第十七話 イシュゲルと少年
「キヨタ····起きて!起きて!」
清田さんは強く体を揺さぶられ、はっと目を覚ましました。
くせのある赤い髪に、そばかすのある白い肌の女性____イシュゲルがこちらを心配そうに覗き込んでいます。
ここは清田さんの部屋。視界には天井と、イシュゲルの姿。
どうやら、仰向けになって眠ってしまっていたようです。
部屋の扉付近には、なにやら一つの人影が見えます。
「おはようございます···私は何を···?」
清田さんの眠りは深かったのか、口周りにはよだれが垂れています。
そんな清田さんを見て、イシュゲルがぷっと笑いました。
「はぁ、良かった」
清田さんは自室の床でぐっすりと寝ていました。
どうやら、椅子から落ちてしまっていたようです。
「昨日から姿を見せないから心配で覗きに来たのよ。来てみたら倒れてるし、何かのイタズラかと思ったわ」
イシュゲルはいたずらっぽく笑って清田さんを小突きました。
「ご迷惑をおかけしました」
清田さんは困ったように頭を掻いて笑います。
外を見てみれば、さんさんと朝日が照りつけて、運動場からの歓声も聞こえなくなっていました。
「もしかして、朝ですか····?」
「そうよ、まさかずっと寝ていた訳じゃないわよね?」
そのまさかです、と清田さんは恥ずかしそうに顔を赤くしながら言いました。
清田さんはイシュゲルに手短に話しました。
獣人と呼ばれる人の元で初めて働いたこと、昨日魔術の練習をしてからすっかり眠ってしまったこと。
「分からないことばかりで···」
「そう。随分貴重な経験をしているわね。獣人に会えるなんてなかなかないことよ。それにもう魔力を扱ってるなんてね」
目を丸くしてイシュゲルは言います。
「なおさら連れてきて良かったわ!こっちへいらっしゃい、ラーヴェ!」
にこにこ笑ってイシュゲルが後ろを振り向きました。
「·····はい」
不貞腐れた少年の声が聞こえます。
そこには、清田さんと同じくらいの背丈をした少年の姿がありました。
灰色がかった白い髪に縹色の瞳。
幼げな顔つきですが、体にはところどころ擦り傷をつけ、何やら陰鬱な雰囲気を漂わせています。
「あ、こんにちは」
清田さんは緊張しながら笑いかけます。
なにせ、コミュニケーションは苦手なのです。
「·········どうも」
長い沈黙の後、ぽつりと少年が呟きました。
鋭い眼光が清田さんを捉えます。
清田さんは、その瞬間びっくりして心臓を突かれたような感覚に陥りました。
「ごめんね、この子。人付き合いがあまり得意じゃなくって」
清田さんの驚いた表情に微笑みながら、イシュゲルが言います。
「この子はラーヴェ。あなたと同じ15歳。もう退院してるけど、もともとこの施設に居た子よ」
「今日はこっちに来たみたいで、同い年のキヨタなら仲良くなれると思って連れてきたの」
友達になってあげてね、と片目を瞑って可愛らしげに言うイシュゲルと相反して、ラーヴェは仏頂面を保ち続けています。
「ええっと、よろしくお願いします···」
果たして仲良くなれるのだろうか、清田さんは乾いた笑いを部屋に響かせるのでした。