第 2 章 初めて三昧
「じゃ、依頼の話だ。
お前たちキスィメン4世のことを知っているか?」
おやじさんは私たち4人を見まわすように語りだした。
確かキスィメン4世と言えば、有名な陶芸家だった気がする。
北東地区の富裕層区画に住んでいて、仕事に厳しく娘に激甘っていう話を聞いたことがある。
「知らない。」
翼人男性は、興味なさそうに答えた。
「ああ、知っているぜ。
例の富豪だろ?」
ランさんもキスィメン4世さんのことは知っているみたいだ。
それにしてもランさんの声、どこかで聞いたことがあるんだけど……どこだったかな?
私はそんなことを考えていた。
「そうだ、陶芸家で有名な奴だ。
依頼人はそのキスィメン4世だ。
依頼内容は荷物の護衛と屋敷の護衛という事だ。
まぁ最近物騒だからな。
街中とはいえ安心できないんだろうよ。
期間は一週間で報酬は1500cだそうだ。
まぁ悪くない話だと思うぜ。」
おやじさんは依頼概要を説明してくれた。
報酬1500c。
4人で割っても1人375c。
私が1月ここでバイトしてもらえるお給金が150c。
たった一回の依頼で私の1月のバイト代の2倍以上。
やっぱり冒険者ってすごい。
私は改めて感激するのであった。
「まぁな。」
ランさんは、やる気になったみたいだ。
カウンターに前のめりになり自分の体重を右腕で支えている。
他の2人はどうだろう?
翼人の男性は、無言のままこちらを見ている。
メアリーさんは濡れた髪を拭いている。
どちらもやる気なのかどうなのか、私にはわからなかった。
「詳しい話はそいつを持って、直接会いに行ってきな。」
おやじさんは依頼用紙をランさんに差し出した。
そう、依頼用紙。
冒険者に依頼をする方法はいくつかあるけど、その一つはギルドを通す依頼だ。
これは依頼する側も、受ける側も安心できる。
と言うのもギルドが下調べをしてくれるからだ。
それに依頼の条件……何かあるみたいだけど、それを満たしていないとギルドを通しての依頼はできない。
ギルドはこの街の冒険者の滞在許可をする業務もあるため、滞在している冒険者を把握している。
そう、悪事を働くような冒険者はいないということだ。
それでも各集落や都市によって、価値観や規律が違うため小さないざこざは起こる。
それをとりなすのは自警団の仕事。
依頼の仕事をこなせそうな冒険者に仕事をあっせんするのもギルドの役目。
だから手数料がかかってもギルドを通した依頼が尽きないのはそのためだ。
依頼用紙は依頼概要と依頼者名、報酬額などが書かれていて、ここミソカツ亭の掲示板にも貼ってある。
冒険者はその中から受けたい依頼の用紙をとり、おやじさんの了承を得て依頼人に会いに行くのだ。
その依頼用紙、私は休憩時間に見ていたけれどレベルの高い冒険向けばかりが目立っていた。
私のように新米向けの冒険の依頼は少ないのだ。
「ま、富豪の護衛となると商売の関係だろうな。
俺はこの街出身だからな。
この街のことなら何でも聞いてくれ。」
そう言うとランさんは私たちに握手を求めてきた。
そうか、ランさんはこの街の出身なんだ。
それなら訓練中に会っていてもおかしくない。
胸の中でもやもやしていた霧が、すっきり晴れた感じがした。
「よろしくお願いします。」
私とメアリーさんの声が重なった。
「おう。」
ランさんは短く答えて、視線を翼人の男性に向けた。
翼人の男性はキョトンとした表情を浮かべていた。
「私はトモリと言います。
よろしくお願いしますね。
え……と、お名前は?」
私は翼人男性に握手を求めると、翼人男性は私の手を握り
「僕のことはみんな『金のシャチホコ』って呼んでいるよ。よろしく。」
き……金のシャチホコ?
この街のシンボルの?
と言うことは、金シャチさんはこの街の出身者?
「あの、金シャチさんはこの街の出身者なんですか?」
私は疑問をそのままぶつけてみた。
「いや、違うよ。
北の大地、ホッカイド出身だよ。」
軽い口調で答える金シャチさん。
そういえば金シャチさんの指に翻訳リングが嵌っている。
ついつい大剣に視線が行って気づかなかった。
そういえば、ほかの2人も翻訳リングを嵌めている。
まぁ、私も嵌めているんだけれど。
各地を旅する冒険者には欠かせないもんね。
「私はトモリと言います。
よろしくお願いしますね。
え……と、お名前は?」
私は翼人男性に握手を求めると、翼人男性は私の手を握り
「僕のことはみんな『金のシャチホコ』って呼んでいるよ。よろしく。」
き……金のシャチホコ?
この街のシンボルの?
と言うことは、金シャチさんはこの街の出身者?
「あの、金シャチさんはこの街の出身者なんですか?」
私は疑問をそのままぶつけてみた。
「いや、違うよ。
北の大地、ホッカイド出身だよ。」
軽い口調で答える金シャチさん。
そういえば金シャチさんの指に翻訳リングが嵌っている。
ついつい大剣に視線が行って気づかなかった。
そういえば、ほかの2人も翻訳リングを嵌めている。
まぁ、私も嵌めているんだけれど。
各地を旅する冒険者には欠かせないもんね。
翻訳リングとはその名の通り各地の言葉の意味を理解できる便利なリングだ。
魔具だけれど、特別な知識も必要なくだれでも使えるリングなんだ。
技能を必要とする冒険者が使うような強力なリングと違い、生活に必要な身近なリングがいくつもある。
例えば着火をするリング、空気中から水を作るリングなどがそれだ。
このリングは安価でもあり、ほとんどの家庭に1つはある。
翻訳リングは話をしている相手の言葉の意味を理解することができる効果がある。
意識もせず効果が発動していたので気づかなかった。
ホッカイド? どこだろう?
近いのかな? 遠いのかな?
まぁ、いいか。それと……。
「メアリーさんはこの街の出身ですか?」
でも、訓練で見たことないな。
もしこんなに美しい人いたら忘れないと思うけど……。
もしかしたら違った?
「いえ、私の出身はカスガ-イです。ほんの小さな集落です。」
ゆっくり微笑んで答えてくれた。
カスガーイ……どこなんだろう?
メアリーさんと金シャチさんは、ほかの地域から来た人だったんだね。
今度いろいろ聞いてみよう。
なんせ仲間のことは知っておかないとね。
ああ、それにしても初めての依頼か。
みんなどんな活躍をするのかな?
私も負けないように頑張らないとね。
たぶん私が一番年下だからね。
「よし、じゃこれから行ってみるか?」
「え? 今から?」
ランさんの言葉に、思わず声が飛び出した。
私は急いで身支度をすると、リングを指にはめる。
おしゃれな装飾リングではなく無骨な味気ないリング……魔具だ。
それでもなんだか、こう胸の奥がざわめいてくる感じがする。
そう、もう私は立派な冒険者。
仲間もいる。
しっかりしなくちゃ。
自慢の栗色の髪をポニーテールに束ね直し、気合いを入れる。
「とりあえず、話を聞きに行くだけだから荷物はいらないよね。」
ウェイトレスの服から、冒険用に購入した厚手の服に着替えなおすと、護身用の短剣だけ腰の後ろに取りつけてスタッフルームを後にした。
私は生まれも育ちもこのダイナゴヤ。
だけど北東地区に足を踏み入れるのは初めてだ。
「ふぇ~、すごいお屋敷。」
何とも間の抜けたような声を上げてしまったと自分でも思う。
でもでも、中には木造建ての屋敷もある。
木造建てってことは、樹齢何十年と経っている木をたくさん使う。
それってつまりモンスター化した木をたくさん使っているっていうこと。
あの柱一本取ってくるにも、ある程度実力のある冒険者じゃないと無理なのに……。
よっぽどお金をかけているんだ。
庶民の私には、縁のないことだけど……確かにこんなことしていれば、私たち庶民が富裕層に対して不満を持つのも納得だね。
「なんだ、トモリ。
お前この街出身じゃなかったのか?」
ランさんが横目でちらりと私に視線を向ける。
「そうですけど、この地区に足を踏み入れたのは初めてなんです。」
私は正直に答えた。
「まぁ、普通そうだよな。
よっぽどのことがない限りこんな成金連中の地区に入ることなんてないだろうしな。」
「成金って……ちょっとそれは言い過ぎでは?」
「成金は成金さ。
ま、最もその成金様のおかげでこうして暮らしていけるのも事実だがな。」
ランさんは、そう言うとまっすぐ前を向き左手を私の頭に乗せた。
そうそう、私以外はみんな20歳くらい。
身長も私だけが低い。
他の3人の中でも低めのメアリーさんは、私より頭一つ分高いくらいだ。
一番背が高いのはやはり男性。超重量剣を持つ金シャチさん。
ランさんより10cm以上高い。
メアリーさんとランさんはほとんど変わらないけど……。
やっぱり私がずば抜けて低いや……。
でもそんな、背の高い金シャチさんよりも高いのが豪華なお屋敷を囲う塀。
3m位はあるのかな?
おかげで中の様子はうかがうことができない。
南東地区なんて、塀があるような住まいはないよ。
きょろきょろ周りを見ながら、まるで知らない街に来たような気分になった。
もうどのくらい歩いたろう?
高い塀に囲まれた広い通路。
石畳が整然と敷かれていて歩きやすい。
このダイナゴヤの南東地区以外は、石畳に覆われている。
そのため馬車などは走りやすいのだ。
けれど私の住む南西地区は、大通りから一本入れば馬車どころか馬さえ通れないような細い路地がたくさんある。
しかも、ここみたいに整然と敷き詰められているのではなく、デコボコしている。
昔はここみたいに整然としていたのだろうけど、手入れをしていないのと人の往来が激しいのできっとボロボロになっていったんだろうな。
この地区の石畳を見ていると修復した跡も見て取れる。
きっと富裕層の人たちは馬車をよく利用するから、石畳の手入れも怠らないんだろうね。
もっとも、お金だけ出して修復してもらっているんだろうけど。
と、そんなどうでもよいことを考えていると、ランさんの背中にぶつかった。
急にランさんが止まったからだ。
「痛~い。ランさんどうかしたんですか?」
私はランさんの背中に勢いよくぶつかった鼻を押さえながら、声を出した。
「着いたぜ。」
ランさんの視線の先には大きく立派なレンガ造りのお屋敷が建っていて、鉄の門が敷地に入るのを拒むようにそびえたっていたのだった。
「……こ……ここがキスィメン邸?」
あの有名な陶芸家のキスィメン4世。
芸術に疎い私でも名前くらいは知っている。
代々陶芸を生業とした、由緒正しい陶芸家の家系。
そしてその現当主が、キスィメン4世だ。
彼にはいろんな噂がある。
奥さんは浪費家だとか、またキスィメン4世は2人の娘を溺愛していて、娘の頼みなら断れないとか。
陶芸家としては超一流なのに、彼を取り巻く環境については良い話を聞かない。
「よし、行くぞ。」
ランさんが言い聞かせるように言葉を放った。
「何ようだ?」
門を警護している門番が私たちに気づいて、門の中から槍を突きつけてきた。
彼らは自警団とは違い、富裕層が私設で雇っているいわば用心棒。
ほとんどの私設自警隊員は、戦闘訓練も受けていない街のゴロツキだ。
きっと今目の前にいる2人もそうだと思う。
装備は立派でも、動きがなってない。
あれでは護身術にさえ負けてしまうだろう。
「どうします?」
ランさんの袖を引っ張り、小声で見上げた。
ランさんは懐から依頼状を取出し、
「ギルドの依頼で話を聞きに来た。
当主に取り次いでもらいたい。」
堂々とした声で、臆することもなく言ってのけた。
「ギルドの冒険者か、そこで待っていろ。」
そういうと門番の一人が屋敷の方へと歩いて行った。
「さすが富豪のお屋敷ですね。お庭も広いや。」
門越しに、屋敷の庭園を見渡していると、ふと目に留まったものがあった。
赤や黄色、青などのきれいな色のお花が飾ってあるのだ。
このご時世、植物と言えどもモンスター化しているものがほとんど。
しかし、草花などは寿命が短いためモンスター化しないケースも数多くある。
実際に薬草は森に生えているわけだし、野草なんかも食べることができるものもある。
しかし、あれだけの花を植えて立派に咲かせるには日々のお手入れが大変だろう。
やっぱり、お金持ちは考えることが違うなぁと感心していると、屋敷の陰から10歳くらいの姉妹と思われる女の子が、花壇に向かってダイブした。
え? ちょ、ちょっと……。
その光景はまさに筆舌に尽くしがたい。
花壇に寝転んで手足をばたつかせ、きれいな花たちをむしり取る。
キャッキャ、キャッキャと楽しそうだ。
あわてて執事さんだろうか?
初老の黒服を着た人が駆けつけて、2人に何か話をしているが姉妹は聞こうともしない。
あっという間にきれいに咲いていた花たちは無残な姿に変貌してしまったのだった。
「な……なんてことを……。」
お花を手に入れるためにも危険な森に立ち入らないといけない。
種から育てたとしても日々の手入れのたまものだ。
それをあんなふうに、台無しにしてしまうなんて……。
わなわなと心の中に怒りの感情が芽生え始めた。
ちょうどその時、
「どうぞ、こちらへ」
私が花壇に目を奪われている間に来たのであろうメイド服に身を包んだ女性が1人、立っていた。
重く丈夫そうな門は開かれている。
「行くぞ。」
ランさんは、前をまっすぐ向いてそういうと歩き出した。
金シャチさん、メアリーさん、最後に私の順でついていったのだ。
「いらっしゃいませ」
玄関の観音開きの扉を開けてくれたメイドさん。
そこには、小説の中にしか出てこないと思っていた光景が広がっていた。
床には赤い絨毯、その先には2階に通じる階段がある。
両脇には10人はいるであろうメイドさんが一斉に私たちにお辞儀をしてくれたのだ。
まさか、本当にこんな世界があるなんて。
私は、ただただ目を丸くするだけだった。
「こちらです。どうぞ。」
先ほど門から玄関まで案内してくれたメイドさんが、そのまま私たちを先導してくれた。
そして、1つの立派な扉の前で止まると、躊躇することなくその扉を開いてみせた。
「どうぞ、中へお入りくださいませ。」
扉の脇でお辞儀をするメイドさん。
開かれた扉の向こうは、きれいな庭園が一望できる豪華な部屋だった。
あの、無残に散った花が残念だけれど、それを差し引いてもあまりある景色。
「ほら行くぞ。」
トっとランさんに背中を押され、よろめきながらも部屋に入る。
部屋の中は豪華なソファーに木製のリビングテーブル。
白を基調とした、清楚な感じにまとまった空間が広がっていた。
あちこちに陶芸品が並んでいて、陶芸品の色がアクセントになっている。
もちろん花も活けてあった。
何より、花の蜜のいい香りが部屋全体に行きわたっている。
「どうぞおかけください。只今旦那様を呼んでまいりますので。」
先ほどのメイドと入れ替わるように、紅茶を運んできたメイドが部屋に入る。
ハーブティ-だね。
この香りは。
とっても、甘いいい香りだ。
「どうぞ。」
メイドさんは次々にきれいなカップに、ハーブティーを注いでいった。
「それでは今しばらくおくつろぎください。」
深々とお辞儀をすると、部屋から出て行った。
もちろん扉は静かに閉められた。
ハーブティーのいい香りが再びこの部屋を塗り替える。
まさに小説に出てくるお嬢様みたいな気分になった。
ドカッ
私のメルヘンチックな気分が一気に崩壊した。
ランさんがソファーに腰を下ろしたのだ。それも乱暴に。
今までのメルヘンチックな感情は、ランさんのその行為によって引き裂かれてしまったのだ。
「へっ、成金が……。」
ズズズっと、音を立ててハーブティーをすするランさん。
なんだかもう、残念な気持ちになってしまった。
私もソファーに腰を下ろす。
「おおお……」
フカフカだ。このソファ。
しかも革張り。何の革だろう?
これだけの革を使用しているんだから、かなり高価なものには間違いない。
何かのモンスターの革なんだろうな。
そんなことを考えながら今度はハーブティ-の入ったコップを持ち上げた。
口元まで運び、香りを確かめる。
甘い香りの中にちょっと酸味が加わっている気がする。
コップに口を付け少し傾ける。一口、口に含むと甘い香りが口の中いっぱいに広がっていくのがわかる。
そしてちょっぴり酸味がアクセントとなってとってもリラックスできる。
なんていう贅沢。こんな生活をしている人がいるなんて……。
てっきり小説が誇大化して書いているものだとばかり思っていた。
でも実際にこんな生活をしている人がいるんだね。
うらやましい。
こんな生活が送れるなら、おばあちゃんも病気にならずに済んだかもしれない。
ふと、なぜかおばあちゃんの顔がよぎる。
そんな時だった。
ガチャリ。
無造作に扉が開かれたのは。
入ってきたのはこの屋敷に似つかわしくない厳ついおじさん。
年のころは40前くらいだろう。無精髭につなぎの作業服と言ういかにも職人さんって感じの人だった。
「うむ、お前たちがギルドが寄越した冒険者か。ここに来たという事は、依頼を受ける気があるという事だな?」
無精髭のオジサンは自己紹介もせずに話し始めた。
ひょっとしてこの人がキスィメン4世さん?
この優雅な空間に一人だけ浮いた存在のその人に、なんだかすごい違和感を感じたのだった。
そのおじさんはソファーにドカッと腰を下ろすと値踏みをするように私たちに視線を走らせる。
なんだか、怖いオーラが出てるよこの人。
笑顔を作るがひきつっているのが自分でもわかる。
「そうだよ。」
軽い口調で返す金シャチさん。
さすがと言うべきか、臆する様子もない。
「内容にもよるがな。」
ランさんだ。こちらも臆する気配は微塵もない。
思わず感心する私。さすが大人。
「今回の依頼は秘密厳守だ。
依頼中見聞きしたことはすべて忘れてもらうことが条件だ。
この条件を飲むんだったらこの契約書にサインをしてもらおう。」
そういうとキスィメン4世(と思われる人物)がリビングテーブルに1枚の獣皮紙を広げた。
なになに……あ、ちょっと金シャチさん。
金シャチさんはすぐにその書類にサインをし始める。
まだ内容も見てないよ。
「ちょっと待てお前。
そんなんで、もう受ける気なのか?
秘密主義っていうのも分からなくはないが、怪しすぎねえか?」
ランさんの言うとおりだよ金シャチさん。
「私もそう思います。」
だよね~メアリーさん。
私たちの心配をよそに、金シャチさんはサインを終えてしまった。
「あ~、確かに。」
いまさら気づいても遅いです金シャチさん。
「取引するモノはかなり高価なモノでな。
あまりそれが噂になってしまうと危険だと判断したのだ。」
キスィメン4世さんはそういいながら、ハーブティーをぐいぃと飲み干してしまった。
「最近物騒なのはあんたも知っているだろう?
その状態で品物がわからないっていうのはな……。」
ランさんが、キスィメン4世さん相手に食い下がる。
ふう、深く息を吐くとキスィメン4世さんはやれやれと言った感じで話し始めた。
「高価な品……とだけ言っておこう。
お前たちでは買う事すらできぬだろう。」
実際にそうなんだろう。
この人は嘘をつけるような人じゃない。
職人気質のまっとうな人だ。
何の根拠もないけど、そんな気持ちにさせる何かを持っているんだ。
でも、こんな説明でランさんたちが納得するとは思えない。
どうするんだろう?
私は不安になりランさんに視線を向けた。
「ふん、まぁ気に入らねえがしかたねえ。
こっちも金が必要なんでな。
メアリー、お前はどうなんだ?
降りるなら今のうちだぜ?」
ちょっと肩透かしを食らった感じだ。
ランさんもっと食い下がるかと思ったんだけど……やっぱりここは大人の事情ってやつなのかな?
「最近の物騒なこととは、どんなことですか?」
メアリーさんが透き通るような声を発した。
そうか、メアリーさんや金シャチさんはこの街に来たばかりであの事件のことを知らないんだ。
「俺から話していいのかわかんねえ。
雇い主も知っているからそいつに聞くのが一番だと思うけどな。
どこまで話してくれるかわからないけどな。」
含みを持たせたような言い方をするランさんは、視線をキスィメン4世さんに向けた。
みんなの視線がキスィメン4世さんに集まる。
「最近街中でモンスターが現れるという事件があってな。
いつ何時モンスターが現れるかわからん。」
そう、キスィメン4世さんが言った通りここ1か月で2件、突如モンスターが街中で暴れだすという事件が起きている。
1件目の事件の後、自警団の人とギルドの冒険者たち総動員で外壁の調査を行ったけど、破損したような形跡はなかった。
この街は街の外周を5mもの高い壁で覆っていて、その外側には5mほどの堀が掘られている。
堀には水も張ってある。
街に入るには東西南北の4つの門以外にはありえない。
しかも門には四六時中自警団の人たちが入出のチェックを行っている。
そんな厳重なこの街で、生きたモンスターが暴れるという事件が起きたんだ。
しかもここ1月で2件も。
そんな不安が、変な噂に変わっていったんだ。
『富裕層にモンスターをペットとして飼うのが流行っている。』
と、言う根も葉もない噂が。
たしか、2件ともモンスターが現れたのはこの北東地区。
富裕層たちの住む地区だ。
原因究明について今も調査が行われているけど、富裕層の人たちは協力的ではない。
むしろ私設自警隊員を雇って、24時間警護をさせている人たちがほとんどだってミソカツ亭のおやじさんは言っていた。
火の無いところに煙は立たない。
富裕層の行動は調査を長引かせているようにも見える。
そんな行動しているから、あんな噂が流れるんだよ。
でも、まだこの事件は謎だらけ。
もし仮に噂通り富裕層の間でモンスターをペットにする風潮があったとしても、どうやってこの街中にモンスターを運び込むんだろう?
警戒は厳重なのに。
空から降ってきた?
まさかね……。
「ふ~ん。ま、いいだろう。」
ランさんが何か納得した感じだ。なんだろう?
「じゃ、やるというなら誓約書にサインをしてもらおう。」
そうそう、金シャチさんは内容も見ずにサインしちゃったんだよね。
どれどれ……。
『私たちはここで見聞きしたことを他言したり、依頼内容の詮索は一切いたしません。
万一他言した場合、違約金10000cを支払うとともにどんな処罰も受けることとします。』
え? 0が1、2、3、4……い、一万クレジット?
依頼料より高いじゃないの!!
「どうだ、受けるか?」
キスィメン4世さんが私たちの方に鋭い視線を向けてきた。
まるで、断ることができないぞと言わんばかりの怖い視線だ。
「……怪しすぎる。」
シャチホコさん、ちゃんと内容読んでからサインしましょうよ!!
「なぁに、お前たちがすべてを忘れてくれれば何の問題もないんだ。」
してやったりと言ったような表情のキスィメン4世さん。
う~、これが大人の世界。
私はまだサインしてないからね……ランさん、メアリーさんどうするの?
そんな懇願するような瞳で2人を眺める。
「どうしますか?」
メアリーさんも決めかねているんだ。
ランさんの答えを待っている。
「まぁ、やばいことになってもしょうがないわな。」
ランさんはペンをとってサインをした。
う~ん、こうなったら仕方ない。初めての仲間だもんね。
初めての依頼だもんね。
やってやるよ。やって……。
しゃ……しゃべらなければいいんだよね?
しゃべらなければ……。
メアリーさんに続いて、誓約書に私もサインをした。
「これでいいんだろ?」
ランさんは全員のサインが書かれた誓約書をキスィメン4世さんに手渡した。
これで一蓮托生。
運命共同体ですよね。
私が始めて依頼の重さと言うものを感じた瞬間だった。
「ああ、では詳細を話そう。
明後日の晩ある人物から品が届く。
先ずはその取引の護衛だ。
その後、荷物を屋敷の倉庫に運び込んでもらう。
そのあと1週間。
主に夜間、その荷物の警備をしてもらう。
日中はわしの私設自警隊が警護を担当するが、連絡要員としてお前たちの内1人は起きていることが条件だ。
ただし倉庫の中には立ち入りはできん。
あくまで倉庫の外で警護についてもらう。
どうだ、わかったか?」
一気にまくしたてるようにしゃべるキスィメン4世さん。
思わずコクリと頷いてしまった。
「ああ、わかったよ。」
ランさんが短く答えた。
「荷物に関しての詮索は無しだ。誓約書にも書いてあったろ?
お前たちは荷物の安全を確保すればいいんだ。
わかったら明後日の昼に出直してこい。
その時に前金の500cを払おう。話は以上だ。」
キスィメン4世さんは立ち上がろうとする。
「ああ、じゃ明後日の昼、荷物をまとめてまたここに来ればいいんだな?」
ランさんが立ち上がろうとするキスィメン4世さんに確認する。
「そうだ。」
もう一度座りなおしたキスィメンさん。
やはり、交渉ごとは私には無理だ……。
こんな怖いやり取り私にはできない。
頭の中はキスィメン4世さんとランさんの視線がバチバチ火花を飛ばしているよ。
「じゃ、失礼する。」
ランさんが立ち上がると、私の頭に手をポンと乗せる。
「行くぞ、トモリ」
自分の世界に浸りきっていた私をランさんが現実に引き戻してくれた。
こうして初めて依頼交渉の場を目の当たりにした私には、この先の不安ばかりで胸がいっぱいになってしまった。




