その時の話 子供心をくすぐるのは
食事の後、リンダは駅前のカラオケ店へ、朋ちゃんは自宅に帰り、祖父母に成績表を検分していただくのだとか。かつて、塾の講師をしていた祖父母は孫娘にも的確に容赦なく指導をするらしい。「ま、タダで塾に行ってると思えば楽勝よ。」朋ちゃんはドライにそう言った。
“ぷいぷい”の扉を開けると、中には女性がいた。もちろん“女性”とは、じんさんたくやさんの事ではない。産まれた時から女性の方である。「…いらっしゃいませ。」とりあえず、店のスタッフとして挨拶してみる。「あ、この人はお客じゃないわよ。」じんさんがトレー片手に奥から出てきて、カウンターに座った彼女の前にコーヒーカップを置く。「みっちゃんの同級生。古い知り合いなのよ。」「ちょっと、古いとか言わないでよ。」にこりと笑う彼女の顔をどこかで見た気がする。「たくやは二階よ。あんたも早く準備しなさい。」じんさんが二階を指差す。「はい。」静かに階段を上がる。が、今までお二方のどちらかと支度が被る事はなかった。そう配慮してくれていたのだ。「たくやさん。」二階では、たくやさんがメイクも着替えもせず、寝っ転がってスマホを弄っていた。「店の支度、いいんすか?」鞄を置き、ロッカーから服を取り出す。「いい、あの女が居てる内は仕事にならないから。」なんだか不機嫌だ。うーん、自分はどうしたらいいかな?服だけ着替えとくか。ウィッグを外し、斑からメッシュになった髪を解放する。「だいぶ伸びたよね。」「このまま伸ばそうか、切ろうか悩んでるっす。」ウィッグを台に置き、学生服を脱ぐ。「…あんた、躊躇ないよな。」呆れた様にたくやさんが言う。「スパッツ履いてるっす。上も着てるっすよ?」シャツを羽織り、細身のパンツを履いて男性服に着替えていく。「頭、俺がしてやるよ。」たくやさんがおもむろに体を起こす。メイクをする際に使う小さなちゃぶ台に鏡を置き、ごちゃごちゃ置かれた荷物の中からワックスとヘアジェル、ストレートアイロンを掘り出した。「…中身、大丈夫すか?腐ってません?」「大丈夫でしょ。」いやいや、前に使ったカラースプレー、この魔窟から掘り起こしたんすけど。結果、斑になってエライ目見たんすけど。喉まで来ていた言葉を飲み込む。鏡の前に座った自分の後ろにたくやさんが膝立ちになり、髪にブラシをかける。「あの女性、見たことあるっす。」「どこで?」手にジェルを絞り出しながらたくやさんは聞き返す。「えっと、二週間前っすかねぇ。」たしか、みっちゃんと一緒に歩いていた女だ。これこれこういった経緯をたくやさんに話し、「でも、店で見たの初めてっす。」働き始めてかれこれ8ヶ月は経っている。なのに、会った事も見た事もない。話題にも上がらなかった。みっちゃんの友達なのに。「以前はよく来てた方なんすか?」たくやさんは答えずに、ただ手を動かして自分の頭をセットしていく。「はい、出来上がり。」全体をオールバックに上げているが、サイドにウェーブをつけている。後ろはそのまま下ろさず、ヤマアラシのようなツンツン毛束が立っている。「わお。」「感情がこもってない驚きねぇ。」たくやさんがふふっと笑った。オネエ言葉になっている。「頭、洗っちゃうのもったいないっすね。」「写真だけ撮っとこ。早くメイクしてして。」たくやさんの指示のもと、眉とシャドウを濃く入れてポーズをとる。「アハハ、マンガみたい!」たくやさんが楽しそうだ。機嫌が直ったようだ。良かった。と、階段を上がる足音が。「お待たせ、帰ってったわよ。」じんさんが顔を覗かせて「やだ、何よそれ。」と、同じくアハハと笑い出した。「やだ、あれ、あれみたい。マンガの戦うやつ!」笑いながら言うので解らない。「ねっ?!上手に出来たわよねっ!」「アハハ、ね、“デュエルっ!”って言って。」「アハッアハハハハッ!」二人は腹を抱えて笑っているが自分には元ネタが解らない。全く、やれやれだ。
アパートでも、この頭は皆を笑顔にした。「か、カッチョいいよっ?」「カード、カード持って!」「わぁ、ジャンクード(食育戦隊タベルンジャーの敵)みたいだ!」ここあさんとたっくん親子のはしゃぎ様と言ったらない。正人さんは、言葉のチョイスが悪い。「笑いすぎっす。」ガチガチに固められている髪は自転車のヘルメットを拒否した。どうせ、道行く人にも二度見をされ、指を指されての帰宅。同じ住人達に披露してから流そうと思い、今にいたる。「あらぁー、今はそういうのが流行りなのねぇ~。」ゆり子さんは珍しいものを見る目で感心している。「いや、流行りじゃないっすよ?」「写真撮っていい?!あ、なんか、ジャケット持って来よ!バイク用の手袋、着けちゃう?」正人さんは返事も聞かずにみっちゃんの部屋を飛び出し、「あー!私も持って来よ!多分、若い時のチェーンベルト、あるはずー!」ここあさんも後を追う。「幸君、ジャンクードってね。」たっくんは戦隊ヒーローの特集が載った幼児雑誌を広げ、なにやら熱い講義を始めた。「…この髪型、ポピュラーなの…?」




