第 5 章 新たな出会い
私たちが北西地区にあるギルド本部に到着したのは、あの事件からどのくらい時間がたったころだろう?
逃げるように現場を離れ、薄闇の中を歩き続け、ようやくギルド本部にたどり着いた。
たどり着いたころには、もう汗だくだった。
ドンドン
「たのもう!」
戦士さんがドアをノックする。
するとしばらくして、ドアは開かれた。
ギルド本部、中は以外にも慌ただしい。
そんな中、ギルドの幹部の1人が玄関先に顔を出したのだ。
私は何を言えばいいのか、言葉が出ない。
「先ほど、モンスターが出た。その際の事情を説明に来た。」
戦士さんはそう言った。
「何? それは本当か?
今、そのことについて対策本部を設置したところだ。
ちょうど良い。来てくれ。」
戦士さんは腕を引っ張られ中へと連れ込まれていく。
「おや? そちらさんは?」
戦士さんを中に連れ込もうとして、私の存在に気付いたギルドの幹部。
私に向かって、声をかける。
「当事者です。」
戦士さんが間髪入れずに答える。
「それと、先に友の埋葬をお願いしたいのですが。」
戦士さんは言う。
ギルド幹部も戦士さんや私が担いでいるランさんの亡骸に気づき、
「そうか、犠牲者が出たんだな。」
そう言い放つ。
「まずは中へ。霊安室に。」
そう言うと、私たちを地下にある霊安室に案内してくれた。
「残念ながら、今は深夜だ。
火葬はできない。
明日の朝火葬と埋葬を行おう。
二人をベットに。」
言われるままに、冷たく硬いベットにランさんを寝かす。
「火葬費用と、お墓を用意する資金として100cかかる。
持ち合わせはあるか?」
非常にも、お金の話。
この地では、昔から火葬だった。
それは、気候と関係がある。
死体をそのまま放置しておくと、疫病などの感染病が蔓延するからだ。
そのため、亡骸は火葬され北西地区にある小高い丘の上の共同墓地に埋葬されるのだ。
そのための費用、100c。
私はランさんを見下ろした。
ごめんね、ランさん。
心の中でそうつぶやく。
「この者の名は?」
戦士さんに尋ねる幹部。
「マイタッケ」
悔しそうに、言葉を吐き捨てた。
そうだよね。さぞ、無念だろうね。
ランさんも……。
「こちらの方は?」
「ラン・ウェイク・イックリーです。」
なぜだろう?
悲しいはずなのに、涙が出ない。
もう枯れちゃったのかな?
「イックリー?」
幹部の人が聞き返してきた。
「ちょっと待っていなさい。」
そう言い残すと、幹部の人が霊安室を後にする。
残されたのは戦士さんと私、そして2人の亡骸。
焼けただれ、さぞ熱かったことだろう。
『燃焼』の魔法の属性は『炎』。
『炎』属性の魔法は、ほかの魔法より強力なのだ。
そう、あの時みたいに一瞬で戦闘を終わらせるくらいに。
私の脳裏にあの瞬間が蘇る。
全く予想しなかった場所からの攻撃。
翼人だからできるともいえる。
翼の無い私には考えもつかない場所からの攻撃だった。
ランさんごめんね。
私がもっと周りに気を付けていれば……。
あの惨事は防げたのかもしれない。
「ラン!」
勢いよくドアが開かれ、犬種の女性が飛び込んできた。
そしてランさんの亡骸に駆け寄る。
え? 誰? この人。
ランさんと同じ、獣に近い犬種の獣人女性。
彼女はいったい……。
「いったい誰がこんなひどいことを……。」
犬種の女性は、歯ぎしりをするくらい怒っている様子だ。
ランさんのことを知っていて、ここまで怒れる間柄の人……まさか、ランさんの肉親?
私は、何と言葉をかけていいのかわからず、その様子をただじっと無言で見ているだけだった。
「彼女の姉ですよ。」
不意に背後から声が聞こえた。
振り返れば、中肉中背の初老の男、先ほどのギルド幹部の人が立っていた。
ギルドの幹部の人は、冒険者を引退した人がその席に着く。
そのため、どうしても年齢的に高くなってしまうのだ。
「ランさんのお姉さん?」
私は幹部の人の言葉を繰り返した。
なんで彼女はここにいるのだろう?
そんなことが脳裏によぎる。
「今、先のモンスター騒ぎの対策本部を設置していましてね。
この街に滞在している冒険者を呼び寄せていたところだったんですよ。
偶然にも彼女が、すでに召喚に応じてくれてここにいたんです。」
ギルド幹部の人は丁寧に、事情を教えてくれた。
入り口には、「モンスター事件、対策本部」
と書かれた、立札が置いてあった。
ギルドの幹部の人が扉を開けると中は、ミソカツ亭の大部屋よりも広かった。
そこに冒険者らしき人たちがたくさんいる。
中央にはテーブルがあり、その上には大きな獣皮紙が置いてあった。
その紙を見て睨んでいるのは、他のギルド幹部が2人ほど。
何かを話し合っていた。
まさに部屋の中は騒然としている。
「こちらに当事者と名乗る冒険者が来ました。
彼らに状況を聞きましょう」
私たちをこの部屋に案内してくれたギルド幹部の人がそういうと、部屋の中は一瞬静まり返り再び喧騒に包まれた。
椅子もソファーもない殺風景でだだっ広い部屋。
唯一獣皮紙が置けるように、中央にテーブルがある部屋。
そんな部屋に、冒険者とギルド幹部を合わせて十数人がひしめき合う。
ギルド幹部は、一旦みんなを黙らせると、私たちをテーブルの方へと案内する。
「では、詳しい状況を説明願いますか?」
獣皮紙は北東地区の地図だった。
「わかりました。」
戦士さんはそう言うと、テーブルに置かれている獣皮紙を覗き込んだ。
「私と相方のマイタッケは、今夜このルートで巡回をする予定でした。」
戦士さんが話し始める。
「するとここの通りに差し掛かった時、ドオンと大きな破壊音が聞こえたのです。
それも、そう遠くないところから。」
あの時のことだね。
私たちも聞いた破壊音。
戦士さんたちは巡回の冒険者たちだったんだ。
「すぐに私と相方は、音のする方へと向かいました。」
「それは何時ころのことだね?」
ギルド幹部が口をはさむ。
「時間にして深夜1時ころだと思われます。」
戦士さんは、巡回ルートの位置からしてその時間を割り出した。
「そして我々は、その音の原因と遭遇しました。
それが巨大イノシシです。」
「巨大イノシシ……。」
部屋の中がざわめいた。
「巨大イノシシに2人で挑むなんて、無茶な……。」
そんな言葉を発している人もいた。
確かにあの巨体、2人で何とかできるとは思えない。
「すでに巨大イノシシは自我を失っており、ひたすら暴れまくっていました。
近くの塀を破壊したのが、おそらく私たちの聞いた破壊音だと思われます。」
そうか、だから塀が壊れていたんだ。
「そして、我々は増援が来ることを信じ、モンスターの足止めをしようとしました。」
「2人でか?」
ギルド幹部が、驚きの声を上げる。
「はい、2人でも足止めくらいはできるかと……、過信でしたが。」
戦士さんはうつ向いてしまった。
確かに過信だよ。
2人であの巨大イノシシをどうにかできるとは思えないもの。
「そして、足止めをするため戦闘状態になりました。
私は巨大イノシシを引きつけ、相方のマイタッケはイノシシの足を止めるため、足を狙って……。」
そして涙ぐむ戦士さん……。
何とも胸が張り裂けそうな気分になる。
「それで?」
ギルド幹部の人は、戦士さんの苦しみを他所に先を促した。
「はい。結果、私は無事でしたが、マイタッケは巨大イノシシに蹴られて怪我を負いました。
それもかなりの深手の。」
そうか、あの時怪我をしていたのはそのためだったんだ。
確かにあの巨体から繰り出される蹴りは、強烈だろう。
なんで、救援を呼びにいかなかったんだろう?
「そんな時、駆けつけてくれたのが彼女たちでした。」
そう言いながら戦士さんは私の方を指差した。
「犬種の方と、彼女がその現場に駆けつけてくれたのです。」
戦士さんは、話を続ける。
「そして、犬種の方は私をかばうように巨大イノシシの前に立ちふさがりました。
彼女は魔法で、怪我をしたマイタッケを治療してくれました。」
戦士さんは、あの状況でもちゃんと周りが見えていたんだ。
私なんか、目の前しか見えなかったのに。
「では、どうやって巨大イノシシを倒したのかね?」
「私たちが、戦っていると目の前が真っ赤に染まりました。
高熱の炎に突然包まれたのです。」
戦士さんは、声を絞り出すように話す。
「高熱の炎? 巨大イノシシが魔法を使うという話は聞いたことがない。
つまりそれは君の仕業なのか?」
ギルド幹部は、私を指差し言い放った。
「え? え……と……。」
どうしよう。
ここで変なことを言えば、メアリーさんの立場が悪くなる。
かといって嘘なんて言えないし……。
私が答えあぐねていると、戦士さんが、
「いえ、彼女ではありません。」
はっきりと答えてくれた。
「他に魔法使いがいたと?」
ギルド幹部の人は、戦士さんに詰め寄る。
「はい、彼女は上空にいました。
翼人の女性です。」
「どういうことかね?」
「私が気を失う寸前に、上空に翼人の女性の姿を見ました。
残念ながら、魔法を使う瞬間は見ていませんが……。」
戦士さん、それじゃメアリーさんの立場が……。
「でもでも、メアリーさんは良かれと思って行った行動でして……その……。」
「味方を犠牲にすることがかね?」
「それは……。」
ギルドの幹部の人の言葉に返す言葉がない。
「確かに、あの場で第三者が見ていれば、我々は苦戦していたように見えると思います。」
戦士さんが、救いの一言。
「そうです。巨大イノシシの迫力はあの場にいた人しかわかりません。
メアリーさんだって、きっと苦戦しているから援護のつもりで……。」
「味方を巻き添えにした、と?」
「そ、それは……。」
私はまた言葉を詰まらせた。
確かに味方を犠牲にしたのは事実だ。
死者も出ている。
これ以上、庇いようがない。
「炎に包まれた後、どのようなやり取りがあったかは私にもわかりません。
ただ、私が気が付いた時には巨大イノシシは絶命し、彼女は懸命の蘇生処置を施していました。」
戦士さんは私の方に視線を向ける。
「あ……あの、本当にごめんなさい。
私たちは初めての実戦で、パニックになっていたんだと思います。
メアリーさんだって、まさかみんなを巻き添えにするつもりで魔法を放ったわけじゃないと思います。
その証拠に、彼女だって蘇生処置を手伝ってくれたんです。」
そう、私たちは新米冒険者。
初めての実戦で、きっと混乱していたんだ。
「なるほどの。そのメアリーとかいう魔法使いが、今回の事件のカギを握る人物と言うことだな?」
ギルド幹部の鋭い視線が私に向けられる。
「……はい。」
私はうなずくことしかできなかった。
「では、君が見たことを話してくれるかい?」
ギルド幹部の人が、私に戦士さんの話の空白部分の証言を促した。
「はい、真っ赤に燃え盛る炎は一瞬の出来事でした。
その後は、巨大イノシシが力尽きていて、巨大イノシシを囲んでいた4人も力尽きていました。
私とメアリーさんは、すぐに駆け寄り息のある人を探しました。
それが、超重量剣を持つ金シャチさんとこちらの戦士さんの2人です。
私は、金シャチさんに気絶蘇生ポーションを飲ませると回復魔法をかけました。
そして、もう一人この戦士さんがかろうじて息があり、気絶蘇生処置を行い、回復魔法で回復を行いました。
残念ながら、残りの2人はすでに息絶えていました……。」
私はうつ向いた。
あの惨劇が脳裏に浮かぶ。
「ならばなぜ、その場を去ったのかな?」
ギルドの幹部の人が私に鋭い視線を向けた。
「そ……それは……、私たちは現在警護の依頼の途中でした。
もしあのままあそこに留まっていれば、事情聴取などで時間を取られ依頼に支障をきたすと判断したからです。」
私は自分が下した判断を、はっきりと答えた。
「警護の依頼……とな?」
「はい、キスィメン4世さんのお屋敷の警護です。」
私は、歯に衣を着せることなく真実を話した。
「キスィメンの……。」
ギルド幹部の3人は顔を見合わせ、何かつぶやいていた。
「なるほど、事情は大体分かった。
詳細については、彼(戦士さん)に現場へ同行してもらい聞くとしよう。
ところで、君たちは仲間に1人欠員が出たんだね?」
「え? あ、はい。」
リーダー的存在になりつつあったランさん。
彼女がいなくなったのは、相当な痛手だ。
「ならば、ユーリー。
君が欠員の補充としてキスィメン4世の警護の任についてくれぬか?」
え? 突然のことに、私の横で無言で話を聞いていた犬種の女性に、ギルド幹部が指名をしたのだった。
「私が……?」
本人も戸惑っている様子だ。
「欠員が出たのは君の妹君だろう?
街中で魔法を放つという事態に関して、我々ギルドとしても放置するわけにはいかない。
まぁ、今回の場合、街中でモンスターが暴れていたことを考慮に入れても、魔法で犠牲者を出したことに関しては何らかの手を打つ必要があると判断した。
そこで君に、その新米魔法使いの監視と同じ過ちを犯さぬよう止めに入ってもらいたいのだ。」
ギルド幹部の人が、ユーリーと呼ばれた犬種の獣人女性に選択を迫る。
「どうだ? 二度とこんな犠牲を出すような事態を引き起こさないためにも、ぜひ頼みたいのだが。」
「私は……。」
犬種の獣人女性は迷っているようだ。
彼女は、片手剣に盾を持っている典型的な戦士風の姿をしている。
超重量剣を振り回す金シャチさんしか前衛がいなくなった今、前衛となれる人材がパーティに入ってくれるのはありがたい。
ありがたいんだけれど……。
そう、彼女はランさんの姉。
メアリーさんに会ったらどうなるか……。
冷静でいられるのかな?
「どうかな?
引き受けてくれないかな?
もちろん君には監視の任の報酬を渡そう。
我々としても、これ以上冒険者がらみの事件が起こるのは好ましくないのだ。」
ギルド幹部が犬種の獣人女性に、選択を迫る。
「……わかりました。」
何か、強い意志を宿した視線で私を見る犬種の獣人女性。
……ランさんの仇討、なんてことしないよね?
私の胸中は、不安でいっぱいだった。
その後、ランさんのお姉さんは準備があるからと言って、ギルド幹部の1人と一緒に部屋を後にした。
テーブルに置いてある北東地区の地図に視線を落とすと、×印が2か所と△印が数か所書いてあった。
あれ? ここって、キスィメン4世さんのお屋敷だ。
そう、キスィメン邸の位置にも△印が書かれていたのだ。
何の意味だろう?
戦士さんはギルド幹部と話をしながら3つ目の×を地図に書き込んでいた。
「現場見てまいりやした。ありゃひでぇ有様ですぜ。」
盗賊風の人間の男が、ドアを開けて入ってきた。
「ちょうどよかった。こちらは当事者の方々だ。今話を聞いたところだ。」
ギルド幹部の一人が盗賊風の男に答える。
「ありゃ、当事者がきていたんですかい。じゃ、無駄足だったか?」
頭をポリポリ書きながら、テーブルに近づいてくる盗賊風の男。
「そんなことはないぞ、夜明けを待って、彼とともに現地確認に同行してくれ。
それと、何か変わったことはあったか?」
「ああ、それなんすがね。」
ちらりと私たちの方に視線を移すと、ギルド幹部の人に耳打ちをする盗賊風の男。
「うむ、やはりそうか。」
ギルド幹部は地図に視線を落とす。
つられて私も地図に視線を落とすと、3つ目の×が撃たれた場所にはもともと△印がついていたことに気が付いた。
これってどういうこと?
聞こうか聞くまいか迷っていると、
「お待たせしました。」
犬種の獣人女性が私に話しかけてきた。
そう、ランさんの姉の……ユーリーさん。
「では、頼んだぞ。」
「はい。」
ユーリーさんはランさんみたく、男口調ではない。
ついついランさんと比較してしまう自分に気づき、頭を左右に振った。
「じゃ、行きましょう。ユーリーさん。」
私は、ユーリーさんに手を差し出した。
「……はい、お願いします。」
ユーリーさんは握手をすることを拒むように、身を翻したのだった。
差し出した手を持て余す私。
やっぱり、妹の命を奪った仲間となれ合うことはできないということかな?
なんだか思考が悪い方悪い方へと向かっている。
はたしてこのままメアリーさんに引き合わせていいものか?
自問自答を繰り返す。
「さぁ、早く行きましょう。警護の依頼があるのでしょう?」
ユーリーさんに促されて、私はギルドを後にした。
私はギルドにランさんの葬儀代を支払い、あとのことをお願いした。
お金は依頼の前金から、支払った。
本当はランさんの埋葬まで一緒にいたかったけど、今は依頼の途中。
ランさんならきっと、依頼に戻れと言うに違いない。
そう思って、私たちはギルドを後にして、黙々とキスィメン邸に向かって歩いていく。
なんとなく気まずい雰囲気が私たちの間に流れている。
結局声をかけづらいのだ。
何を話していいかわからない。
メアリーさんのこと?
ユーリーさんはどう感じているんだろう?
ふとそんなことを思い、ユーリーさんに視線を向ける。
「何か?」
「あ、いえ、なんでもないです。」
う~ん、どうしていいのかわからないよ。
そんな感じで小1時間歩くと目的の場所、キスィメン邸に到着した。
もう、お日様は登り始めている時間帯だ。
「あの~、門を通してもらえますか?」
門番さんにお願いする。
「ああ、あんたか。」
門番さんは、門を開けてくれた。
「じゃ、行きましょう。」
ユーリーさんに声をかけて門をくぐる。
時間的にはそろそろ朝食の時間かな?
私は一旦あてがわれた部屋に向かった。
すると、金シャチさんとメアリーさんがすでに部屋にいた。
これは好都合?
先ずは2人にユーリーさんをパーティに加えるいきさつを話さないといけないね。
「ただいま。」
「お帰りなさい。」
金シャチさんとメアリーさんが私たち……ユーリーさんを見て少し怪訝そうな表情を見せる。
だよね。初めて見る人がいるんだもん。
ユーリーさんは剣に盾を持っている。
ランさんとは雰囲気が違う。
2人にもその違いは分かったんだと思う。
「えっと……まず、自己紹介をしますね。
私はトモリです。
回復の魔法を使うヒーラーを目指しています。
で、こちらが金シャチさん。
『金のシャチホコ』さんと呼ばれているらしいです。
私たちのパーティのメンバーです。
こんな重い剣を振り回している主戦力? の方です。」
先ずは私と金シャチさんの紹介をする。
そして問題のメアリーさん。
大丈夫だよね。
私はユーリーさんの表情を見ながら、続けた。
「そしてこちらが……え~と……と、メアリーさんです。
魔法使いで強力な魔法を使う方です。」
ユーリーさんは、睨むような表情を見せる。
やっぱり……。
私はユーリーさんがメアリーさんに飛び掛かった時、間に入れるように身構えた。
しかし、ユーリーさんはすぐに表情を戻し、無表情になった。
「で、ユーリーさん自己紹介の方お願いできますか?」
私は恐る恐るユーリーさんに声をかけた。
「ユーリーです。よろしく。」
ユーリーさんはそっけなく答えるだけだった。
「え~と、ユーリーさんは今回の件もありまして、ギルドの方から補充要因として私たちのパーティに加わることになりました。
みなさん仲良くしてくださいね。」
私はなぜユーリーさんがここにいるのかを説明した。
「はい。」
金シャチさんとメアリーさんは、素直に返事をする。
でも、もしユーリーさんがランさんのお姉さんだって知ったらどうするだろう?
想像したくない光景が脳裏に浮かぶ。
「じゃ、今度はキスィメン4世さんのところに、紹介しに行かなければならないので行ってきますね。
ユーリーさん行きましょう。」
私は一刻も早く、この雰囲気から抜け出したかった。
そして、中庭に通じる扉をくぐり、改めて玄関に向かう。
その間もユーリーさんは無表情で無言だ。
一体何を考えているのだろう?
コンコン
扉についている、呼び鈴を鳴らすとメイドさんが扉を開けた。
「あ、あの。トモリです。
昨夜のことで、キスィメン4世さんにご報告がありまして……。」
「かしこまりました。では、どうぞこちらへ。」
メイドさんは応接室へと私たちを案内してくれた。
もちろんユーリーさんは相変わらず黙ったままだ。
う~ん、やりづらいよ。
応接室は相変わらず豪華の一言に尽きる。
「しばらくお待ち下さい。」
メイドさんは私たちを残して部屋を後にした。
し~ん。
沈黙の時が流れる。
ユーリーさんは、部屋に飾ってある陶芸品を見るでもなく部屋を見渡すわけでもなく、ただ無表情に立っている。
「あの……座りませんか?」
私はソファーに座るよう促した。
「フカフカですよ。」
きっと私の表情はこわばっていただろう。
「はい。」
短く返事をすると、ユーリーさんはソファーに腰を下ろした。
そして再び続く沈黙。
こんなんでこれから大丈夫なのかな?
私たち。
私の頭の中では、パーティがバラバラになっていく姿がぐるぐると駆け巡っていた。
突如その沈黙を破ったのは、勢いよく開いた扉の音だった。
「待たせたな。」
キスィメン4世さんが、部屋に入ってきたのだ。
いつものように、無精髭を蓄え、つなぎに身を包んだ陶芸家。
このお屋敷の当主でもあるキスィメン4世。
彼が来るのをこんなに待ち望んだことはない。
キスィメン4世さんは私たちの方を見て、一瞬表情をこわばらせた。
すぐに平静を装い、
「で、何の用だ?」
声が上ずっている。
どうしたんだろう?
「昨夜モンスターが街中に現れました。
で、私たちが駆け付けた時には冒険者の方々が戦っていました。
それで私たちも加勢に入りました。
その際に、モンスターは何とか退治することが出ましたが、運悪く犠牲者が出ました。
私たちの中からはランさん。
そしてもう一人戦士の方が犠牲になりました。
その件もありまして、ギルドの方に報告に行ってきました。
その際ギルドの方でいろいろありまして、ランさんの代わりの補充要員としてこのユーリーさんが私たちのパーティに加わることになりました。
ですから、この依頼は私たち4人で引き継ぐことになります。
ユーリーさん自己紹介をお願いします。」
私は、一気にそこまで言うとユーリーさんの表情を見る。
しかし、相変わらずの無表情だ。
「ユーリーと言います。
前回のメンバーに何があったか知りませんが、仕事を引き継がさせていただきたいと思います。
私が来たからには任務を遂行しようと思いますので、よろしくお願いします。」
ユーリーさんはそう言うと頭を下げた。
「うむ。期待しているぞ。
時にユーリーとやら、何かギルドから聞いているかな?」
キスィメン4世さんの表情はなぜだか硬い。
「いえ、何も聞いておりませんが。
あ、この仕事を引き継ぐように聞いておりますが。」
ユーリーさんはキスィメン4世さんの目を見てきっぱり答える。
こういうところランさんに似ている。
やっぱり姉妹なんだね。
ぼんやりとそんなことを考えていると、キスィメン4世さんは、
「そうか。」
と言って、安堵の表情を見せる。
???
どういうこと?
「ところでこの依頼と言うのはどういった内容だったのでしょう?」
ユーリーさんにはまだ依頼内容について話をしていなかったっけ。
振り返ってみると、そう言えば依頼内容の話をした記憶がない。
よくパーティに加わってくれたものだ、と感心してしまう。
「実はだな、とある商人より高価なものを譲り受けてな。
その品を狙っている者がいるという疑惑があるのだ。」
キスィメン4世さんは依頼に関しての話を始める。
「そういった輩に心当たりはありますか?」
ユーリーさんはキスィメン4世さんに疑問をぶつける。
「いや、今のところ確証はないのだ。
ただ念のため1週間様子を見る、そのための警護を頼んでいる。
残り3日だがよろしく頼む。」
キスィメン4世さんは、ソファーにドカッと腰を下ろす。
「なるほど。」
ユーリーさんは、納得できたのだろうか?
「君たちの警護は主に夜中だ。
昼間はわしの私設警護隊が警護をしている。
ただ何かあるといけないので君たちの内1人は昼間起きていることが条件だ。」
キスィメン4世さんは付け加えるように、依頼の条件を提示した。
「そういった高価なものを手に入れておきながら1週間の警護でいいのですか?
その後も狙われる可能性はないのですか?」
確かにユーリーさんの言うとおりだ。
未遂とはいえ、敷地内に侵入しようとした輩がいるんだし。
「確かに君の言う通りだ。
この依頼が終了するまでに何か動きがあれば、警護の延長と言うのも考えている。
今のところ、未遂ではあるがこの敷地に忍び込もうとしたものがいるという報告は受けている。
つまり目的は分からぬが、屋敷に忍び込もうとしている者がいるという事だ。
できればその者の正体も突き止めてほしいものだがな。」
キスィメン4世はユーリーさんにそう告げる。
「では、その者の正体も分かっていないのですね?」
ユーリーさんが再び質問を投げかける。
「うむ。そうだ。」
うん、これは私たちの失態と言うことになるんだよね。
きっと……。
「わかりました。
後の詳しい話はメンバーからきこうと思います。
よろしいですね?」
ユーリーさんは話を切り上げた。
「うむ。それで構わない。
では頼んだぞ。」
キスィメン4世さんはソファーから立ち上がると右手を差し出した。
「わかりました。」
ユーリーさんもソファーから立ち上がるけれど、握手をする気はないみたいで、キスィメン4世さんの手を握ろうとしない。
その行為に、キスィメン4世さんは何か怯えた感じに思えた。
こうして応接室を後にした私たちは、金シャチさんとメアリーさんの待つあてがわれた部屋へと戻っていったのだ。
もちろん無言のまま。
う~、やりにくいよ。
「お帰りなさい。」
メアリーさんが出迎えてくれた。
リビングテーブルには、数々の料理がすでに並んでいた。
2人は私たちのことを待っていたんだろう。
「キスィメン4世さんに紹介してきましたよ。」
私はあえて明るく振る舞って見せた。
すると、コンコンとドアがノックされる。
「はい。どうぞ。」
私は不審に思いながらも、返事を返す。
「失礼します。」
ドアを開けたのは、私たちの専属メイドのリユさんだった。
何だろう?
「よろしいでしょうか?」
「はい、大丈夫ですよ。」
私たちはソファーから立ち上がり、リユさんに部屋に入るよう促した。
「メアリー様、金のシャチホコ様、そしてトモリ様少々お時間をいただけないでしょうか?」
それは突然のことだった。
ユーリーさん以外ってこと?
何だろう?
「はい。」
金シャチさんとメアリーさんは返事をする。
私はユーリーさんの方に視線を移すが、彼女は無表情のままだ。
「ではこちらの方へ。
え~とユーリー様でしたね。」
「はい。」
「ユーリー様はしばらくお待ちください。」
リユさんはそう言い残すと、私たちを部屋の外へといざなった。
ちょっと引っかかるけど、私はリユさんの言葉に従った。
リユさんに案内されたのは、あの応接室。
さっきまで、私とユーリさんがいた部屋だ。
中にはキスィメン4世さんがすでにソファーに腰を下ろしていた。
「うむ、待っていたぞ。
お前たち新しく入ってきたあのユーリーという者、あのものはギルドとは関係が深いのか?」
部屋に入るなり、いきなりキスィメン4世さんが質問をぶつけてきた。
やっぱり何かあるんだ。
さっき感じた違和感は、これだったんだ。と納得した。
「わかりません。」
金シャチさんが答える。
確かに金シャチさんやメアリーさんじゃわからないよね。
説明していないもん。
「そうか、まぁいい。
当初の依頼内容を覚えているだろうな?
ここでのことは忘れてもらう。
あのユーリーという者も例外ではない。
今までの情報などの扱いには十分注意するように。
特にあのユーリーという者に軽はずみな発言をするでないぞ。
もしギルドの方に知れ渡ってしまうと……いや、なんでもない。
気を引き締めて任務にあたってくれ。」
キスィメン4世さんはやっぱり怯えている。
いや、警戒していると言った方が良いのかもしれない。
ギルドに知れたら困るようなことがあるということ?
ふいに、ランさんの言葉を思い出す。
『あの依頼品、モンスターかもしれない。』
もし、ランさんの読みが本当なら大事件だよ。
ギルドに知れたら、いかにキスィメン4世さんと言えども、ただでは済まない。
これなら、キスィメン4世さんがギルドを警戒しているつじつまがあってしまう。
「はい。」
金シャチさんをメアリーさんは気づいていないのか、キスィメン4世さんの言葉をうのみにして返事を返した。
「では、リユ。この者たちをもとの部屋に案内して差し上げなさい。」
「かしこまりました。では、こちらにどうぞ。」
私の中で、キスィメン4世さんに対する疑惑が大きくなった。
私たちは、リユさんの案内で元の部屋に戻ってきた。
ユーリーさんの姿がない。
どこ?
窓の外を見ると、倉庫の近くで歩いているユーリーさんの姿が目に入った。
「どうしたんでしょうね? キスィメン4世さん。
あんな話をするなんて。」
2人の反応を見るけど、別段変わった様子はない。
「相当警戒しているように思いますね。」
特にユーリーさんに対しても。
「確かに。」
金シャチさんが同意する。
「じゃ、改めまして見張りの順番を決めましょうか?
ユーリーさんを呼んできますね。」
私はそう言い残して、倉庫の近くで歩いているユーリーさんを呼びに行った。
「依頼内容なですが……あそこの倉庫にいるのがそうなのですか?」
私が近づいたのに気が付いたのか、ユーリーさんが話しかけてきた。
「あ、はい。あそこの倉庫の中に依頼品があります。……依頼品?」
ひょっとしたらモンスターかも、なんて言えないよね。
「依頼品ではないと思いますよ。
どう見ても生き物を飼っているとしか思えないですが。」
う、鋭い。
でも、
「そういう詮索は無しにしていただきたいとのことですが……。
依頼の条件では詮索は無しという事になっていますが……。」
誓約書にサインまでさせられたもんね。
変なことされたら困るし。
「それは聞いていますが、それにしても死者が出たんでしょ?
ある程度知っておくのは悪くないと思いますが。」
う、言い返せない。
「……確かに、ユーリーさんの言う通りかもしれません。
生き物の可能性はあります。
とにかく私たちの任務はあの倉庫の中身を守るという事です。
えっと、見張りの順番も決めたいのでお部屋の方にお越しいただけますか?」
とにかく先ずは、依頼の遂行が優先だよね。
「それは構わないですが。」
「じゃ、行きましょう。」
私はユーリーさんの腕をつかんで、部屋に向かう。
ユーリーさん流石に勘が鋭い。
ランさんも勘が鋭かったけど、やはり姉妹だけあるね。
でも、確証を得るまでは下手に動くのは適切ではないと思う。
私はそんなことを考えながら、ユーリーさんを連れ戻してきた。
「それじゃ、とにかくお料理が冷めちゃいますから、食べながらお話ししましょう。」
私のお腹はく~と、なっていた。
みんなでいただきますをして、料理をほおばった。
やっぱりおいしい。
富豪ならではの高級料理。
幸せな気持ちになる。
「それで、何の話をするんですか?」
あ、そうそう。大事なことを忘れるところだったよ。
「警護のことです。
今まではランさんがメアリーさんと一緒に、私と金のシャチホコさんが一緒に日中は午前と午後に別れて警護をしていました。
どうしましょう?」
ユーリーさんの表情をうかがう。
「では、前任者のランの代わりに穴埋めとして入ったわけです。
そこに入れてもらって構いません。」
ユーリーさんの答えは予想外だった。
てっきり、メアリーさんと組むのはいやなんじゃないかと思っていたから。
「あの、どうかしましたか?」
「え? いや、なんでもないです。なんでも。」
よほど私が驚いていたのか、ユーリーさんが心配そうにのぞきこんでいた。
私は慌ててごまかす。
大丈夫、私の心の中までは分からないはず。
「わかりました。
まぁあんなこともあった後ですからあまり気落ちをしないようにお願いしますね。」
ユーリーさんに念を押すように、私は言った。
「私は気落ちはしていません。」
ユーリーさんはきっぱりと言い放った。
「メアリーさんも気を付けてくださいね。
いろんな意味で。」
メアリーさんはきょとんとしている。
そうだよね、ユーリーさんがランさんのお姉さんだってことしらないもんね。
なんだか、言っていいのか悪いのか……悩むところです。
「大丈夫ですトモリ。
私はそのようなことをさせはしません。」
ユーリーさん、何か勘違いをしているみたい。
でも、どうやらメアリーさんのことをどうこうするつもりはないらしい。
その点については安心した。
メアリーさんは少し落ち込んでいる様子だし。
ひょっとしたら、ユーリーさんと仲良くできるかもしれない。
しばらくは様子見だね。
「よろしくお願いします、ユーリーさん。」
私はユーリーさんに頭を下げた。




