二
神経質なほど一糸乱れぬ銀杏髷の貞蔵は、惣八をそのまま漬物蔵へ連れて行った。
「今年の梅はこれだ。すでに洗ってより分けてあるから、このまま計算してくれ。塩の見本はこっち。国元から届いている塩俵はそこにある。いつもと同じ割合だ」
「へぇ。樽はそこのを使うってんで、問題ないですか」
惣八の視線の先には、塩俵と黄色く熟れた梅、それに秤が並び、その横に桶がいくつも置かれていた。
「ああ。それから、今日は急な来客でな。お主には台所を手伝って欲しいから、塩の量を計算したら、あとは下働きの者たちに頼んで、こっちに来てくれ」
「それはかまやしませんが、急にあたしが入っても?」
「生憎、台所組頭が子が産まれたばかりで休みなんだ」
「そりゃぁめでてぇことで。そんなら、喜んで入らせて貰いましょ」
「うむ。話は通してあるから、なるたけ急いで入ってくれ」
それだけ言うと、貞蔵は踵を返す。
「あ、お夕。あとで茶を部屋に届けてくれ」
「かしこまりました」
そうして、廊下ですれ違った仲働きの娘に声をかけると、貞蔵はそのまま奥へ向かっていった。
残された惣八は、手渡された升の中の塩をちろりと舐める。
「今回の塩もいい味がする。さすが尾張の殿様の塩ってもんだ」
江戸に入る塩の多くは、西国内海の辺りの塩――今で言う瀬戸内の十州塩田の塩であり、それらの塩は下り塩として流通の管理もされていた。一方で、尾張藩他いくつかの藩の塩は、主に藩内での消費が主で、江戸での流通はごく僅か。いや、殆どないとも言える。江戸藩邸で使う場合は、問屋を通さないことも多いが、毎年この梅漬け用のものは、問屋で調整をしていた。
「惣八さん、梅はどうでしょ」
近くに待機していた下働きの男女数人が、惣八を促す。
「おう、待たせてすまねぇ」
尾張といえば、紀州ほどではないにしろ梅が有名だ。だが、尾張の梅を生のまま江戸へ運ぶには追熟や痛みの可能性が高い。そこで、贈答や藩主家族が食べる分は、完成した梅干しを船便にて送るが、藩邸で働く者たちの分は、江戸屋敷中の梅の実を集めて、年に一度、こうしてまとめて漬けるのだ。
塩も、奥方が「どうせなら尾張の塩で漬け込むべし」と言い出してからは、わざわざ国元から取り寄せている。
惣八は梅を漬ける塩の塩梅を見極めるのに長けており、もう何年もこうして初夏になると、尾張藩中屋敷に呼ばれてくる。無論、それ以外にも出入りの料理人として、台所の手が足りないときには呼ばれるが、それは何も尾張藩邸だけではない。
他の藩邸や、場合によっては料亭にも呼ばれ、これでも惣八は腕を買われている人気の料理人であった。
「今年はこれだけかい」
「なんでも、成りが悪いみたいで」
惣八に問われた女性が眉を下げる。
「そいつぁ仕方ねぇな。どれ、総量を計るとするか」
すでにより分け、洗い、へたを取ってある梅の塊を、いくつかに分けながら大きな秤にかけていく。その総量の二割をそろばんで弾くと、紙に数字を書き付けていった。
「それじゃ、あたしは台所終わらせたら、また戻ってくるから」
置かれた塩俵の数を確認し、彼らに声をかける。
「塩はどうやらちょうどあるみてぇだから、安心しといてくれ」
言い残し、惣八は台所へ歩を進めた。




