第八話 王都に到着しました
パカラ、パカラ、と馬の心地の良い足音を聞きながら、清田さんは物思いに耽りました。
何故ここへ来てしまったのか、魔術とは何なのか、自分は生きられるのか。
様々な心配事が清田さんを悩ませます。
そういった事を胸の内から除外しようとしても、一向に離れる気配を見せません。
そうして悩みながら暫くすると、地平線の向こうから何かが見えてきました。
清田さんが目を凝らすと、その様子にクリスが気が付いたのか、あれが王都だよ、と
微笑みながら教えました。
またまた暫くすると、目の前に王都が見えてきます。道路は先程までの土と石の混ざった
歩きにくい所とは違い、石の絨毯に敷き詰められていました。
きっとこの歩きにくい道路と石の絨毯の境目が、王都とサラル地帯との境目なのでしょう。
その境目を馬の後ろ足がひょいと越えました。
清田さんはようやく王都へ入ったのだな、と嬉しそうに片頬を上げます。
「ここが王都、アムスハウエルだよ」
「アムスハウエル」
クリスが王都の名前を言うと、清田さんはそれを復唱しました。
「ここからは馬が邪魔だから一旦降りようか、目立ちそうだもんね」
「分かりました」
そうして彼らが馬から降りると、馬はまたきゅるきゅると不快な音をたてながら消滅しました。
目線を遠くすると、石畳の広場があり、中央に大きな噴水がありました。
辺りはすっかり赤くなり、夕方といった所でしょうか。
石畳の広場には老夫婦と見られる人らや、甘い雰囲気を醸す恋人同士、
数えられる程度でしたが人数は多いようです。
もう家に帰ってしまったのでしょうか、子どもの数はやはり少ないようでした。
近くに目をやると、住宅と住宅との間には、狭い路地が広がっています。
元の世界と同じ様な、大きいゴミ箱やらゴミやらがそこに置かれていました。
周りにはハエが集っています。
レンガ造りの洒落た建物が規則正しく並んでおり、
観光地に来たかのような気持ちになってしまいそうです。
外には屋台が連なっていました。美味しそうな臭いが清田さんを刺激します。
石畳の広場へ近づくにつれて、あまり無かった人気も、和気藹々とした雰囲気に変わってゆきます。
筋骨隆々のお兄さんや、微笑むお姉さん、子ども連れの親、元気のある若者達。
様々な人達とすれ違うにつれ、清田さんに不安と期待がのしかかってきます。
ちゃんと生きられるのだろうか。独り立ちできるのだろうか。そう思いました。
そう思いながらやっとして広場へ辿りつくと、その一角の小さなベンチにクリスが清田さんを
呼び寄せました。
「これを着て」
クリスが清田さんに、緋色の布に刺繍が施されたローブを手渡しました。
「その格好は変わってるから、怪しまれるかもしれない」
クリスがそう言うと、清田さんはいそいそと制服の上からローブを被りました。
クリスが間を一つ置いて、口を開きました。
「保護院に行く前に、少し説明させて。時間があまりないから、手短に話すしかないけど」
「分かりました」
クリスの言葉に、清田さんは頷きます。
ですが、クリスが説明をしようとした瞬間、ある声が響きました。
「おーい!クリスー!久しぶりじゃないか!」
声がした方を清田さんが見ると、健康的な体型で程好く筋肉のついた、50代半ばのおじさんが
手を振っていました。頭は丁寧に刈り上げられ、少し乱雑に作り上げられた服が印象的です。
「お、そっちの嬢ちゃんは・・・」
どうやらおじさんの関心がこちらへと向いたようです。
途端に、クリスが清田さんに耳打ちをしました。
「このおっさん、話し出したら止まらないとんでもない人だから、私がおっさんの気を引いて
いる間に、貴女は保護院へ行って。ここの道を真っ直ぐいくと、すぐ見えてくるから。
そこの院長、時間に厳しい人だし、速く行かないと大変な事になるからね。」
クリスが道を指さすと、ハヤクイッテ、と声を出さずに口で指示をしました。
クリスの目に焦燥が浮かんだのを見て、清田さんは焦りながらもう一度おじさんの顔を
見ました。
おや?この人見た事ある人だ。
そう思ったのも矢先、清田さんはその思考を遮るように走り出しました。