第二十二話 おすそ分け
「わー!なにこれ!キヨタ、どこから持ってきたの?」
イシュゲルは清田さんが持って来た大きな生肉を見てそう言いまた。清田さんは門限直前に、大きな生肉を肩に担ぎながら保護院の門へと駆けてきたのです。周りの子どもたちも、初めて見る大きな生肉に疑問の声を隠すことが出来ません。
清田さんは近頃、朝働きに出て門限直前に帰ってくるという生活を送り続けていました。なのでイシュゲルも特に意識せず、他の子どもたちを自室へ向かわせながら今日も清田さんを出迎えたのですが。
「山で狩りに同行させてもらって。戴きました。」
良かったら皆さんで召し上がってください、と清田さんはにこにこしながらイシュゲルに微笑みかけています。
「ええっ?!狩り?!貰った?!」
イシュゲルは驚きを隠すことが出来ませんでした。
狩りは、か弱い人間が行くところではありません。
魔術を少し使えるようになったとしても、です。
清田さんのような人間は、じきすぐに命を落としてしまうことでしょう。
「はい。獣人の方に狩りを教えて貰っていたんです」
「は、はぁ······」
晴れやかに言う清田さんとは裏腹に、イシュゲルは頭を抱えます。
獣人と人間の関係は、実は良好ではありません。
獣人は名の通り獣と人と間の子。社会から穢れとして忌み嫌われている存在なのです。
もちろん、"真の穢れ"とされる魔物ほどではありません。
獣人は人間の10倍の力を持つと言われています。
隣国がその力を危惧し、浄化と称して掃討作戦に出たのはそう遠い昔の話ではありません。
なぜ清田さんがそんな獣人たちと関わりを持てているのか、意味が分かりませんでした。獣人は人から姿を隠し、人もまた獣人を避ける。そんな社会が、出来上がりつつあるのです。
獣人鑑賞を趣味とする一部マニアからも、失意の声があがっています。
「獣人と働ける仕事って、一体どこで見つけてくるんだか···」
「就職案内所です」
清田さんは即答します。
「キヨタ、よりにもよってそんなところで···」
イシュゲルはさらに頭を抱えました。
劣悪な仕事紹介で有名な就職案内所。誰でも働けますが、リスクが大きい仕事しか紹介しないことで有名です。
保護師として、そんな危険な場所に子どもを送り出す訳にはいきません。
「キヨタには、ちょーっとお勉強が必要みたいね」
いたずらっぽくイシュゲルが言いました。しかし、その顔には少しの焦燥が混じっています。
「明日から授業に出なさい!この国、社会のこと、色々学んで貰わないとね!」
授業という言葉に清田さんは顔をしかめながら、素直に頷きました。
「ありがとうねキヨタ!こんな大きな生肉があれば、皆の一食分はゆうに賄えるわ!ヨルダン先生にも伝えておくわね!でも、危ないことはしないでね、命だけは···」
命だけは帰ってこないから。イシュゲルが飲み込んだ言葉の先を、清田さんは簡単に読み取ることが出来ました。
こんなに心配してもらって、申し訳ない。
やっぱり早く、自立しなきゃ。
清田さんはもっともっと成長したい、と強く思ったのでした。
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