君のために
いつも通りの朝
いつも通りの放課後
いつも通りの帰り道
変わらない日常のはずだった。
だけどそう思っていた俺をあざ笑うかのように俺の隣を歩く彼女は死んだ。
道路側を歩く彼女・・・ユキは俺に優しい笑みを向け、そのまま暴走車にはねられて死んだ。
あまりにも突然のことで何が起こったのか分からなかったが暴走車が電柱にぶつかる音で我に返った。
横たわるユキのもとへ駆け寄り、何度も叫んだ。
「死ぬなユキ、死なないでくれ!」
何度も繰り返し叫んだ。
ユキの後頭部から流れ出た血が俺の手を真っ赤に染め、それでもまだあふれる血が地面を赤く染め上げていく。
頭では理解していた。救急車を呼ぶべきであるということを。
だが、俺は叫ぶのをやめることはできなかった。
叫ぶことをやめた瞬間にユキが離れて行ってしまう気がしたから…
「・・・・ヒロ・・キ・・・?」
「ユキ!」
弱弱しくかすれるような声で俺の名前を呼ぶユキ。
だが今にも消えてしまいそうなほどに儚げなユキの姿にやりきれなくなる。
俺はユキをなんで助けられなかった。
せめて俺が道路側を歩いてさえいればこんなことにはならなかったかもしれない。
もしかしたら、もしかしたら。
そう考えれば考えるほど思ってしまう。
手遅れだということが分かっていても
『やり直したい』
「・・・・・・・・」
ユキが小さな声で何かつぶやいた。
ユキが何かを伝えようとしている。そう感じた俺はユキの口元に耳を近づけた。
そして・・・・
「******」
ユキの声を聴いた瞬間、俺の体が浮き上がるような感覚とともに意識が遠のいていった。
「・・・・・キ・・・・・ロキ!」
声が・・・聞こえる。
いつも聞いているあいつの声が。
「痛ってぇ!」
女の力とは思えないほどに強烈な一発で起こされる。
「もう放課後だよ、いつまで寝てんのよ」
「え、な、お、お前なんで生きて」
俺を暴力的な方法で起こしたのは俺の彼女であり、ついさっきまで死にかけで俺の前に倒れていたはずの・・・ユキだった。
「まだ目が覚めてないのかな?もう一発いっとく?」
「い、いや、結構です!」
殴られそうだったのでやめたがどういうことだ。
夢?さっきのが夢だったっていうのか。
いや、夢にしてはあまりにもリアルだった。
血の匂い、真っ赤に染まった俺の手、少しずつ冷たくなっていくユキの体。
全てをしっかりと覚えている。
まさかと思い教室の前方にあるありきたりの日めくりカレンダーを見る。
夢の中と同じ日付だった。
正夢?それとも時間が戻った?どちらでもいい。
これはチャンスだ。やり直したいと願った俺に訪れたこれ以上ないほどのチャンス。
「なあ、今日さぁ帰りにファミレスにでもいかね?」
「え?いいけど、急になんで?」
「い、いや、ちょっと急にパフェが食いたくなってな」
「ふ~ん・・・・パフェねぇ」
「いいから行こうぜ」
ファミレスは俺たちの帰り道からはかなりの遠回りになるが、人通りも多いいし、何よりも夢に出た道を通らない。
もう、失敗はしない。
全ては無意味だった。
何をやっても無駄だった。
俺たちがファミレスで休んでいるとそのファミレスが強盗にあった。
幸い警察が早めに対処したおかげで事件は早々と解決した。
だが、その騒動の中で警察の見せしめとしてユキが殺された。
また俺は何もできなかった。
『やり直したい』
「・・・・・キ・・・・・ロキ!」
声が・・・聞こえる。
いつも聞いているあいつの声が。
「痛ってぇ!」
女の力とは思えないほどに強烈な一発で起こされる。
「もう放課後だよ、いつまで寝てんのよ」
「え、な、お、お前なんで生きて」
同じだ。さっきと全く同じ。
やっぱりあれは夢なんかじゃなかった。
今度こそ、今度こそユキを助けてみせる。
そこからはずっと地獄だった。
どうやってもユキは死ぬ。
そして、ユキが死ぬたびに俺は同じ時間に戻る。
俺がいるからユキが死ぬんじゃないかと思い、ユキの身代わりとなって死のうと何度も試した。だが、俺はユキと違ってどんなことをしても死ねなかった。
頸動脈を切った。電車の入ってくるホームに飛び降りた。学校の屋上から飛び降りた。
どれも死ねなかった。
だがユキは何度も俺の前で死につづけた。
ある時は逃走中の殺人犯にばったり会ってしまい刺されて死んだ。
ある時は立ち寄ったコンビニに車が突っ込んで押しつぶされて死んだ。
ある時は家の前で猟銃の手入れをしていたおじさんの手元が狂って暴発し、頭を撃ち抜かれて死んだ。
ある時は・・・・・・・
ある時は・・・・・・
ある時は・・・・・
もうどうすればいいかわからない。
いや、実際のところ一つだけ試していないことはある。
しかし、それだけは絶対にしたくない。
俺はユキが好きだ。何よりも大事に思っている。
だからこそこんな考えをしてしまう自分に怒りを覚える。
なぜならその残った可能性というのが・・・・・・・
*
わたしは薄れゆく意識の中で恐れていた。
このままわたしが死んだらヒロキは悲しんでくれるだろう。
だけど、いつかは前を向いて歩きだしてしまう。
私という存在が過去として記憶され、片隅へと追いやられてしまう。
そんなの嫌だ。
いつだってヒロキの中心にいたい。
私のことだけを考えて欲しい。
忘れることなんて・・・・許さない。
【おーおー、何とも見事なヤンデレだねぇ】
血が足りずぼんやりとする頭のなかに突然、声が響いた。
「あなたは・・・・だれ?」
【悪魔さ】
そいつは隠すことなくハッキリとつげた。
【今にも死にそうな君を不憫に思ってねぇ。どうだい?今回は僕の特別奉仕として願いを一つだけ叶えてあげようと思うんだけど?】
おとぎ話で聞くようなことが本当ならばこれで願いを言えば死んだ後のわたしの魂が狙いなのかもしれない。
だが、わたしはそんなことを考える間もなく願いを口に出していた。
偶然にもヒロキが耳を近づけたその時に・・・・
「わたしはヒロキに殺されて死にたい」
死ぬまでずっとヒロキにわたしを覚えていてもらう為にはそれしかなかった。。
わたしをヒロキが殺すことでわたしは罪悪感とともにヒロキの心の中心に永遠に残り続ける。
これこそが最高の形であるとしかわたしには思なかった。
そして、この願いは最悪の形で実現され、質は違えど互いに深く愛し合っていたがためにヒロキはユキを助けることのできる絶対にありえないその時を待ち続け、彼女・・・・ユキはヒロキが自分を殺してくれるのを待ち続ける。
この残酷な我慢比べに終わりは訪れることはない。
もしも、あったとしてもそれを知ることができるのは悪魔しかいない。




