第七話 小屋は落ち着きます
清田さんは小屋の中へと入りました。床が動くたびにぎしぎしと揺れ動きます。
一つの電灯に照らされ、テーブルと、二つの椅子しかない、簡素な小屋でした。
小屋の中で、何をされるのだろうと清田さんは不安気な表情を浮かばせます。
「こちらに座って」
女性は、片方の椅子を清田さんに薦め、自身も残りの椅子に座りました。
「急な事で吃驚したろう」
女性は、清田さんを労ります。
清田さんの頭の中には様々な疑問が浮かび上がっては消えてゆきます。
勇気を振り絞り、清田さんは女性に質問しました。
「あの、ここは何処なのでしょうか」
清田さんは、女性を怒らせないように、飽くまでも低姿勢で問いかけました。
何せ女性は銃を持っているので、いつ撃ち殺されても可笑しくありません。
清田さんは、こちらの世界から見れば、異世界の人なのです。
清田さんは改めて自分の立ち位置を理解しました。
「サラル地帯っていう所さ」
清田さんには、全く分からない地名です。
清田さんが、内心怯えながらありがとうございます、と言うと、女性は笑いました。
「怖がらなくていいよ。別に、変な事考えている訳じゃないし」
「それは良かった」
清田さんはほっと胸を撫で下ろしました。
「じゃあ、まず説明をさせていただきたい」
女性は、にっこりと清田さんに笑いかけました。
「 簡単に言うと、あのあたりに見知らぬ人間が居ると村人から言われたものだから、
私が派遣されて貴女を迎えに来た。」
女性は清田さんの格好を見て、ううんと呻りました。
「あなた、身寄りがなさそうだけど・・・家族はいるの?」
確かに、身寄りがなさそうだと思われても仕方ない格好をしています。
靴は泥に塗れ、スカートは所々破れているのですから。
「分かりません・・・」
そういうほかありませんでした。家族はいるけど、ここには居ない。
清田さんは答えたあと、やっぱりわたしは夢を見ているのだろうか、と考えました。
軽く手のひらをつねりましたが、やっぱり痛い。夢ではありません。
「深くは聞かないよ。人にはたくさん事情があるだろうから。
ともかく、あなたはこれから保護院へ入院してもらうことになるはずだ」
女性は微笑んで、清田さんを見つめました。
優しい、包容力のあるまなざしです。
「そうなんですか」
清田さんは、半分不安な気持ちになり、半分嬉しくもありました。
保護院というのだから、食料や衣服等のことは保障してくれるに違いありません。
それに、この世界の事もまだまだ知らない事は沢山あるでしょう。
「でも、これには条件がある。貴女は今幾つ?」
「15です」
「そう。残念だけど、15歳以上の少年少女が保護院に滞在できる期間は1年と決まっているんだ。
だから貴女は、1年を経つと保護院から出なきゃいけない。
そうでもしないと、保護院から人が溢れ出しちゃうしね。まあ、20を超えた人らは、
入院すら許されないんだけど。って、当たり前か」
そう言いながら、女性はフフフッと口に手を押さえながら笑いました。
これが異世界ジョークなのでしょうか。清田さんも苦笑いしながら答えます。
「そうなんですか・・・・・・」
清田さん視線を下に落としました。これから先の事を考え、清田さんは焦燥感に駆られました。
「色々大変だと思うけど、頑張らなくちゃならないね」
女性は、それに、と言葉を付け加えました。
「貴女の出生も気になる所だよ。言葉もよく分からないし、見たことも無い服を着てる。
しかも、言葉も違うみたい。どこの国の人?」
「・・・・・・ニホンです」
清田さんは言っていいのか悪いのか、迷いながら答えました。
「ニホン?聞いた事無いね。どうやって来たの?」
女性が困ったような笑みを浮かべました。
「それがよく分からないんです」
清田さんも困ったように頭を掻きました。
「そう。じゃあ、お名前は?」
女性が強い眼差しで清田さんを見つめます。
「キヨタです。名字は、アベです。阿部清田と言います」
「アベキヨタか。覚えやすそうないい名前だね。じゃあ、キヨタって呼ぶね」
フフフ、と女性は口を押さえて笑いました。
「あ、ついでに自己紹介をさせて。私は、クリスって言います」
「クリスさん、よろしくお願いします」
清田さんが深く頭を下げると、クリスがまたフフフっと笑いました。
「こちらこそ、よろしくね、キヨタ」
クリスが手を差し伸べると、清田さんが嬉しそうにその手を掴みました。
あ、と、クリスが何かを思い出したように声をあげます。
「魔術の事を説明するのを忘れてた。キヨタは魔術について知ってそうもないけど・・・・・・
まあ、あっちで何とかなるか」
問題を自己解決したクリスは、清田さんの手を力強く掴み、立ち上がらせました。
クリスは唐突に手で弧を描いて、煙を発生させたかと思うと、小屋の外にこれまた立派な馬を
出現させました。
「とりあえず、魔物が来ると嫌だし王都へ出発しようか。距離が近いのが幸運だね」
クリスと清田さんは馬に乗って駆け始めました。