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滅びの銀河の少女と宇宙の旅人〜崩壊した世界で〜  作者: カイラ
轟く雷鳴、広がる蒼穹、再び巡る奇しき縁
PR
1/1

滅びは王たる骸から堕ちてきた

カクヨムからコピペしていく過程で、ちょっとだけ修正を入れて最後は同じように締めるのが難しい……!


 この世界に────本当の「楽園」は存在すると思う?

 もしどこかにあるのなら、たとえ一度きりでも、私はその光景をこの目で見てみたいわ。


 ただね、楽園という言葉は、人によってまるで意味が違うの。

 ある者にとっては、手の届かない幻想。またある者にとっては、決して叶わぬ願い。

 それは希望の形をしていながら、同時に絶望の影を映すもの。

 

 けれど────結局のところ、そんなものは幻にすぎないのよ。


 だって、その楽園は……もうとうの昔に崩壊(こわ)れてしまったのだから。

 ────音もなく崩れ落ちた、その残骸の上で、私たちは今を生きているの。






 湯気が静かに天井へ溶けていく。


 宇宙船ラピュータの浴室は、どこか落ち着かないほどに静かだった。

 循環水が微かに揺れる音だけが、時間の流れを教えてくれる。


 その湯船の中で────ウェルトロムは眠っていた。

 茶色の長い髪が水面に広がり、ゆっくりと揺れる。整った顔立ちは穏やかで、緊張の欠片も見当たらない。

 ただ一本、短く跳ねたアホ毛だけが、湯気の中で妙に主張していた。


「……………………」


 呼吸は静かで、規則正しい。

 遠い星を巡る旅の疲れが、ようやく体を離れたのかもしれない。


 ────ピッ。


 控えめな通知音。


「……っ」


 まぶたがわずかに動き、次の瞬間、ウェルトロムははっと目を開いた。


「……え?」


 状況を理解するまで、ほんの数秒。

 視界いっぱいに広がる白い蒸気と、少しぬるい水の感触。


「……あ、お風呂……」


 天井に表示されたホログラムに映る警告文。


【入浴時間:既定値超過】

【のぼせ防止のため、起床を推奨します】


「私、寝ちゃってたんだ……」


 思い出した途端、肩の力が抜ける。


 誰に聞かせるでもなく、そう呟いて、ふうっと息を吐いた。

 困ったように微笑むその表情には、どこか自分を許してしまう優しさが滲んでいる。


 湯船の縁に腕をかけ、天井を見上げる。

 センサーが反応した天井のホログラムは、警告画面から簡易投影された星空に映り変わっていた。

 本物ではないと分かっていても、不思議と心は落ち着いた。


「……あとで昨日の映画の続きでも観ようかな」


 そんな小さな予定を立て、少しだけ目を細める。


 やがて、ゆっくりと湯船から立ち上がる。水は静かに流れ落ち、床はすぐに乾いていった。

 慌てる様子はない。焦りよりも、今この時間を大切にするような所作。


 それが────穏やかで、優しく、そして一度決めたことからは、決して目を逸らさない。それこそがウェルトロムという人間の、ありのままの姿だった。


 ────ウィーン。


 浴室の扉が、静かに開く。

 湿った空気が通路へ流れ出し、ウェルトロムは肩にかけたタオルを軽く押さえながら一歩踏み出す。

 髪はまだ少し濡れていて、歩くたびに背中で揺れた。


「……あ」


 通路の向こうから、ちょうどこちらへ歩いてきた影が足を止める。


「あら、良いタイミングね。お風呂が終わったところだったかしら?」


 柔らかな声の主は、肩にかかった髪をどかしつつ、微笑みの表情を浮かべながらウェルトロムに話しかける。


「うん、ちょっと長風呂しちゃったけどね。エルミアが入る頃には、多分ぬるいままだと思うよ」


 そう言って、ウェルトロムは小さく笑う。

 申し訳なさと安堵が混じった、その穏やかな表情に、エルミアと呼ばれた相手もつられるように口元を緩めた。


「あら、それなら少し温めないといけないわね。MK(マーク).49に言っておくわ」


 くすっと短く笑ってから、エルミアは浴室の方へ視線を向ける。


 湯気はまだ少し残っていて、扉の内側から微かな水音が聞こえてくる。

 誰かが使った“あと”の気配が、そこには確かに存在していた。


「ごめん、気持ちよくてうっかり」


「大丈夫……それより、貴女も風邪を引かないようにね」


「うっ……」


 少しだけ視線を逸らすウェルトロムに、エルミアは肩をすくめる。


「ふふっ……あっ、そうそう。ライゼンが、貴女に用があるって言ってたわよ」


「ライゼンが? なんの用だろう」


「私も内容までは聞かなかったわね。まあ、行けば分かると思うわ」


 そう言って、エルミアは浴室の扉に手をかける。

 そして一度だけ振り返り────


「それに……貴女はここに来てまだ浅いんだから、いつでも頼っていいのよ」


「うん、分かった」


 そんな短いやり取りだったが、これで十分だった。


 扉が閉まり、再び水音と蒸気が浴室を満たす。

 入れ替わるように、ウェルトロムは通路の奥へと歩き出した。


 《ラピュータ》は相変わらず静かで、まるでこのささやかなな日常こそが、正しい時間の流れだと言わんばかりに航行を続けている。






 《ラピュータ》の奥深く。

 機関音も、循環音も、ほとんど届かない区画がある。


 扉を一枚、また一枚と抜けるたびに、音が少しずつ削ぎ落とされていく。

 ここは、意図的に“静けさ”だけを残した場所だった。


 ウェルトロムは、その空間の入り口で足を止めた。


 ────いる。

 それは言葉にしなくとも分かる。


 薄暗い室内の中央。

 一人の男が床に腰を下ろし、目を閉じていた。


 無造作に切り揃えられた黒髪。

 鍛え上げられた体躯は鋼のようにたくましく、衣服の上からでもはっきりと分かる。

 じっとしているはずなのに、周囲の空気がわずかに張り詰めている。


 まるで────雷が落ちる直前の空のように。

 そんな状況を彷彿とさせるほどの実力の持ち主こそが、ライゼンだった。


 とはいえ彼の周囲には、実際に雷光が走っているわけではない。

 それでも、そう錯覚させるほどの気配が、静かに漂っている。


 この広い世界でも数えるほどしか存在しない、名の知れた瞑想家。

 その噂に違わず、呼吸は深く、かつ均一で、一瞬の揺らぎもない。


 ウェルトロムは音を立てないように、静かに重い扉を開き、一歩だけ近づいた。


「……ライゼン」


 その呼びかけは、静寂を壊さない程度の小さな声だった。

 それでも────


「……ああ」


 目を閉じたまま、ライゼンは答える。


 次の瞬間、ゆっくりと目が開かれた。

 鋭さと落ち着きが同居した視線が、まっすぐとウェルトロムを捉える。


 その動きには無駄がなく、洗練されている。けれど、急かすような気配は微塵もなかった。


「風呂はもう終わったのか?」


「うん、エルミアと入れ替わりで」


 そう答えながら、ウェルトロムは改めて彼を見る。

 筋骨隆々とした体格なのに、威圧感はない。

 それどころか、どこか優雅で、落ち着いた佇まいとなっている。


 静かなる武人。しかしいざとなれば────その巨躯は一瞬で雷のように動く。

 そんな確信が、自然とウェルトロムの胸に浮かぶ。


「瞑想の邪魔、しちゃった?」


「問題ない。むしろ俺が呼んだのだから、お前の時間を奪っていることになる」


 ライゼンは短く言い、再び視線を落とす。


「いやいや、全然そんな事ないよ。むしろ映画を観ることしか予定がなかったから」


「そうか」


 その言葉にウェルトロムは少し安心し、小さく微笑んだ。


「ライゼンは相変わらずだね、ここに来てまだ数年の私が言うのもアレだけど」


「お前こそ。顔が緩んでいるぞ」


「……それ、褒めてる?」


「悪い意味ではない」


 ライゼンのわずかな口元の緩み。

 それは見逃せば気づかないほどの変化だったが、ウェルトロムには分かった。


 仲間を大切にする、義理堅い人。そして静かであり、強い人。

 この船の“最も静かな場所”が、彼の居場所である理由を、改めて理解する。


「…………少し、場所を変えない?」


 ウェルトロムのその一言に、ライゼンはわずかに首を傾けた。


「……静けさが足りないのか?」


「違うよ、その逆。静かすぎるんだよね、ここ」


 そう言って、ウェルトロムはライゼンを連れて歩き出す。それは迷いのない足取りだった。


 二人が向かった 《ラピュータ》の喫茶兼バーエリアは、柔らかな灯りに満ちている。

 窓の向こうには蒼い宇宙が広がり、星々がゆっくりと流れていた。


 ここには、機械音も人の気配もある。けれど不思議と騒がしくはない。

 長い旅の中で、“落ち着く音楽や雰囲気”だけが選び抜かれた空間だった。


「いらっしゃいませ」


 カウンターの奥から、落ち着いた声が響く。


 白髪交じりの老人。

 年齢は重ねているはずなのに、背筋は自然と伸び、動きに迷いがない。

 この船で過ごした時間の長さが、そのままの佇まいになっていた。


「本日は、いかがなさいますか?」


 ウェルトロムは軽くメニュー表を見て、息を整えながら答える。


「果実のジュース、甘すぎないのを」


「かしこまりました」


 マスターは一礼し、視線を隣のライゼンへ移す。


「そちらのお客様は?」


「ふむ、久しく飲んでいなかったからな……青薔薇(ブルー)シャンパンを」


 その名を聞いた瞬間、マスターの目がほんのわずかに和らいだ。


「承知いたしました。少々、お時間をいただきます」


 静かな所作で、マスターは準備に取りかかる。


 氷の触れ合う音。

 グラスに注がれる液体の、澄んだ響き。


 ほどなくして、二つのグラスが差し出された。


「お待たせいたしました」


 透明感のある琥珀色のジュース。

 そして、深い青を宿した泡を出すシャンパン。


「ごゆっくり、お過ごしくださいませ」


 それ以上は語らず、マスターは一歩引く。

 必要な距離感を、長年の経験で心得ている動きだった。


 ウェルトロムはジュースを一口飲み、自然と息を吐く。

 どこか落ち着く味。この船で飲むからこそ、そう感じるのかもしれない。


 ライゼンに渡されたシャンパンは、グラスの中で泡が静かに立ちのぼっている。

 ライゼンはそれをしばらく眺めてから、ゆっくりとグラスを持ち上げた。深い青の液体が、灯りを受けて静かに揺れる。


 そして一口。

 喉を通る音さえ立てずに飲み下し、目を閉じる。


 ────静かな満足感。

 静けさを纏うような気配を漂わせるライゼンが、今はただ、味わうことだけに集中していた。


「ふぅ……やはり、良い」


 低く落ち着いた声が、グラス越しにこぼれる。


「香りは柔らかいが、芯がある。冷えすぎていない温度も良く、舌に触れた瞬間の刺激も鋭すぎず、余韻だけが長く残る」


 それを聞いていたウェルトロムは、ジュースを手にしたまま、少し驚いたような瞬きをする。


「そんなに細かく分かるんだ」


「長く飲んでいると、嫌でも分かるようになる。酒は強さを競うものではなく、どう味わうかが重要だからな」


 そう言って、もう一口。グラスの中の青が、わずかに減る。


「……でもさ」


 ウェルトロムは小さく笑う。


「ライゼンの場合、“どう味わうか”の前に量の問題があるって聞いたけど。一晩で樽を空にしたって、本当の話?」


 ライゼンの視線が、静かにウェルトロムへ向けられる。


「噂というのは、尾ひれがつくものだ」


 一拍置く。


「……だが、誤りではないな」


 ウェルトロムは思わず吹き出しそうになり、グラスを口元で止める。


「誇張じゃないんだ……」


「ああ、確かあれは……ガストリアでの祝宴の席だった。それに、断る理由もなかったからな。注がれる酒を受けるのは礼儀だ。結果として、樽が空になった」


「それ、もはや礼儀の範疇を超えてるかもしれないけど」


 《食材と輪廻の星》と呼ばれているガストリア。

 ウェルトロムは行ったことはないが、心の中では笑っている仲間たちの情景が浮かんだ。


「ははっ、そうかもしれんな」


 ライゼンは再びグラスを傾ける。

 青い液体が静かに揺れ、グラスの中から完全に消えた。


「だが、どれだけ飲んだとしても────」


 ライゼンはゆっくりと言葉を続ける。


「味わえなくなった酒を飲む気はない。それは、ただの浪費に等しいからな」


「だが、どれだけ飲んだとしても────」


 ライゼンはゆっくりと言葉を続ける。


「味わえなくなった酒を飲む気はない。それは、ただの浪費に等しいからな」


 その声音には、酒自体への敬意すら感じられる。

 ウェルトロムはジュースを飲み干し、その柔らかな甘みを喉に落とす。


「……なんだか安心したよ」


「何がだ?」


「ライゼンは強いだけじゃなくて、ちゃんと楽しんでるって分かったから」


 そう言われると、ライゼンは少し考えるように目を閉じ、静かに答える。


「戦いも、酒も、全て同じだ。なにか一つでも本質を見失えば、それはただの消耗品になる」


 シャンパンの泡が、グラスの中で静かに消えていく。


 マスターはその様子を見届け、穏やかな声で告げる。


「もう一杯、いかがでございましょうか。本日の出来は特に良く、香りも安定しております」


 押し付ける気配はない。ただ良いものを良いと知る者なりの、自然な勧め方。


 ライゼンはグラスの縁を指でなぞり、わずかに思案する。


「ふむ……確かにもう一杯あれば、この夜はさらに静まるだろう。だが今は、この余韻を崩したくはない。満ちたまま終わるのも、また良い」


 そんなライゼンの言葉に、ウェルトロムはくすりと笑う。


「樽を空にする人の言葉とは思えないけど」


「ウェルトロムよ、量と品は別だ。どれだけ飲めるかより、どこで止めるかの方が難しいんだ」


 ライゼンがそう教えていた時、バーの扉が静かに開いた。

 柔らかな灯りの中へ、一人の男が歩み寄る。


 月光を思わせる淡い白髪は、耳にかかるほどの長さで整えられている。

 顔は少し老けているが、深く澄んでいる紅い瞳は、その老いを感じさせないほどの鋭さを宿していた。


 細身の体躯に、無駄のない立ち姿。歩くたび、衣服の裾が控えめに揺れる。

 その姿には、優雅という言葉が自然に浮かぶ。

 しかしその奥には、研ぎ澄まされた感覚と、燃えるような情熱が静かに潜んでいる。


「……やっぱりここだったか」


 その視線が二人を捉える。


「二人とも、くつろいでいるところ悪いな。少し急ぎの用件だ」


 ウェルトロムが椅子から半身を起こす。


「ルミナリス、何かあったの?」


 ルミナリスと呼ばれた男は一瞬、言葉を選ぶように目を伏せる。


「レオから伝言だ。乗組員全員を、早急に《星環議場(せいかんぎじょう)》に召集するように言われた。できるだけ早く、だそうだ」


 その名が出た瞬間、場の空気がわずかに変わる。


 この宇宙船の船長である────レオ。

 その存在は、この船にいる者すべてにとって絶対である。


「理由は聞いているのか?」


 ライゼンが静かに問う。


「詳細はまだ共有されていない。ただ……俺が聞いた限りでは、定期報告の類じゃない。星環議場を使う時点で、規模は察してくれ」


 《星環議場》

 船内中央に位置する巨大な円形ホール。

 段上に広がる座席群は、まるで星会議事堂のような規模を誇る。

 中央には演壇があり、上空には全天投影スクリーン。

 重要案件、航路変更、大規模観測異常────船全体に関わる決定は、すべてそこで行われる。


 つまり────

 状況を察したのか、マスターが静かに一礼する。


「皆様、お足元にはお気をつけ下さいませ。本日は……少しばかり、空気が違います」


 控えめだが、重い一言。


 ウェルトロムは立ち上がる。

 さっきまで甘かったジュースの余韻が、途端に遠のいていく。


「行こう」


 短い言葉だが、そこに迷いはない。


 ライゼンも立ち上がり、ルミナリスは静かに踵を返す。

 三人の足音が、バーの灯りから遠ざかっていく。






 バーを出た三人は、中央通路へと足を向けた。


 夜間モードの照明は控えめで、銀色の壁面に淡いオレンジ色が流れている。

 床は静かに光を反射し、足音が一定の間隔で響く。


 ライゼンが口を開くことで、その一時的な静寂は破られた。


「全員召集となると、外縁航路の問題か観測の異常か。小規模なトラブルなら、部署単位で済むはずだ」


 「ああ、俺もそう思うが……レオは“できるだけ早く”と言っていた。だが、焦っている様子はなかったんだ」


 ルミナリスの横顔は全く焦りは見受けられず、むしろ冷静そのもの。

 その紅い瞳は前方をまっすぐに見据えていた。


「落ち着いてたってこと?」


 少し疑問に思ったのか、ウェルトロムが尋ねる。


「ああ。いつもより言葉が少なかったから、余計にな。まるで、無駄を削ぎ落としたような声だった」


 ライゼンは腕を組み、しばらく言葉を選ぶようにしてから言った。


「重大決定の可能性もあるな。進路変更、あるいは…………交戦判断」


「交戦……」


 予想外、というわけではないが、ウェルトロムの頭に“もし本当にそうだとしたら”という不安が募る。


「でも、敵影の報告とかはなかったよね」


「公式にはな」


 静かにルミナリスが応じる。


「ウェルトロム、世界は広い。お前がまだ知らないような場所も、数え切れないほどある。それと……“報告しないこと”と“存在しないこと”は別だ」


 ルミナリスがそう答えていると、通路の奥に巨大な扉が現れる。


 半円状の重厚な金属扉は三層構造になっており、表面には精密な回路紋様が刻まれている。両側の壁にはセンサー群と一つの認証装置が存在し、船の中枢に近い場所であることを示していた。


 三人が扉の前まで来ると、壁の一部が淡く発光し、機械的でありながら落ち着いた女性の声が響いた。


『認証プロセスを開始します』


『乗員識別、指紋認証を開始します』


 床の一部が静かに開き、金属製の認証パネルが現れる。

 ライゼンが先に手を伸ばし、手のひらをパネルに押し付けるように置く。


『ライゼン様。指紋認証────確認』


 次にルミナリス、続いてウェルトロムも手を置いた。


『ルミナリス様、共にウェルトロム様。指紋認証────確認』


 AIの声が続く。


『指紋認証完了、網膜スキャンを開始します』


 三人の前に細い光の輪が浮かび上がり、静かに目の高さへ移動する。

 青い光が瞳をなぞる。


『網膜データ照合中』


 そしてわずか数秒後。


『照合完了』


『三名の乗員認証を確認。星環議場への入室を許可します』


 巨大な扉の内部で重い音が鳴り、ゆっくりと扉が開いた。


「わぁ……!」


 ウェルトロムは、中の空気に圧倒され、思わず驚きの声をこぼした。


 星環議場には、既に多くの乗組員が集まり始めていた。

 整備班、医療班、観測班────様々な部署の声が各所で混ざる。


 低いざわめきが、広い空間にこれでもかと拡散している。

 ライゼンがゆっくりと周囲を見渡す。


「もうかなりの人数だな、ほぼ全員が来ている」


「レオが直接召集させたんだ、遅れるやつはいないだろうな」


 そう言い、ルミナリスは中央の演壇へ視線を向ける。


「レオは奥の控室にいるらしい。準備が整い次第、出てくるだろう」


「そういえば私、レオを一度も見たことがないんだけど……どういう人なの?」


 ウェルトロムの質問に対し、ライゼンは軽く対応した。


「そうだな……レオはリーダーシップ、それと面倒見の良さを持っているな。それとラピュータの乗組員の二、三割は、レオが直接勧誘したり、手を差し伸べたりした者だそうだ。それと後者の影響か、裏ではレオを崇める団体が密かに存在しているらしい」


「崇める団体って、そんなの宗教じゃん。っていうか、それってバレないの?」


「それについてだが……あえて“泳がせている”、もしくは“本当にバレていない”の二つの噂が立っているんだ。俺はどちらでも良いが……『面白い方を選べ』と言われたら、俺が選ぶのは後者だな」


 ライゼンは軽く肩をすくめ、ウェルトロムは疑問で眉をひそめる。


「いやいや、面白いとかそういう問題じゃないでしょ……もし本当にバレてなかったとしたら、それはそれで大問題な気がするんだけど」


「まあ、そういう見方もあるが……」


 ライゼンは淡々とした様子で続ける。


「ラピュータは寄せ集めの船だからな、過去も事情も違う者たちが集まっている。多少妙な連中がいても不思議ではない」


「妙な連中って……」


「それでも船が今日まで回っているんだ、問題はないだろう。今まで困ったことはないからな」


 ウェルトロムは少し納得のいってない様子で、腕を組みながら少し考える。


「……なんか、聞けば聞くほどレオって人が分からなくなってきた」


 そんなウェルトロムの言葉に、ライゼンは小さく笑う。


「まあ、焦る必要はない。実際に見れば分かるさ。少なくとも、“普通の船長”ではない」


 そんな会話をしているうちに、三人は議場の奥へと進んでいた。


「もう本当に全員いるんじゃない?」


「そのくらいの人数だな」


 ライゼンもそう言いながら、視線を巡らせる。


 ちょうどそのタイミングで、ルミナリスが前方の列を指した。


「向こうが空いている、あそこにしよう」


 演壇を見下ろす位置に、数席分の空きがあった。


 三人は階段を上がり、その列へ向かう。

 金属製の床が、床の足音を小さく反響させている。


 席に着くやいなやウェルトロムは改めて議場全体を見渡した。


 これほどの人数が一度に集まる光景は中々ない。

 普段はそれぞれの部署に散っている乗組員が、今は同じ空間に集まっている。


「あら、もう来てたのね」


 と言う女性の言葉に、ウェルトロムは後ろを振り向いた。


「あ、エルミア。意外と早かったね」


「早いなんてものじゃないわよ。せっかくお風呂に入ってたのに、急な呼び出しが来ちゃったから、まだ少し髪が濡れてる状態で来ることになったんだもの」


 エルミアの話によると、シャワーをある程度浴びたタイミングで召集の通知が来たらしい。

 そのせいか少し不機嫌なエルミアだが、レオ直々の召集だったため、やむを得ず来るしかなかったという。


「ああ〜、確かにそれは大変だったね」


「まあ、これに関してはしょうがないわ。内容は聞いてないけど、レオが言ってるってことは、それだけ重要な案件ってことだからね」


 その時、一人のスタッフが静かに近づいてきた。


「ルミナリスさん」


 声は控えめだったが、はっきりと彼を呼んでいる。

 その呼び声に反応し、ルミナリスが顔を向ける。


「どうした?」


 スタッフは身を寄せ、耳元で何かを伝えた。

 短い会話だったが、ルミナリスの表情はわずかに変わっていた。


「……ああ、分かった」


 ルミナリスは静かに頷き、席から立ち上がり、下に移動していった。


 ウェルトロムはそれを見下ろしていた。


「どうしたの、何かあった?」


「少し頼まれ事だ」


 ルミナリスは落ち着いた声で答える。


「そのままそこで待っていてくれ」


 そう言うと、通路を降りて中央へと向かっていく。


 その動きに気付いた乗組員たちが少しずつ視線を向ける。

 ざわめきは完全には消えていなかったが、徐々に小さくなっていく。


 ルミナリスは演壇へ上がった。


 ルミナリスは前に立つと、議場全体をゆっくりと見渡す。

 整った白髪が照明を受けて淡く輝き、紅い瞳は落ち着いた光を宿していた。


 ルミナリスはコンソールに置かれたマイクを手に取る。


「皆、集まってくれて感謝する」


 穏やかな声が議場全体に広がった。


「本来なら、この場で話すのはレオの役目だ」


 ルミナリスは少し間を置く。


「だが、つい先ほど別件の通信が入った。レオはその対応に入っている」


そう言うと、議場のあちこちから小さなざわめきが起きる。


 「通信の発信元はクスコアナだ」


 《龍と契約の星》と呼ばれているクスコアナ。

 数多くの伝承や記録が残されており、ラピュータの航行計画においても、特別な意味を持つ星の一つである。


 ルミナリスは続ける。


「今回はそういうわけだが、内容自体は予定通り進める。レオからも、そのように指示を受けている」


 ルミナリスはコンソールに手を置いた。


「だから、まずは今日集まってもらった理由から説明する」

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