「言ったら変わるから」って、同じ理由で三年間すれ違ってた幼なじみの話
高二の春、幼なじみの陽向が「好きな人ができた」と言った。
俺——羽村透——は、その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で何かが音を立てて沈んだ気がした。
でも、その感覚の意味を考える前に、陽向は続けた。
「相談に乗ってくれる? 透ならわかってくれると思って」
ああ、そういうことか。
俺は笑った。たぶん自然に笑えていたと思う。三年間、ずっと練習してきたから。陽向の前では、なんでもないふりをする練習を。
「いいよ。誰なの」
「……それは、まだ言えない」
陽向は少し俯いて、耳の後ろを掻いた。そういう仕草をするとき、陽向はいつも照れている。小学校の頃から知っている。
「どんな人?」
「……毎日会う人」
「クラスメート?」
「……うん、まあ」
歯切れが悪かった。いつもはっきりものを言う陽向が、こんなにもじもじするのを俺は初めて見た。
それがまた、胸に刺さった。
「好きになったきっかけは?」
「……ずっと前から好きだったのかもしれない。気づいたのが最近なだけで」
そうか。ずっと前から。
「伝えるつもりある?」
「……わからない。でも、伝えたい、とは思ってる」
陽向は窓の外を見た。夕方の光が横から差して、その横顔を金色に染めていた。
俺は黙って、それを見ていた。
こういう顔、するんだな。
好きな人を思うとき、陽向はこんな顔をするんだ。
知らなかった。
知りたくなかった、かもしれない。
◆
俺と陽向が幼なじみになったのは、生まれた瞬間からだ。
隣の家に住んでいて、同い年で、親同士が仲良くて、気づいたら毎日一緒にいた。物心ついた頃から陽向がいて、陽向がいない日常というものを俺は知らなかった。
小学校も中学校も同じ。通学路も同じ。朝は陽向が俺の家のインターホンを押して、「透、行くよ」と言う。それが俺の朝の始まりだった。
陽向は明るくて、人懐っこくて、誰とでもすぐ仲良くなれる。俺は逆で、口数が少なくて、初対面の人間と話すのが苦手だ。正反対なのに、なぜか俺たちはずっと一緒にいた。
俺が陽向を「そういう目で」見始めたのがいつかは、正確にはわからない。
気づいたら、そうなっていた。
中学二年の秋頃だったと思う。陽向が体育祭の練習で転んで、膝を擦り剥いた。保健室に一緒に行って、俺が絆創膏を貼ってやって、陽向が「ありがとう」と笑った。その笑顔を見た瞬間に、何かが変わった気がした。
ああ、これがそういうことか、と思った。
と同時に、これは言えないな、とも思った。
幼なじみという関係は、ちょうどいい。近すぎず、遠くない。言ってしまったら、この距離が変わる。それが怖かった。
だから、黙っていた。
高一になっても、高二になっても、黙っていた。
その間にも、陽向を好きだと思う瞬間は何度もあった。
陽向が誰かと話しながら笑っているのを遠くから見たとき。俺のクラスに用事もないのに来て、「透に会いたかっただけ」と言ったとき。雨の日に相合い傘になって、陽向の肩が俺の腕に触れたとき。
そういう瞬間に、俺は毎回、何かを呑み込んだ。
呑み込むのは上手くなった。でも、量は増えていった。
そして高二の春に、陽向は「好きな人ができた」と言った。
◆
相談は、それから何度か続いた。
陽向は「その人」について、少しずつ話してくれた。毎日会う人。よく笑う人。自分のことをよく見ていてくれる人。
俺はそれを聞くたびに、頭の中でクラスメートを当てはめていった。誰だろう。田中か。佐々木か。それとも隣のクラスの誰かか。
「その人、俺は知ってる?」
ある日、俺は聞いた。
「……知ってると思う」
「仲良いの、俺と」
「……まあ」
「どのくらい?」
陽向はしばらく黙ってから、「かなり」と言った。
「へえ」
俺は少し考えた。かなり仲がいい、毎日会う、クラスメート。
「わからん。誰?」
「言わない」
「なんで」
「……言ったら、変わりそうで」
その言葉が、妙に胸に響いた。
言ったら変わりそう。
俺も同じことを思って、三年間黙っていた。
なんだ、同じじゃないか。
そう思ったら、少しだけ笑えた。笑える理由は、たぶん違うんだろうけど。
その夜、俺はLINEの入力欄に「好きな人って俺のこと?」と打って、送信せずに消した。
三回。
消すたびに、自分が惨めな気がした。でも送れなかった。
たぶん、答えが「違う」だったときのことを、想像したくなかったから。
◆
六月に入ったある日、陽向が珍しく落ち込んでいた。
いつも俺の家に来るとき、陽向は玄関のチャイムを押す前に声をかける。「透、いる?」そういう声が聞こえてから、チャイムが鳴る。それがいつものパターンだ。
その日は、声がなかった。
チャイムだけが鳴って、ドアを開けたら陽向が立っていた。いつもより目が少し赤かった。
「上がっていい?」
「いいよ」
陽向はリビングのソファに座って、膝を抱えた。俺は何も聞かずにジュースを二本持ってきて、一本を陽向の隣に置いた。
しばらく沈黙が続いた。
「……その人がさ」
陽向が口を開いた。
「他の子と仲良くしてるの見て、なんか、しんどくなった」
俺は黙って続きを待った。
「嫉妬って、こんなにしんどいんだね」
「初めて?」
「……うん」
陽向はジュースを一口飲んだ。
「透は、好きな人できたことある?」
俺は一瞬、止まった。
「……まあ」
「どうだった?」
「しんどかった」
「言えたの?」
「言えなかった」
陽向は俺を見た。珍しく、まっすぐ。
「なんで言えなかったの」
「……言ったら変わりそうで」
その言葉を言ってから、俺は気づいた。
陽向が前に言ったのと、まったく同じ言葉だ。
陽向も気づいたのか、少し目を丸くした。
「……そっか」
それだけ言って、また膝を抱えた。
俺たちはしばらく黙ったまま、並んでテレビを見ていた。テレビの内容は何も頭に入らなかった。
二時間くらい経って、陽向が立ち上がった。
「帰る。ありがとね、透」
「うん」
「何もしてないのに、いてくれるだけで、なんか落ち着く」
陽向はそう言って、笑った。さっきより目が乾いていた。
俺は玄関まで送って、陽向が帰るのを見送った。
扉が閉まった瞬間、俺は壁に背中をつけてそのままずり落ちた。
床に座り込んで、天井を見た。
いてくれるだけで落ち着く、か。
その「その人」が誰かを話してくれながら、俺に愚痴を言いにくる。
俺は陽向にとって、その程度の存在なのか。
そう思ったら、ちょっと笑えた。笑えたけど、目の奥が少し熱かった。
俺もそうだよ。陽向がいてくれるだけで落ち着く。
でも、それを言ったら、全部変わる。
だから、言わない。
スマホを出して、またLINEを打った。
『俺がその人だったら、って思ってる』
五秒見て、消した。
◆
七月の終わり、夏休みに入る前日。
陽向が「伝えてみる」と言った。
俺たちは学校帰りに寄り道していた。駅前の、いつも行くコンビニの前のベンチ。陽向がアイスを半分こしようとして、俺のを先に食べ始める。それもいつも通りだった。
「決めた。夏休み前に言う」
「今日?」
「今日」
「そっか」
俺はアイスの残りを口に入れた。甘くて、少し苦かった。
「うまくいくといいな」
自分でも驚くくらい、普通に言えた。
陽向は俺を見て、何か言いかけて、やめた。
「……透って、すごいね」
「何が」
「なんでも、ちゃんと言えるじゃん。本心じゃないことでも」
俺は固まった。
陽向は続けた。
「うまくいくといいな、って今言ったじゃん。あれ、本心じゃないでしょ」
心臓が、跳ねた。
「……何が言いたいの」
「別に。ただ、透ってそういうとこあるなって、ずっと思ってたから」
陽向はアイスの棒を弄びながら、俺を見なかった。
「本心、言わないじゃん。いつも」
「……お前に言われたくない」
「そうだね」
陽向は笑った。少し寂しそうな笑い方で。
「じゃあ行ってくる」
立ち上がって、振り返らずに歩いていった。
俺はベンチに座ったまま、その背中を見ていた。
小さくなっていく陽向の背中を見ながら、俺は思った。
行くな、と。
言えなかった。
◆
陽向から報告はなかった。
夏休みに入って、三日経っても、一週間経っても、連絡はLINEで「暇ー」「映画行こ」「アイス溶けた」くらいのものばかりで、告白の話題は一切出てこなかった。
俺から聞けなかった。
聞いたらどうなったか、知りたいような、知りたくないような。うまくいっていたらと思うと胸が痛くて、うまくいっていなかったらと思うと——それはそれで、複雑だった。
八月の中頃、俺の家で二人で宿題をしていたとき、陽向が唐突に言った。
「あの話、なかったことにした」
「……告白?」
「うん」
「なんで」
陽向はシャーペンをくるくる回しながら、答えなかった。
「……やっぱりやめた方がいいなって思って」
「なんで」
「言ったら変わりそうで」
また、その言葉だ。
「……ずっとそれ言ってるじゃん」
「だってそうなんだもん」
「変わるのが嫌なの?」
「……今のままの方が、たぶん幸せだから」
陽向はそこで、少し俯いた。
「傍にいてくれる方が、付き合えるかもしれないってドキドキより、ずっと大事だから」
俺は何も言えなかった。
陽向が続けた。
「……バカみたいだよね。好きな人に告白もできないなんて」
「バカじゃない」
「なんで言い切れるの」
「……俺も同じだから」
言ってから、気づいた。
言いすぎた。
陽向が顔を上げた。俺を見た。まっすぐ。
「……透」
「……なんでもない」
「なんでもなくない」
「……」
「透の好きな人って」
陽向の声が、少し震えていた。
「……誰」
俺は答えなかった。
陽向も、もう聞かなかった。
その沈黙が、たぶん答えだった。
◆
それから三日間、陽向から連絡がなかった。
俺からも、できなかった。
何を言えばいいかわからなかった。謝るべきなのか。でも何を謝るのか。好きになったことを謝るのは、なんか違う気がした。
三日目の夜、俺はずっとスマホを見ていた。
陽向との会話履歴を遡った。
春からのやりとりを、全部読み返した。
『毎日会う人』
『よく笑う人』
『自分のことをよく見ていてくれる人』
『言ったら変わりそうで』
『傍にいてくれる方が大事』
読んでいくうちに、心臓がうるさくなってきた。
待て。
待ってくれ。
毎日会う——俺だ。
よく笑う——陽向の前では笑う。
自分のことをよく見ていてくれる——ずっと見ていた。
言ったら変わりそう——それは俺も同じ言葉を使っていた。
傍にいてくれる方が大事——相手と離れたくないから告白できない、と言っていた。
六月に落ち込んでいたのは、俺が誰かと仲良くしているのを見たからか。
夏休み前に「伝えてみる」と言ったのは——俺に言おうとしていたのか。
俺が「うまくいくといいな」と言ったとき、「本心じゃないことでも言える」と言ったのは——わかっていたからじゃないのか。俺が誰を好きか。
全部、繋がった。
全部。
俺は三秒くらい天井を見て、それからスマホを置いて、布団に倒れ込んだ。
馬鹿だ。
俺は本当に、馬鹿だ。
三年間、陽向が好きだと思いながら、陽向の「好きな人の話」を聞きながら、一度も自分を選択肢に入れなかった。
陽向が俺を好きなわけがない、と最初から決めていた。
幼なじみだから。ただの幼なじみだから。
でも——陽向も同じことを言っていた。
傍にいてくれる方が大事。言ったら変わりそうで言えない。
それは俺が三年間、まったく同じ理由で黙っていたことと、何一つ違わなかった。
◆
四日目の朝、玄関のチャイムが鳴った。
ドアを開けたら、陽向が立っていた。
「……おはよ」
「おはよ」
「学校、一緒に行こ」
いつも通りの言葉だった。
俺は少し迷ってから、「うん」と言った。
二人で歩き出した。いつもの通学路。いつものペース。でも、いつもより少し静かだった。
五分くらい黙って歩いてから、陽向が口を開いた。
「あのさ」
「うん」
「三日間、考えてた」
「……うん」
「透のこと、ずっと幼なじみだと思ってた。それ以上でも以下でもないって、そう思ってた」
「うん」
「でも」
陽向が立ち止まった。
俺も止まった。
陽向はまっすぐ前を向いたまま、言った。
「三日間、透のこと考えてたら、なんか、ちょっと、心臓がうるさかった」
俺は何も言えなかった。
「透と話せないだけで、こんなにしんどいんだって、知らなかった」
「……」
「透が私のこと好きかもって思ったら、なんか、その、」
陽向がようやく俺を見た。
耳が赤かった。
「……嬉しかった」
俺の心臓が、うるさくなった。
「……陽向」
「まだ言わせて」
陽向は深呼吸した。
「私がずっと好きだった人のこと、言う」
「……うん」
「毎日会う人で、よく笑う人で、自分のことをよく見ていてくれる人で」
一言一言、確かめるように言った。
「言ったら変わりそうで、ずっと言えなかった人」
俺はもう、わかっていた。
でも、最後まで聞いた。
「透だよ」
陽向の声は、少し震えていた。
「ずっと前から、透が好きだった」
◆
俺はしばらく、動けなかった。
春から聞いていた「好きな人」の話が、全部、俺のことだったとは。
昨夜、読み返した言葉たちが頭の中で一気に繋がった。
毎日会う人——そうだ、毎日会う。
よく笑う人——俺、陽向の前でよく笑う。
六月の嫉妬——俺が誰かと仲良くしているのを見たから。
夏休み前の「言う」——俺に言おうとしていた。
「本心じゃないことでも言える」——バレていたんだ、俺が誰を好きか。
全部、俺だった。
あの相談は、ずっと俺に向けられていたのか。
「……何で早く言わなかったんだよ」
俺の口から出た言葉は、それだった。
陽向が目を丸くした。
「それはこっちのセリフ」
「俺は——」
「透こそ、何で言わなかったの」
「……言えるわけないじゃん」
「なんで」
「お前と、変わりたくなかったから」
陽向はしばらく俺を見ていた。
それから、笑った。
さっきとは違う。泣きそうな、でも嬉しそうな、そういう笑い方。
「馬鹿だね、私たち」
「……そうだな」
「何年、無駄にしたの」
「……三年くらい」
「三年」
陽向はもう一度笑った。今度は声が出た。
「三年て」
「うるさい」
「透が先に気づいてたくせに」
「お前だって気づいてたくせに」
「それは——」
陽向が言いかけて、止まった。
俺たちは道の真ん中に立ったまま、向かい合っていた。学校に遅刻しそうだった。でも、どちらも動かなかった。
陽向が、おそるおそる右手を出した。
俺の袖を、少しだけ掴んだ。
「……透」
「うん」
「私のこと、今も好き?」
俺は答えた。
「ずっと好きだった」
陽向の目が、少し潤んだ。
「……私も」
袖を掴む手に、力が入った。
「ずっと」
◆
学校には遅刻した。
担任に「どうした」と聞かれて、陽向が「寝坊です」と即答した。嘘が上手い。
廊下で肩がぶつかるたびに、俺は意識する。今まで何百回もぶつかってきたのに、今日は違う感じがした。
昼休み、いつもの場所でいつも通り飯を食べながら、陽向がぼそっと言った。
「なんか照れる」
「何が」
「透の顔、見れない」
「ずっと見てたじゃん」
「あれは違う。今は、その、」
陽向がそこで言葉を止めた。
俺は陽向の横顔を見た。耳まで赤い。
三年間、陽向のこういう顔をたくさん見てきた。でも今日が一番、かわいいと思った。
「陽向」
「なに」
「こっち向いて」
「……嫌だ」
「なんで」
「照れるから」
「だから向いて」
陽向がゆっくりこちらを向いた。赤い顔で、少し眉を寄せて、俺を見た。
「なんなの」
俺は特に何も言わなかった。
ただ、陽向の顔を見た。
陽向がますます赤くなった。
「……見ないでよ」
「見る」
「なんで」
「好きだから」
陽向が固まった。
三秒くらい、固まっていた。
それからぷいっと顔を逸らして、「ずるい」と言った。
「何が」
「そんなあっさり言えるじゃん」
「練習したから」
「何を」
「陽向の前でなんでもないふりをする練習。三年間」
陽向がまた俺を見た。今度は笑っていた。
「……それ、今まで全部演技だったの」
「全部は盛りすぎ。でも、かなり」
「知らなかった」
「知ってたくせに」
「……半分くらい」
陽向は笑いながら俯いた。
「半分知ってて、半分信じたくなかった」
「なんで」
「……都合よく考えたくなかったから。透が私のこと好きだなんて、思い込みかもしれないって」
「思い込みじゃない」
「わかった。今は、わかった」
陽向はそう言って、またこちらを向いた。
今度は逸らさなかった。
「透」
「うん」
「付き合ってください」
真顔で言った。
俺は一瞬きょとんとして、それから笑った。
「……順番おかしくない?」
「どうせ透が言わないから」
「言おうとしてたのに」
「どうせ言えなかったくせに」
「……それは否定できない」
「でしょ。だから私が言った」
陽向は少し胸を張った。恥ずかしそうにしながら、胸を張っていた。そのちぐはぐさが、らしかった。
「よろしくお願いします」
俺は言った。
陽向が、また耳まで赤くなった。
「……よろしく」
それだけ言って、陽向はまたぷいっと顔を逸らした。
俺はその横顔を見て、思った。
三年間、黙っていてよかった。
いや、よくはなかった。三年間は無駄だった。
でも——この瞬間のために、黙っていたのかもしれない、とも思った。
◆
家に帰る道、二人でいつもの通学路を歩いた。
帰りもいつもと同じ道、いつもと同じペースで。
ただ一つだけ違うのは、陽向が俺の袖をずっと掴んでいた。朝みたいに少しじゃなくて、ちゃんと。
俺は何も言わなかった。陽向も何も言わなかった。
家の前まで来て、陽向が立ち止まった。
「じゃあ、また明日」
「うん」
「チャイム押すから」
「知ってる。毎日押してくれてるから」
「これからも押すから」
「知ってる」
陽向は少し笑って、袖を離した。
そのまま隣の家に向かって歩き出して——三歩くらいで振り返った。
「透」
「うん」
「昨日まで私が好きだった人、誰だと思ってた?」
俺は少し考えた。
「田中か佐々木か、隣のクラスの誰かだと思ってた」
陽向が笑った。今日一番、声を立てて笑った。
「田中て」
「なんで笑う」
「だって田中て」
「毎日会う人でクラスメートで俺と仲いい人って、そのへんしか思いつかなかった」
「一番仲いいのは透じゃん」
「……まあ」
「まあって何」
「お前が俺を好きなわけないと思ってたから、選択肢に入れなかった」
陽向はそこで笑うのを止めた。
まっすぐ俺を見た。
「……馬鹿だね、透も」
「そうだな」
「私も馬鹿だけど」
「そうだな」
「二人揃って馬鹿だった」
「そうだな」
陽向はもう一度笑って、今度こそ家に向かって歩いた。振り返らなかった。
俺は自分の家のドアノブに手をかけながら、その後ろ姿を少しだけ見ていた。
明日の朝、チャイムが鳴る。
陽向が「透、行くよ」と言う。
それはずっと前から変わらない。
でも——俺の心臓の鳴り方だけが、今日から違う。
チャイムの音の意味が、今日から変わった。
距離は変わらない。ただ、その距離の意味だけが——それだけが、全部変わった。
◆
その夜、LINEが来た。
陽向からだった。
『今日のこと、夢じゃないよね』
俺は少し笑ってから、返した。
『夢じゃない』
既読がついて、すぐ返信が来た。
『よかった』
それだけだった。
俺もそれだけ返した。
『よかった』
スマホを置いて、天井を見た。
よかった、と思った。
三年間、黙っていた。でも三年間、ずっとそこにいた。陽向も、俺のそばにいた。
明日もチャイムが鳴る。
「透、行くよ」という声が聞こえる。
それだけは、ずっと変わらない。
ただ——そのチャイムを聞くたびに、俺の心臓は昨日とは違う鳴り方をする。
それだけのことが、全部だった。
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「言ったら変わるから」って、同じ理由で三年間すれ違ってた幼なじみの話
完
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