第7章 深夜の……
なんだかそわそわする。
今夜ギルドの冒険者がガサ入れに来る。
私たちの身の保証がされているとはいえ、何があるかわからないもんね。
私は満天の星空を見ながら、何とも言えない高揚感に包まれていた。
警護の持ち場はいつもと同じ。
悟られないように、平静を装っていないとね。
嵐の前の静けさ……か。
風が心地いい。
夜空に浮かぶ星たちはいつも通りにきれいだった。
もうすぐガサ入れなんて、微塵も感じられない。
そろそろ時間だよね。
私は巡回していると、ユーリーさんが門番の他の私設自警隊員2人に話をしていた。
ユーリーさん自警隊員の注意を逸らそうとしているんだね。
よ~し、私も。
「すみませ~ん。」
倉庫の近くを巡回しいた私設自警隊員に声をかけた。
「なんだ。」
「異常か?」
「いえ、そういうわけではないんです。」
私は2人を交互に眺めた。
「早く要件を言え。」
「え……と、あの寒くないですか?」
私の質問に私設自警隊員の2人は顔を見合わせて、ハハハと笑い出した。
「何の用かと思えばくだらない。
寒いなら、俺たちが温めてやろうか?」
いやらしい表情を浮かべる私設自警隊員。
「お断りします。」
私はきっぱりと断った。
「そう言わずに、なぁ。」
「ああ、そうそう。楽しくあったまろうぜ。」
私設自警隊員の2人が私の肩に腕を回してきた。
この~。
「えい!」
2人のつま先を、かかとで思いっきり踏みつける。
「痛って~。何するんだ、この女」
「自業自得でしょ。」
べ~だ。
私はその場を素早く立ち去った。
「この~、覚えていろ!!」
後ろの方で声が聞こえるけど、私は松明を消し闇にまぎれる。
相手は私を見失ったみたいだ。
これで、あの2人は倉庫の近くからいなくなった。
さて、ギルドの冒険者はどうやってガサ入れをする気だろう?
もう、とっくに時間は過ぎている。
星空を見ながらそんなことを考えていると。
「逃げられるとでも思ったか。」
ヤバい、さっきの私設自警隊員の1人だ。
「何よ。また痛い目に合いたいの?」
強がってみせる。
彼らは松明を持っていない。
私同様、夜の闇に眼を慣らして追いかけてきたんだ。
少しは知恵が回るみたいね。
私は身構える。
「そうら、捕まえた。」
後ろから抱きつくように、私を抑えるもう一人の自警隊員。
しまった。
前にばかり気を取られて、後ろの気配に気づかなかった。
「な……何するのよ。」
何とか抜けようともがくけれど、力の差が大きすぎる。
「誘ったのはそっちだろ。」
いやらしい顔が目の前に迫る。
「誘ってなんかいないよ。」
私は、そっぽを向く。
「まだ、ガキだがこの際どうでも良い。
さて、お望みどおり楽しくあったまろうか。」
私を捕まえている自警隊員がねちっこい声を上げる。
こんなもの!!
「キャッ。」
振りほどこうとしたところを、両腕をつかまれ足が浮くくらいまで持ち上げられた。
「う……く……、痛っ。」
「さぁて、まず服を脱ごうか~。」
目の前の私設自警隊員は、ゆっくりとその汚い手を私の胸に伸ばしてきた。
こ、こんなはずじゃなかったのに。
両腕はしっかり掴まれていて痛いくらいだ。
しかも足は地面から離れている。
「でへへへ……。」
いやらしい表情の自警隊員。
いや~。
叫ぼうとしたら、口に布を押し込まれた。
「騒がれたら困るからな。
な~に、気持ちよくあっためてやるぜ。」
私設自警隊員が私の胸に触れる。
その時だった。
「侵入者だ!」
倉庫の方から声がした。
他の私設自警隊員たちも声の方へと走っていく。
「ちっ、これからって時に」
私は放り出され、2人の自警隊員は声の方に駆けて行った。
きっとガサ入れだ。
私もすぐに倉庫へと向かって行った。
私が倉庫の前まで来ると、倉庫のあの広い扉を囲むように人だかりができていた。
松明の明かりに照らされて、みんなの姿を見つける。
私はみんなの方に寄っていった。
すると倉庫の入り口に戦士風の冒険者らしき人が松明を掲げて立っていた。
「私はギルドの者だ!
この中を改めさせてもらった!」
大声を張り上げる、戦士風の冒険者。
まさか単身で乗り込んできたの?
私設自警隊員は腰が引けている。
その場から立ち去ろうとする私設自警隊員の姿も見える。
私は、その人の背後に回り、逃げないようにわざとぶつかる。
「これは一体どういう事か!!」
倉庫の中からもう一人、松明を掲げて姿を見せた。
こちらは軽装の、盗賊っぽい姿の冒険者だ。
「この屋敷の主人を呼んでもらおうか!!」
戦士風の冒険者が大声を張り上げる。
そのセリフの後、私の視界の端に、ユーリーさんと私設自警隊員が1人屋敷に向かう姿をとらえた。
しばらくすると、キスィメン4世さんがユーリーさんと私設自警隊員に押されて、寝間着姿のまま倉庫の前にやってきた。
キスィメン4世さんの顔は真っ青だ。
「あなたがこの屋敷の主人ですね?」
戦士風の冒険者が、倉庫の入り口の前に連れてこられたキスィメン4世さんに確かめるように問いただす。
「……そうだ。」
すっかり、意気消沈のキスィメン4世さんが小さな声で呟いた。
「いったいこれはどういう事だ?」
戦士風の冒険者は、松明を倉庫の中に向ける。
盗賊風の戦士は、倉庫の中でよく見えるように松明を灯していた。
そう、そこには檻に入った巨大なクマがいたのだ。
ただ少しクマとは違っていた。
頭に羊のような角が生えているのだ。
「これは……モンスター?」
紛れもない、その巨体はモンスターと言う名にふさわしい。
それが、檻の中で眠っていたのだ。
毎日、朝晩運ばれていた大量のお肉。
あれはこのモンスターの餌。
そしてあの姉妹は、このモンスターを見て喜んでいた?
私から檻まで目測で6mは離れている。
それでも、眠っているモンスターの威圧感と言ったら言葉にできない。
それなのにあの姉妹は、もっと近くでモンスターを見ていたことになる。
一体どんな神経をしているのだろう?
私は、松明の光に照らされたモンスターを見てそんなことを考えていた。
すると檻の中のクマモドキは、ゆっくり目を開いた。
そして、これまたゆっくりと体を起こし始めたのであった。
「さぁ、これはどういう事か説明してもらおう。」
戦士風の冒険者は、クマモドキが目を覚ましたことに気づいていない。
「う……」
「モンスターが目を覚ましました。」
私の声はユーリーさんの叫び声にかき消された。
「何?」
戦士風の男は、後ろを振り返る。
クマモドキは檻の中で立ち上がった。
檻の大きさは目測で3m×3mの立方体。
鉄製の丈夫なものだ。
しかし中にいるクマモドキは3mを超える巨体を持っている。
そのクマモドキがお腹の底から響き渡る、重低音の咆哮を上げたのだ。
これには私設自警隊員もパニック状態。
次々にその場から逃げ出していった。
クマモドキは、また吠えながら檻を壊そうと暴れだした。
丈夫なハズの鉄製の檻が、見る見る間にひしゃげていく。
結局残ったのは、倉庫の中にいる盗賊風の冒険者が1人と倉庫の入り口にいる戦士風の冒険者1人。
あとは入り口から3m位離れたところで成り行きを見ていた私たち4人と、キスィメン4世さんだ。
これはかなり危険な状態だ。
私の額から汗が噴き出した。
「魔法を使います。逃げてください。」
メアリーさんの声だ。
どうやらギルドの2人に向けて叫んだようだけど、ギルドの冒険者2人は逃げるどころか立ち向かおうとしている。
このままだと、また前回の二の舞になる。
私がメアリーさんの方に向かおうとしたとき、私より先にメアリーさんの方へ駆け寄った人物がいた。
ユーリーさんだ。
ユーリーさんは走りながら、
「キスィメン4世が逃げないように頼みます」
と、メアリーさんに言う。
そしてそのままクマモドキへと進路を変えた。
「でも、私の魔法を使えば運が良ければ1撃で倒せるかもしれない……。」
メアリーさんはまだ魔法を使うつもりだ。
過信しすぎだよ。
メアリーさんの魔法がいくら強くったって、味方を犠牲にするような使い方は許せない。
またあんな思いはしたくない。
私は、メアリーさんの方へと足を進めた。
「魔法で大ダメージ与えなくて大丈夫ですか?」
メアリーさんその考えは間違っているよ。
メアリーさんの魔法なら、味方が接敵する前に使うべきで、混戦状態になった時に使うものじゃない!
「魔法は使わないで!
また巻き添えにしたいのですか? 仲間を。」
ユーリーさんは、走りながら叫んだ。
そう、ユーリーさんの言う通りだよ。
今は、キスィメン4世さんの方を逃げないように押さえておくことの方が大切だよ。
ユーリーさんの言葉で、やっと諦めたのかメアリーさんがキスィメン4世さんに近づく。
「キスィメン4世さんのことはメアリーさんに任せます。
私は、死者が出ないように回復に専念します。」
メアリーさんに向かって叫んだ。
檻の中のクマモドキは再び、地の底から聞こえるような咆哮を上げると、鉄の檻を破壊した。
「な、なんて力……。」
私は思わず絶句した。
そしてクマモドキは檻から出ようとしていた。
私は、キスィメン4世さんとメアリーさんの前に出る。
2人に攻撃が行かないように。
すると金シャチさんもクマモドキに接敵をする。
まず最初にクマモドキに攻撃を仕掛けたのはユーリーさんだ。
走りながら、その体重を乗せて剣を振るう。
しかし残念ながら、ユーリーさんの剣はブンっという音とともに虚しく空を切る。
次に攻撃を仕掛けたのは、戦士風の冒険者。
彼の剣も空を切る。
やっぱり、4mはあろうその巨体を前に、踏み込みが甘いんだ。
6mは離れている私でさえ、足が震えているんだから、あんな間近にいると、その迫力に負けてしまうのだろう。
「早く倒さないと……ヤバくないですか?」
私の後ろからメアリーさんの声が聞こえる。
「燃焼はやめろよ。」
クマモドキの懐に駆け寄る金シャチさんが釘をさす。
「誰かロープを持っていますか?」
メアリーさんだ。
ロープ?
そう言えば私は持っていない。
きっとキスィメン4世さんを縛りつけようとしているんだ。
まさか、こんなことで必要になるとは。
この件が片付いたら、買っておこう。
私はクマモドキを睨んだ。
するとユーリーさんが踵を返しこっちに走ってくる。
どうしたんだろう?
クマモドキは金シャチさん、戦士さん、盗賊さんの3人に囲まれている。
しかし今のところ誰一人として、攻撃を与えた者はいない。
「受け取りなさい!
冒険者たる者ロープくらい持ってなさいよ!」
ユーリーさんはバックパックをメアリーさんに投げつけ再びクマモドキに向かっていった。
ちょっと耳が痛い。
ロープ……必需品だね。
「あ、そうだ。」
そう、すっかり失念していた。
私は回復魔法以外にもう一つ魔法を持っていた。
ダメージ系の魔法ではない。
私のもう一つの魔法は、転倒の魔法。
相手を転ばせる魔法だ。
これは範囲魔法じゃない。
対象は1体だ。
これならみんなを巻き添えにすることはない。
私はすぐに転倒魔法の準備を始めた。
クマモドキは完全に檻から抜け出した。
金シャチさんは勇ましく、クマモドキの正面に立つと、足を踏ん張って、腰を落とし剣を右下段にかまえる。
どうやら大技を使うつもりのようだ。
「良し、転倒!」
私の手の平に、土色の糸状の煙が渦を巻く。
転倒の属性は振動。
糸状の煙はわずかに振動している魔素の塊。
「いっけ~!」
私はクマモドキめがけて、その塊を投げつけた。
私の投げた魔素の塊は、吸い込まれるようにクマモドキに命中。
クマモドキは足を滑らせて、転倒した。
「やった!」
魔法成功。
味方は……、うん大丈夫。
巻き添えになった人はいない。
「今のうちです。」
これなら攻撃が当たりやすいハズ。
その通りだった。
戦士さんの攻撃が、クマモドキの左肩に突き刺さる。
鮮血が飛び散るのが見えた。
かなりの深手だ。
続く盗賊風の冒険者の攻撃は惜しくもはずれ、クマモドキがうまく避けたというべきか。
金シャチさんは、剣をしっかり握り力を溜めているようだ。
クマモドキは起き上がろうと上体を起こす。
戦士さんの攻撃はうまく躱された。
盗賊風の冒険者は、かすり傷を与える。
ユーリーさんは再び戦列に加わった。
「よしもう一度。」
クマモドキが起き上がる前に、もう一度転倒の魔法を撃ちこむ。
クマモドキは避けることができず、再び転倒した。
「良し、やっちゃってください!」
今なら攻撃も当たりやすい。
早く、クマモドキを倒して!
「薙ぎ払いします!」
金シャチさんが大声を張り上げた。
「薙ぎ払い?」
確か薙ぎ払いって、自分が囲まれたとき、自分を取り囲む全員に攻撃を仕掛ける技。
相手は1体。
わざわざ薙ぎ払いを使う必要はないじゃない。
むしろ、接敵している味方を巻き添えにしてしまう。
「ダメ! 金シャチさん。」
私は叫んだ。
「また味方を巻き添えにしたいの?
今すぐ止めなさい!」
ユーリーさんが叫ぶ。
しかし、金シャチさんはさらに力を込める。
こうなったら、早くあのクマモドキを倒すしかない。
戦士さんの攻撃は惜しくも外れ。
あのクマモドキ、見た目以上に頭がいいのかも。
クラっ……。
私の視界が揺らいだ。
え?
思わず片膝をつく。
全身の力が抜けていく。
ちょっと魔法を使いすぎた?
私は今度は回復魔法を自分に使うことにした。
クマモドキは上半身を起こす。
ユーリーさん、戦士さん、盗賊さんの攻撃は、クマモドキの太い腕に阻まれてダメージを与えられない。
私は回復魔法を自分に使う。
さっきまでの脱力感が消えていく。
「薙ぎ払いくるから巻き込まれたくない人逃げて!」
ユーリーさんは叫びながら剣を振るう。
するとユーリーさんの剣は、クマモドキの腕に阻まれることなく胸に深々と突き刺さった。
地の底から響き渡るような、断末魔の咆哮を上げクマモドキはその動きを止めた。
「やった……の?」
戦士さんと盗賊さんが慎重に、クマモドキに近づく。
私はそれを、息をのみながらじっと見つめていた。
お願い、もう立ち上がらないで!
私は心の中で叫んでいた。
戦士さんと盗賊さんは、
「大丈夫だ。」
と、クマモドキから離れていく。
私は、剣を突き立てたままのユーリーさんのところに駆け寄った。
「大丈夫ですかユーリーさん。
どこか怪我とかしていませんか?」
「よかった、薙ぎ払いが発動する前に倒せましたよ。」
息を整えながら、突き刺さった剣を抜いたユーリーさん。
怪我をしているようには見えない。
「すごいですよ、ユーリーさん。
あのクマモドキを倒したんですから。」
私は歓喜の声を上げた。
「メアリー、キスィメン4世は?」
ユーリーさんは、メアリーさんを探すように視線をはわせる。
ユーリーさんの腕を持ち、私もメアリーさんを探す。
するとメアリーさんはちょうどキスィメン4世さんをロープで縛っていた。




