第二十話 事情を知りましょう
ご覧いただきありがとうございます。
「やあ、お嬢ちゃん。今日も来たね」
「お世話になります」
ここは就職案内所。
日雇いの案件を主に扱う人材派遣施設です。
清田さん以外にも、大剣を持った屈強な男や、体をローブで覆った得体の知れない人間、個性溢れる人々がここへ集まっていました。
そんな場所に、清田さんは毎日足繁く通っています。
もちろん、タントさんの元で働いているのです。
魔術を駆使した労働、鍛錬にも繋がるし、お金も稼げる。
これほどまでにためになる仕事はありません。
「今日もあの獣人とこで働きたいのかい?」
物好きだなあ。案内所のおじさんはそう笑って清田さんの腕に刻印をします。
この刻印が勤怠時間を記録し、働いた証明となるのです。
「今日の仕事は材木運びじゃないみたいだ、大丈夫かな?」
「大丈夫です」
清田さんは、わりと何も考えずに即答する性格です。
ここは子どもが来るような場所じゃないんだけど、と小さくおじさんは呟いて、今日も清田さんを見送りました。
*
「おねーちゃん!おかえりなさい!」
「ただいま!ウリプルス」
何回かの労働を通して、獣人の子とはすっかり打ち解けていました。
休み時間には追いかけっこをしたり、砂遊びをしたり、ひっぱりあったり、まるで姉弟のようです。
魔術のおかげで、清田さんは頼りになる存在になっていました。
「キヨタ、聞いているかもしれないが、今日の仕事は大変だ。帰ってもいいぞ」
タントさんからも名前で呼ばれるほど、清田さんと一家の距離は縮まっています。
タントさんは、清田さんをじっと見て言いました。
「狩りだ」
一瞬清田さんの時間が止まりました。
何を狩る?狩りって何するの?そんな疑問が清田さんの頭の中を錯綜します。
「やります」
何度も言いますが、清田さんはあまり考えずに即答する性格です。
清田さんたちは獣道を登っています。
木漏れ日が心地よく、さわやかな風が木々を巡ります。
タントさんの奥さんは家に、タントさんとウリプルスが清田さんと一緒に狩りに出かけています。
「キヨタ、確認するが、魔物って知ってるよな?」
険しい道を登りながら、タントさんが清田さんに問いかけます。
「ええっと、あまりよく知りません···」
清田さんは答えました。
山の中には不思議な姿をした生物がうごめいていますが、それらが魔物なのか、何なのか分かりませんでした。
「えー!キヨタ、知らないのー!そしたらボクのがかしこいねえ!」
「キヨタ、一体どこで暮らしてたんだ···」
ウリプルスとタントさんは口々に述べました。
やはり、清田さんの出生は獣人からみても謎なようです。
獣道はだんだんと岩肌が目立ち、気配もいっそう暗くなってきています。
「魔物っていうのは、今このあたりにいる生き物たちの事を言う。たとえば、こんなやつだ」
タントさんはおもむろに生えている気を揺らします。
揺らすと、何やら不思議な生物が振り落とされてきました。
それは暗い紫色で、表面にはツヤがあります。頭部は六角形、胴体は四角形で角ばっています。
ぶつかったら痛そうです。足は10本以上でしょうか、線のように細くうごめいていました。
「あわわわ」
清田さんはその姿を見て、全身の毛がよだつ思いでした。
恐ろしい、そんな言葉を飲み込んで、その魔物を見つめます。
魔物はこちらに攻撃はしてきませんでした。
ただ、うごめいているのみ。
「これを、こうするんだ」
タントさんは上げた拳をその魔物に向かって勢いよく振り下ろしました。
魔物の胴体がいとも簡単にひしゃげます。
するとどうでしょう。
魔物は少しの間苦しげに足を動かした後、その形を失い、黒く霧散したのです。
黒い霧となって消えた後、魔物が居たはずの所には、なにか物が置かれています。
「これが魔物が遺す報奨と呼ばれるものなんだ。食べ物だったり、装備品だったり、布地だったり…色々あるんだよ」
そう言いながらタントさんは報奨を手にしました。
「これは回復薬だな。傷を癒やすのに使える」
赤い液体が入った瓶を持ち上げて、そう言いました。
全く意味が分かりません。魔物が消えて、物に代わるなんて。
まるで、ゲームの世界みたいだ、と清田さんは思いました。
「消えた魔物はどうなるんですか?」
清田さんはふとした疑問を投げかけます。
清田さんにとって先ほどの魔物は、攻撃すらしてこない、倒す必要の無い魔物のように感じたのです。
「魔物は"真の穢れ"だ。倒すと霧になって天に消えるだろう?天で神が魂を浄化して真当な生き物に生き返らせてくれるんだ。魔物たちにとっても、それが最善なんだよ」
「なるほど···」
あまり理解は出来ていませんが、清田さんはそう返事をしました。
暗く、重苦しい山奥へ足を進めると、
さわやかな風は体を刺すような強い風に代わっていきます。
清田さんは自分の拍動がだんだんと早くなるのを感じました。
木々の擦れや、日の光に落とされる深い影を見て恐怖を感じる清田さんなのでした。