第十話 一日目の朝です
朝の眩い日差しが、保護院を照らします。早朝です。
心地よい小鳥のさえずりと共に、清田さんは目を覚ましました。
久しぶりにゆっくり寝付けたという事もあり、清田さんの顔はどこかすっきりしています。
ベットから降り立ち、伸びをして一息つきました。
近くにあった、勉強机に座りました。
学生に戻ったようだ、と彼女は逡巡してから、ふうと息を吐いてベットに座ります。
暫くすると、イシュゲルが清田さんを起こしにやってきました。
どうやら彼女は、衣料の配給に来たようでした。
下着、シャツ、ズボン、といった機能性の良い服もここでは普及しているようでした。
ですが、何処か特徴的な服が沢山あり、新鮮味も感じられます。
イシュゲルが清田さんに、ある冊子を手渡しました。
清田さんが得体の知れない文字をじっくりと読むと、
頭の中にぼんやりと意味が浮かび上がってきました。
表紙には『ようこそ!保護院へ』と記されているようです。
どうやら保護院についての説明のようです。
「昨日の夜クリスから聞いたわ・・・・・・ニホンから来たんですってね。
どこにあるか分からないけど、凄く遠い所だと聞いたよ。無理しないで頑張ってね」
そう言って貰い、なんだか勇気が込み上げてくるような気がしました。
また、清田さんはクリスの所在についてイシュゲルに確認すると、
「私にはよく分からない。ごめんね。
何だか今はあなたみたいな人を保護しながら各地へ回っているらしいわ」
という想定外の返事が返ってきました。
「という事で、今は会えないけど、またしたら帰ってくると思うから。
こう見えても、知り合いなのよ?私達」
と付けたし、得意気な顔をしてみせました。
クリスが帰ってきたら絶対にお礼を言おう、と決心する清田さんなのでした。
「私も忙しいから、これでね」
保護院って手続きとかごたごたが無くてあっさりしてるなあ。
と清田さんは妙な顔をして頷きました。
イシュゲルが部屋から去ると、清田さんは貰った冊子に目を通しました。
意味の分からない文字の羅列が続いていますが、クリスのお蔭で何とか読むことができそうでした。
(ようこそ!保護院へ)
(ここには少し訳アリの子ども達が住んでいます)
(入寮する君、どうか心配しないで、安心して暮らしてください)
(基本的に、朝から夕方までは自由行動です)
(一階には浴場や食堂が完備されています。いつでも無料で利用できます)
(欲しいものが出来る時もあるでしょう。そういう時は、働いてお金を稼いでください)
(夜までには帰ってこないと、ヨルダン先生がとても怒ります)
(夜や昼には子ども向けの授業をしています)
(自由時間には、図書館で勉強したり、どこかで働いてくると良いでしょう)
(どこへ行くにしても、時間通りに帰ってきてさえすれば、一切咎めません)
冊子には、大きな文字で、それだけが書いてありました。
清田さんの胸の中には、やはり不安と期待がのし上がってきていました。
16になるまでには自立していないといけないから、働き先をどうにかして見つけないと。
そう使命感を感じて、保護院の小さな浴場を借りてから、清田さんは外へ繰り出しました。
外にはまだ朝早いのか、あまり人通りがありません。
イシュゲルに用意してもらった、シャツとズボンは、とても着心地が良かったので、
清田さんの足取りも弾むのでした。
保護院の前には、食堂や、武器店、鍛冶屋、文房具屋などが軒を連ねています。
まだ人は少ないですが、店自体は開いているようです。
早くここに順応したいと思った清田さんは、手始めに武器店へ入る事にしました。
武器店は、外からでも見えるように、入り口が大きく開放されていました。
まだ他の人は居ないようですが、主人が煙草を吹かしながら、剣の手入れをしています。
「いらっしゃい」
頭にタオルを巻いた、サイラム武器店の主人が、ぶっきらぼうにそう言いました。
「失礼します」
壁には、沢山の種類の剣が固定されています。中には、清田さんの身長をゆうに超えるような、
大剣も飾られていました。
清田さんが、今度は机に置かれた小剣に目を向けます。
途轍もないロマンを感じる。なんだか凄いなあ。そう清田さんは感嘆しました。
その他にも、弓やら槍やらが壁にかけられていました。
何となく雰囲気を掴んだ所で、清田さんはこっそりと立ち去りました。
昨日来た広場へ行くと、アムスハウエル図書館というものが見つかりました。
神殿のような造りで、とても神聖な雰囲気が漂っています。
石造りの階段を登って、中に入りました。扉は無く、風通しが良さそうです。
入った途端、清田さんはあんぐりと口を開けました。
見上げるほど高い本棚に、本が隙間無く敷き詰められています。
また天井には、繊細なタッチで翼の生えた人間が描かれていました。まるで天使のようです。
床は赤色の絨毯が広げられています。
明かりや窓は無いのに、天井からやんわりとした光が差し込んでいます。
そして、とにかく広いのが特徴としてありました。
「おはようございます」
そばに居た図書館の係員さんが、微笑みながら挨拶をします。
「あ、おはようございます」
清田さんも慌てて返しました。
中を見て回ると、料理本や、神話についての本、童話など多種多様な本があるようでした。
清田さんは、自分の興味のままに、『こどものまじゅつ』『わかりやすい魔物ずかん』
の二冊を手に取り、係員さんに頼んで借りる事に成功しました。
「30日後が期限ですので」
「分かりました」
無料で借りられて良かった。清田さんはそう思いました。
借りた二冊の本を抱え、清田さんは保護院に戻る事にしました。
お腹が空いてしまったのです。
最初外に出るときには、数人しかいませんでしたが、保護院の広場には子ども達が続々と
増えてきていました。
ヨルダンが子ども達に囲まれ、弄られているのを伺えます。
それを尻目にそそくさと清田さんは自室へ戻りました。
勉強机にその三冊を置くと、何だか清田さんは緊張してきました。
得体の知れないこの世界のことが、何か分かるかもしれません。
しかし、中身を見るのは後にして先に食堂へと向かいます。
ぐう、という腹の音が部屋内を響かせ、清田さんは恥ずかしくなるのでした。
食堂は、浴場よりもやや奥まったところにあるようでした。
イシュゲルに貰った冊子の通りに廊下を進むと、沢山の机と椅子が並んだ部屋に入る事が
できました。どうやらここが食堂のようです。
数十人の子ども達が、朝ご飯を食べています。
「あら、見ない顔だねえ。新しい子かい?」
中に入ると、すぐ横には厨房が置かれていました。
清田さんがはっとして厨房を見ると、にこやかに微笑むおばさんが調理の手を動かしながら
こちらを見ています。その他にも、何人かの女性が作業していました。
「はい。キヨタと言います」
「おや、よろしくねえ。ご注文は?」
清田さんが近くに掲げてあったメニュー表を見ると『魔獣タンカの炙り物』という
料理が目に留まったので、注文してみる事にしました。
「これは人気メニューなんだよ。目の付け所があるねえ」
おばさんが目を丸くして関心したように言いました。
部屋の隅に座ると、すぐさま料理が運ばれてきました。
出された料理は、焼肉と酷似しているものでした。
お洒落な皿に、肉と野菜が盛り付けられています。
味は塩辛く程好い甘みが効いていて、とても美味しいと思いました。
「ご馳走様でした」
あっという間に食べ終わって、清田さんは食堂を出ます。
部屋へと戻ると、清田さんは借りた二冊の中の一冊『こどものまじゅつ』を開きました。
どんどんと、読み進めていきました。
(魔術とは、魔力を使って行う術の事です)
(魔力は、様々な形にかわります)
(風をおこしたり、水を出したり、炎を起こしたり、何かを動かしたり)
(本をよんでいるあなたも、わくわくしてきましたか?)
(皆さんの体の中には、魔力があります)
(たとえそれが魔術となって形に出なくても、誰にでもあるものです)
(まずは、やってみましょう)
(息をすって・・・・・・)
清田さんは本を読むのを止め、目を閉じながら深呼吸をしました。
何でもいいから、魔術を使ってみたいと思いました。
精神を落ち着けます。目を開け、次のページへと読み進めました。
(簡単な物から挑戦します)
(この本を使いましょう)
(一ページ、魔術で捲ります)
(自分の体から出る魔力をイメージしてください)
(それが、本へとひろがってゆきます)
(想像してください)
清田さんは本に沿って、想像しました。自分の体から魔力が出てくるような気がしました。
それらが、束になって手になるイメージを進めていきます。
そうっと魔力が本に触れた様な気がしました。
清田さんは閉じていた目をゆっくりと開きます。
ふわ、と少しだけ、そのページが動いたような気がしました。
久しぶりに、清田さんは目に輝きを取り戻しました。