きっかけとなった話 巡り合わせとは怪なるものだと。
中学三年の夏、駅でレンタサイクルを借りて、希望校の通学可能距離にある賃貸物件を探して不動産屋を回った。塾の夏期講習の間の大事な休み。なんとか、目星をつけておきたい。既に、父からスマホは持たせて貰っていたが、親の権限で検索履歴から一人暮らしを視野に入れているのがばれたら、ややこしくなる気がした。その為、友達ん家のパソコンで調べて、気になる物件をプリントアウトし、電車に乗ってはるばるやってきたのだ。しかし、数件回ったが、さすがに難しい。何せ、まだ未成年。保護者も付かずとなると相手も警戒して当然だ。複数件回って最後、古びた個人の店に飛び込んだ。老眼鏡をかけた、禿げたじいさんがカウンターの中で新聞を読んでいた。
「あれ、いらっしゃい。どこの子じゃったかな?」どうやら、近所の子と勘違いしているらしい。「いえ、物件を探してるんです。」汗を拭きつつ答えた。「あ、こりゃすまんね。えらい若く見えたもんで。学生さんかい?社会人?」新聞を片付け、椅子から立ち上がったじいさんは、歳の割りに背が高かった。多分、180cmはあるんじゃなかろうか。夜道でみれば、妖怪や化け物にみえるかもしれない。じいさんはガラスコップに冷たい麦茶を入れて、コースターにのせて出してくれた。「暑かったでしょ。おかわりあるから、遠慮せず飲んで。」軽く頭を下げつつ、お茶を頂く。熱をはらんだ体に、冷たい麦茶が染みていく。「はぁー、ありがとうございます。」コップを置くと、じいさんがニコニコして見ていた。「?あの、物件…」「あんた、青八木高校に入る予定じゃな?」「…へぇ?」いきなり志望校を言い当てられびっくりした。「あそこは寮があるんやが、なにせ寮には規則があるからな。毎年、何人かは居とるんよ。寮に入らず独り暮らしで通うっつー子が。」なるほど。
「ただ、保護者が付いとる子は大手に行くやろ。街中のふーるい店に入るってこたぁ、地元で親の代から知っとるやつか、訳ありやの。」…なるほど。
「まぁ、後者ですね。」ニコニコ笑うじいさん、もとい店主にざっくりと希望条件と訳ありの経緯を話す。訳ありと解っててわざわざ話に出すという事は、それに対応した経験があるからだろう。質問にも素直に答えた。「そんなら、バイトしながら学校通うんか。女性専用でないと危なくないか?」「そこは、大丈夫かと。」期間は三年間で、就職なり進学なりで出て行くだろうし。学業とバイト三昧で、友達や男を連れ込んだりばか騒ぎもしない。そんな事をする暇が“自分”にはないのだ。「ふーん…。」お客様登録シートに色々書き込んだ後、店主はしばし、考えこんだ。で、「…どっちみち、未成年やし、保証人がいるから親御さんに黙ってるのは無理なんやが。」部屋は、心当たりがある。との事。「ただ、空きがあるか聞かんと解らんでなぁ。一度、中も見てみたいやろ?」お願いします。と、言うが早いか、スマホをちゃちゃっと操作し電話をかけ出した。「…おぉ、“みっちゃん”。先日はありがとう。…なぁに、へへ…まぁた上手い事言うてから…。また、店寄せて貰うよって。おぉ…ほんじゃまた。」で、電話を切った。「…え?」「…あ、しもた。部屋の事聞くんやったな。」再びコールするジジイ。大丈夫かよ。




