日々の楽しみに乾杯
小高い丘の上の公園、一番見晴らしのいいベンチに腰をかけ、夕暮れ時の街を一望する。
遠くできらめく、車のヘッドライト。
それは、川に様にゆっくり流れ、赤い点と同時に止まる。
真っ赤な夕日があらゆる屋根を紅く照らし、影がそれを引き立てる。
ふと時計を見た。
時間を確認し、自然と顔が少し引き締まった気がする。
強い風を胸に受け、学生服をなびかせ、大きく息をした。
少し潮の香りがした。
目を見開く。
すると、少しノイズの入ったラジオが時報を知らせた。
”5時です。”
音の余韻が消え去ったその時、俺は動く。
力のこもった三歩の助走で、海の見える方へ一気に跳ぶ。
前に飛んでいた自分の体は、程無くして下に、下にと落ちてゆく。
両手両足を使い、空気抵抗でうまくバランスをとる。
落下地点の修正の必要はない、今回はきれいに跳べた。
四秒ほどの自由落下で勢いよく公園の一環の歩道に降り立つ。
瞬間の衝撃を上手くスタートダッシュに切り替えさせる。
足を後ろに蹴りだし、車が一台通れるほどの環道をまんべんなく使い、走る向きを修正する。
そこから道なりに全速力で下って行く。
この風圧、後ろに流れる景色。
今自分の体は100キロは出ているだろう。
車道が見えてきた。
この時間帯は、ここは極端に車どおりが少ない。
ショートカットのために、フェンスを飛び越えそのまま6メートル先の車道まで跳ぶ。
風圧でフェンスがゆがんだ気がしたが、それを気にしている場合ではない。
空中で一回転し、木をギリギリでかわし、急いで体勢を立て直す。
着地はまぁまぁだ。
車道に出た。
右か?左か?
迷っている暇はあるだろうか。
自分は目をつぶり、直感で右へ走った。
このゲーム、勝たなきゃ。
右手には紅く染まった丘、左手は住宅街の影。
その間を縫うように、颯爽と走り抜ける。
俺は、あるゲームをしている。
旗とり合戦のようなものだが、”普通の人間がやるようなものではない”、全く新しい形のゲームだ。
何を隠そう、俺は普通の人間ではない。
普通の人間より、全体的にパフォーマンスが上がった人種なのだ。
理由はわからない。
13になったときに、変異に気付いた。
最も、自分はこの体を最高に気に入っている。
レーシングカー並みのスピードの出せるこの脚、ビルから飛び下りた程度ではケガしないこの体、1キロ先の辞書も読めるこの目、覚えようと思ったことはたいてい覚えられるこの頭。
最高だ。
そんな特別な、突然変異が、この町には、三人もいたのだ。
しかも同年齢で、ご近所さんだ。
俺たちはそれを良い事に、みんなで集まっては日々新しい遊びを考え、学校帰りの部活代わりとして楽しんでいる。
今日はさっきも言ったように、強化型の旗とり合戦。
今日のエリアは、丘の頂上を中心とした半径三キロの円の中。
そこに一つの小さな旗が隠されている。それを日没までに探し出すというゲームだ。
どんな手を使ってもいい、何をしてもいいから、とにかく旗を誰よりも早く探しだし、誰よりも早く手に入れる。
全手自由形。
俺たちはこのルールのことをそう呼んでいる。
人や動物に危害を加えることも、物を壊すことも大抵の事は黙認される。
そんな、俺たちが作った勝手なルールで毎日町中を走り回り、跳び回っていた。
高速道路の車とほぼ変わらない速度で疾走する。
どれくらい走っただろうか、頃合を見て、ここからは思い付きの行動へ。
速度を落とし、ジョギング程度で街中を探索する。
「もう少し見晴らしがいいとこがいいな・・・」
思い付きの行動が始まった。
自分はすぐ傍の花屋のテントの上に一跳びで飛び乗り、壁をのくぼみを伝ってそのまま屋根の上へ素早く登っていく。
また潮の風がすぅっと俺の体を流す。
海のほうを見ると、夕日はもう海面すれすれだ。
タイムリミットは近い。
「おっと、旗探さなきゃ・・・」
夕日に感動している場合ではない。
屋根から屋根へ飛び移って行き、旗を探す。
真っ白の布に、ウサギの絵柄が描かれた、百均で買ったおもちゃの旗。
どうしてその旗になったのかはわからないが、もうそれがしっくりきている。
今頃新しい旗に変えることはたぶん無いだろう。
「あった!!」
その旗を見つけた。
ここから家十二軒越した前方のコンビニ裏口の蛍光灯の上。
あのウサギのマークが風を求めてわずかに揺れている。
今回は俺が勝てそうだと思った。
しかし、そう甘くはない。
同時に、歩道を勢いよく走る二人目、コンビニへと向かう車の上に三人目の姿があった。
こうしてはいられない。自分はダッシュで屋根の上を走り伝っていく。
車が早い。三人目が優勝フラグか・・・。
そう思いつつも、まだあきらめずに跳ぶ。
車がいきなり向きを変えた。
今度は歩道が早い。
二人目に勝ちフラグを立てる。
自分も歩道に飛び降り、全力ダッシュ。
すれ違った自転車と接触したが、気にしない、いつものことだ。
ついに車道を挟んだ向こうが、もう目標地点。
自分は一か八か、車道の上、走り抜ける車の上をジャンプして二車線飛び越えてみた。
走る車のボンネットに手を突き、横回転しながら体を矢の様にして加速する。
反対車線に迫る大型トラックは、素早く減速して荷台と本体の分かれ目をきれいに通り抜ける。
気流でバランスを崩し、地面に叩きつけられる。が、そのまま無理やり体を起こし、最後、全ての力を振り絞って前に跳び、手を伸ばす。
掴んだ。
自分はそのまま流れに身を任せ、体を丸め、フェンスに勢いよく激突した。
旗を取った。
自分が勝った。
もう目の前に二人目が、三歩後ろには三人目が居た。
「取られたか~~負けたぁ~。」
「車道よく飛び越えたな。まぁ流石リエンだな。」
二人は悔しいようで、すっきりした顔をして笑った。
リエン。旗をとった青年の名前だ。突然変異の一人、近くの名門高校の生徒。
普段からバカをやっている、いわゆるトラブルメーカー。高いところからの捜索やアクションが得意だ。
「車のやつ、あれ急に曲がったぜ?そのままコンビニ行くかと思ってたのに。」
二人目の哀れな突然変異、名前はクラット。
リエンと同じ高校で、同じクラス。
体はごついが少々めんどくさがりで、さっきの様に自分の体ではなく車に頼ってしまうような所がある。基本人はよけない、よく人と肩がぶつかるらしい。
「それはドンマイだな~~。」
リエンは、まだ悔しがるクラットに笑いながら言った。
「俺は走ればどうにかなるとこだったんだけど、まさかお前がそこで飛ぶとはねぇ。」
惜しかったこの突然変異、その名はシナン。
ころころ気が変わる、落ち着きのない性格の持ち主。こいつもまたリエンと同じ高校で、同じクラスメイトだった。
「まぁな、でも・・・」
「こらぁっ、音がしてまさかと思ってみてみりゃ、またお前らか!何暴れとるんじゃぁ!」
突然、ドアを強く開ける音がし、すぐ傍から野太い怒鳴り声が割り込んできた。
コンビニの裏口からフリーターじいさんが出てきた。
なぜフリーターだと解ったのか。
「お前らぁ、これで何回目だぁ!今度こそとっ捕まえたるでぇ!」
そう、何度もやらかし、このじいさんには”至る所で”何度も世話になっている。
無論、じいさんのほうも何度もやらかしているようだが・・・。
よく会うこのじいさんと追いかけっこするのも、また彼らの一つの楽しみとなっている。
「お、じいさんか!今度はコンビニに転職したのか!前のガソリンスタンドでなーにやらかしたんだ?」
シナンがじいさんを煽った。
「えぇい、だまれ!」
「おぉっ!逃げろ逃げろ!」
三人は一斉に立ち上がり、全力で走り出した。
「待たんかこらぁ!」
逃げている最中、毎回思うが、このじいさんはかなり足が速く、少し気を抜けば追いつかれそうな勢いだ。
オリンピックにでも出れば、世界新記録を出すのではないかと、そう感じるほどの走りっぷりだ。
しかし、少し走るとすぐに引き返してしまう。
仕事の途中だからなのだろうが、実はもう息切れしているからかもしれない。
「ははは、今日も楽しかったよ、じいさん!!」
リエンはじいさんに向かって大きく手を振る。
じいさんは振り返り、何かを叫んでいるようだが、聞こえない。
身振り手振りからして、お説教かなんかだろう。
「さぁ、帰ろっか。」
「おう。」
シナンに続き、リエン、最後まで手を振っていたクラットが帰路に戻る。
四分の三が沈みかけた夕日が、地面を紅く染め、三つの影をさらに大きくした。
車通りも多くなり、またいつもの賑わいを見せ始める、一つの小さな海沿いの町。
潮の香りを運ぶ、一つの風。
こうして、ある一日の楽しみは幕を閉じた。