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とある人魚姫の末路

作者: 秋兎

人魚姫、人魚姫。


貴女は幸福でしたか?


「あぁ、馬鹿らしい」


何を言ってるんだろうか私はただこの国に伝わるお伽話は哀しすぎて、それを毎日のように聞かされる私は気が滅入ってしまったのかもしれない。


「カノン、カノン……絵本読もぉ!」


キラキラと光る無垢な瞳をめいいっぱい向けてくるこの小さな子は、お姉ちゃんの子供。

この子は「人魚姫」が好きなのだ。あの悲恋とされる物語をーー。


「今日は会わないきゃいけない人がいるの……ごめんね」


頭を撫でながらかわいい姪から離れ、厚手のコートを羽織る。行くところは海。

今日は人魚姫が泡になった日、泡になった人魚姫は本当に消えてしまったのだろうか。

波の音が聞こえ始めると遠くに海が見えた。


「今日くらい晴れればいいのに」


雨の降りそうなこの分厚い雲は光を一つも入れない。

いつもは青い海も今日は暗くどこまでも引きずり込まれそうな雰囲気を出している。


人魚姫、人魚姫。

貴女は誰かを恨みますか?


波の荒い海に問い掛ける。不意に吹いた海風はとても冷たくて、身を震わせた。


「私も貴女も幸福なのかな」


初めて好きになった人だった。行き倒れた隣国のあの人をかくまい、私はあの人に会うために何もかもを捨て会いに行ったのにあの人は私のお姉ちゃんと結婚し、子供を産んだ。

枯れたはずの涙が沸き上がる。


「なんで?なんで………」


私じゃないの?

私も泡になって消えちゃえばよかったのに。そしたら、お姉ちゃんの子供を見ることもなかったのに。

自称気味に笑えば近くに気配を感じた。


「ねぇ、何やってるの?」


振り向けば知らない人が寂しそうに笑っている。


「ここにいるってことはわかるんじゃないんですか?」


彼女が泡になった日だと。じゃなきゃこんな日にこんな所には来ない。


「うん。わかってた……」


彼は優しく目尻を下げた瞳をこちらに向け、儚げに微笑んだ。

今日、海に来る理由を知る者は少ない。ずっと昔から長い間語り繋がれたというのに、この日を知る者はごくわずかである。

だってこれは前世を知る者達だけが知っているだろう日なのだから。


「人魚姫である『私』が死んだ日」


私は人魚姫……だった。


過去のことだけど、前世でも現世でも同じ過ちを繰り返した自分に溜め息しか出てこない。

それでも、私にはわからない。本当にあれは自分だったのか。

夢のように現れ消える記憶は曖昧なもので確証なんてない。けど、去年海にきたときに出会った老人は私の持つ記憶を話した瞬間「人魚姫」と呟いたのだ。

彼女は私なのかわからないが私は彼女の記憶を持っているのは確かだった。

思い出すだけできりりと締め付けられるほど悲しく愛おしい記憶は鮮明に焼き付いている。


「そういえば、貴方は誰だったのですか?」


この人も知っているということは関係者。


「忘れてしまいましたか?」


そういって微笑む彼を見た。

長身の彼は、柔らかそうなブロンズヘアーを肩近くまで伸ばしていて、整った顔には切れ目の瞳がどこまでも暗くそして蒼く光っている。鼻筋の通ったその顔はまるで大天使様の様に美しい。

王子様ではない。そんな気がした 。


「ごめんなさい。誰なのかわからないわ……」


頭を下げると彼は頭を撫でた。


「覚えてなくても仕方ありませんね……私の前世は女性ですから」


女性? 王子様の婚約者の方かしら? 考えるがそれも違う気がする。


「っ、」


考えていると彼は私の手を握り何処かに歩きだした。


「着いてきて下さい」


楽しそうに言う彼に私はただ着いて行く。しばらく手を引かれて行くと、見覚えのある場所に着く。


「到着。私が誰だかわかりました?」


笑う彼がいる場所はかつて魔女の家があった場所。私は口をパクパク開け、目を見開く。


「も、もしかしてアノ時の魔女なんですか⁉︎」


信じられない。だって魔女は死なない生き物だと思っていたし、こんな美形に生まれ変わっているとも思わなかった。


「そう。正解」


顔を綻ばせ、彼はまた私の頭を撫でた。この人撫でるのが好きなのかな? そんなことを思いつつ、気持ち良さに目をつぶり、人魚姫の記憶を探る。

魔女、かぁ……。そういえば顔を一度も見たことがなかった気がする。

いつも大きな帽子と真っ黒な洋服で素肌隠していたのでどんな人なのかもわからなかった。

でも……。


「声はあまり変わりませんね」


男とか女の人の高さの問題ではなく、声の質というのだろうか。とても艶めかしく魅力的な声。だけど魔女はそんな素敵な声を嫌っていた。美しかったのに……。


「うん。君もあまり変わってはいないね」


嬉しそうな声が聞こえ、私は思わず頬を緩めていた。

嬉しい、彼に褒められた気がして。

私はまだ撫で続けている彼を見て、優しく撫でる手に胸が高鳴っているのを感じた。


「あの……名前なんて言うんですか」


大きく脈打つ鼓動の音が聞こえてしまわぬように話を振る。

そこで、名前を聞いてないことに後から気がついた。


「ロイズ。君は?」

「カノンです」


かわいい名前だね、というと彼……ロイズさんは撫でるのをやめた。

どうしたのかな? 今まで笑ってたのに哀しそうな目をしている。


「ねぇ、カノン……君は私を恨んでいるかい?」


突然の質問に首を傾げた。

私がロイズさんを恨む?


「そんなわけないじゃないですか!ロイズさんは私を人間にしてくれたんですよ……むしろ感謝してます」


あの時の私には頼る人がいなかった。最初は魔女に頼るのはとても怖かった。けど、ちゃんと人間にしてくれて私は本当に嬉しかったのだ。


「感謝……?君は本当に変わらないね」


優しくロイズさんは私を抱きしめた。まるで大切なものを壊さぬようにするかのように。


「ロイズさん?」


そんな風に抱きしめられたら勘違いしてしまいそう……。


「君は私のとこに来たときも、怖いクセに絶対に目を逸らそうとはしなかった……声のことも受け入れて」


なんで? ロイズさん貴方は何故震えているのですか?

私はロイズさんの背中に手を回し力を込めた。


「最初は声のためだけだった……でも、そこまで君を動かした彼がどんな奴なのか気になって見てみれば、あいつは君を捨て、隣国の姫と結婚してた。」


あいつを殺せば戻って来れたのに。

ロイズさんの消えるような声に私は不謹慎にも嬉しく思えていた。そんな風に思ってくれたなんて。


「そうですね……でも、王子様を殺したあと一人海に戻るのが人魚姫は怖かったんだと思います」


周りに内緒で出ていってしまった人魚姫には戻る場所はなかった。

ロイズさんは私の言葉に抱きしめる力を強めた。その手は僅かに震えているようにも感じた。


「わかってたんだ……。声を奪って上手く行かないのなんて、でも君を殺したくなかった……」


そんなに責任を感じないで……。

ロイズさんは悪くない。今ならわかる人魚姫は、幸福でした。

帰る所のない私をこんなにも優しい人に心配してもらって。


「ロイズさんありがとう。こんなに想われてるんだから人魚姫は幸せ者ね」


泡になってしまったけれど、報われはしなかったけれど……。

私は幸福でした。

私を見てポロポロと涙を零し謝るロイズさんの涙をハンカチで優しく拭う。


「泣かないで下さい、私も人魚姫も貴方に会えてよかった」


ロイズさんのことが知りたい。

そして、人魚姫ではない私を知って欲しい。

貴方は私に笑いかけてくれますか?

私がまた帰る場所のなくなったとしても私のことを想ってくれるだろうか。

まだわからないけど、この海で貴方と巡り会えたのは偶然じゃないと信じたい。


御意見、感想があればよろしくお願いします。

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