プロローグ
幼い頃、漁師だった祖父から聞いた話がある。遠い所へ行ってしまった人を呼び戻す方法。海辺の街で生まれ、どれほども時間が経っていないのに、海へ遊びに行こう、と誘われても首を横に振るほど、海はつまらない場所になっていた。そんな僕に、ある日祖父が、誰にも内緒だと言って、不思議な話を教えてくれた。
『昔、漁師は、遠い遠い海まで、何ヶ月もかけて、大きな船で魚を捕りに出掛けて行った。大きなマグロや、カツオを捕るんだ。漁師が魚を捕っている間、陸に残された家族は、その帰りを毎日、心配しながら待ち続ける。魚はたくさん捕れただろうか。病気になっていないだろうか。元気で帰ってきてくれるだろうか』
昔は今のように通信手段もなく、家族はただ、祈りながら待つことしかできない。長い時は一年経って、ようやく待ちわびた船が戻ってきても、出掛けて行ったはずの家族の姿が、ないこともあった。海で病気になり、死んでしまったのだ。
ある時、大切な人を失った一人の若い女がいた。船が戻ったら、結婚する約束をしていた相手だった。何故か彼女はその日から毎晩、夜の浜辺に出掛けて行くようになった。雨が降っても構わずに、時には膝まで海水に浸かっていて、何かを探しているようなのだ。見かねた町の人が心配して声をかけたが、一向にやめる気配がない。彼女は、浅瀬に光る、小さな貝の姿を必死に探していたのだ。
『町の人は皆、そんな彼女の様子に、恋人に死なれて、頭がおかしくなったんだと噂した。それもそうだ。彼女にしか、その貝は見えてないんだから』
浅瀬に住み、幻想的に光る二枚貝。実際に光っているのは中に入っている「星の砂」と呼ばれる貝の卵で、細かい一粒一粒が、失われた時間とも、命とも言われる。必要としている者にしか、その姿を見ることはできず、集めれば、死んでしまった人にも再会できるのだと、その女は幼い頃に、漁師だった祖父から聞いて、知っていたのだ。
『光る貝は、この浜辺にずっと昔から住んでいるんだ。ただ、見えないだけだよ』
その言葉に、退屈で色褪せてしまった海の色が、徐々に鮮やかに見えてくる。
『ねえ、おじいちゃん。その女の人は男の人に、逢えたの?』
僕は尋ねた。
『逢えたさ。だから、おまえの父さんがいるんだよ? そして、おまえも』
幼かった僕にはその物語の結末が、よく解らなかったけれど、二人が逢えて良かった、と、笑った。そして、また、海で遊ぶのが好きになった。




