きっかけとなった話 将来は一人で生きる事が決定している。
「…ん~と、お給料が足りない?」「あ、違う違う。こっちの都合なのよ。」リビングのテーブルでテスト勉強をしていた所に、買い物を済ませてから仕事にきてくれた“みつ子さん”は、テーブルの反対側にエコバッグを置きつつ話し続けた。
「娘が二人目出来たんだけど、なんか数値が高くて入院になっちゃって。」キャベツ、人参を置く。「上の孫もまだ三歳なったばかりで手がかかるし、おさんどんしに行く事になったのよ。」卵のパック、牛乳。「里帰り出産の代わりに私が出向する形ね。」食パン、詰め替えの塩コショウ。「旦那さんのご両親は?」教科書を読みつつ聞くと、「お姑めさんの介護があって頼れないんですって。」いつ私も旦那と介護し合う事になるやら、ほんと、他人事じゃないわぁ。と、冷蔵庫に入れていく。「産んでからもどうなるか解らないし。それなら一旦辞めて、娘の体調が落ち着いて私も戻ってこれそうなら再雇用して貰えるか、社長にかけあったのよ。」個人経営の、年齢も“みつ子さん”より少し上の子育て、介護、社長業もバリバリこなした女傑。あっさり話が通ったのだと言う。キャベツの葉を一枚ずつ丁寧に剥がし、洗ってザルに置いていきながら話しは進んでいく。「で、本題なんだけどね。」キャベツを千切りに刻みつつ、「ゆきちゃん、進学の為のお金、ちゃんと貯めてる?」急に“自分”に話題が移ったので、うまく言葉が出なかった。「っぅえ?」
「まぁ、お年玉やお小遣いは貯めてるのは知ってるけど、進学やその先まで考えてよ。貯めてる?」「…そこまでは貯めてない。けど、さすがに親父、出してくれるでしょ?」シャープペンシルのノック部分でこめかみを掻く。いきなりプライバシーをガン無視した会話をする時、それは“みつ子さん”が真剣に話をする時。それは、この9年間で解っていた。何でも相談した。だから、お年玉や月の小遣いも必要最低限以外を貯金している事も知っているのだ。「甘いよ!ゆきちゃん!」銀の大きなボウルに、ひき肉を放り込みながら注意喚起をする“みつ子さん”。
まぁ、生きていくにはお金が大事。さりとて、学歴も今後の生き方によってはお給料を左右する大事な指針となる。
法律的には義務教育は中学までだが、現代においては高校、大学に進学する割合がいかに多いか。
「もし、今から高校入試までに、ゆきちゃんのお父さんが、再婚したら?」「!?」食べていたクッキーが喉につまり、むせた。「…っえ、そんな話、出てんの?」紅茶で喉の詰まりを流し、何とか話しを続けた。テスト勉強と“みつ子さん”の晩御飯の支度が終わってからのティータイム。ティーパックと、昔から愛されているブルボンのチョコチップ。
「んーん。出てない。けど、いつ出てもおかしくないじゃない?今までの事考えたら。」“みつ子さん”は、クッキーをサクサク食べながら、粉も落とさず上手に話しをする。「高校はともかく、“大学費用は自分で何とかしてね。私と旦那と新しく産まれた我が子にお金を使いたいから”なーんて言い出す女、本当にいてるんだから。びっくりよ。」色々なご家庭に仕事で出向いた際、そういった内部事情も垣間見た“みつ子さん”。説得力が違う。
「ゆきちゃんをさ、4歳から今まで見てきて、やっぱり辛い思いさせたくないって老婆心が出てねぇ。」他家の子の自分を、思ってくれている人がいる。何だか面映ゆい気持ちになって、もじもじしたが、そんな“自分”に気付きもしない“みつ子さん”は紅茶をくーっと飲み干すと、静かにカップを置き、「って事で、ゆきちゃん。お父さん騙してお金貰いましょ。」 鼻から紅茶が出た。




