寒色を愛す
「何て言うか、全体的に暗いのよね」
「はぁ。でも、性格なので」
のんびりと頷けば「誰が性格の話をしてるのよ!」と怒られてしまう。
軽い冗談なんだけどなぁ。
ぽりぽりと頭を掻きながら、暗い、と評価を下された絵を見る。
こればっかりはどうしようもないんだよな、なんて諦めているところがあるけれど、周りはそんな風に見てくれないらしい。
なんて面倒くさいんだろう。
「元々、暖色って苦手なんですよね」
美術部部長で自分にとって先輩でもあるその人を、横目で見上げれば、大きな深い溜息を吐かれる。
気持ちは分からなくない。
今までにも、何度も何度も受けて来た指摘だ。
それを直してこなかったのは、他でもない私であり、直せるだけの実力がないのも事実。
中学の頃から、使う色は寒色ばかり。
青や緑や黒や白と言った、全体的に綺麗にまとめられる冷たい色合い。
そのせいか暖色が苦手だ。
暖かくて柔らかくまとめられない。
何より色が綺麗に出なくて、全体的に発色が悪くて見れたもんじゃない。
そのことを先輩は分かっている。
実際に描いて見せた時の、あの渋い顔は今でも鮮明に思い出せた。
何でそうなる、とでも言いたげな顔に、私は薄っぺらい苦笑を浮かべることしか出来なかったけれど。
「寒色でまとめると、どうしても全体的に暗くなるじゃないですか。そう言う色ですし。でも、その分暖色には出せない神秘的な美しさがありますし」
「つまり何が言いたい?」
キリッ、と目を釣り上げた先輩が私を見る。
私は髪を乱すように掻きながら、言っていいものかと口の中で言葉を転がした。
「まぁ、つまり、私は寒色が好きです」
結果として、舌の上で転がった言葉は、ポロリと音を立てて出て来てしまった。
当然先輩は顔を顰める。
だから、言うべきか迷っていたのだけれど。
私は顔を顰めた先輩から視線を逸らし、絵を見る。
同じように先程も見たが、相変わらず寒々しい色をしたキャンバスだ。
自分で描いておいてなんだが、ある意味自己主張の激しい絵だと思う。
全体的に使用している色は青。
寒色の中でも好きな色だ。
その青は、真っ白だったはずのキャンバスを、真っ青に染め上げて、また別の色を重ねられている。
ミルフィーユみたいに色を重ねられて完成したそれは、私の作品。
私の子供みたいなものだ。
「絵って性格も出ますし」
仕方ないんですよ、という言葉は飲み込む。
口の中で転がしていたって、飴じゃないから美味しくないし、消えてなくなることはない。
むしろふとした瞬間に溢れ落ちて、先輩の機嫌を更にそこねていくことだろう。
絵を描けるだけで幸せを感じる。
ぶっちゃけた話をすれば、絵を描くこと以外には特に執着などを見せない。
つまりは絵を描ければそれでいいのだ。
絵は性格も出る。
先輩はお母さん気質で、面倒見がいい人だから、私には描けないような暖かくて柔らかい、暖色の生きた絵が描けるのだ。
反して私は、絵以外に興味を示さない、描けるならそれでいい、割り切ったために、寒々しい綺麗としてだけまとめられた絵。
とどのつまりはそう言う事だ。
「……綺麗なんだけどね」
「それはどうも」
ぺこん、と頭を一つ下げる。
曲線を大いに使った今回の絵は、水面のように柔らかな儚い脆さを出した。
兎に角触れたら壊れるような、そんな絵。
それを綺麗と言われて、不服に思うなんてことはないだろう。
むしろ有難い評価だ。
それにしても性格の部分は突っ込まないな、先輩。
気を使って言わないんだろうが、それが一番使っちゃいけない気の回し方な気もする。
ふぅ、と軽く息を吐き出して、制服が汚れないように、としていたエプロンを外す。
「アンタの絵は、海に沈みながら描いてるみたいよね」
それは一体どういう意味か。
そのままの意味で、青い世界を見ながら描いているような作品なのか。
それとも性格を含めて、沈んでいく寂しい一緒に落ちていく作品なのか。
別にどっちでもいいし、もしかしたら先輩は両方の意味で言っているのかも知れない。
カツン、と軽く蹴ってしまった何かに視線を落とせば、内容量が全然減らない赤い絵の具。
寒色になら沈んでいける。
暖色は燃やされそうで、少し、怖い。
拾い上げた赤い絵の具が、その内容量を失うのはいつになるんだろうか。