第十四話 報酬を貰いましょう
「ひい」
清田さんは、苦しみの声をあげながら、丸太運びを懸命に行いました。
両腕は、疲れというよりも、痛みと熱さに支配されています。
足の疲れは思ったより気になりませんでしたが、これまで歩いてくる時に出来たのか、
擦り傷がとても目立っています。
「お疲れさん。嬢ちゃんの粘り強さには感心したよ」
タントさんは腕を組みながら、清田さんが丸太を運び終えるのを待っていました。
肩に担いだ丸太を、清田さんは滑り落とすように、資材置き場へと置きました。
これが最後の丸太です。今日の仕事は、これで終わりです。
「おねーちゃん。おそいよ!」
獣人の子は、不満の声をあげつつも、清田さんが顔を顰めるのをみて面白そうにしています。
「ほらほら、やめなさい。っフフフ」
女性は獣人の子に注意していますが、自身も口許に笑みが零れていました。
「いえ、ごめんなさい。人間の子が、こんな仕事をするなんて、珍しくって」
女性は弁解しますが、清田さんには全く聞こえていないどころか、会話の最初から
聞いていませんでした。
清田さんは息遣い粗くさせ、必死に呼吸を整えようとしています。
ドクドクと全身の血管が脈をうってくるような、不思議な感覚に支配されながら、
仕事とはこういうものなのかと清田さんは感じました。
「おつかれさん。これが報酬ね。今日はありがとう」
タントさんは、清田さんの調子が戻るまで待ち、報酬を手渡しました。
パラスカダス初代国王と書かれた紙幣と、恐らくその人物が彫られた貨幣が
清田さんの手に握られます。この世界の、お金という認識でよいのでしょう。
清田さんは、喜びと達成感溢れる目で、まじまじとそれらを見つめました。
「そんなに珍しいものかな」
タントさんは頭についている獣耳をひょこひょこさせながら、苦笑いしました。
「さあ、ウリプルス、ロー。もうそろそろ夜ご飯ですよ。帰りましょう。
お嬢さんも、今日はありがとう。助かりました」
女性は長い尻尾を振りながら、にこやかに笑いかけました。
「いえ、こちらこそありがとうございました」
清田さんもにこにこしながら返します。
清田さん達は家族の様にに笑い合って、お疲れ様と言葉を掛け合いました。
どうやらタントさん達と清田さんの間は、この仕事を通して大分縮まってくれたようでした。
「おねーちゃんは、何処に住んでるの?」
その証拠に、最初は清田さんを訝しんでいた獣人の子が、話しかけてくれるように
までになったのですから。
「ほら、お嬢さんも早く帰らなきゃならないんだから。ウリプルス」
女性は、ウリプルスと呼ばれた獣人の子を右肘で小さく小突きます。
「気をつけて帰ってくださいね」
「気をつけて帰りなよ」
「ばいばい」
三つの声が重なりました。
懐かしいような、悲しいような。
愛情溢れるタントさん一家は、清田さんとは正反対の方向へ向かって歩いていきます。
「さようなら」
タントさん達とまた会えるかは分かりません。
何せ、今清田さんは日雇い労働者の身。
明日またタントさんの所で働けるかなど、考えていても良くは巡ってこないものです。
山を獣道に沿って清田さんは降りていきます。
ふと頭上を見上げると、木と木の狭間から見えるものは、赤く照らされた空に
藍の色彩がじんわりと滲んできているところでした。
今は夕方で、周りも何とか見ることが出来ますが、もうすぐ視界は不自由なものになるでしょう。
辺りを見渡すと、まだ何らかの生物の気配はあるらしく、前方でも、背後でも
何かが動いているような、葉と葉の擦れる音がしています。
早く帰らないと、大変だ。
時間に厳しいというヨルダンが怒れば、何になるか、清田さんには想像がつきません。
山を降りれば、辺りはすっかり暗くなっています。
しかし建物や屋台からの光で、周りを充分に見渡せる程に、アムスハウエルは賑わって
いました。路上で酒を交し合う酔っ払いや、何だか物騒な剣を担いで歩く大男も、この
世の物とは思えない髪色をしている少女も、清田さんにとって当たり前の光景になって
きています。
清田さんは握り締められた、紙幣を見つめました。もちろん貨幣も握りこまれています。
これで、一体いくらぐらいなんだろう。
一つの疑問が沸きました。朝から夕方まで、半日働いて得たこのお金達は、一体どんな
食べ物や服やものを清田さんに恵んでくれるのでしょうか。
お金に向いていた目線を戻すと、道の両脇に隙間を埋め尽くすほどの屋台が並んでいます。
その屋台でしきられた道に、顔を赤くさせて呂律の回っていない大人や、
母親に食べ物をねだる子ども達が、流れるように歩いていました。
清田さんも何となくその道に入り込んで、香ってくる食べ物の匂いに、腹を唸らせました。
食べ物は、清田さんがテレビ番組で見た事のあるようなものから、食べるのには
憚られる程の派手な色をした奇抜なものまで、本当に様々です。
ぼーっとしながら清田さんが歩いていると、身に覚えのある匂いのする屋台が、
数歩先にありました。
「ミソルジ!味は好みにあうか知らないけど!体に良いよ!本当にね!」
ミソルジ、という言葉と聞いた途端、清田さんはアレと似ているな、とぼんやり思いました。
アレって、なんだっけ。
タンカの炙り物でもない。アレとは、なんだったっけ。
ああ、そうか、味噌汁か。
清田さんはニホンを思い出しました。
体は自然にミソルジを売る屋台へと向き、いつの間にか清田さんは石畳の広場で
ミソルジを有難げに啜っていたのでした。
これが、異世界での初めてのお買い物です。
清田さんの手元には、紙幣が残されていました。