プロローグ 田舎者
この騒々しい都会のスクランブル交差点の真ん中で、私は、「静かだ」と思った。
ビルが立ち並び、人の足音が刻々と響き、電話で誰かが話している声さえ聞こえるこの場所を静かだと表現したのは、誰一人私という存在が存在していることを咎めなかったからだ。
誰も私のことを気にも留めない。
周りについて全集中をかけなくても回る世界に精神は解き放たれ、まるで一人で交差点を突っ立っているように思えた。
それに今まで感じたことのない解放感を感じた。
しかしそれも刹那、信号は点滅し静寂は破られてしまう。
この信号が変わる前に、私は元いた道を引き返さないと行けない。
なにしろ私が無理を言って彼にこの場所に連れて行って欲しいとねだったのだ、彼が待っている。
テレビでしか見たことのない騒々しいあの交差点を見てみたいと言ったのだ。
無人の古びたカラスが止まる余裕があるほど生きているかどうか、その場所に立つ意味を無くしかけたような信号と交差点ではなく。
私の願いに彼は少しも嫌な顔をしなかった。
初めて見る交差点はとにかく大きかった。
こんな場所を車がビュンビュン飛び交っていて、でもその数分後には人が大群のように押し寄せることを考えたら身震いがしてやまなっかった。
こんな場所を日常的に使っている人がいて、こんな感じで立ち止まって思考を巡らせることをせずに動くように設計されている人たちはなんてすごいのだろう。
私はその設計に近づいているのかもしれないが、一生置いてけぼりな気がした。
大人になるということはこの交差点をキョロキョロせずに一人で何食わぬ顔で歩き切ることなのだろうか。
私にはあの時のあの瞬間に分かることはなかった。
ただ、あの瞬間は誰よりも自由だった。




