連れ、その中央に堂々とした態度で佇んでいる。


 焦げ茶の御斎衣おんさいじの衣服を纏い、首や指には宝石の類がこれでもかと付けられている。


 長い黒髪は後ろへ撫でつけ、所々皺のある鋭い両の目が天子を見やる。


 しばらく無言で睨みあったのちに、先に口を開いたのは九垓。


「あまりに悪さをするものだからこの部屋へ閉じ込めておいたのだが、なんなんだ、この部屋の宝の数は……お前が勝手に持ち込んだのか」


 手に持つ鼠色の扇子で天子を指した。


「……はぁ」


 溜息をこぼす。


 それは落胆や後悔の念ではなく、たった今ついてしまった圧倒的な格の違い、場違いな相手への憐れみからであった。


「いかに、その者が(わらわ)に対して言を申すのだ?」


 その言葉を聞いて、九垓の表情が怒気を孕み場が凍りつく。


 いつの間にか気がついていた深月がまたふらりとした。


「昔から問題ばかり起こす奴であったが……ついには私までも愚弄するか。戯れにも戯言にも限度があるぞ。今のは無かったことにしておく…………二度は言わん」


「ぬかすな、たわけめ」


 次の瞬間、九垓が一歩また一歩と天子へと歩み寄る。

 その表情は怒りに満ち、曇り、夏の嵐を想像させた。

 周囲の護衛たちを扇子で制し、手を出すなと合図を送る。

 やがて十分に接近した九垓は天子に掴みかかろうとする。


「今まで散々甘やかしてきたが、貴様には、痛みで理解してもらうしかないようだな! 決して許さん、私が直に独房へと入れてやる!」


 仁王立ちの天子だったが背に隠していた剣を九垓に突きつけた。


「──グウ、っ……」


 一瞬の出来事だった。


 青年たちの目の色が変わる。


 蒼いマントの青年が地を蹴り、背中に携えた二双の短剣で九垓の首元へと十字に構え、紅いマントの青年が掴みかかろうとした九垓の手首を握る。


 白いマントの青年が九垓の鳩尾みぞおちに右の掌底を叩き込みながら左腕で天子を庇い、緑のマントの青年が巨大な番傘を取り出して天子と九垓の間に開いた。


 四人の青年の表情も半ば驚嘆に満ち、同時に心地の良い顔でもあった。


 長きに渡る念願(しめい)をようやく果たさんとする面様。


「「「「我ら四聖獣、これより越勾王・天子様にお仕え致します」」」」


 白燕尾(後に天子が名を付けた)の所有者が現れた瞬間に、始祖からの王の血族に仕え続け、ちょうど百代目の四人の青年の細胞が、血が、遺伝子が、騒いだ。


 考えるよりも先に、オートマチックで反応したのだ。


 越勾王・天子は跪く四人に向かって口を開く。


「深月を診てやってくれ。ひどく、驚かせたかもしれんからの」


「あのう、わたしは──」


「「「「御意」」」」


「では、ここは俺が行こう。一番、足と武術には自信がある」


 二双剣の青年が他の者は不要だと言わんばかりに、我先にと深月へ歩を進める。


「いいや、いいや、私が適任でしょう。アナタに何か不注意があっては困りますから」


 薄く口紅をした美丈夫が二双の青年を制するように言う。


「……妙案がある。天子様に、この四人の中で誰が深月様を御座所までお連れするかを僭越ながらお決め頂くというのはどうか、な?」


「いいだろう!」「いいでしょう」


「ほれ、もうここに深月はおらぬぞ。とうに行ってしもうたわ」


「なん……だと……」「これは、一杯食わされました」「時すでに遅し、か」


 見れば、番傘を背負う長髪の青年が深月の手を握り小さくなってゆくところである。


「ふっ、余興にしてはなかなかであった♪」


 口元を少し緩ませた天子に三人の青年が恍惚として見入る。


「なんて神々しい」

「恐悦至極にございます」

「嗚呼ぁ……」


 番傘の青年が落ち着いた優しい声音で深月に云う。


「あと少しで御座所に到着しますゆえ、どうかほんの少しの間、ご辛抱くださいませ。すでに典薬てんやくの者を向かわせております」


「あのぉ、大丈夫ですから」


「え……」


 ピタリ、と足が止まり、深月が手を離す。


「お騒がせいたしました。先ほどは驚いてしまいましたが、もう大丈夫です」


 番傘の青年が振り返ると天子と他の三人の青年が笑っている。


 正面を向けば彼女はとうに消えている。


「はてさて、これは」


 そんな茶番の様な一幕を九垓はただ、部屋の隅で膝をつき呆然と見ているしかなかった。

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