第十一話 ほのぼのと暮らしましょう
清田さんはその後も、『こどものまじゅつ』を読んでいました。
二十ページ程しかない、薄く軽い本でしたが、それでもためになる事は載っています。
また、分かりやすく言葉が並べられているので、読むことも簡単でした。
魔術を使って、お湯を沸かしたり、傷を癒したり、雷を起こしたりと、
様々な事ができるそうです。
また、魔術を使えない人々もたくさん居るようですが、普通に生活は出来るとのことでした。
魔術なんて、本当にあるんだ。御伽噺みたいだな。
そう清田さんは何度考えたか分からない事を思って、軽く伸びをしました。
好奇心とは凄いもので、それから清田さんはまた、魔術の練習に励みました。
ですが、どうやっても本の一ページを動かせないままです。
これなら、手で動かした方が断然速いな。
清田さんにも飽きが見え、空から太陽がさんさんと照りつける時刻になりました。
本を閉じ、息を吐きます。
使えないのは当然だろうか。別の所から来たんだし。
そもそも何故私はここへ来たのだろう。
そんな考えの連鎖に巻き込まれ、暫く自室から動けずにいる清田さんなのでした。
*
ふと目を開けると空はもう暗く、子ども達の喚声も外から聞こえてきません。
あの後考えに老け、眠ってしまったようでした。
色々あったから疲れたのでしょう。その疲労が、まだまだ抜けていないようです。
腰を下ろしていた椅子から立ち上がると、部屋内を歩き回りました。
清田さんなりの眠気覚ましなのです。
「これから何するかな」
そう口に出してみて、清田さんは夜食を食べに行きました。
「美味しかった」
昼間にも食べた、魔獣タンカの炙り物は、清田さんのお気に入りメニューになりそうです。
そう思った途端、至れり尽くせりだなと思って、清田さんは何だか申し訳なくなりました。
食堂からはどこかから風が流れ込んできています。
その風に打たれて清田さんが暫くうっとりしていると、イシュゲルとヨルダンが二人で食堂
へと入ってきます。彼らもきっと、ここで食事をとっているのでしょう。
二人が清田さんに気づくと、にっこりとほほえんで声をかけてきました。
「あら、キヨタ。もう遅い時間よ。具合でも悪いの?」
眉を下げて、イシュゲルが視線を合わせます。
その視線に清田さんは、幼き日を思い出し、懐かしくなりました。
「って、キヨタは小さい子じゃないものね!ごめんごめん」
「いえ、かまいません」
隣に座っていいかしら、とイシュゲルが聞き、返事を聞くまでもなく清田さんの隣に座りました。
ヨルダンも、イシュゲルの隣に座ります。
「ここの生活はどう?」
とイシュゲルが清田さんに問いかけます。
イシュゲルの机には、先程清田さんが食べた、
魔獣タンカの炙り物がいつの間にか置かれていました。
不思議に思って見入っていると、これ人気メニューなの、とイシュゲルが微笑みます。
「不思議な感じです」
「まあ、それもそうじゃの」
ヨルダンの机にも、魔獣タンカの炙り物が置かれています。
「色々教えてあげられなくてごめんなさいね。ここ、人の出入りが激しくてね」
眉を下げながらイシュゲルが言いました。
「そうなんですか・・・・・・」
「今日も新しい子が二人、入ってきたわ」
「最近ここも賑わってきたのう。嬉しいのやら悲しいのやら」
ヨルダンが大きな溜息を吐きます。
「事情があるのよ」
イシュゲルがそれを見て苦笑しました。
「そういえば、キヨタは魔術使えるの?」
「分かりません。ここに来るまで魔術の存在を知らなくて・・・」
清田さんも同様に苦笑しました。
「あら、そうなの」
「魔術の存在を知らないとは、とんだ辺境に暮らしていたのじゃな」
「そうなんですかね・・・」
上の空になりながらも、会話は進んでいきます。
「魔術が使えると、いい仕事が見つかりやすいし、使えるなら練習したほうがいいわよ」
そういってイシュゲルが頷きました。
「まあ、そんなのを気にするのは、ここに慣れてからでいいじゃろう」
戸惑う事もあるじゃろうしな、とヨルダンが付け加えます。
暫く沈黙が続いた後、どこからか鐘の音が聞こえてきました。
消灯を伝える鐘でしょうか。子ども達の部屋からの光が、一瞬にして消え去ります。
「おっとこんな時間。良い子は黙って寝に行く時間じゃな。さあ帰りなさい」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
二人が微笑んで手を振ると、なんだか故郷を思い出して少し悲しくなる
清田さんなのでした。