* 6 *
自分の置かれていた状況を把握した僕は、周囲の反応にも納得して、ようやく静かになった早朝の病室で、ホッと一息ついていた。一番したいことは何か、と両親に尋ねられて、迷わず、パァルと二人きりにして欲しいと頼んだのだ。ずっと、言いたかった言葉を、言うために。
「パァル、ごめんね」
「……、」
「僕がお揃いの靴を履いていく約束、破ったのに、殴ってごめんね」
パァルは、ただ首を横に振って、また涙を零した。瞳からポロポロ零れ落ちる涙は、本当の真珠のように綺麗だ。でも、それは言わない。また、怒らせてしまうから。こんなに綺麗な顔なのに、それを褒められると途端に不機嫌になる。
窓から流れ込む風が、カーテンを揺らした。ほのかに香る金木犀が、優しく季節を教えてくれる。新学期が始まった日から今まで、ずっと眠っていたなんて、まだ信じられなかった。ついさっきまで、パァルと一緒にいたような気がする。彼がずっと、側にいてくれたからだろうか。学校が終わると毎日病院へ来て、僕に語りかけてくれたから。僕が忘れてしまわないように、小さい頃からの話を、ずっと聞かせてくれていた。そして、毎日の出来事も。
『星の砂の話は、本当だったんだよ』
『まるで夢みたいな景色だよ。蒼にも、見せてあげたいな』
夢にしては、あまりにも鮮明な記憶だった。ひんやりとした夜風が頬を撫でる、秋の浜辺。海水の冷たさや、小さな貝の手触り、星の砂が残す光の残像までもがよみがえった。その記憶の中で微笑む、美しい少年の姿を思い出し、目の前の親友と見比べてみる。
「星の砂を集めるの、すごく苦労したんだから。最初は、ステラと一緒に集め始めた。でも、あいつ、何度も容器を壊して……、クビにしてやった。それで、今度は一人で何ヶ月もかけて、やっと半分くらい集めたんだけど、今度はうっかり自分で落として壊しちゃって」
僕の脳裏には、砂浜から顔を出したツノガイが浮かんでいた。そして、この世の終わりみたいな顔をした、少年の顔も。
「でも、その次の日から、すごく運が良くなったんだ。ずっと天気も良くて、見つけた貝には全部、星の砂が入ってて……だから、すぐに、瓶は一杯になったよ」
まるで、誰かに手伝ってもらってるみたいだった。パァルはそう言って嬉しそうに笑う。僕も、嬉しくなって、笑った。
夢の中で出会ったパァルという名の少年のことは、黙っていよう。綺麗で、優しくて、まるでパァルの良いところばかりを集めたような少年だった。その理由が、今だから解る。きっと、眠っている僕の側では、あんなふうに優しい笑顔で、優しい声で、語りかけてくれたんだよね。言ったらきっと、怒るだろうけど。
僕は祖父から聞いた星の砂の話を、小学校に入ったばかりの頃に、パァルに話した。何故なら、パァルの可愛がっていた犬が病気で死んでしまって、彼まで、死んだようになっていたから。
『ねえパァル、一緒に星の砂を集めようよ』
『……そんなもので、生き返るはずないだろ?』
『やってみなきゃ解らないよ。夜に、貝を探しに行こう』
その約束は、実現しなかった。パァルの意地っ張りのせいではなくて、二人とも、夜中に外に出してもらうことができなかったのだ。パァルはそれっきり、ステラのことも星の砂のことも口にしなくなって、僕もその話題は避けるようになっていった。そんな悔しい過去があるにもかかわらず、僕のために星の砂のことを思い出してくれたのだ。
「僕の話を、覚えててくれたんだね」
喧嘩をしているときは、これほど腹の立つヤツはいないけれど、パァルは僕が知っている限り、一番優しくて、いいヤツだ。たとえば、普段、何気なく言った言葉も、気に留めて覚えていてくれる。
「そうだ、」
パァルは思い出したように、鞄から細長い箱を取り出し、僕に見せた。
「誕生日の、プレゼントだよ。何か解る?」
頷きながら、涙が零れた。中身は、見なくても解る。春休みに、一緒に買い物に行った時、欲しくても高くて買えなかった、万華鏡だ。
『海に住んでるんだから、貝殻なんて珍しくもないだろ』
諦めきれない僕に、パァルは素っ気なく言ったが、その万華鏡の中には色とりどりの貝殻が入れられていて、自然の作り出した色と光が何とも言えない神秘的な模様を描き、他のものとは一線を画していた。きっとパァルも、そう思っていたに違いない。
「僕が開けてあげる」
パァルはそう言ってプレゼントの包みを開け、万華鏡を取り出した。僕に見えるように、角度を調節して、
「どう? 綺麗?」
涙で何も見えなかったけれど、僕は大きく頷いた。




