* 1 *
僕はいつの間にか、夜の砂浜を歩いていた。潮の香りを含んだ秋風が、優しく頬を撫で、不意に何かを思い出しそうになる。そんな経験は、初めてではなかったが、いつも記憶は魚のように、指先をかすめて逃げ去った。それは多分、思い出さなくてはならない、重要な記憶。解っているけれど、留めておく術もなく、またその瞬間がやってくるのを待つしかなかった。
月明かりで和らいだ闇に、幾つもの光が見える。それは真珠色にも、星の蒼さにも見えて、見慣れた浅瀬が見たこともないほど幻想的に彩られていた。そして、いつからそこにいたのか、一人の少年の姿。歳は僕と同じくらいに見える。僕は引き寄せられるように、彼のほうへと近づいて行った。
「はぁ……」
何か透明な容器のようなものを手に、彼は大きく溜め息をついた。その落胆は相当なものに見て取れたが、僕に気付いて、今度は大袈裟に息を呑んだ。突然暗闇から現れて、驚いたのだろう。しかし、僕も、驚いた。凄く綺麗な、顔立ちだったから。その少女のような美貌に呆然と見とれていると、
「僕も運が悪いよね。ちょうどツノガイの上に、落とすなんてさ」
彼はそう言って、手にしていた硝子瓶を見せた。フラスコのような形のそれは、底がひび割れて、もう使い物にはならなくなっている。足元には、彼が言ったように、細長く尖ったツノガイが頭を出していた。その周囲の砂は、僅かに光っているようにも見えたが、時間が経つにつれ、他の砂と見分けがつかなくなった。
「何が、入ってたの?」
「星の砂」
僕は、目の前に一面に広がる幻想的な景色が、夢と現実の境界を曖昧にしてゆくのを感じていた。必要とする者にしか見えないと言われる、美しい二枚貝の存在は、祖父の作り話だとばかり思っていた。これが夢なのかどうかは、明日、目が覚めたらわかることなのだろうか。夢だったとしても、とっくに忘れかけていた祖父の話を、どうして今になって思い出したのだろう。自分に光る貝が見える理由に全く心当たりはなかったが、座り込んでしまった少年があまりにも気の毒で、
「良かったら、手伝うよ。二人のほうが、早いだろうから」
もしかしたら、彼を手伝うことが、自分の使命なのかも知れない。そうすれば、ずっと思い出せずにいる何かに、手が届くかも知れない。そんな気さえした。すると、彼は目に涙を浮かべて、頷く。幾分、大袈裟な気がして戸惑っていると、
「ありがとう。でも、今日はもう終わりにするよ。容器を、なくしちゃったから」
明日、また来るよ。そう言って、彼は姿を消した。




