第1章 始まりは突然に
「お~い、ねぇちゃん、こっちに一杯追加してくれ」
「は~い、いつものでいいですね。」
お昼時、ここミソカツ亭は嵐のような活気を見せる。
私は両親が行商で留守をすることが多いため、親せきづてにギルドが経営する宿屋兼酒場ミソカツ亭で働くことができるように取り計らってもらえた。
ここダイナゴヤでおばあちゃんと二人きり、パパとママの帰りを待つ。
私がこの街から出たことと言えば、ギルドの戦闘訓練の時に数回、街の外壁の外に出たことがあるくらいだ。
このダイナゴヤの街、実は結構大きな街らしい。
ここで働くようになって旅人の話を聞く機会が増えたからわかったことなんだけどね。
ここダイナゴヤの人口は1000人ほどの商業都市で、中央にはお城がある。
レンガ造りなんだけれど、大破壊前には木造だったらしい。
貴重な木をふんだんに使った立派なお城の屋根に、金のシャチホコが飾ってあったらしいの。
今はレンガ造りのお城だけれど、その屋根に飾ってある金のシャチホコは大破壊をくぐり抜けたものを修復したというものらしいの。
このダイナゴヤのシンボルだ。
そして、お城を囲むように円形状に広場が広がっていて、日中はいろんな市場が軒を連ねている。
このダイナゴヤで一番活気のある場所。
ダイナゴヤの敷地は直径10Kmほどの円形をしているの。
街の周りには5mほどの外壁が作られていてモンスターの侵入を拒んでいる。
外壁の外には堀が掘られていて水も張ってあるから、モンスターが街に侵入することなんかできない。
実はこうした、対モンスター避けの外壁や堀はここダイナゴヤが一番強固らしい。
街道につながる門は東西南北の4つ。
もちろん丈夫な門に上げ下げができる吊り橋がかけられているいわば城塞都市。
中央の広場から各門に向かって大通りが走り、このダイナゴヤを4つの区画に分けているの。
富豪たちが住む豪邸の並ぶ北東地区。
ここミソカツ亭や自警団、その他街の行政を担う北西地区。
そしてダイナゴヤの食糧を一手にまかなっている南西地区。
私のようなごく普通の人が住む南東地区の4つの地区があるの。
他にももっと大きな都市が東と西にあるらしいけど、いったいどんなところなんだろうね。
パパやママの話だと、こんな大きな都市は稀で、ほとんどは50人~100人程度の集落なんだって。
このダイナゴヤの北東には成熟した森があるの。
名前はオースー。
推定で100年以上たっている森で、森の主がいるといううわさがあるの。
薬草とかもたくさん取れるらしいけど、かなり危険な森で冒険者でもめったに立ち入らないんだって。
「おい、トモリ。3番テーブルにこいつを頼む」
「あ、は~い。わかりました、おやじさん」
私は、酒場のおやじさんに頼まれた巨大鶏のロースト肉盛り合わせを、3番テーブルに運んで行った。
「お待たせしました。今日は何かいいことでもあったんですか?」
すっかり顔なじみとなったお店の常連客。
このダイナゴヤでも、名前が売れている冒険者パーティの黄金の衣の面々が楽しそうに、お酒をあおっていた。
「おうよ、きっちり仕事をした後の酒は格別だぜ。」
大剣を振り回す豪快な漢シィタッケさんが親指を立ててウインクする。
「何言ってんだよ、お前の攻撃めったに当たらないじゃないか。」
リーダーのニックさんだ。
ちょっとイケメンの戦士だ。
他にも、魔法使いのクァボチャさんとイーモさん。
猫族のニャスさんはロースト肉にかじりついている。
「どんな冒険だったんですか?」
彼らは私の憧れの冒険者。
今や飛ぶ鳥を落とす勢いの人気冒険者だ。
「なぁにちょっとしたモンスター退治だぜ」
シィタッケさんが自慢げに話し始めた。
「あれは、深夜だった……。俺たちが集落の柵の外を見まわっていると、そいつは突然現れたんだぜ。
持っていた松明の光にそいつの顔があらわれたときには正直驚いたぜ。
嬢ちゃんだったらチビっていたかもな。ガハハハ」
「シィタッケ、下品だぞ。ごめんねトモリ。
こいつは酔っぱらうと口が悪くなるから……。」
「大丈夫ですニックさん。慣れていますから。」
私は笑顔で答えた。
「一番驚いていたのはシィタッケだった。」
ボソリとニャスさんが呟いた。
「なにを~、俺がいつビビったっていうんだ。」
「最初から……」
またもボソリとニャスさんが言う。
ふふふ、いつものことだけど楽しそうだな。
私も出会えるのかな、こんな人たちと。
そんなことを考えていると、おやじさんから声がかかった。
「は~い、今行きます。じゃ、続きはまた後でね。」
私はカウンターに向かって駆けていった。
カランカラン。
扉についているベルが軽快な音を鳴らした。
「いらっしゃいませ~。」
入ってきたのは美しい翼人の女性。
翼人っていうのは人の背中に羽が生えているような容姿を持っていて、空を飛ぶことができる。それに目も良いっていう話だ。
商業都市であるこのダイナゴヤでは、いろんな種族の人が訪れる。翼人も例外ではない。
だからそんなに珍しいことではないのだけれど、私の目が留まったのは、その腰にある真新しい片手剣だ。
美しい容姿と裏腹に、その剣はあまりに違和感がある。
年齢は20歳くらいだろう。
「あの……。」
「あ、どうぞ、いらっしゃいませ。
今、カウンターしか空いていないのですがいいですか?」
私は彼女にそう告げる。
昼時と言うこともあり、にぎわっている店内のテーブル席はすべて埋まっていた。
「あ、はい……。」
小さな声で答える彼女の声は、お店の活気で掻き消えそうだった。
冒険者なのかな?
新品の剣と言うことは、私と同じ新米さんなのかな?
頭の中でそんなことを、ぐるぐる考えながら彼女をカウンター席に案内した。
「ご注文が決まりましたら……」
「お酒をください。」
「はい?」
思わず、聞き返してしまった。
「あの、お酒をください。」
「あ、はい。わかりました。」
一瞬止まった思考が動き始めた。
「お待たせしました。」
彼女のところにお酒を持っていくと。
「ありがとう……。」
消え去りそうな声で答えてくれた。
そして伸ばしたその指にはめられていたのは……リング。
そう、私も持っている魔具、リングだった。
リングとは魔法を使うために必要な魔具と呼ばれる道具で、指輪型をしている。
リングにはあらかじめ決められた超常現象を起こす条件がそろった材料で作った宝石のようなものがはまっており、そのリングに生命力を注ぎ込むことにより、その超常現象を起こすことができる道具なんだ。
魔法1つにつき1つのリングが必要で、魔法の技能はこのリングの扱いや知識を得るものなのだ。
私も回復のリングを持っている。
「あ、あの……」
私が話しかけようとすると、店の扉からカランカランと乾いた音が鳴り響いた。
「いらっしゃいませ~」
彼女のことが気になりながらも、新たに入ってきたお客様に視線を向ける。
「え?」
新たなお客様を見た私は、思わず、変な声を上げてしまった。
何と入ってきたのは、明らかに冒険用の服を着た、軽装備の犬種の女性だった。
腰には使い込まれているヌンチャクが挟まっている。
彼女は犬が服を着て2足歩行をしているような、獣に近い容姿をしている犬種だ。
何と言うチャンス。彼女も単身。
これはパーティを組むチャンスじゃないかな。
私の胸が躍りだした。
「にぎわっているな。」
彼女がつぶやいた。
あれ? この声どこかで聞いたことがあるような……。
「席は空いているか?」
「あ、はい。カウンター席なら……。」
「そうか、サンキュー」
彼女は私の肩に手を置くと、そのままカウンターに向かっていった。
確かに、どこかで聞いたような声。
獣人の獣に近い種は顔の見分けが付きづらい。
獣人は人間に近い容姿の者と、獣に近い容姿の者がいる。
ニャスさんは猫族でも人に近い方の種。
でも今の犬種の彼女は獣に近い方の種。
私には見分けはつきづらい。
犬種の彼女は、まっすぐカウンター席に向かい、まるで男の人のようにドカッと腰を下ろす。
さっきの翼人さんの隣の席だ。
そしておやじさんに何か話していた。
「お~い、嬢ちゃん。
こっちに酒を持ってきてくれ。
樽ごとな。」
シィタッケさんの声が響き渡る。
もう大分飲んでいるなシィタッケさん。
ニックさんが苦笑いをしているよ。
「は~い、ただいま。」
私は大きな声で答えると、カウンターの奥からお酒の樽を持ち出した。
「はい、シィタッケさん。
今日はもうこれくらいにしてくださいね。」
「大丈夫大丈夫。これく……ら……い……ぐ~」
「あら? 寝ちゃった。」
魔法使いのクァボッチャさんがシィタッケさんの顔を覗き込む。
シィタッケさんは机にうつぶせになって眠ってしまった。
まぁいつものことではあるけど……。
「トモリすまないがいつもの頼むよ。」
「はい、ニックさん。
すぐとってきますね。」
私は再びカウンターの奥に行き、毛布をとりシィタッケさんのところに戻ってきた。
「はい、ニックさん。
毎回大変ですね。」
「ハハハ、面目ない。」
苦笑するニックさん。
シィタッケさんは気持ちよさそうに寝息を立てている。
私はカウンターでおやじさんと話をしている犬種の女性のことを気にしながら、嵐のような店内を駆け回っていた。
バン、普段ならカランカランと乾いた音がするお店のベルがなる暇もないくらい勢いよく扉が開いた。
いや、開かれたというべきだ。
反射的に扉の方に目を向けるとそこには、仁王立ちした翼人の男性が、扉を開いていたのだった。
そして私が真っ先に目を止めたものは、その背中に担がれている真新しい超重量剣。
両手剣なのだけれど、とても重く扱いにくい。
よほどの力がなければ扱うことができない、空想上の悪魔を倒すために作り上げられた規格外の剣なのだった。
そして彼は、剣は立派だけれど着ているものは普段着と言う冒険者とは呼べないようなちぐはぐ感あふれる男性だった。
店内は扉の音に一瞬静まり返り、再び喧騒を取り戻す。
しかし私は、あっけにとられてしばらく呆然としていた。
そして固まった私にさらに衝撃が走る。
何と入ってきた翼人の男性は、そのまままっすぐにカウンター席に向かう。
その先には、いつの間にか酔いつぶれて無防備に寝ている先ほどの翼人の女性がいた。
2mを超える超重量剣を、背負った翼人男性は、酔いつぶれて寝ている翼人女性の頬をつんつんとつついていたのだ。
「……お連れの方?」
翼人同士だし、まっすぐ彼女のもとに向かった男性。
きっと仲間か何かなんだろう。
う~ん、ちょっと残念。
彼女と彼はすでにパーティを組んでいるに違いない。
私が勧誘するべきじゃない……よね。
そんな状況を、視線だけで追いかけ、呆然としていると、今度はおやじさんと話していた犬種の女性が2人に近づいて行った。
そしてこともあろうか、親しげに翼人男性に話しかける犬種の女性。
ああ、あの3人はすでにパーティを組んでいるんだ。
きっとここで待ち合わせか何かしていたに違いない。
やっぱりなかなか単身の冒険者って見つからないものなのね。
私は心の中でため息をつくと、視線を落としながらカウンターへとトボトボと向かっていった。
カウンターでお酒をグラスに注ぎながら、ひっそりと3人の会話に耳をそばだてる。
「……不作法ものなのか?」
犬種の女性の声が聞こえた。
次の瞬間、翼人男性は眠っている翼人女性の頭を軽く殴ったのだ。
ああ、やっぱり仲間なんだね。
あんなに仲良さそうに。
3人とも20歳前後だろう。
装備からして犬種の女性を除いて私と変わらないくらいの経験者だと思うんだけど……。
彼ら3人を横目に、お酒を注いだグラスを席に運ぶ私。
おやじさんが3人に何か話しかけている。
「はい、お待ちどうさまでした。」
「ありがとう、こいつを下げてくれるか?」
空いたお皿が、山のように積んである。
「はい、わかりました。」
私は両手で抱えるように、空になったお皿を受け取った。
そ~っと運ばないと雪崩が起きそうなくらい不安定に積んである。
私は注意深く、そろりそろりとカウンターへそのお皿の山を運んで行った。
私が奥で洗い物をしているとおやじさんに呼ばれた。
例の3人のところにおやじさんはいる。
何だろう?
私は、エプロンで手をぬぐいながらおやじさんたちの方へと向かっていった。
「はい、なんでしょう?」
おやじさんと犬種の女性、翼人の男性は笑顔で談笑していた。
翼人の男性は相変わらず、翼人の女性の頬をつついていたけど起きる気配はない。
「お、トモリ。
このお嬢様がどうやっても起きないんだ。
起こして差し上げなさい。」
おやじさんの口からとんでもない言葉が飛び出した。
酒場と言うこともあり、シィタッケさんみたいに酔いつぶれるお客さんは結構いる。
閉店しても、酔いつぶれて起きてくれないお客さんもいるのだ。
そんな時に行う酔い覚ましの方法がこのお店にはある。
おやじさんの言葉は、それを実行しろと言う意味なのだ。
「え? いいんですか?」
「かまわんさ。
寝ているやつが悪い。
これじゃ話もできんしな。」
そういいながら豪快に笑うおやじさん。
私は、カウンターの奥から水の入ったグラスを持ってくると、翼人女性の頭にグラスの水をかけた。
初めて見たのか、犬種の女性と翼人の男性は目を丸くした。
本当はバケツ1杯のお水をかけるんだけど、かわいそうだからグラスにしたんだけどな。
まさか、そんなに驚かれるとは思わなかった。
店内では、店の名物になっているこの行為を見て笑い声が聞こえてくる。
「う……ん……。」
翼人女性が目を覚ました。
やっぱりこの方法はよく効くんだなぁと改めて思った。
美しい顔立ちの翼人女性は、肩まで伸ばした艶っぽい黒髪に水玉をちりばめながら、女の私でも思わずドキっとするくらいの何とも言えない甘い声を漏らしながら体を起こしたのだった。
これにはさすがのおやじさんも息をのんだ。
いや、おやじさんだけじゃなく私もそうだけど……。
「トモリさん、申し訳ないがタオルを一枚いただけないかな?」
犬種の女性の声で、我に返る。
「あ、はい。」
私はカウンターの下にしまってあるタオルを2~3枚、無造作につかむと、犬種の女性に手渡した。
間近で見ると、髪の黒と翼の白が何とも言えない神秘さを持ち合わせている翼人の女性。
透き通るような肌にも、水玉がちりばめられて、まるで小説に出てくるような妖精さんのよう。
そんな翼人女性の頭を犬種の女性が荒々しくタオルで水をふき取っていく。
ふと、その手に透き通るような肌の手が重なった。
「自分で拭きますので……。」
消えそうな声でにっこりとほほ笑む翼人の女性。
普通こんな扱いを受けたら怒るものなんだけどな。
やっぱり大人の女性は違う。
なんとなく同じ女性として、敗北感を感じながら私は余ったタオルをカウンターの下にしまった。
「あ~悪りぃ悪りぃ。」
タオルから慌てて手を放す犬種の女性。
翼人の女性は、濡れた髪をゆっくりとタオルで包むように水分を取っていったのだ。
「あ~、護衛の仕事があるんだけどよ、俺一人じゃどうにもできそうにないんだ。
かといって金は欲しいし。
お前一緒にやらねぇか?」
犬種の女性は、髪をぬぐう翼人女性に声をかけたのだ。
もちろん私は聞き逃すことはしない。
この人たちまだパーティ組んでない。
ひょっとしたら私も仲間に入れてもらえるかもしれない。
私の胸は高鳴った。
「わ、私もやりましょうか?」
右手を挙げて、とっさに声を上げる。
「え? お前ウェイトレスじゃないのか?」
一瞬の沈黙の後、犬種の女性が声を絞り出すように言った。
「おやじ、いいのかよ。
ウェイトレスまで仕事するって言っているぜ?」
犬種の女性は、今度はおやじさんに向かって聞いてきた。
そ、そうだよね。
今バイト中だからウェイトレスにしか見えないもんね。
私は心の中で肩を落とした。
「まぁ、トモリはもともと冒険者でなぁ。
まだパーティも組んでない新米なんだ。
よければ一緒に組んでやったらどうだ?」
おやじさん、フォローありがとう。
私は心の中で、おやじさんに感謝した。
「え~? こいつがか?」
犬種の女性は疑いの目で私を見る。
確かに年齢は彼女より低い。
今こんな格好だから、冒険者だなんて想像もできないだろう。
それでも、その冷めた視線をまっすぐに受けて、犬種の女性に向き直る。
「トモリは、ちょいと事情があってな、稼ぐ必要があるんだ。
それで、うちで働いてもらっている。
お前たちと冒険に出るというならそっちの方が実入りはいいだろう。」
おやじさんのフォローがまたはいる。
ジッと犬種の女性の視線を受け止めて固まっている私の代弁をおやじさんがしてくれる。
ありがとうおやじさん。
「まぁ、おやじさんがそういうなら……。で、お前……トモリとか言ったな? 何ができるんだ?」
犬種の女性はやれやれというように右手で頭を掻きながら、訪ねてきた。
「か……回復なら何とか。」
そう、私はヒーラーを目指している。
そのため、魔法の技能を習得し、回復魔法のリングを手に入れた。
さらに、生死のはざまをさまよっている人の蘇生術も身に着けているのだ。
なんせヒーラーは冒険に欠かせない存在。
私みたいにちんちくりんで、若い冒険者が冒険に出るためには、必要と思われるヒーラーになることが一番の近道だと思ったからだ。
「ぜひ入ってくれ!!
どうせこのメンバー、ヒーラーはいないみたいだしな。
そうだろ?」
犬種の女性はそういいながら、髪を拭いている翼人女性に向かって、言い放った。
「そういえばまだ名前を聞いてなかったよな。
お前はどんなことができるんだ?」
翼人女性に尋ねる犬種の女性。
あれ? この人たちパーティ組んでいたんじゃなかったの?
翼人女性はゆっくりと犬種の女性の方へ顔を向けると、
「魔法の攻撃ができます。」
消え去りそうな声で答えた。
やっぱりね。あの指輪、リング(魔法を使うための道具)なんだ。
私の読み通りだったね。
この世界の魔法は、リングと呼ばれる主に指輪型の魔具(魔法の道具)を使用して、魔法を使う。
確か、ある条件がそろうと超常現象を起こす力……魔素が目に見えず、触れることもできないけど存在していて、リングと呼ばれる指輪型の魔具(魔法の道具)の本来宝石のはまっているところに、その条件を満たす触媒がはめ込んであるんだ。
そして魔法を使うにはそのリングに最後の一押し、生命力を注ぎ込むことで、あらかじめ決められた超常現象が起きる。
それが、この世界の魔法。
リング1つで、1つの現象しか起こすことはできないので、たくさんの魔法を使おうとするとそれだけリングを持っていないといけない。
さらに、同じ魔法でもその触媒の大きさで威力が変わってくるので、威力の違う魔法を使うには、同じ効果の魔法でもリングは別物なんだ。
魔法の技能はこのリングの扱いや、知識を得るもので、自分の技量以上の魔法を扱うことは禁忌とされている。
つまり魔法技能を習得していれば、あとはリング次第ってことなんだ。
でも、リングの材料は安くない。
材料をそろえてもそれを加工してリングを作るのにもお金がかかる。
私のように、訓練を終えたばかりの新米には高価すぎるものなんだ。
翼人の女性はいったいどんな魔法を使うのだろう?
攻撃系みたいだけど……。
その細くて思わず見とれそうな指に、似つかわしくない武骨なデザインのリングは2つ。
つまり、2種類の魔法を使うことができるんだ。
「名前は?」
犬種の女性が、改めて翼人女性に名前を尋ねた。
「メアリーです。」
今にも消えそうな声で答える翼人女性。
メアリーさんっていうんだ。
ちょっと失礼かもしれないけれど、粗雑な犬種の女性と比べるとメアリーさんはなんていうか……大人の女性のオーラに包まれている気がする。
本当に冒険に行けるのかな?
「俺はラン・ウェイク・イックリー。ランでいいよ。
こう見えても女だぜ。
だからな、間違えんなよ。」
犬種の女性は、右手の親指を立てて自分の方に向ける。
片目を閉じてウィンク? しながら言い放った。
確かに粗雑な言動、もし私がこのミソカツ亭でバイトしてたくさんの種族の人たちと接していなかったら、男性か女性かも区別はつかなかったかもしれない。
言葉も乱暴だしね。
でも、悪い人じゃなさそうだ。ランさんか。
なんだか頼りになる姉御って感じかな?
名前を聞いただけなのに、なぜか親近感を覚えた。
「クリって呼んでもいい?」
そんなことを思っていると、突然男性の声が聞こえた。
そう、残りの一人、翼人男性のおそらく戦士であろう人の声だ。
年齢はランさんやメアリーさんたちとそんなに変わりはしないように見えるけど、ちょっと独特の雰囲気を醸し出していて、場の雰囲気を乱しているような印象を受けた。
「どうでも好きなように呼んでくれ。
お前はその剣を持っているところを見ると戦士だろ?
これでパーティバランスもいいんじゃないか?
おやじ、じゃ悪いがこの4人で頼むわ。」
まだ名前も聞いていない。
ランさんが、仕切って話をおやじさんに振った。
どうやらさっきおやじさんと話していたのは、冒険者のお仕事のことだったみたいだね。
「うむ、わかった。」
おやじさんが承諾してくれた。
これではれて私たちはパーティとして認められたんだ。
「まだ、了解していないんですけど……」
と、高鳴る高揚感を感じていると、はかなげな声が聞こえてきた。
そう、メアリーさんの声だ。
メアリーさん、まさか断るつもりじゃ……。
「え? なに? お前やるんじゃねえの?」
すかさず、ランさんがまくしたてる。
メアリーさんはその勢いに押され「……やります。」と呟いた。
ちょっと強引かもしれないけれど、ランさんの行動に感謝だね。
「ならいいじゃねーか。
と言うわけで問題はなさそうだおやじ。」
ランさんは、そのまま話を進める。
「そうか、少し心もとないがいいだろう。」
おやじさん。
心もとないって、何が?
私がそんな疑問を心の中で叫んでいると、代弁するようにランさんが
「心もとないってどういう意味だよ。
メンバーが足りないってことか?」
と、言い放つ。
「いや、そうじゃない。
先行きがちと不安かな。」
おやじさん。それを言っちゃぁおしまいですよ。
思わず心の中で突っ込みを入れてしまう。
「それは俺も言いてえよ。」
ランさんも、おやじさんと同様に不安を感じていたみたいだった。
まぁなんにしても、これでやっと冒険に出られるんだ。
おばあちゃんのことがちょっと心配だけど、待っててねおばあちゃん。
私は一攫千金を手に入れて戻ってくるからね。
知らず知らずのうちに拳を握って、天井を仰いでいた。
初めての冒険、初めての仲間。
一体、どんな冒険が待っているのかな?
この時の私は、希望に酔いしれていて不安なんて微塵も感じていなかった。




