第 4 章 夜中の来訪者
私たちは、それぞれ昨日と同じ配置についた。
松明の明かりと月の明かりを頼りに巡回をする。
キスィメン4世さんの私設自警隊員も3人ほど、敷地内の見回りをしている。
もちろん倉庫には近づこうとしない。
何かあっても、倉庫の異常は私たちの責任にするつもりなんだ。
そんなことを考えながら、夜空を見上げる。
満天の星空が、空一面を覆っている。
ふと、おばあちゃんの話を思い出す。
大破壊と呼ばれた日よりもっと前、あの空のさらに向こうに向かった人たち。
彼らは、今どうしているのだろう?
カガクという、私の知らない文明の中で今もこの世界を見下ろしているのだろうか?
どんなに目を凝らしても、ウチュウコロニーと言うものは見ることができない。
それに、おばあちゃんが教えてくれた火星と言う星。
そこへの移住の計画があったって。
そのための拠点となるウチュウコロニーの存在。
今、そのことを覚えている人はいったいどのくらいいるのかな?
「あれ? 火星ってどの星だっけ?」
夜空の無数の星に埋もれた、火星を私は見つけることができない。
なんだか不思議な感じだな。
あの空の向こうに、私たちの知らないもう一つの世界があるなんて。
なんだか、小説に出てきそう。
私の胸は、空想で高鳴っていた。
そんなことを考えていると、メアリーさんが私に合図を送ってきた。
「え? 何かあったの?」
私は現実に引き戻され、メアリーさんの動きに目を凝らした。
するとメアリーさんは優雅に空を飛びながら、私の方にやってきた。
「どうしたんですか?」
私はすかさずメアリーさんに聞く。
何か異常を見つけたのかな?
メアリーさんの警戒している近くには、ランさんがいたはず。
今、ランさんはその異常を探っている?
「怪しい人影を見つけました。塀をよじ登って屋敷内に入ろうとしています。
今、ランさんが侵入者をとらえるため移動を開始しました。」
し、侵入者?
「それは本当か?」
いつの間にか、金シャチさんがいた。
いつの間に、初めて金シャチさんに不覚を取ったという敗北感が私を襲う。
「じゃ、私はどうすればいいですか?」
メアリーさんに聞くと。
「君たちの判断に任せます。」
と、思わず疑いたくなるような答えが返ってきた。
それって、みんなバラバラに行動しちゃうよ。
こんな時ランさんだったらどうするだろう?
きっと何かいい案があるかも?
「私はランさんのところに行きます。」
そう言って、ランさんのいるであろう所に向かって走り出した。
もちろん松明は投げ捨てて。
侵入者に見つかるといけないから。
視界は月明かりだけが頼りになる。
薄暗がりの中をなるべく足音を立てないようにランさんのところに向かう。
金シャチさんとメアリーさんはどうするんだろう?
そんなことを考えていると、私の上を松明を持ったまま金シャチさんとメアリーさんが飛んでいくのが見えた。
2人とも松明はまずいよ。
相手に気づかれちゃう。
私がランさんのところについたころには、みんながそろっていた。
「侵入者は?」
私がみんなに向かって聞くと、ランさんは首を横に振る。
「逃げられた。どこに向かったかもわからない。」
肩を落としながら、ランさんが答える。
「中肉中背の人物だ。動きからして素人ではないと思う。
ひょっとしたら取引現場にいた、相手の護衛のやつかもしれないが何とも言えない。」
ランさんは、まくしたてるように言った。
「あの~、姿なら見ていますよ。」
「何? 本当か? どんな奴だった?」
ランさんの質問が、次々メアリーさんにぶつけられる。
「黒服に身を包んでいました。きっと盗賊か何かだと思います。」
「特徴は? 特徴的なところはなかったのか?」
「残念ながら……。」
メアリーさんも肩を落とす。
まぁ、暗がりだし仕方ないよね。
ここは、侵入を防いだっていうことだけでも良しとしないとね。
「ひとまず、キスィメン4世さんに報告をした方が良いと思うのですが。」
賊の狙いは分からないけれど、侵入しようとしていたのは事実ですからね。
「だな。」
ランさんも頷く。
私とランさんは、玄関の扉を叩いた。
今は、深夜。
こんな時間に迷惑かもしれないけど、早く報告する必要性があると考えたからだ。
「はい、どうなさいました?」
扉が開かれると、初老の執事さんが出てきてくれた。
「実は今しがた、何者かが塀を登り敷地内に侵入しようとした。
残念ながら取り逃がしちまったがな。」
ランさんが簡潔に要点をまとめる。
「そうですか。旦那様にすぐに知らせます。」
そう言うと、執事さんはあわてて屋敷の2階へと向かって行った。
「待っていればいいんだよね?
玄関閉めてないし。」
私たちにどうしろとも言われていない。
それに、玄関を開けたまま、キスィメン4世さんを呼びに行った執事さん。
私たちは、とりあえず待つことにした。
金シャチさんとメアリーさんは巡回を行っている。
2人とも翼人。
空からの巡回だ。
これなら、賊が侵入しようとするところを見つけることができる。
こういう時空が飛べるのって、便利だよね。
そんなことを考えていると、慌てたキスィメン4世さんが寝巻のまま私たちのところにやってきた。
「賊が来ただと?」
開口一番、キスィメン4世さんは問いただすように私たちに言葉をぶつけた。
「ああ、怪しいやつが塀を登って敷地内に侵入しようとした。」
ランさんはひるむことなく答える。
「何? それで賊は?
どうなったんだ?」
キスィメン4世はランさんに詰め寄った。
「ただ、追いかける間もなく逃げちまったんでな。」
ランさんのこの言葉に、キスィメン4世さんは、
「何をしていたんだお前たちは!!」
大声を張り上げた。
そんな言い方ないと思うけどな。
賊の侵入を防いだんだよ。
と、心の中で反論してみた。
「何をしていたかって?
とりあえず倉庫を守っていただけだが。」
ランさんは涼しい顔で、切り返す。
さすがランさん。
「いいな今度そいつが現れたら必ず捕まえるんだ。
絶対に逃がすんじゃない。」
ランさんの言動に、キスィメン4世さんは語気を荒げる。
「まぁ、できる限りのことはするよ。
今回ちょっと油断したがな。」
ランさんが答える。
「期待しているぞ。」
それだけ言い残すと、キスィメン4世さんは荒々しく扉を閉めた。
「期待しているって。」
本当かな?
「まぁ、ああゆう輩は気が小さい。
また、何らかの条件が追加されるかもな。」
ランさんは涼しい顔をしながら、持ち場に向かって足を進める。
「そういうものなんですか?」
私もランさんを追いかけるように、ついていく。
「まぁ、今夜は大丈夫だろう」
ランさんは言う。
「何でですか?」
「俺たちに侵入しようとしたところを見つかったんだ。
いったん様子を見るため、時間を空けるはずだ。
少なくとも俺ならそうする。」
そう言えばランさんは、盗賊のような技能を習得していたんだっけ。
冒険には、必要な技能。
私は詳しくは知らないけれど、泥棒さんが使う技術や知識なんかを教えてくれるんだよね。
「そうですか。なら、安心ですね。」
「そういうことだ。でも、気を抜くのは早いぜ。
相手もこちら側のことを、探ろうとするかもしれないからな。」
「そうですね。」
私はランさんの言葉に頷いた。
こうして私たちは、再び巡回警護を開始したのであった。
金シャチさんとメアリーさんは交互に上空から見張りを行う。
ランさんは賊が侵入しようとしたあたりを重点的に。
私は少し離れた場所を巡回する。
キスィメン4世さんの私設自警隊員の死角となる場所を重点的に。
こうして、私たちは日の出を迎えたのだった。
朝、朝食前ころにまた倉庫に牛1頭分の肉が運ばれていくのが目についた。
その後すぐに、例の姉妹たちがはしゃぎながら倉庫に入っていく。
困り顔の執事さんは後を追う。
もう、なじみの光景だ。
その後、私たちは朝食をとることにした。
朝食の後、私は入浴をすることにした。
やっぱり2月、まだ夜は冷え込む。
すっかり冷え切った体を温めるため湯船につかる。
ちょっと眠いけれど、そこは我慢。
広々とした浴室には私一人。
今はランさんとメアリーさんが警護に当たっている時間。
それにしても昨夜の賊は誰だったんだろう?
……と言うより、目的はなんだったんだろう?
やっぱり、倉庫の中身なのかな?
そんなことを考えながら、冷えた体を温めていた。
お風呂から出て、着替えを済ますと部屋に戻る。
眠気もあり、すぐにベットにもぐりこむ。
シャチホコさんはすでに夢の中だ。
私も早く休んで、今日の警護に備えなくては。
そんなことを考えながら、眠りについた。
「おい、起きろ。交代の時間だ。」
ランさんの声で目が覚めた。
もう少し寝ていたいけれど、我儘は言ってられない。
ランさんやメアリーさんも眠いはずだ。
私たちは昼食を済ませると、それぞれの持ち場に着いた。
金シャチさんと私は巡回警護、ランさんとメアリーさんは就寝だ。
昨日の今日だし、何か動きがあるのかも。
私はポニーテールを締め直し気合いを入れなおした。
さすがに日中は、怪しい人影はいなかった。
夕方5時ころ、倉庫からはしゃいで出てくる姉妹。
その後を追う執事さん。
もう、お馴染みの景色だ。
お日様も西の山に姿を隠し、あたりは薄暗くなっていく。
メアリーさんが食事だと呼びに来てくれた。
私が部屋に向かうとき、倉庫にまた牛1頭分の肉が運ばれていくのを見た。
ランさんの言葉がよみがえる。
やっぱりモンスターなのかな?
あんなに大量の肉を食べるんだったら可能性はかなり高い。
私たちはそれを警護しているの?
ちょっと背中に冷たいものが走った。
私たちが食事を終えて、警護に当たろうと配置に着くころ、ちょっとした異変に気付く。
今まで夜間は3人の私設警備隊員しかいなかったのに、人数が増えているのだ。
装備は立派だけど身のこなしからして、戦闘訓練は受けていないと思われる。
用心のために急ぎ集められた、街のゴロツキと言う感じだ。
なんだかこの人たちの方が危険な気がするよ。
私は、彼らの姿を見て肩をすぼめた。
「俺は、塀の外を巡回しようと思う。」
ランさんの突然の発言。
昨日賊を取り逃がしたからか、塀の外を警戒したいと言い出したのだ。
警護対象は倉庫の中身。
あえて塀の外を警護しなくても、とも思ったけど賊の正体も暴かないといけないんだっけ。
金シャチさんもメアリーさんも賛成したので、ランさんは1人塀の外へ。
1人で大丈夫かな?
複数犯で襲われたら危険だよ。
そんな気もしたけれど、今夜は金シャチさんメアリーさんが交互に空から監視する。
何かあったらすぐにわかるだろう。
こうして私たちは夜の警護を始めたのだった。
まぁ、昨日の今日だし私設自警隊とはいえ、警護の人数が増えたことには変わりない。
なんせ賊からしてみれば、侵入はしにくいはずだしね。
私は倉庫の周りを中心に巡回警護をしながら一人納得していた。
やっぱり、即席警備員はいけないね。
夜も深まり深夜の時間帯。
増員された警備員たちの幾人かは、眠っていた。
まぁ、いきなり徹夜だからね。
無理もないか。
ちょっとあきれてしまった私だった。
そんな時だった。
突然大きな破壊音が鳴り響いたのは。
「え? 何?」
この敷地内じゃない。
敷地の外だ。
しかもかなり近い。
私は、松明を持ったまま駆け出した。
「すいません。門を、門を開けてください。」
ランさんもこの音は聞いたはず。
もうすでに向かっているのか、もしくは彼女の身に何かあったのか?
私は門番の人に、門を通してもらい音のした方へと駆け出して行った。
「確かこっち。」
音源となった方へと走る。
と、目の前にゆらゆら揺れる松明の光。
私は構わず、走った。
そこにはランさんが、いた。
「ランさん大丈夫ですか?
怪我とかしてませんか?」
ランさんの無事を確認する。
「いや、あまり大丈夫とは言えないな。」
「やっぱり怪我を?」
私はランさんの体を見る。
「いや、あれを見ろトモリ。」
すると、ランさんはそういって指をさした。
ランさんの指示した先を見ると、思わず固まってしまった。
「これって……。」
どこかのお屋敷の塀が派手に壊れていた。
そしてそこには、巨大な生き物が……イノシシがいた。
イノシシはかなり興奮している状態で、危険だ。
そんなイノシシの近くに、怪我をして倒れている冒険者が一人と、少し距離をとって剣を構える戦士風の人が一人。
こっちは、ランさんと私の2人。
戦士の人も合わせても3人だ。
相手は1体。
とはいえ全長は3mを超えそうな巨大イノシシだ。
「どうしよう、ランさん。」
私の頭はパニック状態。
情けない声が、口から飛び出した。
シャチホコさんやメアリーさんはまだ来ていない。
屋敷の警護を優先しているのだろう。
「落ち着けトモリ、まずはあの怪我をしている人の治療を頼む。」
私の肩に左手を置き、ランさんが言う。
そして、そのままイノシシの方に駆けていく。
「ちょ、待っ……。」
ランさんいくらなんでも1人じゃ無理だよ。
しかしランさんはあっという間にイノシシとの距離を詰めると、ヌンチャクを取り出した。
「もう、無茶はしないでくださいね!」
私はランさんに向かって、声を張り上げると、回復魔法の準備を始めた。
私から巨大イノシシまでの距離は10mほど。
何とか松明の光が届く距離だ。
怪我をしている人は、倒れていて何とか這って移動しようとしていた。
私の回復魔法は20mまで届く。
ここからでも回復はできる。
ランさんの方にちらりと視線を移すと、巨大イノシシは戦士の方に気を取られている。
まだ、ランさんに気づいていない。
とりあえず一安心だ。
私はリングに生命力を注ぎ込む。
水の属性を持つ回復魔法は、水の青色の糸状の煙がだんだん球状に纏まっていく。
「よし。」
私は対象となる怪我をしている人に狙いを定めると、魔法を放った。
水色の煙の塊のような球体は、まっすぐ怪我をした人に向かって飛んでいく。
青い球体は見事けが人に命中。
彼の傷がみるみるうちにふさがっていく。
「うん、これで良し。」
私は魔法が成功したことを確信した。
と同時に疲労感が体を襲う。
「どうなっているんだ?」
気が付けば、隣に金シャチさんが立っていた。
いつの間に……。
いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。
ランさんはイノシシと戦士の間に立ちふさがる。
何かランさんは戦士の人に向かって言っているようだけど、聞こえない。
「金シャチさん。自慢の剣の出番ですよ。」
ランさんは一人で戦う気だ。
怪我が治った人は、立ち上がろうとしている。
彼がイノシシにいちばん近い。
イノシシはランさんに向き直る。
「ブルルルルル……。」
巨大イノシシの臭い息が、放たれる。
かなり興奮しているみたいだ。
「うん、わかった。」
金シャチさんも、巨大イノシシに向かっていった。
これで、3対1。
人数的にはこっちが有利。
あとは回復のタイミングを間違わなければ大丈夫。
ジワリと汗が頬を流れ落ちる。
私は、事の成り行きをじっと見ていた。
戦士は剣を巨大イノシシに振り下ろす。
ガキッ
固いものを殴ったような鈍い音が響き渡る。
鮮血が飛び散る。
戦士の剣は、巨大イノシシの肉を切り裂いた。
しかし、巨大イノシシは余計と暴れだす。
怪我をしていた人は、起き上がって剣を構えた。
これで4対1。
巨大イノシシはさっき怪我を負わせた戦士に向き直る。
「ブルルルル……。」
かなり興奮しているみたいだ。
その時、すぐ脇にいたランさんがヌンチャクをふるった。
しかし、踏み込みが甘かったのか巨大イノシシには届かなかった。
これだけ距離があっても、巨大イノシシの威圧感がすごい。
ランさんたちみたいに接敵している状態なら、きっともっと威圧感がすごいんだろう。
さっきの戦士が、再び剣をふるった。
さっきのランさんの攻撃で、気が逸れたのか再び戦士の剣は巨大イノシシに傷を負わせた。
巨大イノシシは、真っ赤に染まる。
動きは大分鈍っているような気がする。
巨大イノシシは戦士に向かっていった。
鋭い牙が戦士を襲う。
しかし戦士はそれを紙一重で避ける。
巨大イノシシはすでに怒りで自我を失っているようだ。
私も何かできれば……。
そうだ、ショートボウがある。
これなら……。
……ダメだ、みんなが入り乱れて戦っているから、巨大イノシシに当てるのは難しい。
もし、味方に当たったら……。
やっぱり私は、回復に専念するのが得策だ。
怪我をして倒れていた戦士の人も巨大イノシシに切りつける。
残念ながら巨大イノシシの毛皮の上を剣が滑る。
巨大イノシシは4人に包囲されている状態だ。
でも、巨大イノシシはまだまだ元気。
この威圧感、あんな近くで戦っているみんなは、私なんかよりももっと巨大イノシシの威圧を感じているんだと思う。
私の足は震えている。
巨大イノシシから10mは、離れているのに。
あの全長3mはあると思われる巨大イノシシ相手にひるむことなく向かっていくみんなはすごい。
私は手に汗を握りながら、いつでも回復できるように身構えていた。
再びランさんがヌンチャクを振るった。
しかし、巨大イノシシの毛皮の上を滑るように弾かれた。
あれではダメージはないだろう。
間髪入れずに、金シャチさんがついにその大剣を振るった。
しかし、やはり踏み込みが浅いのか巨大イノシシにけがを負わすことはなかった。
しっかりしてよ、金シャチさん。
せっかくの超重量武器なんだから、当たれば大ダメージを与えられるのに。
すると目の前が真っ赤に染まった。
と、ほぼ同時に熱風が私を襲う。
「何?」
視界は炎の海に覆い尽くされた。
……は、魔法だ。
『燃焼』の魔法だ、これは。
私は反射的に魔法を放った主を探した。
魔法が放たれたのは、私の視界外から。
ここは通り、つまり地上からじゃない。
空を見上げる。
するとそこには、魔法を放ったと思われるメアリーさんがいた。
メアリーさん。
なんてことを。
『燃焼』の魔法は範囲魔法。
巨大イノシシもろとも、接敵していたみんなも魔法に巻き込まれている。
私は視線を地上のみんなに向けた。
そこには驚愕の情景が広がっていた。
巨大イノシシは倒れている。
ピクリとも動かないところを見ると絶命していると思われる。
でも、そんなことはどうでも良い。
みんなは?
接敵していた4人は4人とも倒れていた。
私はすぐに駆け寄った。
一番近かった戦士のもとにたどり着いた。
「ひどい……。」
全身やけどでひどい有様だ。
すぐに脈を確かめる。
しかし、願いはむなしく脈はない。
「そ……そんな。」
私の頭は真っ白になった。
「う……ん……」
「金シャチさん!」
私は金シャチさんの元に駆けよる。
かろうじて息はある。
私はすぐに蘇生ポーションを取り出すと、金シャチさんの口にそれを流し込んだ。
「ゴホ、ゴホ……。」
金シャチさんの意識が戻った。
「金シャチさんちょっと待っていてくださいね。
すぐに回復をしますから。」
私は回復魔法を使い、金シャチさんの火傷を治す。
「金シャチさん、まだ動かないでくださいね。」
あと2人。
お願い生きていて。
私はランさんの元に駆け寄った。
首筋で脈を探る。
しかし、脈は……。
そう、もう脈はない……。
「く、」
私はランさんの亡骸をその場に残し最後の一人に駆け寄った。
こちらもひどい火傷だ。
首筋に指をあてる。
かすかだけれど脈はまだある。
私は応急セットを取出し、蘇生処置を施す。
とにかく回復魔法が使えるようになれば、助かる。
早く蘇生処置を……。
気持ちばかりが空回りをする。
どれくらい時間がたったろう。
あっという間だった気もするし、長かったような気もする。
戦士さんは意識を取り戻した。
よし、これで回復魔法が使える。
「もう少しです。頑張ってください。」
私は回復魔法を使い、彼の火傷を治癒した。
「起き上がれますか?」
「ああ、何とかな。助かったぜ。ありがとう。」
ふう、一気に疲れが押し寄せてくる。
魔法を使ったせいもあるかもしれない。
私は、ランさんの亡骸に近寄っていく。
そこには、回復した金シャチさんと、魔法を使ったと思われるメアリーさんが立っていた。
私は再びランさんの首に手を当てた。
やはり脈はない。
手遅れだった。
「メアリーさん、なんであんな魔法を使ったんですか。」
私の目からとめどなく涙があふれてくる。
ランさんの顔を見ながら、メアリーさんを責める。
「……ごめんなさい。」
メアリーさんが、小さく答える。
ごめんなさいって……。
こうなることは分かっていたでしょう。
なんで、あんな魔法使うの?
「おい、しっかりしろ!」
「君、こっちも頼む。
助けてくれ!!」
先ほどの戦士が、もう息の無い戦士を抱き上げて懇願する。
私は止まらない涙を流したまま、視線を彼らに向ける。
「……。」
私はただ、首を横に振るしかなかった。
「ウソだろ?
こいつがくたばるなんて……。
嘘だと言ってくれ。」
戦士さんは、情けなく泣き崩れていた。
そう、私もランさんの亡骸を抱きしめて泣き崩れてしまったのだった。
「ランさん、ランさん……。」
4日前に知り合ったばかりだけれど、いろんなことを知っていた。
これからってところだったのに……。
まさか、こんなところで命を落とすなんて。
しかも、敵に倒されるんじゃなく味方の攻撃の巻き添えでなんて……。
私たちはしばらく泣き崩れていた。
どのくらい時間がたったろう。
もう涙は枯れてしまっていた。
メアリーさんは一命を取り留めた戦士さんと何かを話していた。
遠くで、人の声が聞こえる。
「とりあえず、俺はギルドに報告をしに行く。
君たちはどうする?」
戦士さんは焼けただれ死亡した戦士さんを抱き上げ、私の後ろに立っていた。
「もうじき他の巡回者が来る。
君たちもここを離れた方が良い。」
戦士さんは、うつろな目で私たちを見下ろした。
「でも……。」
『トモリ、ここは彼の言う通り早くここを離れた方が良い。
いろいろと厄介なことになるからな。』
「ランさん?」
幻聴だろうか、ランさんの声が聞こえた気がした。
「もう一度ランさんの顔を見る。
血の気の無い、蝋のような色だ。
顔の火傷はほとんどないのが、せめてもの救いか。
「そうだよね。私たちにはまだやることがあるもんね。
いろいろと厄介ごとに巻き込まれている場合じゃないよね。」
そう言うと、私はランさんの亡骸を抱きかかえると立ち上がった。
「私も一緒にギルドに行きます。」
彼がどんな証言をするかわからないし。
「金シャチさん、メアリーさん。先に屋敷に戻っていてください。
まだ警護の途中ですから。」
これで良いんだよね。ランさん。
人の足音が近づいてくる。
「早く行きましょう。」
私は、戦士さんに促した。
ここでみんながいれば、事情聴取などできっと朝まで拘束されるのは間違いないだろう。
その間にも賊が入り込んでくる可能性もある。
そう、ランさんが危惧していたように誘導作戦かもしれない。
「金シャチさん、メアリーさん早くお屋敷に戻ってください。」
2人の顔を見ることなく私は歩き出した。
こうして、私とランさんの亡骸、戦士さんと戦士さんの亡骸の4人はギルド本部を目指して歩き出した。
気を失っている人って重いんだ。
自分で抱きつこうとしないから。
それと同じように、亡骸も重い。
私はその重さを噛みしめるように、一歩また一歩と歩みを進める。
この2か月、ミソカツ亭でバイトをしていて話には聞いていた。
ごく稀に味方を巻き添えにしてしまう事例があることを。
ミソカツ亭のおやじさんは『そう言うこともある。
でも、仲間を恨むんじゃない。
許すんだ。
それができて初めて絆が生まれてくる。
冒険者は友達ごっこじゃない。
命の危険は常にあるんだ。』
その通りだ、メアリーさんも冒険者初心者。
きっと、メアリーさんなりにみんなを助けようとしたんだろう。
それが、予想以上に魔法が強力だった。
そう言うことなんだと思う。
今の私にできることは、メアリーさんを許すこと。
そして、仲間との絆を強くすること。
ヒーラーとして、私は仲間を守れなかった。
責任は私にあるんだ。
メアリーさんのせいじゃない。
自分に言い聞かせるように、延々と頭の中で言葉をぐるぐる繰り返す。
事件現場からギルド本部まで、私たちは無言で歩いた。
もし、あの時メアリーさんが魔法を使ってなかったら。
もし、私がメアリーさんのことに気づいていたら。
もし……もし……。




