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☆1 死霊使い爆誕!

 床に描かれた魔法陣、その中央に腐りかけの死体が投げ置かれている。


 術式は完璧のはずだ。呪文もお経ももう98割、唱え終わった。



きたれ!

 かのおぞましき闇黒の閃きよ、傷付いた無垢なる魂よ。さあ今こそ、再びこのぬけがらに宿りてその醜い肉体をこのうつせみの世に蘇えらせるのだ!」



 死体の小指がかすかに動く。

 蝋燭の灯りが風もないのに消える。


 ………だが、それだけだった。



「ううむ、また失敗か?」



 ローブを翻して壇上から降りると、俺は死体に手を触れた。

 ステータスウィンドウを開いて鑑定してみる。



名前:ヘンリー・ケイス

LV:13

年齢:享年19歳

職業:盗賊

種族:人間

HP:0/160

MP:0/6

状態:腐敗



 だめだ。やはり腐った死体以上の何者でもない。



「おいー。頼むよぉ、起きてくれよ。また失敗かよ」



 返事もない。

 ただの屍のようだ、って奴か。


 教会の安置所から失敬してきたこのロクデナシ。

 コイツは不届きにも依頼主から盗みを働き、そしてその罰として見せしめに魔法で脳みそを焼かれてしまったのだとか。


 バカな奴だ。


 引き取り手もなければ安くもない寄付を払って復活させてやろうなんて殊勝な仲間もいるわけがない。

 こっちにしてみれば好都合な話だ。

 更には肉体に目立った外傷がないのでゾンビにして使役するにはうってつけと思ったんだが。


 役立たずめ!


 死んでしまえ、もう一回!


 無駄に減ったMPを回復するためにポーションに手を伸ばす。

 いやむしろ酒が飲みたい気分だった。


 疲労と挫折感が半端ない。


 俺はウィリー。ウィリー・ギブソン。夢も未来もない中年、ただただ死体が好きなだけだ。

 その趣味が高じて、死霊術を追求している。もちろん全部独学だ。

 誰にも忌避されるこんな技術スキルなど、学校では教えてくれない。それに商売になんてなるわけがない。

 親の遺産はこの魔術書と術道具一式につゆと消えた。



 アラフォー・ニート。



 薬師の家系でそこそこの小金持ちだったのだが、その財産を全部残らずこの趣味に注ぎ込んでやったのだ、ざまあみやがれ。



“あなたはお父様やお祖父様にならって立派な薬師になるのです、そしてこの誇りあるギブソン家を継ぎなさい”



 面と向かってはっきりと、そう言われた記憶はない。実際には自分の好きなようにしたらいいと、表立っては言われていた。



“だけど、自分がやらなきゃいけない事は、あなた自身が分かっているでしょう?”


“はい、ママン”



 だからグレたり反抗する事も出来なかった。だって誰に対して?

 それは自分の選択だ、どれだけ暗に強烈に抑圧された結果だとしても、自分の言った事に反発するなんて支離滅裂だ。


 幼い頃から過剰な期待と教育を受け、だが結局俺は失敗した。


 難解な試験を血へどを吐きながらなんとか合格し、高額な入学金を親に払ってもらってやっと通うことになった魔法学園。

 そこにまったく馴染めなかったのだ。


 友達だって一人も出来ず、教授にも疎まれ、ずっと一人ぼっちの学生寮で黒の教科書や闇の魔道書、エロ本ばかり読んで過ごしたまさに黒歴史。

 学園に行っても話し相手は魔術室の人体模型とか骨格標本だけだったし、それも奴らはカクカクいうだけの、完全なる一方通行だった。


 なんとかギリギリで踏み止まったが、荷馬車に飛び込んで轢かれ、異世界に転生したいと思った事だって何度もある。

 小銭を払って魔道書に転写した荒唐無稽なポルノ小説。多くはSFスペキュレイテヴ・フィクションだとかダークノベルだとか呼ばれるジャンルのおとぎ話の中で、よく書かれているのが科学という幻想の様な技術によって無双する主人公の話だ。


 でもま、あんなのは所詮、夢物語に過ぎないんですよ。


 現実はこうだ。

 逃避。引きこもったまま講義も実験も無視。グループ課題なんてどうしろと? 当然、試験も落ちて落第。それを何度もループして退学。薬師にもなれず、かと言って他の何者にもなれないニートのまま、無情にも時間が、時間だけが過ぎ……。



 俺はハゲた。



名前:ウィリー・ギブソン

LV:16

年齢:37歳

職業:無職

種族:人間

HP:122/129

MP:3/365

状態:禿げ



 おい、ちょっとまて!

 いやツルツルではない。後頭部の自分では見えないところが薄くなる、いわば大魔術師ザビエルのような禿げ方で、…違う違う。


 まてと言ったのはこれ、いくら何でもMPが減りすぎじゃないか。

 3って何だ。ケイスにごっそり持っていかれたのか、さすが盗賊といったところか。……関係ないな。


 うん、それにしてもしょっぱいステータスだ。

 親が見たらきっと泣くだろう。

 三十路を越えたら本当はもうニートとは呼べないようで、ステータス表示も無職に変わった。薬師は当然だが俺は魔法使いどころか死霊使いにもなれなかった。条件は満たしてる筈なんだが?


 こんな子に育てた覚えはありません、とか結局、面と向かって言われなかったな。

 でもただ黙っていられる方がよけい嫌だった。

 だから俺は、何を言い返す事も出来なかった。一言も。

 そんな彼らも、もはやいない。


 そして今や髪もいなくなりつつある。

 もうダメだ。

 サヨナラだけが人生ってやつか。そうかそうなのか。

 もういいや。

 飲もう。


 ちまちまポーションで回復するのも手間だし、どうせ実験も失敗だ。

 俺は神にも髪にも見捨てられた男なのだ。

 挫折感に次いで嫌なことまで色々思い出してしまい、いよいよ気分が悪くなってきた。

 こんな日はやはり酒でもかっ喰らって寝ちまうに限る。

 そうだ魔道書で屍姦もののエロでも見ながら、いつもみたいに。明日か明後日には勝手に回復してるだろう。


 ああいやだいやだ。

 だるい。本当にどうでもいい。動きたくない、働きたくないでござる。

 もう、なにもかも面倒臭い。



 ※



 くさい。

 なんか、くさい。

 なにこれ。体がだるくてうごかない。

 かなしばりにあったみたい。

 ここどこ?


 目もうまく開けないし、声も出せない。なんか顔がぬれてて、体に力が入らない。きもちがわるい。


 わるい夢でも見てるのかな、早くさめてほしいよ。あたまがいたいよう。


 がんばって、がんばって、指がうごいた。そんな感じがした。小指の先が、ちょっとだけ。


 夢じゃないのかな。だっていたいもん。とっても苦しいもん。


 あせらないで、きっとうごけるようになる。ちょっとずつ。ほらまた何かうごいた。


 だれも助けてなんてくれない。いつだってそうだった。何だってぜんぶ自分でしないと。神さまなんて、ほんとはどこにもいないんだから。



 ※



 次の日。目を覚ますと、死体が消えていた。

 昨日は飲んだくれたままソファに寝てしまったようだ。頭痛と、不快感に顔をしかめる。

 こぼれた酒が衣服を冷たく濡らして滴る。空のグラスは床に転がっている。

 そして魔法陣に死体は転がっていない。転がって、いない。


 …なん……だと!


 俺は目を疑った。

 慌てて部屋の中を色々、物置の中も机の下も探したけれど、どこにもいない。


 何てこった(OMG)

 やっちまったな。

 いや、やった……のか?

 まさか。

 いやまだだ!


 ふらふらの二日酔いの頭を振って、何かのフラグを立てながら昨日の魔法陣をよく見てみると、床には引きずったような汚れが這っている。これは…



「まさか……?」



 痕跡の、その続く先はドアの向こうだ。カギくらい直しておくんだった。

 ほとんど使わない……誰も訪れないし出かけもしないので不要と放っておいたのが、流石にまずかったか。


 薬師をしていた親の代までは薬草や花の香りに満ちたそれは素敵な、ジジババの集会所だった。朝も早くからやって来てそれは繁盛したものだった。

 それがこの死霊使いの根城と化してからは廃れ、こんな腐臭漂うゴミ屋敷へと成り果てたのだ。

 たまに天孫の運送屋が、魔導通販での買い物を配達に降臨するくらい。それも最近は遠隔魔術に操られたナメクジ型モンスターがひとりで這ってお届けにくるのみ。

 そして俺は基本、ニートなので外出など滅多にしない。


 外へだと……だが、腐った死体がどうやって?


 あんな屑を、好きこのんで助け出す人間などいかに世界広しといえやはりどこにもいよう筈がない。

 裏切り者の当然の報い、仲間にまで見捨てられた天涯孤独の盗人だ。

 教会にしたって焼却して灰にする手間が省けたってもんだ、それこそ信じる者とかいて儲けものだ。


 ならば。……ならばこれは一体?

 ふむふむ。

 これはゾンビと化して自力でどこかへ行った以外に考えられませんな。

 でしょうな、きっとその結論に相違ありませんわい。


 ぼっちにのみ授けられる特殊技能(ギフト)、一人ミーティングでの結論だ。


 まさか……まさかの。


 そうか、MPが異常に減ったのも死体ゾンビ化の必要経費だったか。


 どうせ駄目だと思ってた。

 自分の運勢や世間に何も期待をしなくなって幾年月、幾星霜。

 何もかもを諦めまくって生きてきた所為で俺は、今度もきっと無理だったと思い込んでいたのだ。


 だが、間違いだった。

 ゾンビは、出来たのだ。


 無くした筈だった俺の感情。だがそこに少しだけ、ときめきのような気持ちを見つけた。

 世の中捨てたもんじゃない。打ち捨てられたクズ野郎の死体の奥底、希望の星は何とこんなところで光っていたなんて、…たとい、どんなに、かよわくとも。

 幸せの青いゾンビだ。いや黄色いゾンビだ。

 テンションが急上昇する。これが み な ぎ っ て き た ってやつか。

 手を握りしめて天を仰いだ。天井からは逆さにぶら下がった前の失敗作、猿の生首がこんにちはしている。白眼だ。

 思わず声が漏れる。



「やった。やったよ、ママン。俺、出来たんだ。とうとう」



 これが、なみ…だ……!?


 汚れて臭うローブの裾で鼻水を拭う。安酒や血痕やポーションが染み込んで混ざった布の臭気は慣れても辛い。目にくる。そうだ最初に洗濯をさせよう。それから部屋の片付けだ。使役するのだ、予定通りに。だが食事はダメだ、食事だけは。給仕なんかされた日にはメシが不味くなる。一緒にメシ、フロ、ネルは禁忌、タブーだ。それだけは絶対だ。



 しかし……奴は、 奴 は ど こ へ 行 っ た ! ?



 ※



 ここはどこ?

 ながい時間をかけて、かけて、きっと一晩中くらいはかかったとおもう。

 やっと体がうごかせるようになってきた。

 つらい。苦しい。それに寒い。たいおんがとっても冷たく感じる。

 少しずつ。一歩ずつ。ふるえながらうでをはわせて、なんとか体をおこす。わたしはきっとうまれたてのこじかみたいだ。

 ずっと気持ちがわるくて、はきそう。

 ベタベタする。ひふがかゆいよ、からだじゅうがかゆい。うまくかけない。

 床をはって少しずつうごいていく。


 でもどこに?


 わからない。

 目はまだ見えない。音はちょっとだけに聞こえはじめた。床をはう、自分の出す音が、ズルズルって。それから苦しそうなうめき声。


「あーゔうあー」


 これ、わたしの声? 口がうごかない。人を呼びたくても、なにもしゃべれない。ことばにならない。出るのはひくい、うなるみたいな声だけ。

 ほんとは助けをよびたいのに。

 さけびたいのに。


 だれかいないの?


 おいしゃさんを呼んでほしいの。


 わたしはここにいます、だから。


 だれか、わたしを見つけてください。


 だれか!



 ※



 仮にも他人に見つけられたりなんかしたらえらい事だ。

 ゾンビは本来、他人に感染するような生態(死んでるけどね)はしていないが万が一、野良ゾンビなんぞと間違えられて浄化されてしまっては今までの努力が水の泡だ。

 教会の関係者に見つかれば取り返される可能性だって微エレメントレベルで存在しないでもない。


 探さねば。


 俺のゾンビだ。

 腐りきった世の中に咲く、蓮の花だ。いのちのともしびだ。(死んでるけどね)

 この子は誰にも渡さない!

 たとい世界を敵に回しても!!!


 あと、ご近所の目もある。実はそれが一番厄介だ。

 ただでさえ無職の穀潰しは白い目で見られているのだ。

 良好な関係とまでは望まなくても、あまり嫌われたくはない。

 こんな折にゾンビ騒動など起こした日にはどんな噂をたてられるものやら分かったもんじゃないじゃないですか。


 急いで準備をすると、尖った帽子を目深に被って俺は外へ続くドアを開けた。



 眩しい。

 昼間に外へ出るのは数日……いや数週間ぶりか。


 太陽がほとんど真上にある。

 時間はもうお昼前のようだ。

 春の日差しはとても暖かくて、体が溶けてしまいそうだ。

 もちろんローブの下は全裸安定だ。決まっている。風がスースーしてこれが案外気持ちがいい。お股とかが、特に。



 しめた。引き摺るような足跡は、まだ家の前の道を続いている。


 これを辿ってゆけばきっと見つかる。別にご近所さんに聞いたりしなくても大丈夫そうだ、よかった。


 俺のゾンビを見ませんでしたか?

 行方不明になりました。


 って、迫害されるわ!


 俺は常識はある方なのだ。

 颯爽とローブをひるがえして、俺は奴の探索を始めた。


 うむ臭うぞ!

 まだそんな遠くへは行っていないな。

 多分。


 悪い人に付いて行ったりするんじゃないぞ。



 ※



 あかるくなってやっと目が見えるようになった。

 それで、気付いてしまった。

 きっとわたしがわるい子だから、こんな目にあったの。

 まわりはぜんぶ、ぼんやりしてる。

 でも自分の手が、体が、どんなひどいことになっているのかは、分かった。


 こんなのわたしのからだじゃない。

 ぜったいちがう。

 

 しんじられない。うけいれられない。

 だってこんなのひどすぎるよ。


 そして、みずべを見つけてすいめんにすがたをうつすと、わたしのかおは知らないおじさんのかおだった。

 しばらくあたまがうごかなかった。


 これはだれ? こんなのわたしのかおじゃない。


 それより、なによりわたしのからだは、くさっていた。

 かおをおおって、かなしんで、でも出せるこえはやっぱり、ひくいうなりごえ。

 こんなのわたしのこえじゃない。



「ゔゔぅーゔぁー」



 ただそれだけで、なみだを出すことだってできないの。

 こんなのうそ。こんなのうそ。ぜったいうそ。うそ。うそ。うそ。うそ。ううう……。



 ※



 頭皮の瀕死に現実逃避

 復活させたよ腐ったゾンビ

 見てくれ俺の魔力の証明

 正味な話完全なる勝利

 でも逃げちゃったから俺泣きそうに

 見つけておくれよ腐敗した存在

 やらせたかったよお部屋の掃除

 炊飯、洗濯、抜け毛の処理ーYEAH!



 即興で思いつきのラップを口ずさみながら野道を散策する。

 とんがり帽をずらして頭を確認する。ダメだ生えてない。



「何ッ! 俺のリリックが通用しないだとッ」



 ふう、とため息をつく。そりゃそうだ。


 一人遊びという特殊技能(ギフト)、神は我々ぼっちに、生き抜く(・・・・)為の数多(あまた)の恵みを与えたもうた。(毛根だけは抜けて死んでるけどね)

 呪文学者などによると二千年の長きに渡って押韻の根付かなかったスペル文化の一大革命だとか何だとか。


 俺はたった数十分も歩くと足腰が痛くなってきた。運動不足は辛いでやんす。

 そしてそんな時に限って、町内会長とエンカウントした。

 走って逃げますか?

 >はい

 体力が足りません。追いつかれてしまいました。



「やあ、こりゃあ珍しい。ギブソンの坊ちゃんじゃあなかですか」



 たったそれだけで、HPがごっそり削られる。彼の攻撃に、いやただ喋り掛けられただけなのに、このおじーちゃんは魔族か何かか?



「こ、こ、こんにちは」



 引きニートに世間話のスキルなどありはしない。しかし百戦錬磨の町内会長は沈黙すら許さない。



「しばらくですねえ、元気そうで何よりですわ。魔導治療院があげな事になってしもーてから、ずーっと心配しとったんですえ? お屋敷もあんなんなっちゃって。今どないしとるんです?」


「えぇ、まあなんとか」


「何か(わっし)に出来る事があったら、何でも言うて下さいよ? こう見えてもギブさんのお家にはようくお世話になったんだから。

 国に仕える治療術師の先生が教えを請いに訪れるくらい偉い人なのに、こんな辺鄙な場所に住んで(あっし)らみたいな田舎(もん)も見捨てんとしっかり治してくれる、本当に尊敬できる人でしたからねぇ」



 もうやめてあげて! 俺のライフはとっくにゼロよ!

 何も返答出来ないニートの俺に、町内会長は追撃の手を緩めない。



「坊ちゃんも今は辛いでしょうが、いや気持ちが分かるなんて言うつもりはないんでがす。ですがいつかそれを乗り越えて、真っ当に……いやごめんなさい、口が過ぎましたな。老い先短いジジイの戯れ言と思って下さい」



 オーバーキル!

 

 彼の話の、半分も頭に入れないように拒否する結界を心に張っていた。だがその絶対恐怖領域をやすやすと超えて、声は俺を貫いてくる。

 彼は俺の避け続けている現実そのものだった。

 そう、両親は自殺したのだ。穀潰しの糞ゴミニートに耐えかねて、遺書を残して頸を括った。

 真っ当に、生きてないのは分かってる。でも仕方がないじゃない。

 燃え尽きたように白目を剥く俺に、駄目押しの一言。



「早いもんですわ。もう十年近く経つんですからねえ」



 俺は挨拶もそこそこに、逃げるようにしてその場を後にした。

 ローブの下の自由な筈の奴が、もうすっかり縮み上がっていた。それはHPが回復するまで暫くそのままだった。


 で、川辺で遊んでいたゾンビをやっと見つけて家まで引っ張って行った。



「おい、そっちじゃないぞ」

「うー」



 放し飼いの犬の散歩みたいでかわいい。

 さすがに昼日中からリードや首輪なんて付けられない。そんなプレイ、逆に俺がイタいわ。

 裸エプロンならぬ裸ローブの俺がそれを言うのもなんだが。



「俺がご主人様なんだからな、ちゃんと言う事聞くんだぞ」



 そんな台詞だって人には聞かせられない。

 しかし臭いな、屍鑞にでもしとけばよかった。次回作にご期待だな、うん。こいつは使い捨てでいこう。


 ええと確か血抜きして、一週間ほど塩漬け。壺などで冷暗所に保存。好きなハーブを混ぜてもいいし、亜硝酸を入れると色付きがいい。

 熟成したら塩抜きして乾燥。

 ってこれほとんど干し肉の作り方だな。ハムやベーコンも似たようなものだ。ソーセージなら余った肉をミンチして腸に詰めるだけ。

 そう厳密には糞出しか内臓除去をしないと腐りやすいんだが、別に酒に漬ける訳でもない。魔道川賞作家ポッターメガネ・ザ・ブロウ先生の短編でもあるまいし。

 しっかり魔道ラップして肉を空気に触れさせない事が大事。小さい部位なら魔道ジップロックでもイケる。

 栄光の手(ハンドオブグローリー)のレシピもほぼ一緒だったはずなんだが?


 手頃でイキのいい奴が手に入るのは、次はいつになるだろう。

 しまったちゃんと薬師になっていれば献体だって楽に手に入ったかもしれないな。

 後の祭りか。

 まてよ、職安(ギルド)でそんなミッション(アルバイト)でも探せばいいのか? いやだギルドこわいよ。受付のおっさんこわい。この空白期間は何を? とか言われちゃうよ。やだやだ。


 とか言ってる間に屋敷に着いた。



「ちょっと待ってろ」



 家に入る前に、庭で防臭のバフを掛けてやる事にした。

 佇むゾンビの周りを五芒星(ペンタグラム)に囲んでお香を並べる。



「魔の深淵より出でし永遠の炎よ、煉獄の業火よ。いまこそお前の燃え滾る灼熱にて此れなる世界全てを燃えつくさん! さあ!」



 呪文を唱えると指先にマッチ程の焔が(とも)る。やった、一回で成功だ。今日はツイている。魔法技術とは何とも便利なものだ。

 風で消えないように細心の注意を払って、円錐(コーン)状のお香に着火する。


 門前の小僧でもないが曲がりなりにも薬師の末裔(俺で確実に途絶えるけどな)なので、インセンスには多少詳しい。伽羅や沈香、白檀だとか成仏してしまいそうなものは避け(だって高価いし)、お気に入りのオピウムを使う。勿論ナチュラルの採集ものを天孫で取り寄せた奴だ。甘い匂いが漂う。

 そのまま、しばらく焚きつけて定着させる。

 ゾンビは煙の中でうーあー喚いているが魔法陣の拘束を解く力もない。

 屍蠟はもう手遅れなので、薫製だ。

 この方針で多少は保つし、臭いもマシになるだろう。

 


 ※



 けむい。


 気持ちわるいおじさんにつかまった。

 さいあく。






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