ある夜の俺の物語
正直勘弁してほしい。ただでさえ体力無いのに。いや、それは直接的には関係ないんだけど。つーかそうじゃなくて!
――何なんだ、この状況は。
「こんにちは〜。あれ?元気ないですね〜。」
目の前にいるのは何だ。何て言えばいいんだろう。小さいおっさんが俺の目の前でちょこまかと動いている。よく童話とかに出てくる三頭身ぐらいの小人のような身形だ。大きさは丁度一リットルのペットボトルぐらいか?草の服に頭の上には赤い帽子をちょこんとのせている。丸く脂ぎった鼻にあごには触るとざりざりいいそうな青ひげ。服装だけ見ればベタな小人だが顔は汚い中年のおっさんのようだ。しかも子供の声でしゃべったりするもんだから妙に混乱する。
何だ?夢なのか?俺はまだ寝ぼけてんのか?俺は自分の部屋のベットに寝そべっていた。時計を見ると夜中の二時だ。二時?また嫌な時間だな。視線を戻すとおっさんは予想外な程接近していた。
「こんにちは〜。ボクのことわかりますか〜?」
鼻の毛穴まで見えそうなぐらい近い。つーかマジ近っ!!俺は叫びそうになって気付いた。
――声が、出ない。
声どころか身動きひとつできない。手や足を必死に動かそうとするもののピクリともしない。もしやこれが世に言う金縛り?自分で思って血の気が引く。
やばいって!!正直この手の心霊現象に出くわしたことは生まれてこのかた一度も無い。つーかあったらショック死してるって!
俺がパニクっている間にもおっさんはずっと俺に話し掛けてくる。
「こんにちは〜。大丈夫ですか〜?死んでるのかな〜?」
死んでねぇ!!俺は心の中で叫んだ。ああああぁぁああ〜、どうしよどうしよ。こういう場合ってどうすりゃいいんだ?ホラー映画だと…だいたい死んだり?…ないない。このおっさんにそういう類の恐怖心は感じない。もしかしたら普通に寝て朝起きたら何事もなかったかのようにいなくなってるかも。うん、何かそんな気がしてきた。落ち着いて眠ることに専念しよう。
「お〜い、まだできないのか〜?」
俺が眠りに就こうとしたその時、もう一人おっさんがやってきた。つーかまだいたのかよ。
「う〜ん、もしかしたらもう死んじゃったのかも〜。」
だから死んでねぇって!!あっでも死んだってことにしたら諦めて早く帰ってってくれるかな?じゃあ俺死んだってことで。あ?でもこいつらの目的って何だ?
「ウソ〜!?じゃあ早くしなくちゃ〜!!」
早く?
「そうだね〜。新鮮な方がいいもんね〜。」
新鮮?
何だかすごく嫌な予感をさせる単語が飛び交い始めた。俺の目は二人のおっさんに釘付けだ。一通り話し終えた所でおっさん達は俺から離れていった。
何なんだ?この流れ、やばくね?俺の中で唐突に恐怖心が湧き始めた。くそっ!!何で動かねぇんだよ、俺の体!!必死に動こうとするがビクともしない。やっぱ体力が無いからか!?いやいや、何でも体力のせいにしちゃいけない。いつぞや隣のクラスの女子に告ってフラれた時も体力が無いせいにしたがそんなのいいわけだ!つーか今はそんな話関係ねぇ!!
俺が頭の中でジタバタしているとおっさん達がベットに戻ってきた。しかもまた一人増えている。勘弁してくれよ。ふとおっさん達が何かを持ってきていることに気付いた。それは…
――…包丁。
俺は頭が真っ白になった。今までの思考は全て吹っ飛んでいた。おっさん達はニヤニヤと不敵な笑みを浮かべている。
「早く早く〜。」
「本当は生きたままが良かったんだけどな〜。」
「しょうがないよ〜。丸々一体あるだけでも大収穫だよ〜。」
――…俺、死ぬ。
心臓が早鐘のごとく高速スピードで脈を打つ。息も荒くなり空気が薄く感じる。百歩譲ってまだファンタジーの小人だと思えたおっさんも今となっては邪悪な生物にしか見えない。包丁がリアルな恐怖心を俺に与える。
もう俺は諦め始めていた。ここでこのおっさん達に食われて死ぬんだ。思い残すことは…いっぱいあるが、もう遅い。抵抗もできないこの状況。助かるはずがない。こんなことならオカルトサイトでも行って金縛りの解き方を調べておけばよかった。あっ、まだ読みかけの漫画あったな。明日見たいテレビあったのに。そういや、モテるかと思ってやり始めたギター。結局挫折して無駄に金使っただけだったな。今じゃただのインテリアだ。もうちょっとちゃんとやってれば良かった。家族やダチにも何も言えないままか…。つーか何より彼女を作っておくべきだった!俺はもっと青春を送りたかったんだ!!
突如俺の中に「生きたい」という気持ちがむくむくと芽生え始めてきた。
「さぁ〜、ディナーの始まりだよ〜。」
始まる!!俺はぎゅっと身構えた。おっさんが三人がかりで布団を俺の上から剥ぐ。そこには俺にとって予想外な光景が広がっていた。俺の体が動かないのは金縛りでも何でもなかった。ただ縄でぐるぐると縛り付けてあるだけだ。つまりガリバー状態ってわけだ。何だ超アナログだ。いや別に心霊現象がデジタルってわけでもないんだけど。でも、これなら俺にも何とかなるんじゃ…。俺は光を見出した気がした。
――俺は、生きるんだ…!!
まず右手に力を入れる。やはりビクともしないが、諦めるわけにはいかない!これは自分自身との戦いだ!体力の無い俺への試練なんだ!!信じるんだ!俺の筋力をっ!!
ぬおおおぉおぉおぉおぉおぉ…、と俺は声にならないうめき声をあげる。喉が空回っている感覚がある。今の俺はきっと少年漫画の主人公のようなオーラを放っていることだろう。そんな自分に軽く酔いしれる。負けてたまるかぁあぁぁぁぁぁ!!
「どわっしゃぁああぁあぁあぁぁぁぁぁあ!!!!」
俺の叫びが空に轟く。その瞬間俺の右手が縄を引きちぎった。やった!声も出るようになったぞ!しかしおっさん達は焦ることもなく喜んでいるようだ。
「やった〜。生きてた〜。」
「生きたまま食えるぞ〜。」
おっさん達は万歳をして飛び跳ねている。軽くダンスをしているようにも見えた。喜んでいられるのも今のうちだゼ!!俺は左手の縄も引きちぎった。そして両足を一気に引きちぎりジャンプしてベットの上に立ち上がる。
「ははははははっ!もうてめぇらの好きにはさせねぇかんな!!」
仁王立ちしながら高らかに笑う。ヒーローの復活だ!おっさん達は途端に慌てたようにバタバタと走り回る。
「大変だ〜。大変だ〜。」
その様子を見下すのはとても気分が良かった。今ならこいつらにも勝てる気がする。いや、でも相手は刃物を持っている。要注意だ。
俺はベットから飛び降り身構える。おっさん達が動きを止めこちらに視線を向けた。
「どうする〜?」
一人が他の二人に問い掛ける。
「殺すしかない!!」
二人は間髪入れずに答えた。その直接的な言葉に俺は一瞬たじろぐ。しかも声が明らかに低くなった。顔に似合った野太い声だ。
「殺せぇぇえぇぇぇぇぇぇえぇえっ!!」
三人のおっさんは一斉に俺に飛び掛かった。包丁を構えてものすごいスピードで飛んでくる。俺は寸での所でそれをかわした。しかし次の攻撃はすぐ飛んできた。三人が無雑作のように見せながら凄まじい連携プレイで俺を窓側に追い詰めていく。
このままじゃやられる!何か武器はないか!?俺は周りを見渡し武器になりそうなものを探す。暗闇の中、月明かりに照らされて俺の目に入ったのは…
――全く使ってないギター!!
しかしギターを取りに行くにはおっさん達が飛び交う中を通っていかなければならない。俺はチャンスを窺った。するとおっさん達が再度俺に一斉攻撃を仕掛けてきた。
「終わりだぁあぁぁぁあぁぁぁぁっ!!」
おっさん達の野太い声が響く。俺は隙をついておっさん達の下をスライディングして攻撃をかわした。おっさん達は驚いて後ろを振り返る。丁度三人窓の前に並んでいる。
チャンスだ!!俺はギターを手に取りそれを振り上げた。
――カキーンッ!!
「ぎゃぁぁぁあぁあぁぁぁっ!!」
ジャストミート!おっさん達は窓の外に飛んでいってみるみる小さくなる。漫画だったらもうそろそろ光る頃かな?文句なしのフルスウィング。俺はサヨナラホームランを打った気分になった。勝利した。俺は何かわからない謎のおっさん三人組に勝利したんだ!妙な達成感が俺の中にじわじわと湧き出す。今なら何でもできる気がするゼ。
しかしギターには今にも割れそうなひびが入っていた。ありがとうギター。おまえは無駄使いじゃなかった。この時の為に存在してくれてたんだな。俺はギターをそっと床に置く。窓の外からはうっすらと朝日が昇っていた。
――俺、生きてる…。
生を実感して俺は感動していた。生きているってすばらしい。俺の頬にはいつも間にか涙が流れていた。俺は今日この日をきっと忘れることはないだろう。
後日、俺は野球部に入部した。
女子マネージャーも可愛いし、充実した日々を送っている。
体力に自信が無いとはもう言わない。
俺は理想のソフトマッチョを手に入れるんだ!!
しかし、あのおっさん達はいったい何だったのだろうか。
未だに謎だがきっと知らない方が俺は幸せだろう。